スタンピード
今日も今日とてクリートと愛を育みながら地下帝国を発展させていると、突然連絡が入った。
「あー、僕だけど。最も安全でゆっくり休めるところはある?もし無かったら用意して欲しい。悪いけど緊急なんだ、最優先でよろしくね。」
もちろんだと告げた。
とても驚いた。こんな声のトーンは聞いたことがなかったから。ちょっと冷や汗をかいたほどだ。通信機越しにも関わらず、有無を言わせぬ強い思いがそこに乗っていることが伝わってきた。
地下帝国の最奥、第10層。そこは限られた主要メンバーしか入れない設計となっている。仲間達の立派な家を立てる予定だ。他のどこよりも大きくて便利で立派な家を。その他にもさまざまな施設の建設を予定している。
現在はまだ、建物が2つあるだけだ。
ひとつは僕とクリートの家だ。
もうひとつは、、。
とりあえず今はそこへ案内しよう。ベッドも最高のものを用意している。
地下帝国の入り口で待機していると、目にも止まらなぬ速さでやってきたのが2人。いや正確には3人か。
ぐったりとして動かないシャルルが、抱きかかえられていた。それはそれは丁寧に、包み込むように抱かれていた。
「サイエン、準備は出来てるかな。」
「うん、もちろん、、。さあこれに乗って。」
僕はエレベーターを操作して、第10層に案内する。
色々と聞きたいがそれは後だ。僕はこれまで、人とのコミュニケーションが極めて苦手だった。そのため、今までであれば空気も読まずに発言していただろう。
しかしクリートと過ごすうちに少しずつそういうのが分かるようになってきたのだ。そして視野が広がった結果、今までは目を向けられなかったいろんな発見をしたり、さらなる発明に繋がったりしたわけだが。
今はそんなことよりシャルルだ。
いつもの飄々として余裕綽々なシャルルの姿はそこには無い。
息はしているが、意識はなく、身体中に傷があるようだった。
あのシャルルを、ここまでにするような存在が世界にいたのかと驚いた。
そして、怒りも湧いた。人のために怒るなど今までの僕には無かったことだ。
早くいつものシャルルに戻って欲しかった。
「なあんてな。うちがこんなふうにやられて倒れるわけないやろ。なんでかって?そうなる前に逃げるからや。それにしてもうち、迫真の演技やったやろ〜?」
そんなことを言って起き上がったらどれだけいいだろうか。
実際に目に映るのは、ぐったりと意識を失い、顔色も悪い、弱った女の子が優しく抱えられている光景だった。
大きな建物に入り、ベッドのある部屋まで案内する。
「サイエン、ありがとう。また連絡する。エレベーター、本当にすごかったよ。こんな形で僕に見せることになってしまってごめんね。」
こんな時まで気を使ってくれていることに、僕は嬉しくなった。自分も仲間の1人としてとても大切にされていると実感したのだ。
僕は静かにその場を後にした。
それから1ヶ月が経過した。
シャルルはすっかり元気になっていた。それどころか以前にまして、明るい印象を受ける。なぜだろう?死にかけるほどの事態に陥ったはずなのに。
まあいいさ。元気になってくれたならそれが1番だから。
「兄さん、もうほんまに大丈夫やねん。心配性やなあ。せやけど、心配してくれるんは嬉しいわあ。」
「いや、まだダメだよ。一応地下帝国にいて。念の為、もう少し休んで。」
「せやけど、、仕事がなぁ。」
「大丈夫。シャルルの部下達が必死の形相で働いていると聞いたよ。シャルル様がいない間、どんなことをしてでもフリーリング商会を支えるんだ、って、一致団結して頑張ってるらしい。」
「あの子達、、。そんなら、、もう少しだけここにいさせてもらおか。イブはんの料理もまだまだ食べ足りんしなぁ。」
どうも、今回の出来事によって変化があったのはシャルルだけでは無いようだ。
「それで、ちゃんと付けてる?」
「つけとるよ、5箇所ぜんぶな。これ含めたら6箇所やね。ほんまに心配性やな、、うちのせいやけど、、。」
そう、シャルルのために、僕とクリートで、とあるリングを作成した。とてつもない量の【気】を封入したリングだ。
シャルルは今それを、両手両足、そして尻尾に装着している。
それだけではない。
「悪いけどネックレスも作って欲しい。クリートには2回目のお願いになっちゃうけど。」
この依頼によってネックレス作りを行うことになったのだが、これはリングよりもさらに大変だった。
この世の全ての【気】を集めたのではないかと錯覚するくらい大量の【気】が込められていたからだ。
しかしそれでも僕たちはやり遂げた。
僕とクリートに作れぬものなどないのさ。
そうして、シャルルはネックレスも身につけている。5つのリングと合わせて合計6つというわけだ。たしかに過保護である。
しかしそうさせるほどの物語があったのだろう。
何はともあれ仲間が安全になるのはいいことに違いない。
それから1ヶ月。
僕とクリートは地下帝国を8割方作り終え、現在は居住区の整備を行っていた。
シャルルはこの地下にいながらも圧倒的な仕事ぶりだった。
まず通信機を用いて様々な部下達とやりとりし、時には通信機越しに商談や交渉を行い、時には地下帝国の住民として多種多様な種族を連れて来させた。
シャルルが地下帝国の住民として連れてくるのは決まって、地上の世界で居場所のない、迫害された種族であったり、あるいは他の争いに巻き込まれて多大な被害を被っていたり、外の世界にほとほと嫌気がさした人たちばかりであった。
その影響もあっただろうか。僕とクリートが建設した建物や水道の仕組み、水洗式トイレ、柔らかいベッドなどを、この上なく気に入ってもらえた。
彼らはここでの暮らしがいかに素晴らしいもので、どれだけ感謝しているのかを、毎日会うたびに力説してきた。
僕とクリートはその度に顔を見上わせて笑うのだった。共に考え、工夫し、ものを作り上げる。それがこれほどまでに素晴らしいものだと、前までの僕なら決して知ることができなかっただろう。
子供達がいつまでも遊べるような大きな遊園地を作ったり、誰もがリラックスできる温泉を作ったり、黒い箱を各所に配置して、エンジュがアイドルとして歌うのを繰り返し放映したりした。
居住区はどんどん住みやすく、より良い暮らしが出来るようになっていった。
彼らは、何としてでも恩返しをしないと気が済まないと豪語し、何人かは第5層でイブの農業の手伝いを、またある者はイブの料理に感動し弟子入りして料理人となり、またある者は僕とルシーの手伝いがしたいと言ってくれた。
そのおかげで細かい雑用をしなくて良くなったのは非常にありがたい。少しずつ技術について教えていくのも悪くないだろう。
そしてゆくゆくは学校を設立するのもいいかもしれない。
そんな風に過ごしていたある日のこと。
魔境で訓練に明け暮れていた地下帝国の新たな住民の1人から連絡が入った。
「た、大変っす!魔物が、すごい数の魔物が一斉にこっちに来るっす!!やばいっすサイエンさん!」
「ふむ。分かった、君たちも全員地下帝国に速やかに戻るように。あとバートルにも連絡よろしく。」
「りょ、了解っす。もちろんっす!アニキの力が必要っす!」
突然の知らせに僕は内心ビクビクしていた。
「ついに私たちの防衛装置が火を吹くね〜。」
こんな時でもクリートは楽しそうだ。それを見て僕も勇気をもらう。やっぱりクリートは最高だ。ああ、確かに楽しみかもしれない。
第1層と第2層は防衛に特化した階層だ。ここでどんな敵も全て排除する。というかここで排除できないと、第3層、第4層の居住区に、大きな被害が出ることになる。果ては地下帝国崩壊の危機に陥るかもしれない。だから絶対に破られるわけにはいかないのだ。
僕とクリートはまず、限られたメンバーしか使用できないエレベーターから、第9層に移動した。
第9層には地下帝国全般をコントロールする主要施設が集まっている。この地下帝国の核と言っていい。
まず、僕たちは黒い箱の一斉操作を行なった。第3層や第4層の黒い箱も全て同時に切り替わる。
そして僕は目の前の装置に向かって声を発した。
「みんな聞いて欲しい。僕はサイエン。現在、ものすごい数の魔物が一直線にこの地下帝国に向かってきている。でも心配いらないさ、僕たちが全て迎撃してみせるから。いざとなったら僕も戦おう。」
「ちょっとそれはダメでしょ、サイエンを危険な目には合わせられない!みなさん安心して!私とサイエンが作った防衛機能の威力をたっぷり見せつけてやるわ!」
この第9層からは、全ての階層の様子がいつ何時でも見れるようになっている。
第3層、第4層で、黒い箱を通して僕とクリートからの言葉をきいた住人達は、全く心配などしていないようだった。
「おおー!不安なんてないぜ!お前らがいなかったらもともと俺たちは死んでたんだ!気負わずやってくれ!」
「そーよ、それにちょっとワクワクしてるかもわたし!魔物倒すところ見たいわ!」
「がんばって、クリートおねえちゃん、サイエンおにいちゃん!」
そんなに嬉しいことを言われては、是が非でも頑張らざるを得なくなった。
「みんなありがとう。それじゃあ第1層と第2層の様子をみんなにも見せるようにするね。」
それから数分もしないうちに、地下帝国第1層に魔物が侵入した。とても数えきれない量の魔物だ。
住民達も息を呑んで固まっていた。映像越しでも伝わる迫力から、魔物がいかに強大なのかを理解したのだろう。さらにそれが大量にやってきたのだから驚くのも無理はない。
それでも。
「ここは私たちの場所なんだ。好きにはさせないよ。」
クリートはボタンを押す。
すると地面から巨大な槍がいくつも飛び出し、その1発で強力な魔物を何匹も仕留めた。
住民たちから歓声が沸く。
「まだまだいくよ〜。」
仕掛けは無数にある。僕とクリートで、時間をかけて入念に仕込んできた。
魔物の軍勢はまだまだ収まる気配がない。それでも負ける気は微塵もしなかった。
僕とクリートの防衛機能が火を吹き続け、しばらく経った頃。順調だった防衛が一気に崩壊することになる。
災害級、超災害級の魔物、いやそれ以外の魔物達も含め、一斉に何やら光を放ち始めたのだ。そして気がついた時にはそれら全てがひとつに合体していた。
何故そのようなことが起きたのか見当もつかない。
炎の矢を降らせ、鉄の網で覆い、爆弾を爆発させた。
それでもその魔物にはまるで効いていないようだった。
巨大な尻尾。鉤爪。黒い翼。赤い目。
見たこともない魔物だが、それが超災害級さえも軽々と凌駕した正真正銘の化け物だということだけは理解できた。
これは、、、。まずい。本当にまずい。一体どうしろっていうのさ。こんなの、誰が想像できるというんだ。
そんな時、後ろから声がした。それは平常時と何ら変わらない、僕らをいつも安心させる声だ。
「そろそろ体がなまってたところなんよ。ちょうどええわ〜。」
シャルルは何でもないことのようにそう言った。
しかしシャルルだって本当はわかっているはずだ。あれほどの魔物、たった1人で倒すなど、無理に決まっている。僕だって同じ【気術】ランク4だ。
あの魔物の強さくらい、それなりに理解できるつもりだ。
「シャルル、君は、、。」
「サイエンはん、そんな深刻そうな顔せんといてや。うちが負けるみたいやないか。サポート、任せたで〜。」
それだけ言い残し、シャルルは第2層へ向かった。
ちょうどその化け物は、第1層を突破するところだった。
にしてもあの魔物、知能もそれなりにあるらしい。自力で第2層への扉をこじ開けてしまった。
あれだけ強いのに知能もあるのだとしたら、一体どうすれば、、。
「大丈夫だよサイエン。私たちが2人で作った防衛機能だよ。絶対役に立てるよ。それに彼女なら何とかしてくれる、そんな気がするの。」
たしかにそうだ。僕とクリートで作ったのだ。世界の誰にも作れない、僕たちだけの地下帝国だ。絶対負けたりしない。
第1層はことごとく突破されてしまった。これで第2層が突破されてしまったら、実質的に地下帝国は終わりだ。
だというのに、僕たちは絶望していなかった。仲間がいるからだ。
その中でも彼女、シャルルは別格だった。
底知れぬ安心感を彼女は与えてくれる。それがどれだけ危機的な状況でも。
そんな存在に相応しい呼び名を僕は知っていた。




