大陸を越えて
ランク4になった僕とクリートは、ランク3の時との次元の違いに驚いていた。
まさかこれほど世界が違って見えるとは思わなかったのだ。
そして今、僕とクリートは嬉しい悲鳴を上げている。
今まで作ってきた機械も、建物や地下帝国の機能、及びに床や天井、壁に至るまで、その全てに改良の余地があることに気がついたのである。
ランク4の力をしてやっと、その領域に辿り着いた。
全てを改良して回るのはとても手間がかかる作業だが、より高み目指せるのであれば研究者として、技術者として妥協するわけにはいかない。
それに、クリートと一緒に考えながらそういう作業をすることはとても楽しかった。その時間は僕にとって幸せだった。
だから頭や体が悲鳴をあげても、全く問題なく作業に取り組めた。
そんな調子で日々は過ぎていき、僕はついに、長年の構想を形にすることが出来た。
その場の光景を、光の情報を元に記憶し、その記憶を元に光を再現することで再びその光景を映し出す機械。
音も同様だ。
空気の震えの仕方を記憶しておき、再度同じように空気を震わせることによって、その時の音を再現する。
これを何と名づけようか、、うーん、僕はこういうのが苦手だ。もう見た目通り黒い箱とかでいっか。
この黒い箱を生み出す過程で、離れていても通信を行うことが出来る機械、通信機を作り出すことに成功した。
仲間達に渡しに行ったら大層喜んでもらえた。良かった。
そう思っていると、早速通信機が鳴った。
ボタンを押す。
「あー、これでええんかな。サイエンはん、聞こえる〜?」
どうやらシャルルが早速通信機を使ってくれたようだ。
「聞こえるよ。早速使ってみてくれたのかい?」
「わあほんまや!サイエンはんの声が聞こえるで。これは革新的なんてもんやない。どれだけの価値があるか計り知れんで。ありがとうな!」
シャルルのすごいところはその行動力にあるのかもしれない。
たしかに説明書もあるし操作も難しいわけではないため通信機はいつでも使えるだろう。ただ、いざというときに、初めて使用するかすでに慣れているかで物事は大きく変わる。
シャルルが何でも器用に悠々と物事をこなしているように見えるその背景には、こういう一見小さな取り組みの積み重ねがあるのかもしれない、僕はそう思った。
一方で、我を忘れて黒い箱にのめり込んでいる人物が1人。
エンジュだ。
聞けば、アイドルという仕事をすることになったらしい。
エンジュは、常に余裕がある、という印象だった。悪く言えば、少しやる気がないとも言えた。
それが今では雰囲気がまるで違った。物事に集中したエンジュはこうなるのかと、しみじみ思ったのだった。
それから1ヶ月、僕もクリートもさらなる地下帝国拡張に打ち込んでいた。
途中エンジュに曲作りについて相談されたので喜んで理論を語っておいた。
音色に関しては、未開拓の分野でありその研究は僕の趣味の一個だったりする。仕事も研究で趣味も研究、お嫁さんはクリート。それが僕だ。
完成した曲は素晴らしかった。これならアイドルの仕事もうまく行くに違いない。
エンジュに、黒い箱や音声拡張機など必要なものを渡すと、エンジュはこの地下帝国から旅立っていった。
少し子供を送り出す親の気持ちが分かった気がした。
【ゴブリン】にとって最も無縁な感情かもしれないが。いや、僕にとっては無縁ではない。ゆくゆくはクリートと、、。
ごほん、とにかくエンジュの成功を願っている。
エンジュが旅立ってから数時間もしないうちに、再びシャルルから連絡が来た。
「サイエンはん、、またとんでもないもの作ったんやね。もう驚き疲れたわ。ほんでな、サイエンはんにお願いなんやけど、この黒い箱大量に作ってほしいんよ。」
ほうほう。そうかそうか。これの素晴らしさがわかるとはさすがシャルルだ。
腕によりをかけて作っておこう。
「それとな、名付けるなら、、補充機や!サイエンに補充機を作って欲しいねん。【気術】が使えない人でも【気】を補充できるような機械や。」
それは、、なるほど、やはりシャルルは天才だ!シャルルには発明の才能まであるようだ。
興奮した僕は、シャルルも発明家にならないかと熱意を込めて誘ってみたが、それは僕に任せるとのこと。
残念だが仕方ない。彼女には他にやりたいことがあるようだ。
補充機、その発想は無かった。確かにそれがあれば、一般の人でも黒い箱やその他の機械が使用できるようになる。
その視点は持ち合わせていなかった。【気術】さえあれば簡単に【気】を補充して使えるので、その発想に至らなかったのだ。
早速補充機の構想を考えつつ、黒い箱の量産も進める。
僕とクリートの忙しさはとどまることを知らない。
そして補充機も無事完成し、黒い箱もそれなりに数が揃ってきたと思っていると、シャルルがやってきた。
「ほんまにたくさん作ってくれたんやね、ありがとうな。ほんでもまだまだ欲しいわあ。空いた時でええからまた作っといてくれると嬉しいんやけど、、。」
「もーこれ作るの結構大変なんだからねー!まあいいけどー!」
クリートは文句を言いながらも嬉しさが隠せていない。僕のクリートは今日も可愛い。
そして、この精密で複雑な黒い箱作りを、“結構大変”で済ませてしまうところにクリートの大物さが溢れ出ている。そういうところがたまらなく好きだ。
こうしてシャルルは大量の機械を抱えて去って行った。
ちゃっかりこの第6層に来る途中でイブの料理をお腹いっぱい食べて行ったと聞いた時には思わず笑ってしまった。
シャルルの次のターゲットはイブになりそうだ。
そしてこれも後で聞いた話だが、新鮮で多種多様な種類の食材に加え、高級食材や滅多に手に入らない希少食材なども含めた大量の食材をシャルルが持ってきてくれたらしい。
イブはとても喜んでいた。
「サイエンはんとクリートはんにこれからもたくさん美味しいもん作ったってや〜。ご馳走さん!」と言って去って行ったとのこと。
シャルル、人使いが荒いなと思っていたが、どこまでも憎めないやつである。
そんなシャルルから続報が入ったのはそれから数日も経っていないころだった。
「ついにサイエンはんの発明品が大陸を越えて世界中に広まったで。世界はみんなサイエンはんとクリートはんの作った機械に無我夢中や。」
それを聞いた時、ぼくは驚いていた。嬉しいと思っている自分がいることに。今までだったら、また面倒ごとが増えたくらいにしか思っていなかった。僕の目的は研究であり、研究そのものがゴール地点であった。それ以降は勝手にしてくれというのが正直なところだったからだ。
それが今では嬉しい。この違いは何だろうか。
それは考えたらすぐに分かった。仲間達の存在だ。特にクリートと一緒に作った機械が世界中に広まったというのは何とも感慨深いものがあった。
「これが定着したら、世界はもうサイエンはんたちの機械がなければ生きていけなくなるで。うちもおかげさんで目的達成に大きく近付いたんよ。お礼は期待しとってや〜。」
クリートとの合作の機械の数々が、一瞬で大陸を越えて、全世界に広まったそのことを、まずは誇りに思うとしよう。




