招集
私は今日、名実共にアイドルとなった。
流石の私も、貸し切り満員の【ドラールスタジアム】でのぶっつけ本番コンサートでは緊張もした。
しかしそれでも成功させるのが私の唯一の能力、特技と言ってもいい。
幼い頃から、多くの人に魅せること、それだけを鍛え上げてきたのだから。
私は【天界】で多くの人から注目されたし、好かれてきた。それどころか、好かれすぎて脅威となり、追放されたほどだ。
しかしどれだけ好かれても、わたしは満足することが無かった。
やっぱり私は、こういうのでは満たされないのかな。もっと全く別の何かをすれば、満足感を得られるのかな、そんなことを思っていた。
しかし今、その悩みは完結した。
たくさん好かれてもダメだった。だからもっとたくさん注目されて、みんなから好かれてみた。
そうして世界中の注目を欲しいままにして、アイドルとなった今日この日、私は満足感を得ていた。
私は方向性は間違っていなかったのだ。単純に規模が足りていなかっただけ。私は世界のアイドルになりたかったのだ。
しかしながら注目されるというのはいいことばかりでは無い。
早速、よくわからない権力者に絡まれてしまった。
いわく、自分はブラックボスという組織の使者である。
いわく、ブラックボスとは実質的にこの世界を支配している、決して表舞台には出てこない闇の組織である。
いわく、私にもブラックボスに入り、正式なメンバーの一員として所属して欲しい。
何を言われても私は入る気など無い。私には頼れる仲間達がいて、帰る場所だってあるのだ。
どんなふうに断ろうかな、そんなことを考えていると、私が常に身につけているサイエンからもらった通信機が鳴り響いた。
ブラックボスの使者の人の話を遮り、通信機のボタンを押す。
「えーっと、聞こえるかな。クリートやサイエンを筆頭に、協力してくれたみんなのおかげでついに地下帝国が完成したよ。暇になったらいつでもきてね〜」
私はその瞬間、帰り支度を始めた。
「おい、話はまだ終わってないぞ。」
「いいえ、話すことなど何もありませんので。」
「おい、いいのか、俺を無碍に扱って、敵に回していいんだな。世界がめちゃくちゃになるかもしれないんだぞ!分かっているのか?」
「わかっていますよ、それでも私は帰ります。もともとあなた達の組織に入る気も全くありませんし。」
「な、なんだと。世界がどうなってもいいというのか。それは世界よりも大事なのか。」
世界より大事なのか、、。
なるほど、その質問は少し面白い。
私は少しだけ考えてみる。
でもやはり、答えは決まっていた。
「はい、世界より大事です。ではさようなら。」
例え、緩く呼ばれただけだとしても。
私の人生を大きく変えて、幸せにしてくれた人からの招集だ。それに、ついに地下帝国が完成したとあってはすぐにでも帰ってみたくなるのは当然のことだ。
「な、、、。」
男は空いた口が塞がらないみたいだった。
男は怒りで体を震わせて、後悔することになるぞと大きな剣幕で怒鳴りながら去っていった。
そういえばシャルルさんの調子はどうだろうか。最近敵に襲われて、一時は瀕死の状態にまでなったと聞く。なんとか助かって、今ではまた普通に活動できているらしいが。
あのシャルルさんを追い込むなんてそんな芸当をできる人がこの世界にいるというのが驚きだ。
なんにせよシャルルが助かって良かった。私は心からそう思った。
そして私は、どこに行っても目立ってしまうため、【気】で体を覆い、気配を薄くし、色を変え、変装した。
そして海辺まで抜けたらあとは海上ダッシュをするだけだ。
私がアイドルとしての活動をしている時、知らず知らずのうちに濃厚な【気】を操っているらしく、私の【気術】の扱いはどんどん上手くなっている気がする。
だから海の上を走るのも、思ったよりは簡単だった。それでも疲れるしスピードも誇れるほどでは無いが。
こうして私は帰ってきた。
私たちの地下帝国に。
「おかえり、エンジュ。コンサートすごかったね。さすがは天才アイドルだ。」
1番褒めて欲しかった人に認められて、私は少し涙を流しそうになったのだが、謎のプロ意識によって耐え切った。
「思った通り、わたしのためにあるようなお仕事だったよ!すごく幸せ。ありがとう!」
みんなが揃うと、いよいよ完成した地下帝国を見て回ることになった。
私は途中までは地下帝国に住んでいたし、お姉ちゃんともたまに連絡をとっていたので何となく様子をわかっていたつもりなのだが。
再度わたしは認識の甘さを知ることになる。
どこもかしこもさらに質が上がっていた。初心者の私が見ても分かるほどに。
見たことの無い機械がさらに何種類も増え、地下帝国の至る所に見受けられる。
建物もずいぶん増えたようだ。私たち以外の住人も結構いるように思われる。
お姉ちゃんが正式に管理人となった第5層には、見渡す限りの作物が綺麗に並び、壮観だった。さすがは私のお姉ちゃんだ。
全部で第10層まであり、それぞれの層の工夫や特色についてサイエンやクリートたちの説明を聞き、またしても度肝を抜かれることになった。
そして現在、私たちは第5層に戻ってきた。お姉ちゃんが作ったご馳走をみんなで食べるために。
お姉ちゃんなりの、地下帝国完成のお祝いの品なのだろう。
お姉ちゃんの料理はいつどれだけ食べても飽きることがない。しかも今日はご馳走だ。私はワクワクしながら席についた。
ひとくち食べただけで私は分かってしまった。お姉ちゃんの料理がさらに進化しているということを。
夢中になって食べた。それはみんなも同じようだ。そしてそれを見たお姉ちゃんも嬉しそうにしている。良かった、幸せそうなお姉ちゃんを見ることが出来て。
私もお姉ちゃんも満たされていた。だから、【天界】が私たちを連れ戻したいと騒いでいるらしいという噂を聞いた時、私は鼻で笑ってしまった。
追放しておいて今更何を言っているのだろうか。
だれがあんな場所に帰るというのか。
私たち姉妹は既にかけがえのない仲間と共に幸福な人生を歩んでいるのだから。




