大陸を越えて
噂はとどまるところを知らなかった。
大商業連合ショートーを飛び出して、まずは化学先進連合国ミラーズに渡り、そこから武装国家グレイン、龍帝国ドラール、学園都市マビナーに波及した。果ては【天界】にまで行き着いた。
そしてエンジュのコンサート第2回は、龍帝国ドラールの【ドラールスタジアム】を貸し切りにして開催されることとなった。
そのチケットはフリーリング商会が各大陸それぞれに出向いて販売したが、どの場所でも速攻で売り切れた。
コンサート当日。
エンジュが【ドラールスタジアム】に現れるや否や会場は大きな歓声と拍手に包まれた。
「やばい、ホンモノまじやばい、可愛すぎる、ありえないでしょ」
「全財産使って券を入手した甲斐があった。おれ今日死んでもいい。」
「こっちみてーーー!エンジュ様ーーー!」
「エンジュさんに呼ばれた気がした。」
「エンジュさんが呼んでいたのは俺だ。」
「いや俺だ。」
「いや俺だ。」
「女神様、どうか我が罪をお許しください。」
「みんな静かにしてよ!!エンジュ様が歌い始められないじゃん!!」
満員の会場がざわつく中、エンジュがウインクしながら口に人差し指を当てた。
そして音声拡張機に向かって、「しー。」とやったその瞬間。
何人か興奮のあまり倒れることになったものの、話し声や掛け声、奇声などは一切聞こえなくなった。
満を持してメロディが流れ始める。
世界を虜にしたあの曲が、【ドラールスタジアム】にこだまする。
泣き出す者、唖然とする者、目を閉じて聞き入る者、叫びたいのを口に手を当てて我慢する者。
会場は異様な雰囲気に包まれていた。
エンジュは最後まで完璧にダンスを踊りきり、最高の歌声を響かせた。
割れんばかりの拍手が嵐のように巻き起こった。
短い時間だった。それでも観客たちは満足していた。それほどまでに素晴らしく濃厚な時間だったのだ。
それでも少し寂しい、そんなふうに思っていると、エンジュが口を開いた。
「みんな、今日は私に会いにきてくれてありがとう!改めまして私は、エンジュといいます!」
「どこからでも会いに来るよーー!!」
「エンジュちゃん最高!エンジュちゃん最高!」
「みーんな知ってるよー!エンジュ様ー!」
会場から様々な声が飛び交う。
「嬉しい〜!ありがとね!今日はそんなみんなにもっと楽しんでもらえるように、イベントを考えてきました!」
エンジュはそう言って、ハテナマークの書かれた箱から1枚の紙を取り出した。
「えーと、E列の154番目に座っている、オータクさん!もし良かったらここまで来てくれますかー?」
「「「「「ええええええ!!!」」」」」
会場はまた大盛り上がりだ。
そして1人の青年がステージに上がる。
「オータクさん、私のところまで来てくれてありがとう。今から一緒にお話をしましょう。」
まさかこのようなサービスがあるとは思ってもいなかっただろう。会場の熱気はさらに加速していく。
「オータクさんは、今日はどこから来てくれたんですか?」
「え、えっと、えとですね、ぼくはその、はい、家から来ました!」
会場がドッと湧く。
「そういう意味じゃねーよーー!」
「わっはっはっは」
しかしエンジュは決して笑わなかった。
オータクが少し困ったような顔をして、恥ずかしそうにしていたから。
エンジュは静かな優しい雰囲気を出しながら、オータクに語りかけた。
「緊張、するよね。いきなり呼んじゃってごめんなさい。」
「い、いえ!ぼく、うれしくて!エンジュ様と近くでお話しできるのが!それでその、うまく喋れなくて!」
「ふふ、すっごく嬉しい。でも今、ちゃんとお話しできてるよ私たち。気持ちを言葉にして伝えてくれてありがとう。」
このエンジュの神対応が、さらなる大ブームを引き起こしていくことになる。
「見た目も実力も中身も女神かよ。。。」
この広い会場で誰かがポツリと呟いた言葉が、不思議なくらい会場の隅まで行き届いた。
そしてコンサートはここで終わらない。
「というわけでー、2曲目、いっちゃいます!」
今度は打って変わってお茶目な態度でエンジュがそう告げると、1曲目とは全く違うメロディが会場に流れ始めた。
軽快さの中に確かに重厚な音程が混ざり合い、歌詞もダンスも見事に組み合わさって、1曲目とはまた違うエンジュの魅力を惹き出していた。
予想もしていなかった2曲目の披露に、会場は訳がわからないほど盛り上がった。
途中からは手拍子なども解禁され、観客同士の一体感まで生まれてしまったのだからもう手がつけられない。
この日、エンジュの名の下に、種族も大陸も越えた何万人もの人たちの心がひとつになる。
コンサートが終わった後も、観客達の興奮が冷め止むことはなく、感動した場面などを挙げあったり、エンジュの魅力について語り合ったりする姿が散見された。
それだけではない。
係員のスムーズな観客の誘導により、渋滞もほとんどなく会場を抜けることが出来たことで、観客は余計なストレスを感じなくて済んだ。
そして会場の周りには大量の屋台が並び、エンジュグッズの販売が行われていた。
どんな商品でも例外なく飛ぶように売れていく。
こうして世界は、少しずつエンジュ色に染まっていった。