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噂はとどまるところを知らなかった。
あのあと、トドメの一撃とばかりに、エンジュが歌ったその時の様子をサイエンの発明した黒い箱で放映したのだ。
商店街の各所に配置したが、その周りには、たちまちのうちに人が集まり、大きな人だかりができていた。
すでにエンジュのファンになった人も、噂を聞きつけて新たにやってきた人も、感動の涙を流しながらエンジュの映像を見ている。
生で見た人はその時の様子を自慢し、新規できた人はそれを聞いて羨ましがった。
アイドルという存在が全く知られていないこの世界において、いや仮にそうではなかったとしても、エンジュはまさに世界の人々を震撼させるに相応しい実力を秘めていたのだ。
それだけでは無い。
サイエンの発明した黒い箱、その他の機械も含め、その価値をめざとく見出した人たちは、早速動き出していた。
当然それを予想していたシャルルは、法外な金額をふっかけて、サイエンの発明品を売り捌いた。
足りなかった分は入荷待ちとして、予約を受け付けた。
この商品の恐ろしいところは、使われた技術が時代の先を行きすぎていて、例え分解されても真似できる人がまずいないだろうことだ。
いや、それ以上に恐ろしいことがある。それは、補充機の存在である。
サイエンの発明品には必ず【気】が必要となる。
補充機には、あらかじめ多くの【気】を入れてある。それを各発明品に接続することで【気】を補充できるのだ。
つまりは、この仕組みがある限り、フリーリング商会はもう、補充機を適当に売り続けるだけでこの大陸を捩じ伏せることができるということだ。
【気術】を使える人などまずいない。そもそも認知さえほとんどされていない。
だからこの補充機は、必須の消耗品となる。
音声拡張機や、黒い箱、さまざまな発明品が今後どれだけ売れて、飽和状態になったとしても、補充機だけは常に買われ続けるのだ。
その後、大量の機械をサイエンから受け取って戻ってきたシャルルは、大商業連合ショートーの隅々にまでサイエンの発明品を売り捌いた。
そして今、この大陸で、フリーリング商会とエンジュの名を知らぬものはいない。
エンジュのコンサート第2回の開催を宣言した暁には、大陸全土から歓声が鳴り止まなかった。