初仕事
私はまだまだ認識が甘かったようだ。
単純な戦闘力だけでも世界に類を見ない集団だというのに、その戦闘力などおまけだと言わんばかりの特出した才能を持つ者に溢れている。
今私が見せられているのは魔法か?スキルか?いや違う、科学技術だ。
そしてこれは革命だ。
世界がひっくり返るほどの。
「というのが素晴らしい点でね、いつでも見返すことが出来、その場で起きたことを誰に対しても新鮮に情報伝達できるのさ。もちろん同時に放送するなんてことも可能だ。」
今わたしが見ているのは巨大な箱だ。サイエンが操作しなければそれは、表面がツルツルして、裏にはいろんなコードが接続されているだけの、大きくて黒い箱だ。
それがどうだろう。ボタンひとつでリアルな動く絵が映し出される。
そしてそこに映っているのは先ほどの私だ。私がダンスをしながら歌っている時の様子。歌声までほぼその時のままに再現されている。
「これを思いつくきっかけをもらったのはいつの日だったかな、それから毎日ぼくは考え続けたんだ。その途中で通信機とかも発明出来たのは行幸だったね。あの時もクリートの芸術的な【鍛治】が輝いていてね。あ、そうだせっかくみんなが集まっているから通信機を配りにいこう。」
そう言ってサイエンは去っていった。
離れていても通信が出来る機械、通信機。それにも驚かされたが、今はこの動く絵から目が離せない。
サイエンによれば、小さな小さな光の粒を、それぞれ発色を変え続けることで動く絵を作り出しているとのこと。
分かるけどわからない。どうやってそんなこと思いついたのか、どうやって作ったのか。
でも私は思った。真の天才とはそういうものなのかもしれないと。
そして真に恐ろしいのは、その天才が稀代の戦闘力を持ち、この自由な環境で優秀な仲間と共に最効率で研究に勤しんでいることだ。
私は文字通り、世界の進化の様子を目の当たりにしているのだろう。
それから1か月、私は集中してやるべきことに取り組んだ。曲を考え、歌詞を考え、ダンスを考えた。
もともと音楽には興味を持っていて、それが役に立ったのは良かった。
だがここでもサイエンの手を借りることになる。サイエンの知識は音色の部分にまで及んでいた。
私の感覚と、サイエンの理論を混ぜ合わせて作られた曲は、自画自賛にはなってしまうが名曲間違いなしであった。
序盤から引き込まれ、途中で音調が変化し、大きな盛り上がりを見せてから、静かに着地する。曲が終わってもいつまでも頭で響き、ふとした時に口ずさんでしまうような、そんな曲に仕上がった。
努力という言葉と無縁に生きてきた私は、ここにきてやっと自分のやることを見つけ、その良さに気がついた。
時間をかけて頑張って何かを為すことは、面白いことなのだと。
全ての準備が整い、サイエンの発明した黒い箱と、取り扱い説明書など必要な物を持って地上に出る。
「こっちやエンジュはん、迎えにきたで〜」
同じくサイエンが発明した通信機によって、円滑にやり取りができるようになった。こうして時間通りに迎えに来てもらうことも。
「ありがとうシャルルさん。」
そして一緒に豪華な船へと乗り込んだ。
大商業連合ショートーへと向かう途中で、例の動く絵をみたシャルルさんはひたすら盛り上がっていた。
「これは革命や!とんでもないことになるで〜。エンジュはん、覚悟しといてや。」
忙しくなる予感を胸に、私たちは大商業連合ショートーに到着した。
そしてやってきたのは大規模な商店街だった。
「シャルル様、おかえりなさいませ!」
「シャルル様、今日も素敵ですわ!」
「おーいシャルル、準備できてるぞ〜」
「こっちも準備完了。シャルル、くるの遅い。待ってた。」
適当にみんなに手を振りながら、商店街の中でもとてつもなく広い中心地にやってきたシャルルは、いつもの調子で答える。
「すまんなあ、船旅を楽しんでたんよ。さ、はじめよか〜」
聞けばこの商店街一帯は、全てシャルルの商会のものらしい。
それって実質、この付近の街はシャルルが支配しているということなのでは、、。
そんなことを思っているうちに、サイエンの発明したいくつもの黒い箱はさっさと運ばれていき、着々と舞台が整っていった。
シャルルの部下たちも軒並み優秀なのが伺えた。
「エンジュはん、準備はええな?」
そう言いながらシャルルは黒い箱に【気】を送り込んでいた。
サイエンの発明した機械は、全て【気】を注入することで使用可能になるのだ。
私はシャルルに向かって頷く。
商店街を通る人々が少しずつこちらに興味を示してきているのが分かる。
シャルルが黒い箱を操作すると、用意していた曲のメロディが流れ出した。さらにその音色がよりたくさんの地域に届くよう、【気】を薄く広げて拡散していた。サイエンの発明した装着を最大限引き出すための工夫までしてくれているようだ。
私も【気術】ランク3に至っているからこそ、シャルルの【気術】の熟練度の高さが理解できる。まだ私にはとても真似できない領域だ。
そして私は黒い筒、音声拡張機を握りしめる。
大丈夫、うまくいく。
人前で魅せるのは私の十八番なのだから。
流れるメロディのタイミングに合わせて、私は大きく息を吸い込んだ。
これが私の、初仕事だ。