期待
そもそも海というのをこんなに間近で初めてみた。
いちいち物事に感動を示すようなタイプではない私は、これが海か、くらいに思っていたのだが。
その後の体験では結構はしゃいでしまった。
私を軽々と抱え、海の上を走り出したのだから。
あまりに超人、ありえない奇跡。だが、逆にいうと本当に神様ならわざわざ走って移動するといったことはしないだろう。少なくとも私の中のイメージではそうだ。
つまりはこの2人、本当に神様でもないのに、ここまでの存在に至ったということである。
驚愕。その一言に尽きた。
しかし私はその海上ダッシュよりも、あるものに興味をもった。
私という女の子を抱えながら、何一つ邪な感情を抱かないその心に。
可能な限り、“性”を意識させるような言動をした。それでもなおその心は不動だった。
一瞬、もしかしてこの世の何にも興味を示さないタイプの人なのかと思ったが、すぐに違うと思い返す。
ルシーのことを見つめるあの目を思い出したからだ。それはまさに慈愛に溢れていた。
だから分かる。つまりはルシーへの思いが強すぎて私のあざとさが効いていないのだ。
だがわたしは悔しいとは思わず、むしろ嬉しく思った。
どれだけ全力を尽くしても、ライバルとしてのスタート位置にさえ立てないことを。
これから始まる第二の人生に対する、期待を大きくするには十分な出来事だった。
そしてやってきたのは魔境という大陸だ。いつか限界がきたら【天界】から脱出して地上で生きていこうと考えていた私は、それなりに地上について調べていた。
だから私は知っていた。魔境は、ほとんど誰も近づかない、極一部の限られた者だけが利用する地獄のような大陸であると。
そんな魔境が生まれ故郷だというのだから驚きだ。
これほどの強さになれた理由の、一旦がそこにあるのかもしれない。
魔境に上陸し、お姉ちゃんはものすごく怖がっていた。
そんなお姉ちゃんを適当に揶揄ったり励ましたりしながら私は歩いた。
怖がったところで、結局この瞬間、私たちは無力だ。裏切られたり捨てられたりすればその時が最後、私たちの命は簡単に潰える。
だから怖がるだけ無駄なのだ。
そうしてしばらく進むと、目的の場所に着いたようだ。
安全な場所と言っていたが、特に建物もなにも見当たらない。
だがそれもそのはずだ。案内されたのは地下だったのだから。
見たこともない精巧な技術によって作られた入り口がゆっくりと開き、大きくて立派な階段が姿を表す。
壁や天井には何やら綺麗な光が付いており、下に降っていっても足元がよく見える。
そして大きな扉を開けるとそこには、、。
世界が広がっていた。
広大すぎて一瞬地上なのかと思ったほどだ。
だがよく見ると遠くの方に壁はあるし、見上げれば天井もあった。
しかしこれほどの規模、一体どうやって、、。
それにこの明るだ。地上となんら遜色ない。
そのあまりにも不思議な光景に、私もお姉ちゃんも、驚きのあまり喋るのも忘れていた。
建造物こそまだ全然ないが、ここなら安心して暮らしていけそうという点に関しては疑いようが無かった。
それに、ここにいる限り、もし【天界】が私たちを連れ戻したいと思ったとしても、手を出すのを断念する可能性が高いだろう。
まあ、連れ戻したいなどとは思われないだろうが。
とにかく、私のいろんな懸念は全て懸念に終わったことになる。ひと安心だ。それどころかこれからどんな面白いことが待っているのだろうか、などとそんな期待さえ感じてしまった。
本当に2人についてきて良かったと、私は心から思った。