この世界は
この世界は最悪だ。
開拓され尽くした土地、人間同士の争い、環境破壊。生まれた時にはすでに、理不尽な社会の仕組みが出来上がっていた。
ただ、これだけ並べ立てておいて説得力はないが、特に世の中を恨んでいるだとか、毎日悲しみに明け暮れているだとか、そういったことはない。
要は、自分が生きるのに向いていないというだけだ。世界が悪いのではない。
お金を稼いでみても、女遊びをしてみても、ひたすら努力して国家資格を獲得してみても、ぼくの乾いた心が潤うことは無かった。
何かが足りない、何かが違う。
しかしながら、得てしてそういう問題の解決は、必死にもがいた先にあるのではなく、突然天から降ってくるような形で終結することが多い。
僕の場合もそれだった。
突如として発売された超大規模ゲーム。
リアル・ダイブ・ワールド。
このゲームについて、世界に知らぬものはいないといっても過言ではない、空前絶後の大ヒットをしたゲームだ。
結論からいうと僕はそれにハマった。いやそんな表現では生ぬるい。
全てをそのゲームに捧げたと言ってもいい。
とりあえずさっさと会社を辞めた。
そして発売から半年間、ぼくは出来うる限りのスタートダッシュを決めた。何をしても新鮮で、ワクワクさせられて、そのゲームの魅力に惹かれ続けた。まさに、廃人そのものだった。
そして、ぼくは自分の心を鬼にして一度そのゲームを封印した。
それから1ヶ月、デイトレードや株、仮想通貨、NFTの売買、ありとあらゆる手段をつくし、仕組みを作り上げた。
何もしなくてもお金が稼げる仕組みを。いわゆる、不労所得というやつである。
安定して、最低でも月に10万円は入ってくる。安い一人暮らし用のアパートなので家賃は3万、光熱費、食費等あわせても8万いくかどうかである。趣味も特になく、物欲も無い僕にとっては、10万円でも十分な金額といえた。
寝ても覚めても、リアル・ダイブ・ワールドをプレイすることしか頭にない僕にとっては。
それからのぼくは、そう、まさに幸せだったといえるだろう。
鬼畜すぎる難易度により、一部のプレイヤーからは批判の声が上がることもしばしばあったが、僕にとってはやり込み甲斐があって素晴らしいという感情しか湧かなかった。
そもそもこのゲーム、スタート地点もゴール地点も、プレイヤーが自由に決められるのである。
例えば、王族として12歳からゲームを始めて、学園に入学し、数々の政治スキルを取得し、最終的に一国の王になることを目指すもよし。
はたまた一介の村人で6歳からスタートし、商人としての才をひたすら磨いて、大金持ちを目指すもよし。
ひたすら知名度を上げ、外見をカスタマイズし、アイドルになることだって出来る。
そういう意味では、鬼畜な難易度というのは、あくまでダンジョンに挑戦したり、魔物と戦う場合だけと言える。
無限とも言えるスキル数、成長要素、ビルド論、アイテム、魔物、未知の土地、ダンジョン、etc
あげればキリがない。
とにかく、何千時間遊んでも飽きる気がしなかった。
どのくらいの時が経っただろうか。とっくに時間感覚が麻痺している。少なくとも、発売開始から4周年の記念日があったことは覚えているので、4年〜5年の年月が流れたということだ。あっという間だったような気もするが、まだ4年程度しか経っていないのか、という感覚もあった。
それほど濃密で豊潤なリアル・ダイブ・ワールド生活だったということである。
そんな僕の中で最近流行っているのは、“異世界転生プレイ“である。
どういうことかというと、まあ言葉のままなのだが、自分がリアル・ダイブ・ワールドに転生することになったとしたら、という設定でプレイすることである。
例えば、一度でもゲームオーバーになったらそのセーブデータは削除する。ゲームオーバーとはすなわち、転生した自分が死んだという意味だからである。
実際に自分が転生したつもりになってプレイすることで、さらに楽しみが広がってしまった。
死を前提とした多少無理のある裏技プレイなどは当然できないし、防御力が頼りないビルド構成や、索敵能力に不安のあるビルド構成にすることはできない。
たとえそれが、現在最強とされている、攻撃特化・雷派生の大曲剣ビルドだとしてもだ。
理由は簡単。
ゲームだからこそ、“寝たり“、“食べたり“、する時間は無敵状態である。しかしながら、実際にその世界で生きるとなれば話は別だ。
寝ている間は1番無防備な時間となるし、食べものには毒が入っているかもしれない。
強い装備やアイテムに頼ったプレイもできない。
ゲームだからこそ、どんな時も装備状態という扱いにできる。でも実際は違うはずだ。
寝る時、お風呂に入る時、装備を外す機会などいくらでもある。また、どんな強いアイテムだって、盗まれたらそれで終わりだ。
そういう要素を突き詰め、頭を捻らせながらプレイしていくと、これまた違った味わい深さがあった。
いやむしろ、そういうプレイスタイルで楽しんでくれと言わんばかりの、徹底的なまでの作り込みがこのゲームにはあった。
そんなプレイをしていたからだろうか。今日も今日とてゲーム開始ボタンを押そうとしたその瞬間、目の前が真っ白になった。同時に体がふわりと宙に浮く感覚がした。体の不調だとか、目眩だとか、そういう次元の話では無かった。自分の人格、いや魂とでもいうべきか。それが無理矢理引っこ抜かれるような、意味不明な感覚。
ゲーム脳まっしぐらだった僕は、恐怖や焦りなんかとは全く違うことを思った。
『え、これ本当に転生するやつじゃない?』
である。
そうなったらやることはひとつしか無い。
気づけば僕は叫んでいた。
正直ぼくは、このゲームに出会う前まで、こんなに物事に熱くなったこともないし、声を張り上げたこともなかった。だからこれは、とても新鮮な感覚だった。
「神様!!0歳契約奴隷スタートでお願いします!0歳、契約奴隷ですよ!お願いしますね!0歳契約奴隷で!」
ちょっと喉がいたい。本気で叫ぶのって、こんな感じなんだ。
そして僕の意識は闇に包まれた。