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一握りの幸せ  作者: 天一神 桜霞
第一章
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プロローグ

 俺は、嘘が嫌いだ―――。


 二年ほど前、中学で出会った新しい友達と共に、県庁所在地でもあり県内有数の都市部である前谷まえたにまで遊びに出掛けた。

 友達が友達を呼び、さらにその友達まで呼んだことで、10人近い人数まで増えた一行は、映画を観に行くという口実を基に、皆で休日を満喫しようという考えだった。

 前谷へ行くのは初めてではなかったが、保護者が同伴せず、子供だけで電車に乗って行くというのは、俺としては初めてだったこともあり、どこか胸躍る感覚で先導する友達の後を追った。

 一行は、前谷に到着後、映画館のある方面へ向かったものの、当時流行っていた洋画を観ることもなく、通りに面して並んでいる店にあれこれ言いながら、自然とゲームセンターに立ち寄っていた。

 両親や祖父母世代のやや時代錯誤なイメージがあるものの、地元にこういった場所が無いので、新鮮に楽しめていた。

 もしかしたら、場所やゲームそのものではなく、友達とバカなことを言いながらはしゃいでいるのが楽しかっただけなのかもしれないが、その後そんな俺たちの気分を害することが起きた。

 お昼近い時間になり、混む前にどこかで昼飯を食おうという話になると、パン屋が同じ通りにあったから、そこにしようと言い出した者がいた。

 バイトもできない年頃の学生であれば、なるべく食費を抑えたいという一行の総意もあり、程なくして意見がまとまると、件の店へ向かった。

 パン屋自体は特に変わった物が売っている印象もなければ、店の内装が地元にあるパン屋と似たような作りであった為、どこのパン屋でもそんなものなのだろうと思い、どれだけ食費を抑えて腹を満たすかに心血を注いだ。

 一通り目を通して吟味しているうちに、早い者は既に会計を終え、どこで食べようかということを今更になって考えていた。

 なんとも行き当たりばったりな考えは、今思うと子供らしいと思えるが、通りにあるベンチに座って食べるか、ゲームセンターでも飲食は可能だったので、そこで食べればいいかというくらいに思っていた。

 そんな時、友達から声を掛けられた。

 その店の二階で食べられるらしいという彼の発言や、それを促すような看板が店の横の階段付近に立て掛けられていたこともあり、先に上がっていった友達たちを追いかけた。

 某ハンバーガーチェーン店のように、一階がレジで二階がイートインスペースになっているのだと想像した俺は、なかなか気が利くパン屋だなと感心し、地元のパン屋には無かった点だと思っていた。

 しかも、そちらとは違って、二階にはわざわざ店員もいて「いらっしゃいませ」と声を掛けてくるのだから、尚更だった。もしかしたら、防犯面での監視役や清掃係として置いているのではないかとも思ったが、深くは気にしなかった。

 しかし、それだけ配慮されている場所にも関わらず、先に席を陣取っていた友達たち以外の客が全く居なかった為、パン屋に来ていた他の客がなぜ訪れないのか疑問に思った。

 友達と相席して合流した後、早速パンに口をつけている彼らに倣い、自らも買ってきたパンに手を伸ばすと、先程出迎えてくれた女性店員がやってきた。

「こちら、メニューです」

「あ、俺はいいです」

 わざわざお冷まで持ってきてくれる行き届いたサービスに関心を示しながらも、差し出されたメニュー表をそのまま返した。

「そうですか」

 メニュー表を開きもせずに返した俺の手から受け取ると、彼女は静かに持ち場へ戻っていった。

 友達の中には、飲み物を既に注文していたらしく、お冷以外のジュースを飲んでいる者もいたが、節約の為だと思って、お冷があれば十分だと判断した。

 一階にあるパン屋では、飲み物は売っていなかったので、その分を補完するように飲み物を二階で売っているのかと妙な関心を抱いた。

 他の客がいないこともあって、わいわいガヤガヤ話しながらパンを口にしていると、まだ下で買い物をしていた者たちも次第に上って来た。

 ぞろぞろと押し寄せた客を出迎える一方、四人掛けのテーブルに納まりきらず、隣の席まで占有し始めた頃、先程の女性店員が少し困った様子で再び俺の下へやってきた。

「あの、すみませんけど、お一人様につき、一品以上は注文していただかないと困ります」

「え?」

 おそらく、彼女も店主か誰か上の立場の人間にそう言われたのだろう。誰かの視線を気にしながら、強引にメニュー表を押し付けて、その場で注文を待っていた。

 そこで、俺はここが一階のパン屋とは別の店であるということをようやく思い知り、このまま逃げるべきか、はたまた一品も注文せずに店に居座ったことを法的に問われるのではないかと思って、一瞬動き出すのが遅れてしまった。

「やべっ! 急げっ!!」

 それを聞いていた他の者たちも、きっと俺と同じようなことを思ったのだろう。

 ただでさえ金が無い中学生たちは、余計な金を取られると察知して、一目散に立ち去って行った。

「あっ! おいっ!! お前ら、戻ってこーい!!」

「お客さん、困りますよ」

 引き留めようと声を荒げても、誰もその声を聞き届けず、我先にと姿を消し、一緒にテーブルに座っていた者たちだけが取り残されてしまった。

「げぇ…マジかよ……」

「あいつら…」

 完全にタイミングを失った俺は逃げることも叶わず、なけなしの金を使う羽目になってしまった。

 罠に嵌まった愚かな俺たちのことを、階段から恐る恐る覗き込んでいる嫌味な奴を尻目に、仕方なくメニュー表へ目を通す。

 そこには、予想通りドリンク類も多数載っていたが、同じ物が自販機で買うよりも倍近い値段で売っているのを見ると、ここへ誘い込むことも含めたあくどい商売のやり方に買う気が失せて、せめて浪費が少ないように一番安いものにしてやろうと考えた。

 そして、メニュー表の隅から隅まで目を通して見つけたのは、100円もしないお茶請けだった。微塵も食べたくなかったが、嫌々注文すれば店員もようやく引き下がった。

 来る度に営業スマイルが崩れ、化けの皮が剥がれ始めていた女性店員が注文したものを運んでくると、いっそ手を付けずに帰ろうかと思ったものの、食べ物に罪は無いと思ったのと、出されたものは食べなければ…という変に律儀な性格が災いして、結局それを口にした。

 もはや、それが何だったのか覚えていないが、団子のように丸く整えたパンみたいな生地にゴマがついていただけの簡素で素朴な物であり、美味いの「う」の字も出ないほど味がしない上に、パサパサしているだけという完全に無駄金を使わされたと思える一品だった。

 同じ席で食べていた友達に、「それ、美味しい?」と聞かれた時、わざと店員にも聞こえるように声を大きくして、「不味い」とハッキリ口にしたことは覚えている。

 苦い顔をして僅かばかりの料金を払い、無事にその場から立ち去ることはできたが、先に逃げた奴らと合流してから、怒りながらもそのことを伝えると、あそこは罠を仕掛けてある最低の店だという共通の見解が出来上がった。

 改めて二階へ促す看板を見ても、別の店であることを示すような記述が無いことや、あの女性店員が美人でも何でもないことから、救いようもなければ弁解の余地も無いとされた。

 それ以来、俺たちの間では一階のパン屋を含めて、悪徳商売をしている忌むべき店と定め、二度とその場へ足を踏み入れることは無かった。

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