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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王子は森へ捨てられた

作者: 五珠

 その日、王子は森に捨てられた。



 本来ならば首をはねられていたのだが、


(何でだよ!)


 王妃がそれだけはやめてほしいと懇願し、森へと置いていかれたのだ。


 今まで、何一つ自分でした事のない王子が、


(あるから!した事あるから!)


 薄汚い服を着せられ、体一つで森の中に置き去りにされる事は死を意味するより他は無かった。


「はぁ……どうすればいいんだよ」


 一瞬で死ねるか、長く苦しみ怯えて死ぬか、その違いではないか……と、王子であった者は思った。


「もう、王子じゃないしな! 僕……俺はただのシャルルと言う男でしかない……って一人で言ってるの気持ち悪いな……はぁ」


 とりあえず怖い気持ちを紛らすため、大きな声で話すシャルルだった。


 鬱蒼とした森の中、何処からともなくガサガサと音がする。

 それが何かも分からない、大体俺は狩も好きじゃ無かったから、ピクニック以外には山に入ることもなかった。


「うさぎ? 鹿? 熊とか出たりするのか?」


 こんな薄暗い場所に一人で……いや、今まで一人になった事すら数える程しかないのだ。


 まだほんの数刻しか経っていないのに、シャルルは恐ろしくてたまらなかった。


 何故、自分がこんな目にあうのだろう……。



 彼は考える。考える時間はたっぷりあるから。


 とりあえず日の差すところへ座った。

(……変な虫とかいないよな?)


◇◇◇◇


 シャルル、数時間前までこの国の第二王子だった彼には婚約者がいた。


 マルクス公爵の双子の妹の方、リナだ。

 決められた婚約者だったがシャルルはリナを大切にしていた。


 リナは公爵令嬢らしく上品でワガママなお嬢様だった。

 王太子の代わりに行かされる公務で忙しくしていても、週に一度以上は時間を作って必ず会うようにしていた。

 婚約者なら当たり前なのだ、そうリナから言われていた。

その度に贈り物も欠かさない様にした。

(一度忘れた時、めっちゃ不機嫌だったからだ)


 そんなシャルルにリナが言った。


「あなたの金の髪が好き」


 多分あの時はじめて褒められたと思う。

 ……髪だったけど。


 うれしく思い喜ぶと、もう少し伸ばして欲しいの、とお願いされた。


 俺の兄である(あった、だな)王太子の様な肩まである長い髪がいいと言われたのだ。


 俺と兄はよく似ていた。


 髪の長さが同じようになれば、遠目では見分けがつかないだろうほど似ていた。

 一つしか違わない王太子と俺は、背の高さも体格も瞳の色以外瓜二つだったのだ。


 正直、嫌だったがリナの頼みだ、髪ぐらい、と伸ばした。


 兄と同じ長さになると、思っていた通り兄とよく間違えられる様になった。



「シャルル、あなた昨日はリナの所へ行ったそうね、仲のいいこと」


 母である王妃の言葉に唖然とした。


 俺は昨日も王太子に丸投げされた書類やらを一日中城で片付けていたのだ。


「いえ、昨日は何処にも行っておりません」


 正確には昨日も、だ。


「あら、でも……」


 王妃は扇子で口元を隠すと、言葉を濁した。


「いいのよ、気にしないで……何でもないわ」


 こんな事が何度もあった。


 何度もだ。


 兄、王太子にも婚約者がいた。


 マルクス公爵の双子の姉の方、エメ。


 しかし、王太子とエメは仲が良くなかった。


 違うな、王太子ガブリエルがエメを嫌っていた。


 二年前、婚約者を決めたのは王妃だった。

 十七歳になったばかりの王太子は何故自分の婚約者がエメなのかと王妃を問い詰めたのだ。


「長男だから長女の方にしたのよ、おほほ」


 そんな事だろうな、と俺は思っていた。


 王妃はあまり物事を深く考えない人だ。そういう所は王太子とよく似ている。

 大体、双子を婚約者にしようとする事が間違っている。他の家からも打診が来ていたのに王妃は面倒だからと勝手に決めたのだ。


 それも五年も前から王太子の婚約者を決める様に言われていたのに、二年前、父上に強く注意されてやっと決めたのだ。

(ついでに俺の婚約者も決めた)


「シャルル、お前がエメの婚約者になれ」

「……兄上、それは無理です」

「お前、俺様の言うことが聞けんのか?」

「兄上はマルクス公爵にそれを言えるのですか?」

「……………役立たずめ」


 城の長い廊下で王太子に呼び止められ、何を言われるかと思えばこんな話だった。

 そして言うだけ言って、自分の思い通りにならないと分かると王太子は去って行ったのだ。


「自分では何も出来ないくせに」

 めちゃくちゃ小さい声で言った。


 誰が聞いているか分からないからな、声に出さなければいいのだろうが、どうしても言いたくなった。そんな時もある。



◇◇◇◇



「婚約者この子でいいわね?」と王妃が絵姿を見せて来た時、ガブリエルは剣を磨きながら (磨いていると強そうに見えるから) 適当に「ああ、その子でいいよ」と言っていたのを俺は覚えている。

 あの時ちゃんと見ておけばよかったんだ、マルクス公爵に話を通した後、今更、姉と妹入れ替えますとは言えない。


 マルクス公爵は曲がった事が大嫌いな人だ、一度決めた事を覆すなど以ての外、気が短い所もあり逆らった者は次の日には消されるとの噂もある。


◇◇◇◇



 マルクス公爵家の双子のエメとリナはあまり似ていなかった。


黒髪、緑色の瞳で背の高い方がエメ。

赤髪、黄緑色の瞳で背丈はエメよりも小柄な方がリナだ。


 そんなに背丈は変わらないと思うがリナが私の方が小柄で可愛らしいでしょ?と言うのでそう言っておく。

 俺は婚約者の意見を尊重する男だ。


 顔はエメが優しそうで動物だとリスみたいな感じかな?

 リナは猫っぽい男好きのする顔、という感じか…。



 王太子ガブリエルは、エメの黒髪が嫌いだと言った。

 それも一年前、突然エメに面と向かって言ったのだ。


 俺から見ると艶やかで美しい黒髪だったが、ガブ(アイツはガブリエルなんて名前が勿体ないからガブで充分だ) は、魔女の様で嫌だと言う。

 リナの様な赤い髪がいいというのだ。

 確かに彼女の赤い髪は美しいが髪の色は持って生まれたものだ、どうにもならないだろう。

 それに赤い髪の魔女だっているはずだ。


『その黒髪嫌い』宣言から、二人仲は見るからに悪くなった。


 公爵令嬢エメはさすがに態度には出さなかったが王太子と一緒にいる時はあまり笑わなくなった。

 ……笑うと可愛いかったのに……。


 王太子は酷かった。

 会いに行かない、会おうとしない。

 パーティーや公務で婚約者同伴の時は呼び付けるが、踊ることはなかった。


 いや、双子の父親、マルクス公爵が来ている時はにこやかに彼女の手を取っていた。



 アイツは外面がいいのだ。



◇◇◇◇



 それは先々週の事だった。


 リナが髪を染めて俺の所へやって来た。


「どうしたんだ、それは?」

「私も、一度でいいから金色の髪になりたかったの、だから行商人から染め粉を買って……そうしたらこんな事に……ううっ」


 リナの髪は真っ黒だった。


 金色の髪になる染め粉などあるのだろうか?

 そもそも何故、公爵令嬢が行商人から物を買うのか?


「染め粉なら、しばらくすれば元に戻るよ」

「本当に?」


 あざとい顔をして俺を見つめながらリナが言った。


「ああ、大丈夫だよ」


 安心するように優しく声をかけるとリナは俺に抱きついてきた。


「うわっ!」


 驚いて両手を上に上げてしまった。

 リナはぎゅーっと抱きつくと顔を上げ俺を見つめる。


「愛しています」


( どうした? 染め粉でおかしくなったのか?)


 初めて抱きつかれた上に、突然愛の言葉を(感情のない言い方だったが) 告げられた。


「ああ、僕も…」


 愛している、とは言えなかった。

 好きかも、ぐらいなら言えたのだが。


 その次の日だ。


 王太子にまたもや廊下で呼び止められた。


「お前、俺様の婚約者と抱き合っていたそうだな」


「……? 何を言っているのですか?」

「二人でそこの庭で抱き合って愛していると語り合っていたと聞いたぞ!」


「そんな事は……昨日会っていたのは僕の婚約者です」


「はっ、ふざけた事を! リナ嬢は赤髪だろう、昨日抱き合っていたのは黒髪だっただろう!」


「確かに、髪は黒かったですが、彼女は」

「いい訳するとはお前らしくもないな。まぁいい、今回は知らなかった事にしてやる。まだ、足りないからな」


 足りない?


「足りないとは何ですか?」


「そんな事は言っておらん! 俺様は具合が悪い、今日の公務はお前に任せてやる、さっさと行け!」


 どう見ても元気そうなガブリエルはまた俺に仕事を押し付けた。

 逆らうだけ時間の無駄だと知っているから素直に受け入れる。


「はい、分かりました。お体をお大事になさってください」


 そう言って急いで執務室に向かった。

 自分の分の仕事もあるのだ。今日は採掘場に行ってスピーチをした後(何故俺が?と考えてはいけない)、昼食を誰か忘れたが叔母様達ととらなくてはならない。

 その後兄上の仕事をして(昨日も会ったのに)約束の日だからリナに会いに行かないといけないのだ。


「あっ、贈り物まだ用意してなかった!」


 採掘場に向かう馬車の中、リナに渡す贈り物を頼み忘れた事を思い出した。


「花束でよろしければすぐに手配出来ますがいかがしましょうか?」


 馬車に一緒に乗っていた、侍従のマックが言った。


「花束か」


「それだけじゃ、あのリナ嬢が満足するはずはありませんよ」

俺の親友で近衛のレナールがニヤニヤと笑いながら言う。


「そうだよなぁ、どうしようか」


 以前、花束だけを持って行った時、俺は何故か玄関先で立話だけで返されたのだ。


 それも「これは珍しい薔薇らしくてね、ほらきれいな八重咲きの花だろう、この時期は中々咲かないらしいんだよ」

「まぁ、キレイな薔薇ですわね。それで? 今日はこれだけですの?」

「あ、うん花束だけ持ってきたけれど」


 俺の言葉を聞いてリナはニッコリと笑った。目は笑っていなかったが。


「私、急ぎの用事ができましたの、今日はお帰りになって」


 あれは明らかに嘘だった。

 花束はすぐにメイドに手渡され「それでは、ご機嫌よう」と言うと、ドレスを翻し俺の前から去って行った。


 あの薔薇、高かったのに……。


 婚約者に贈り物をする時はポケットマネーからと決められていた。

 週に一度、必ず贈り物をする俺は、自分の物を買う余裕がないほどだった。だから服はガブのお下がりを着ていた、背丈が同じなのはこんな時助かるな。



◇◇◇



 いやぁ、採掘場とはいろいろ採れる所なんだな!

 採掘場の責任者はとても気前のいいおじさんだった。こんな所までよく来てくれましたと言って、『ペリドット』というリナの瞳と同じ色の石の原石を貰ったのだ。タダで!

 あまり大きくはないがとてもキレイな物だった、これ、贈り物にしよう。


 マックもレナールもきっと喜ぶと言ってくれたし、ちゃんと箱に入れてリボンもかけてもらった。


 そして夕方、やっと仕事を終えた俺はマルクス公爵家へと向かった。

 もうすぐ公爵家に着こうかという時、前を見ていたマックが言った。


「シャルル殿下、あの馬車、王太子殿下のではありませんか?」


 ちょうど夕陽が眩しくて見え難かったが、白馬に引かせたあの金ピカの馬車は王太子ガブリエルの馬車に違いなかった。


 具合が悪いと言っていたはずだが?


 すれ違った馬車の中にはガブと黒髪の女性が乗っているのがチラリと見えた。


「珍しいな、エメ嬢と出掛けるのか」



 マルクス公爵家に着いた俺に公爵家の執事が、「リナ様は急に熱を出されてお休みになられております」と、目を泳がせながら言った。


「そうか、それは……体を大切にと伝えておいてくれ、それからコレを、気にいるといいのだが」

 俺は贈り物を渡して、そのまま城へ戻った。


「あれ、嘘じゃないか? 執事の奴めちゃくちゃ汗かいてたぞ」

「レナール、言うな。シャルル殿下も分かっているんだ」

 マックとレナールとそんな会話をしながら帰った。



 まさかその後、あんな事になるとは思っても見なかったが。


 今日も疲れた、体を清め寝間着を着てベッドに寝ようとした。


 ……寝ようとしていた。


 部屋の灯りは今俺が手に持っているランプ一つだ。

 それをそっと、まだ使われていない暖炉の上に置く。


 俺の部屋だよな……?


 ゴクリと唾を飲み込んでしまった。


 何故なら、メイド達によって、いつもキレイに整えられているベッドの布団が不自然に盛り上がっているからだ。


 まるで誰かが寝ている様な、俺は部屋を間違えたのか?


 そんな訳はない。ならばアレはなんだ⁈


 近づいてそっと布団を剥いだ。


「きゃあああっ!」

「うわあああああっ!」


 白い服を着た黒髪の女がそこにいた。


 そして俺を見て驚いて叫んだのだ、いや! 俺の方が怖かったからな!


 叫び声を聞いた警護兵達が慌てて駆けつけてきた。


「シャルル殿下! どうなさいましたか!」

「はっ! エメ様……しっ、失礼致しました!」


「ちょっ、待て! 違う!」


 入って来た警護兵達はリナとエメ嬢を見間違え慌てて部屋から出て行ってしまった。


 追いかけようとする俺をリナが引き留める。


「こんな姿を他人には見せられませんわ」

「いや、こんな姿って、そもそもどうして君は此処にいるんだ?」


 リナは白いドレスを着ていた。普通のドレスだ、何もおかしくは無かったが、彼女は恥ずかしいと言う。


 そして此処にいる理由もろくに告げず、「おほほ」とおかしな笑い方をして、部屋の隅に待機していた侍女(いつから居たんだよ!)と一緒に出て行った。



 嵌められたのだと気づくのが遅かった俺が悪いのか。


 翌朝、俺は王の前で、王太子の足下に膝まずく事になった。


「シャルル、お前私の婚約者と寝たそうだな!」


「いえ、そんな事はしておりません」

(俺はまだそんな事したこともない、清らかな体だ)


「ふざけるな、証人もおるのだぞ!弟といえ王太子の妃となる者に手を出した罪は重い、覚悟は出来ておるだろうなぁ」


「本当に私は何もしておりません、それに寝ていたのはリナだったのです!」


「お前……下手な言い訳もほどほどにしろよ? 警護兵が言っていたのだ、お前と布団に入っていたのは黒髪の女性、エメ嬢だったとな!」


「だから! それが誤解なのです!」

「ええい! 王太子である私に口答えするな! 少し頭を冷やすがいい」


 まるで俺が嘘を吐いているかの様に言われ、そのまま城の塔の上にある貴族用の牢に入れられた。



◇◇◇◇



 その日の昼、俺を心配しているらしいリナが様子を見に来てくれたのだが、その姿を見て愕然とした。


 もう、誰も俺の言うことを信じてはくれないだろう。


 彼女の髪は赤髪に戻っていたのだ。


「もう、染め粉は落ちたのか?」

「嫌ですわ、何をおっしゃられているのかしら?」

「昨夜まで黒髪だったではないか」

「黒髪? ああ、やはりシャルル殿下はエメお姉様とそう言う事になっていらっしゃったのね」


「私を嵌めたのか⁈ 」


「嵌める? どう言う事かしら?」


 ふふふと笑いリナは帰っていった。



◇◇◇◇



 牢に入ってから四日が過ぎた。

 マックとレナールが一度訪ねて来て、状況を教えてくれたが、良くないものだった。


 俺は王太子からエメ嬢を寝取った寝取り王子になっていて、裏切られて傷ついたリナを王太子が癒してあげているらしい。


 王太子がリナを癒す?


(俺がエメ嬢に手を出した事になっているのなら、今、彼女(エメ)はどうしているのだろうか……)



 その日また来訪者が現れた。リナだ。


(貴族用の牢というのは、誰でも簡単に来ることが出来るのか?)



 夕陽の背にして、真っ赤なドレスを身に纏ったリナが扉越しに俺に向かって言い放った。


「貴方とは婚約破棄ですわ」


「そうか」


「あら、ショックでロクな事が言えない様ですわね」


「ああ、そうだね」


 さほどショックでは無かった。

 これでリナの贈り物に悩むことはないと思うと嬉しくもある。


 それに夕陽が眩しくてよく見えないし……。


 それだけ言って、眩しそうな俺の顔を悲しんでいると勘違いしたリナは、満足そうに牢を後にした。



 夜遅くに今度はマルクス公爵がやって来た。少し酔っ払っている様だ。


「夜会の席でエメが……王太子から婚約破棄を言い渡された……その上国外追放だと……」


 マルクス公爵は涙ぐんでいた。

 彼はリナより大人しく賢いエメを可愛がっていた。エメが父親似だったというのもあるだろう。


「すみません、ここにいる私には何も出来ないのです」


「ああ、分かっている。気にしなくていいよ、君はもう王子では無くなるからな」


「え、私はどうなるのですか⁈ 」


「明日、判決が言い渡される」


 言葉を濁し、ほろ酔いのマルクス公爵は帰っていった。


(明日、判決が言い渡されるか? 俺は裁判をされているのか、何で? 寝取ったから?)



◇◇◇



 今朝は朝食が出なかった。

 俺は忘れ去られたのだろうか? そう思っていたら昼過ぎにマックがやって来た。


「シャルル殿下、お腹空かれてるでしょう?」


「これは」


「コレを持って行くように言われたんです」


 渡されたのはパンとミルク、リンゴがひとつだった。

 そして薄汚い古い形の服が一式。

 コレを着ろということか?


「シャルル殿下、あなたは王子ではなくなります、さっき会議で決定しました」


 マックは項垂れ肩を震わせながら言った。

 彼は侍従だ、何も出来なくても仕方ない。此処に来てくれ、食べ物を運んでくれただけで十分だ。


「そうか、では……これから僕はどうなるんだ?」


 マックは唇を噛み締めている。

 そんなに、俺に言いにくい事なのか!


「王太子がめちゃくちゃな事ばかり言ってて……王は無言で、王妃は……とにかくシャルル殿下は待つしかありません」


 言いにくい事があるのか……何だか大変な事態になっている様だ。


 それから俺に出される食事は一日ニ回になった、いや、出るだけありがたい。



 三日後、王妃から手紙が届いた。

 そこにはエメ嬢が家を追い出されたらしいと書いてあった。


 公爵令嬢の女の子が……大丈夫だろうか……。


 助けてあげたいが、今の俺は牢の中だ。

 女の子一人助けに行けない、情け無い。



 翌日も王妃から手紙が届いた。


 王太子とリナが婚約したと書いてあった。

 そして、俺の首がはねられそうになったから代わりに森に捨てる事にしてもらった、と書いてある。


 首がはねられる? 何で?

 ガブ、何考えてんだ?


 で、俺は捨てられる? 森に……何で森?



◇◇◇



 そうして今に至るのだ。


 日が落ちてきている……俺、暗いの苦手なんだけどなぁ。


 これが昼間で、仲間達もいて、武器なんかもあったらまだ楽しめただろう。


 ガサガサ


 ははは…… 何かがいる気配しかしないな。


 バサッバサッ


 ふっ……鳥は平気だ。上を見なければ問題ないからな。


 ガサガサガサッ


 よし、さっきの続きを考えよう!


 ガサガサガサガサッ


「うわあああああっ!」

「うるさいっ!」


 森の奥の暗闇から、急に現れた灯りと人に驚いて、大声を出してしまい、怒られた。


「さっきから、あなたぶつぶつ煩いのよ!だいたいねぇ、こんな所に座っていないでどうにかしようと思わないの?ったく、これだから王子ってダメなのよ」


「……エメ嬢、口が悪い」


 現れた人影は、マルクス公爵家を追い出された(と聞いたけど? 凄く元気だな… ) エメ嬢だった。彼女、結構お喋りなんだな。


「君も森に捨てられたのか?」


 女の子が森に……可哀想にと思って彼女を見るとまるで虫ケラを見るような目を向けられた。


「だからリナや馬鹿王太子に騙されるのよ」

「えっ」

「行くわよ、ここ吸血鬼でるんだから」

「吸血鬼! 本当に⁈ 」


 俺はエメ嬢に手を引かれ (女の子の手は小さいな) 近くにあった山小屋に連れて来られた。


◇◇◇


 山小屋には小さなテーブルと丸太を切っただけの様な椅子が幾つか置いてあった。

 俺は端にある椅子に腰掛け項垂れていた。


「いつまで拗ねているのよ? 信じる方がおかしいでしょ? 吸血鬼なんている訳ないじゃない」


 分かっている、吸血鬼がいるなんて子供でも信じない話なのに、それを馬鹿正直に信じた俺が恥ずかしいんだよ!



「ほらシャルル殿下、食事にしましょうよ」


 子供をあやす様に優しい口調でエメ嬢が言う。


 山小屋の小さな木のテーブルに二人分のパンとシチューを並べると、彼女は俺の前に腰掛けた。


「二人で食べるのか?」

「他に誰がいるのよ」

「いや、僕は構わないが」

「…………偉そう」


 何だかエメ嬢に怒られながら食事をとる。

 彼女のちまちまとパンを口に運ぶ姿が、小動物っぽいと思った。


 食事が済むと作戦会議をすると言われた。


「復讐? ガブリエルとリナに?」


「そうよ! 私はありもしない罪を着せられたのよ?絶対許さない、マルクス公爵家の人間はね『やられたらやり返す』のよ」


 ダンっと拳をテーブルに叩きつけ力説するエメ嬢は怒っているのだが、それが何だか可愛らしく見えた。


「何を笑っているのよ⁈ 」


「いや、可愛いなと思って」


「はぁ? シャルル殿下おかしいんじゃないの?」


 うん、俺もそう思う。

 怒った顔がかわいいと思ったのは初めてだった。

 リナが怒った時は怖いだけだったのに、変だな?


「でも、復讐って妹にそんな事出来るの?」


「出来るのか、じゃないのよヤルの」


 そう言って頬をリスみたいに膨らませ腕組みするエメ嬢はやっぱり可愛い。


 俺、森に来ておかしくなったのかも知れないな。


「なんでさっきから笑っているのよ、シャルル殿下は悔しいと思わないの?」


「悔しいとは思うけど、どうしたらいいのかわからないよ」


 そう言えばこんなに近くでエメ嬢を見たこと無かったな、いつもガブリエルの後方にいたし、俺の前にはリナが立っていたからな。


 こうやって見ると、リナとは似てない……全然違う顔だ。


 俺はエメ嬢の顔を穴が開くほどみていた。

 復讐の事なんて考えずにただ見つめていた。

 すると彼女の顔がどんどん赤くなっていく。


 あれ? 熱でもあるのか?


「大丈夫? 顔が赤いけど熱があるのでは」


 そっとエメ嬢の頬に手を当てるとバシッと弾かれた。


「ばっ、ばかっ!」

「えっ」


 二人きりの山小屋の中は、暫く微妙な空気が漂っていた。



◇◇◇◇



 山小屋には残念ながら布団なんて物は無かった。

部屋もひとつしかなく、(小屋という所はこういう物だ、何も知らないのね。とエメ嬢にため息混じりに言われてしまった) 俺と彼女は互いに部屋の隅っこに横になって話をした。


 ランプのオレンジ色の灯りがゆらゆら揺れて、ちょっといい雰囲気を醸し出している。


(なんだろう、このいつもと違う状況のせいか俺、ちょっと緊張してるみたいだ 。ドキドキするし )


 さっきまでの気まずい雰囲気を誤魔化すかの様に、エメ嬢が早口で話だした。


「まず、ガブリエルが私の黒髪を嫌いだって言った事覚えてる?」

「うん、ガブリエルに代わって謝るよ、ごめん」

「いいのよ、あなたが謝る事ないわ」

「でもね、僕は好きだよ君の髪、とてもキレイだ」

「ありがとう、うれしいわ」


「アイツは君に対して、他にも酷い態度をとっていたよね」


「そうね、ガブリエルはあなたと違って冷たい男だった」


「僕?」


「そうよ、あなたはちゃんとリナに会いに来てくれたり贈り物もあげていたでしょう? パーティーの時は必ず迎えにも来てくれて。私、ずっと羨ましかったわ」


 贈り物はリナに怒られたくなくてやっていた事だけど…迎えに行くのは常識だろう? ガブリエルはそんな事もしなかったのか⁈


「どうして私の婚約者は貴方じゃなくてガブリエルなのかって、思ってた」


「えっ」


「あの人よく、あなたの振りをしてリナに会っていたのよ、知っていた?」


「あ、うん、何となく」


 やっぱりそうだったのか。

 髪型が同じになった頃から、行ったことのない場所で俺の目撃情報を聞くから おかしいと思っていた。


「そして今度はリナが私のフリをして、あなたを嵌めたのよね」


「ああ、あれね」


 あの日のリナは怖かった。思い切り叫んだし。



「私は王太子主催の夜会で婚約破棄を告げられるまで、あなたが牢に入っている事も知らなかったの」


「夜会で婚約破棄」


 あの日か、ほろ酔いのマルクス公爵が涙ぐんで言っていたな。



「派手な衣装を着たガブリエルと、その横に同じ様な意匠のドレスを着たリナが立っていたわ。わざわざ二人は壇上に上がって、王太子は私を指差しながら、大声で『婚約破棄だ! この浮気者が、シャルルと寝ておいて私と結婚し、妃になろうと思うなどふてぶてしいにも程がある! お前など国外追放だ!』って言ったのよ」


 ちょっとガブリエルの真似をしながら興奮気味に話すエメ嬢を、俺は頬杖をつきながら見ていた。


 アイツの真似してるエメ嬢。やっぱりかわいい、こんなに可愛らしいのに。


 リナにはこんな事思ったことないな。



「それからね! 横にいるリナの手を取って『可哀想なリナ、弟に裏切られるとは、私もエメに裏切られたのだ、裏切られた者同士、二人で傷を癒そうではないか』とか言って」


 横になっていたエメ嬢は起き上がり、俺の方へ前のめりになりながら話す。大きな緑色の瞳がキラキラしている。


「そうしたらリナが『はい、ガブリエル様、私りっぱな妃になります』って言ったのよ。リナはバカだからセリフをきっと間違えたに違いないわ、慌てた様にガブリエルが抱きしめていたもの」


 そうか、エメ嬢はリナの真似も出来るのか。

 声は似てるかなぁ…でもエメ嬢の声の方が好きだなぁ…。


「……ちょっと、シャルル殿下、ちゃんと聞いてるの?」


「あ、ああ聞いているよ」


 半分は聞いていたが、殆ど覚えてない。

 俺はずっとエメ嬢ばかり見ていたのだ。


「リナは、ガブリエルが好きだったってことだろう?」


 だったらリナがマルクス公爵に婚約者を変えて欲しいと言えばよかったのに、娘が話せば問題なかっただろうけど。


「違うわ! リナは『王太子』が好きなのよ、ガブリエルじゃないわ、分かる? あなたが王太子ならあなたを好きになったのよ。あの子はね、力のある者、お金のある者が好きなだけ、そして私からはすべてを取り上げないと気が済まないのよ」



「なるほど」


 ガブリエルと似ているな、と思った。

 アイツもそういうところがある。

 何でも自分が一番じゃないと気に入らないし、俺の物もすべて自分の物だと思っている。

 ……だからリナも自分の物にしたかったのか?


「ガブリエルもそういう所があるでしょう?」


「… ガブリエルは呼び捨てで、僕は『殿下』なんだね」


「え? 今そこ気にするとこ?」


「うん、僕はもう王子じゃないらしいしね、シャルルって呼んでほしいな」


 俺は上目遣いにエメ嬢を見て言った。



「あなた王族なのよ? 呼び捨てなんて出来ないわ」


「王族って、 もう違うだろう? 皆、僕は王子じゃ無くなるって言ってたんだぞ、それに捨てられたし」


 俺が言うと、エメ嬢はクスッと笑った。


「だから、『王子』じゃなくなるのよ」


◇◇◇◇


 言い訳にしかならないが、山小屋は寒かった。


 朝は特に冷えた。


 昨夜、俺とエメ嬢は話をしながらいつの間にか眠っていた様だ。



 確か婚約者についての話だった。

 王妃は、長男だから長女のエメ嬢を婚約者にしたのだとガブリエルに言っていたが、本当はサボらずキチンと教育を受けたエメじゃないと王太子の妃には出来ないと考えていたらしい。

 リナはどうして姉より美人な自分が王太子の婚約者じゃないのか、と文句を言っていたそうだ。


 そんな話をしながら、だんだんと距離は近くなってはいたが……。


 今朝、そう……今、俺の腕の中にエメ嬢が眠っているのだ。

 ぎゅっとしがみつかれた感覚に目覚めると彼女がいた。(ちょっとだけ抱きしめてもいいかな)



 ーーまだ寝ている。


 そっと彼女を起こさない様に体をずらして、自分が着ていた上着をエメ嬢に掛けた。

 古いものだが生地もしっかりしているし、寒くはないはずだ。


 顔を洗おうと外に出ると、其処にはレナールと衛兵達がいた。


「……シャルル殿下、やはりエメ嬢と」

「いや! 何もしていない(多分) 一緒に寝ていただけだ」


「一緒に寝ていた……!」


 口に手を当て大袈裟に驚いて見せるレナールと衛兵達。その後ろには目を見開き俺を凝視するマルクス公爵がいた。


「シャルル殿下! 責任はとってくれるのだろうな⁈ 」


 その迫力ある顔と声に、俺は首を縦に何度も振った。


 何故皆ここにいる? どうしてマルクス公爵までいるんだ?



「お父様、おはようございます」


 後ろからエメ嬢が恥ずかしそうに、さっき俺が着せた上着を羽織って出てきた。


「…… エメ! それはっ! 本当にいいのかね⁈ シャルル殿下」


 いいのかね、とはなんだ?

 エメ嬢に上着を貸していることか?


「はい、問題ありません」


「よし、よし分かった! 私も認めよう、エメお前もいいのだな?」


「はい、嬉しいです」


 エメ嬢は頬を染めて俺を見て言った。

 エメラルドの様な緑色の瞳が輝いて見える。



◇◇◇◇



 支度を済ませると(朝食をレナール達が持って来てくれた!) 出掛けると告げられた。


「それでは、森の神殿に行き聖杯を受けて城へ戻りますよ」

レナールが俺に言う。


「森の神殿で聖杯?」


「そうですわ、シャルル王太子殿下」

 エメ嬢が俺に古い上着を返しながら言った。


 王太子殿下⁈


「この服は、代々この国の王と成るべき者のみが身に着けることを許された品です、そして」


 恥ずかしそうな顔をし、俯いてしまったエメ嬢に代わり、マルクス公爵が神殿に向かう道すがら教えてくれた。


 この上着を女性に着せると云う事は、この人は自分(王) の者だという証らしい。うわっ。



 俺が牢に入れられる前、王はガブリエルに、王太子としての役目を果たさないならばシャルルを王太子にすると告げた。それに激昂した(アイツは短気だからな) ガブリエルは喉を潰す毒を王に盛った。

(声さえ出なければいいと思っていたらしい)

 そして、継承権を持つ俺がいなくなれば安泰だと思ったヤツは王妃になりたいリナと共謀して俺を嵌めた。


 バカだな、俺がいなくても、叔父達も継承権を持つ事を知らないのか?


 王は声を失ったのか……命を奪われなかっただけ良かったかな?

 そう俺は思っていたが、王はやはり許せなかったのだろう。

ガブリエルから王太子の座を剥奪し、俺に渡す事に決めた。 ヤツの前では何も言わず(まぁ、声が出ないのだから何も言えないか)事を進めていた様だ。



◇◇◇◇



 森の神殿に着くと、そこには白い髭を蓄えた背の高い神官がいた。


 神殿の中央にガラスの丸テーブルが置いてありそこになみなみとどう見ても赤ワインの入った聖杯が、置いてあった。


「コレを飲み干すの?」


 いや、酔うだろ?


「そうですシャルル王太子殿下。大丈夫、代々王族は酒に強い!」


 神官はホッホッホと笑い聖杯を勧めてくる。


「僕まだ十八歳」


「立派な大人ですな!」


 はははっとマルクス公爵が大声で笑うとレナールや衛兵達も笑った。


「しっ、知らないからな!」


 俺は聖杯を両手で持ちグイッと飲んだ。

 酸味の強い熟成されたワインは、まだあまり飲みなれていない俺には美味しいと感じられなかった。顔を顰めながら何とか飲み干した俺は……完全に酔っ払った。


 それから俺は、フラフラになりながらマルクス公爵にリナの愚痴をこぼし、支えてくれたレナールに抱きつこうとした為押しのけられた。挙句にはエメ嬢に抱きついて、むっ、無理矢理口付けをした為、頬を叩かれて衛兵達に引きずられながら城へと帰り着いた。


 ……忘れたい、何で薄っすら覚えているのか。いや、ちょっとは覚えていたいが。

 儀式で黒歴史を刻むとは思わなかった。


 ともかく、俺は王太子になった。



 城に戻ると、すでにガブリエルは牢に入れられていた。

 俺がいたあの貴族の牢だ。


 今、俺はエメ嬢、王妃と共に牢の前にいる。


「シャルル! お前っ俺様にこんな事をしてタダで済むと思うなよっ‼︎ 」


 下品に唾を飛ばしながら大声で話すガブリエルに、俺は表情を変えずに答えた。


「タダで済ますつもりはないよ」


「何だぁ⁈ 弟の分際で兄に口答えするのかっ‼︎ 」


「バカな兄はもう要らない。偉そうにするばかりで働かないし、すぐ人の物を取る、その上」


 俺は隣に立っていたエメ嬢を抱き寄せた。


「こんなに可愛い人を蔑ろにしたお前を、私は許さない」


 ガブリエルは、俺の腕の中で恥ずかしそうに微笑むエメ嬢を見て驚いている。


「ーーエメ! お前なぜそこにいるんだっ!」


 まるで自分の女だと言わんばかりにガブリエルは声を上げた。


「私は『王太子』の婚約者です」

 そう言うと俺の腕をキュッと握る。かっ可愛い。


「王太子は俺様だろう‼︎ シャルルは今やただの平民、いや罪人だ!」


 叫び散らすガブリエルを見ていると情けなく思えた。どうしてこんなに頭が悪いんだろう。

 俺はこんな兄の言うことを聞いていたんだなぁ。


「ガブリエル、お前はもう王太子ではない。王太子は私だ、そしてお前は今から罪人として裁かれる」

「ーー何だとぉっ⁈ 」


 ワアワアと喚き散らすガブリエル。

 そこで王妃が「喉が渇いたでしょう」と優しく言ってワインを搬入口から差し入れた。


「ふん、気がきくではないか」

 そう言うと、バカなガブリエルは躊躇なくそれを飲み干した。

「ーーガハッ、ああっ」

 渡された飲み物はガブリエルが王に盛った毒と同じ物だった。王妃は、飲み干し苦しむ姿を見届けなければ気が済まないと言って自ら毒を盛ったのだ。血を分けた息子より、夫を愛しているということだろうか。


 次の日、王と同じく声を失ったガブリエルの前にリナを連れてきた。

 彼女は牢に入っているガブリエルを見ると俺に縋りついてきた。それを見たガブリエルの目は怒りに満ちている。


「私はあの男に騙されていたのっ、愛しているのはシャルル、あなただけよっ! あなただって私が好きでしょう⁈ 」


 呆れた娘だ。コレがエメ嬢と双子だなんて信じられない。

 俺は腕に纏わりつくリナを叩くと、冷たく言い放った。


「触らないで、誰にでも媚びる女は嫌いだ。君はガブリエルの婚約者だ、ヤツと一緒の牢に入れてやるよ」


 リナは牢の中にいるガブリエルを汚い物の様に見ている。


「牢なんて嫌よっ!」

「じゃあ、別の所へ連れて行くよ」

「本当? うれしい!」


 何か勘違いをして嬉しそうに笑うリナ、そんな風に普段から接してくれたら少しは俺も君を好きになれたかも知れないのに、残念だよ。

 今日のリナは以前、俺が贈ったドレスを着ていた。それで俺が情に絆されるとでも思っていたのだろうか?


 そのままの姿で、彼女は西の森へと連れて行かれた。

 俺がいた森ではない。西の森には山賊が住んでいる。ドレスで着飾った美しい貴族と一目で分かる娘が、あの場所で無事に済む訳は無い。

 そうしてほしい、とマルクス公爵が言ったのだ。俺はそれに従ったまでの事(マルクス公爵はやっぱり怖い)。



◇◇◇



 さらに翌日、俺はガブリエルの牢の前に立ち言った。


「では、お前の首をはねようか?」

「……………!」

 鉄格子を握り締め、ガブリエルは俺を睨みつけた。


「王に毒を盛ったお前は十分死刑に値する、私のことも貶めた……だから、と思ったが」


 俺は首を横に振る。


「あなたは兄だ」


 悲しげな顔をした俺を見て、声の出ないガブリエルは満面の笑みを浮かべ頷いている。


「だからガブリエル、お前が私にした様に、森に捨てることにしたよ。自らの命は自分で決めるがいい」


 ヤツは口をパクパクと動かして何か言っている様だ。?『ふざけるな』⁈ アイツは反省していないのか。

 ため息を一つ吐き、俺は牢を後にした。後方ではガンガンと鉄格子を叩く音が響いていた。



◇◇◇◇



 ガブリエルは北の森へと置き捨てられた。


 可哀想だから服はそのままに、剣も一本持たせてやった。

あの森には多くの猛獣が生息している。毎年亡くなる人が後を経たない。そんな事すら知らないガブリエルは、余裕ある表情を浮かべていたらしい。

 口だけで何も出来ない元王太子がそこで生きて行けると思っているのだろうか。


 まあ、三日持てばいい方だろうと思っていたが、二日後、レナールから遺体が見つかったと報告を受けた。


 北の森へガブリエルを送ってすぐに、王が数人の衛兵を連れ、後を追うのを俺は見ていた。

 王は自らガブリエルを殺めに行ったのだろう。己に毒を盛ったのだ、例え血の繋がった子であろうと許せなかったに違いない。


 ーーまさか、ガブリエルが剣を持っているとは知らなかったようだが。アイツもそれなりの腕前だったみたいで、森で見つかった遺体は数人、王とガブリエルのものもあった。


◇◇◇◇



「シャルル王太子殿下、この後はどうなさいますか?」

「そうだな、まず王妃を牢に入れないとね。ガブリエル王子に毒を盛ったのだからしょうがないよね、マック」

「はい、殿下」


 王太子を剥奪されても、ヤツはあの時王子だった。そんな事も思いつかない所も王妃とガブはよく似ていた様だ。


 俺は別に王太子を手伝う兄想いの弟で構わなかったのだが、王妃が婚約者を決めた後、気持ちが変わった。


 俺はエメ嬢を一目見て気に入った。リナの様な見た目だけの空っぽな令嬢など必要ない。あの娘が欲しい。

 だから直ぐに王妃に言った。婚約者を替えてほしいと。

答えは「あの子は『王太子』の婚約者よ『王子』には勿体無いの」だった。


 俺が頼み事をしたのは初めてだったのに。


 王妃はいつも王太子を優先していた。


 ーーそうか、『王太子』になればいいんだ。


 その後すぐに俺は動いた。ガブリエルは簡単だった、本当によく思い通りにやってくれた。王に毒まで盛ってくれて……そうだ、リナもいい仕事をした。

 褒美をあげるべきだったかな?


 あとは俺がエメの気を引くだけだった。

 公爵邸にリナを迎えに行くたびにエメが俺を見ていたのを知っていた。わざわざ君が居るうちに迎えに行ったのだから。



 かわいいエメ。

 俺は、君を手に入れる為なら何でもする。


 


 俺はこの国の事に誰よりも詳しい。

(人一倍勉強もしたし、働いてもいる )


『森』など、熟知している。


 はじめから神殿のあるあの安全な森に捨てられる事は、俺が決めていた事だ。




 彼女を手に入れられる『王太子』になる為に。




◇◇◇◇



「あんな事をされたのに森に捨てるだけで済ませるなんて、あなたって優しいのね」

「そう?」


 エメが俺の横に座って甘えたように言う。


 優しい……かな?


 俺の髪をジッと見て「私、前みたいに短い髪の方が好きだわ」そう言いながら、俺の肩まである髪を触った。


「エメがそう望むなら勿論短くするよ」


 俺がそう答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「好きよ、シャルル」

「ああ、かわいいエメ。大好きだよ」



 手に入れた君を、俺は絶対離さないからね……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雨白かった ただ、ちょっと無理矢理にも思えた。のと、これ、誰も信用出来ない感じがして・・・ もし、自分の子供が双子だったら(双子って遺伝的にありそうな)「戦え」と言う王になるのかな?と思う…
[良い点] 便利に使われる気弱な第二王子かと 思いきや、王族の中では一番の腹黒な 策士であったとは(笑)((((((゜ロ゜; 最後の最後で裏切られました。 時間をかけて、周囲の人間を傀儡と する鮮や…
[一言] シャルル…腹黒! エメも同族の匂いがする…! 結果、お似合いの2人笑
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