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第一章 少年期編  第七話 「ソノモノトモダチ」


 宣戦布告。


 それは、この約四百年に渡り、使われることのなかった部族間の国際法。


 ある民族が、その他の民族に対して行う暴力と殺戮の宣言。

 もしくは、ある国からその他の国へ対する攻撃の意思。


 長き時において構築された、平和の礎を粉々に砕く鉄槌は、まさしくこの宣戦布告以上の行いなど存在しないであろう。

 しかし一方でこの行いは、殺戮から身を守る最後の防衛策でもある。


 国を、民を、尊厳を。

 家族を、友を、仲間を。


 言葉だけで守り切れるモノなど、この世には存在しないのだから。



「あれは……なんだ……?」


 一人の通行人が呟く。

 この広い大通りでも、彼のつぶやきは木霊していた。

 今しがた起きた不可思議な現象を元に、言葉を発する事が出来た人間は、この場に一人としていなかったからである。


 木霊した声は拡散され、発信源となる者に皆視点を合わせる。


 だがそれはほんのひと時の間だ。


 注目を集めた男は、その視線への反応を示すことなく、あらぬ方向へと目を向けている。


 当然の摂理であるが、その数瞬の後、民衆は彼と視線を共にした。


 …………音が聞こえる。

 

 重なり合う爆発音が、徐々にこちらへと近づいてくる音だ。


 言葉を発した男が最初目にしたのは、いくつかの小さな影であった。

 城壁のはるか向こうの空に浮かんで見えるその影は、遠くに見える限りだと野鳥の類に見えた。


 しかし、一瞬にして男は。

『違う、そうではない』

 そう確信した。

 このボルドーに生息する野鳥は、基本的に小さな種類しか群れない。

 あの影は、この城郭都市内で見るどの鳥よりも遥かに大きいのが確認できた。


 では渡り鳥の類か?


 いや、季節を巡り飛来してくる渡り鳥は、こんな時期に来るのを見たことがない。

 野生動物は、正確に動くものだ。


 それに加え、そのいくつかの影は、細やかな光を放っていた。

 この夕日が赤く染まる空でも確認できるほどに、その光は強かった。


 その影が、《人の形をしている》と理解する頃には、ボルドー内は大きな地鳴りのような音に包まれていた。  


「「「魔族の襲撃だァア—————!!!!」」」


 辺りの天幕を余波の爆風で舞い上がらせるほどに、その者等は勢いよく空を駆けていく。

 足の裏や、掌から爆発を生み出す能力か。

 一目見て魔族だとわかるその七人は、ボルドー中央の王城まで真っ直ぐ飛んで行った。


 慌てふためき、逃げ惑う民。

 その真っただ中に、三人の親子は取り残されていた。



「ママ! 早く、逃げないと!!」


 僕はそう叫ぶ。

 辺りからは爆発音と、民衆の喧騒が大きく、叫ばずにいられなかった。

 その声に驚いたのか、腕に抱かれたアレッサは泣いている。


「早く、馬車を出してください! 急いで家に帰らないと……ッ!!」


 御者へとママがそう叫ぶ。

 しかし、馬車の窓から身を乗り出した状態で、固まってしまう。

 どうしたものかと気になり、僕も反対の窓から前を見ると——————————


「なっ……誰もいない!?」


 馬が二頭いるのみで、人の姿はもうそこにはなかった。


「………ッッ!! ルドルフッ! アレッサは私が! 走るわよッ!!」


 鬼気迫る顔でママはアレッサをふんだくり、勢いよく外へと飛び出す。

 僕も直ぐに状況を理解し、後を追った。


 その間も、爆発音は鳴り響いていた。

 街の中央、城の方だ。

 

 馬車から外へと出た瞬間、これまでより一際大きな爆発音が響き渡る。


 たまらず城の方へと目を向けると、城の上空で、包み込むような爆炎が広がっていた。


「なんだ、あれ……」


 これまで幾度に渡る爆発音が鳴り響いていた。

 それは全て城を攻撃したもののはずであったが、肝心の城には傷一つついていないように見えた。


 王城を中心として、円形に囲むように、爆炎がゆっくりと広がっていく。

 その炎は上空から地へと傘のように城を包み込み、辺りの家々を焼き尽くした。

 僕はその破滅的な炎が、王城を嫌っているような、そんな印象を受けた。


 何にせよ、不可思議な光景である。

 今日一日で……、いや、ここ数日で色々な事が起こりすぎて、思考が追い付かない……。


「ルドルフ! 何してるの!? 早く!!」


 立ちぼうけし過ぎていたようだ。

 ママはもう、離れた場所にいた。

 気を取り直し、後を追いかける。


 そう、僕は走り出した。

 そこまでは覚えている。

 


「危ないッッ!!」



 それはほんの瞬きをした瞬間だった。

 

 走り出したすぐ横の露店が飛散した。なぜか? 爆発したのだ。


 露店を形成していた木材は細かな破片となり、容赦なく僕に襲い掛かる。


 爆発音へと目を向けた頃には既に。

 勢いよく破裂した木片は、粗くも鋭い先端を僕に向け、無数に迫ってきていた。


(あ、やばい……目に向かって……)


 呑気なものだったと思う。

 爆発に対する反応はできた。

 思考も、追い付いた。

 なのに僕は、その場から動けずにいたのだ。


 木片が、当たる……。


 ああ………。

 時間が、ゆっくりに感じられる……。


 そっか…………。



(—————————— 死 ——————————)



 目の前が真っ暗になる。


 僕は、なんだ、死んだのか?


 痛い所は………ないのか…………?


 真っ暗なのは、驚いて目を瞑っているから、だけ……?


 痛む所は、ない。


 ………ゆっくりと目を、開く。


 ひどくむせかえるような、煙の匂い。


 目に煙が入るのを嫌い、反射的に細める。


 最初はぼんやりとしていた景色であったが、徐々に見えてくる。


 見たくもない、光景が。


 …………轟轟と燃え上がる炎と、僕の間には大きな影が立ちふさがっていた。


 大きな影。

 大男だ。


 僕の良く知る、大男の影………。



「よお……無事、だったみてぇだな………ボウズ………」

「ルフィーノッッ!!」


 果物屋の気の良い大男。

 そして僕の、唯一の友達……。


 彼、ルフィーノは炎に背を向け、太く逞しい両腕を大きく広げ、そこに立っていた。


「なんで、ここに—————いや、なんでッ!! 僕を、庇って!?」


 僕の言葉にルフィーノは薄く笑う。

 優しい目だ。

 まるで、子供をあやす様な、そんな目——————————


「がフっッ!!」


 しかし彼は突如、苦悶の表情に変貌した。

 コップ一杯分程にもなるか。

 大量の吐血をして、その衝撃でルフィーノは僕の方へ倒れこんでくる。


 僕は何とか能力の発動を間に合わせ、彼の身体を受け止める。

 ただ彼の身体は大きすぎたか、支えきれない。

 下敷きになるような形で、僕は仰向けに倒れこんだ。


 ルフィーノの重みで押し潰されそうだったが、なんとか衝撃を和らげるのには成功した。

 

(起き上がらせないと—————!!)

 そう思い、隙間の大きい右側からとりあえず抜け出そうとする。

 彼の大きな肩に手を伸ばした瞬間。


 べちゃり。


 僕の右腕は、彼の胴回りを抱きかかえ、背中を掴んでいた。

 その右手から、嫌な音がする。

 嫌な感触だ。

 生温かい、ぬるりとした——————————


 恐る恐る、震える手のひらを見る。

 

 ………真っ赤だった。

 

 自分の身体の震えが大きくなるのが分かる。

 ルフィーノも震えているのか。

 —————————— 分からない。


 わからないわからないわからない!!!!


「ルフィーノ、血………」


「大丈夫だ、ボウズゥ………おれは、大丈夫だ……」

「大丈夫じゃないよ!! 血ッッ! はやくッッ!! 止めないと!!!!」


「ハア……ハア……行け………」

「え!?」


 ルフィーノはそう言い、起き上がろうとする。

 渾身の力を入れているのが分かる。

 ただ、起き上がるだけなのに。

 彼ほどの大柄な男が、ただそれだけの為に力を振り絞っている。

 その意味が分からないほど、僕は愚かではなかった。


「なにが大丈夫なんだよ! ルフィーノを早く治療しないと、死んじゃう!!」


 少し浮き上がったルフィーノの身体の隙間から、するりと上半身だけ抜く。

 下半身は、まだ挟まっていた。


 なんとか上半身を起きあげると、視界が一気に広がる。


 燃え上がる屋台。

 辺りの家々でも、爆発の連鎖が襲っていた。

 身体が揺れるほどの地響きと、轟音、悲鳴。

 その全てが、この世のモノと思えぬ環境をこの街に作り上げていた。


 視線を、ゆっくりと下に戻す。


 彼の背中は、悲惨そのものだった。

 大小の木片がびっしりと刺さり、彼の真っ白だった作業着は赤一色に染まっていた。


「ああ……」

 

 僕の身体も、真っ赤だった。


 地面も、彼も、僕も、炎も。


 僕の視界は赤色に支配されていた。



 うつ伏せの状態のまま、消え入りそうな声で彼が呟く。

「………早く、つれてけ…………」

「え?」


 ぐらりと視界が揺れる。

 違う。僕の身体が動いたのだ。


 急に、ルフィーノの身体から下半身が抜ける。

 ママがいつの間にか側にいて、僕の身体をひっぱっていた。


 ママはしっかりと両手で僕の身体を掴んでいる。


(アレッサはどこにいるんだろう——————————)


 どこかフワフワとした感覚を覚えながらも、僕は救い出される。



「うう………ルフィーノさん……息子をッ……すみません……」


 ママは泣いていた。


 なんで泣いているんだろう。


 すぐに治療すれば、助かるかもしれないのに……。

 それじゃ、まるで ———————————————

 

「おい、ボウズ……」


 ハッとして、ルフィーノを見る。


 そこでやっと、ゆっくりに思えた世界が、引き戻されるような。

 現実に叩きつけられるような、感覚になる。



 ああ、これはダメだと。

 人の死を目の前で見たこともないのに、何故か理解できた。

 血を、流しすぎている。


 ルフィーノは、助からない。


「あ………」


 『それ』が頭によぎった瞬間、涙がとめどなく溢れてくる。

 彼の姿が、よく見えない……。


「きいて、くれ…………」


 彼は、消え入りそうな声で、言葉を続ける。


「おれぁ……誰から、も……必要とッ、されない…人生だった……」


「いやだ……」


「友達なんて……できたこと、なかった………」


「いやだよ……」


「オマエはガキだが……歳は離れていても、おれぁ、うれしかったんだ……」


「………」


 彼は最後の力を振り絞り、起き上がる。

 地べたに座り、いつもの優しい顔で、僕に語り続ける。


「だからよ……最後だッ………」


 僕は、ママの腕を振り払い、ルフィーノへ抱きつく。


「いやだよぉぉおぉ!!! なんでッ! なんでッッ!!」


 彼は、震える腕で僕を優しく抱きしめて。



「ルドルフ……!! 友達に、なってくれて、ありがとよ……」



 そう、言った。


「いやだよぉお!! 死なないで! 誰かぁ!! ママッ! 誰でもいいから、助けてよぉ!! いやだいやだいやだ……ルフィーノが死んじゃうッ!! 僕のッ……とも、だち……」


 抱きしめられていた腕は、すでに解けていた。

 

「ルフィーノ……?」


 ぐらり。


 身体から力を抜くと、物のように崩れていく身体。

 固い物がぶつかるような鈍い音が響き、ルフィーノは倒れた。


「ルフィーノ!!」


 少年は再度抱きつこうとしたが、その体を母親は強引に止める。

 少年の肉体は能力によって力が強くなっていた為、母親は文字通り死に物狂いでその小さな身体を止めたのだ。

 

「ルドルフ!! ダメよ!! もう逃げなきゃ!!!!」

「いやだ!! だっでッ!! ルフィーノがッッ!!!」


「あなたまで死なせるわけにはいかないのよッ!!!」


 その言葉に少年はビクリと身体を震わせ、友へと向かう力を弱めた。



 母親は泣いていた。

 少年も、泣いていた。



 母親の能力で、近くの屋台を氷で固めた下に、アレッサは置いていた。

 心配であったが、それは息子が今、この知人に助けられなければ死んでいたという、彼女の焦りからくる苦肉の策であった。

 母は残された我が娘をその腕に抱くと、未だ泣き続ける息子の手を引き、駆ける。


 未だに爆発音は響き続ける。


 その日、エーテルメニア国の首都、ボルドーはかつてない大損害に見舞われ。


 魔族の少年、ルドルフの初めての友は。


 その腕の中で——————————死んだ。


  


 



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