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第一章 少年期編  第六話 「ソノモノタチノセンセンフコク」


「なんってこった……」


 僕らは、ルフィーノの果物屋に来ていた。

 事情を説明して、妹や父さんを見ていないか聞いたが、一言呟いた後、彼はしばらく黙りこくっている。

 なにやら考えている様子だ。

 ここ二日で見た光景を、思い出しているのかもしれない。


「あの……ルフィーノさん、娘や父を見てはいないでしょうか?」


 心配のあまりか、ママは再度同じ質問を続ける。


「………ああ! いや、すまない。奥さん。思い出そうとしたが、見ていないんだ」

「………そうですか」


 ルフィーノの回答は、彼には何の落ち度もないが、残念な結果であった。


「ただ、俺の魔族の友達も、一年前から行方不明なんだ……まだ見つかっていないし、何の情報も出てきていない。ソイツは大人だから、あまり心配はしていなかったが……そうか、嬢ちゃんと、お父さんもか……」


「魔族の友達が行方不明? そんなこと一言も……」

「ああ、ソイツはカストロって名前の魔族なんだが、元々自由な奴だからボウズには何も言わなかったんだ。実際、何も言わずにフラッっ遠出するタイプだったからな。ただ、その話を聞くと、魔族がらみで何かあるのかもしれん」

「何かって、なんですか? ルフィーノさん」


 不穏な空気の会話だ。

 ママも、不安げにルフィーノへと聞く。

 果物屋の大男は、太い腕を組みながら、目を細める。


「わからん。この街、しいてはこの国自体、魔族に対する風当たりが良くない。それは充分知っていたと思うが、もっと他に大きな闇があるのかもしれねぇ」

「闇っていうと……奴隷、とか?」


 奴隷。

 古い産業、文化として廃れた奴隷制度。

 大昔。九つの部族間でも争いがあった際は、この奴隷制度が多く活用されていた。

 しかしこの奴隷制度は若さを長く保つ、美しい森の部族が執拗に狙われるキッカケになってしまったのだ。

 長い時をかけて、《森の部族は奴隷としてのブランド》というイメージ、あるいは差別が作られ、さらにそこから長い時をかけて九つの部族間の差別を問題視する声があがるまで、この文化は続いた。

 九つの部族が支配する、この大陸での《奴隷禁止条約》が結ばれるまで、およそ五十年前まで続いた文化である。

 今ではどこの国の個人でも、奴隷契約を結ぶものなら国際法によって裁かれる。

 大陸から少し離れた魔族の国、離島のヴィルボア帝国だけは、この国際法にサインしていない。


 しかしこの大陸内でも一部の富豪は、密かに奴隷を持っていると噂されている。


「奴隷……かはわからんが、もししばらく探して、情報が何も出てこない様だったら……奥さん、ボウズ、アンタ等にはワリィが、この街から早い所出て行った方がいいのかもしれん」


 ルフィーノは、言葉を続ける。

 ママは、苦しそうな顔だ。


「ルフィーノさん、娘と夫がいなくなってもう二日になりますが、まだ、二日でもあります。この街を出るなんて、そんな選択肢は私にはありません」

「そうも言ってられねぇ状況になる可能性がある。魔族が集中的に狙われる、何かしらの闇がこの街にある可能性がデカくなった今、奥さんは二つの選択肢を取るハメになる」

「二つの選択肢?」


「いなくなった、希望の少ない夫と娘を取るか、今守れる場所にいる、ボウズと赤ん坊を助けるか」

 

 彼の顔は怒っているように見える。

 眉間にしわが寄り、口角は下がり、うつむき加減のその顔は。

 その反面、悲しんでいるようにも見えた。

 本当は彼も、こんな話をしたくないんだろう。

 僕らが思っているより、事態は深刻なのかもしれない。


「その、二択だ」

 

 ルフィーノは僕等より長くこのボルドーにいる。

 その《闇》を色濃く感じているのかもしれない。

 僕らが思うよりも、その《闇》は深いのか。


「………この子達まで失う危険が、この街にはあると……?」


「警ら隊の反応が証拠だ。奴等、何かを隠しているような素振りを時折見せやがる。アンタ等も、家族がいなくなったってぇのに、応対はひでぇもんだっただろう?」


「確かに、警ら隊の対応は非情でした。しかし、それが何と繋がっていると……まさか!! 警ら隊は、魔族を奴隷に……?」


 ママがルフィーノに詰め寄る。

 恐ろしい想像まで行き着いてしまったようだ。

 その肩は震えている。


「……俺に答えられることは何もねぇ。知らないんだからな……だが、アイツ等がその《闇》に繋がっている匂いはする……なあ、奥さん。もしそうだった時、アンタは残された子供達を本当に守り切れるのかい?」


 母は絶句する。

 やはり、ルフィーノは頭が良い。

 最も恐ろしい事態を予測して、先手で動き出せる人だ。

 戦いや組織のことを僕は本でしか知らないが、こういう人が指揮官とかに向いているんだろう。

 彼は、果物屋だが。


「悪いことは言わねぇ。もう少し夫と娘を探してもいい。だが、判断は遅れるなよ。娘と夫がいなくなった事実は、アンタの足元にまでその《闇》が近づいてきているって、俺はそういう見方をしているからな」


 ルフィーノはママの耳元で、そう囁く。

 ママはその言葉を聞いて、泣き崩れてしまった。

 普段はあまり泣かない、ママに抱かれているアレッサも泣き出してしまう。


 僕は、天才だ。

 故郷のカステル共和国は識字率も高くない中、両親の教えもあり若干三歳で字を覚え、数々の本の内容を暗記してきた。数学、歴史についても、五歳になる頃には始めていた。

 八歳には四か国語を覚え、今となっては六か国語の理解がある。

 考え方も、学習能力も、こんな子を見たことがないと、無数の大人に言われてきた。


 だけど今は、ママと同じだ。


 ルフィーノの言う、たった二択の選択の答えが、まるで分からなかった。


 たった二択の選択肢が、わからないヤツが、本当に天才なんだろうか……?


 答えのヒントを貰おうと思ったのか、自分でも分からない。

 僕はルフィーノに話しかけていた。


「ルフィーノは、どうするの。ボルドーから、出ていくの?」


 すると彼は、途端に寂し気な表情へと変わる。

 寂しげだが、その口元には笑みがあった。


「俺は、すぐにいくよ」


 彼は確かに、そう言っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ルフィーノと別れた後、そのままの足で僕たちは叔父さんのところまで来ていた。

 

 叔父さんはカステル共和国に本社を置く大会社の党首であり、ママの兄で、上司だ。


 現在拠点としているボルドーでは、南門のすぐ近くに支店を構えており、海を渡っての貿易にも手を出している。

 大陸の形が歪曲している為、ボルドーの品をカステル共和国より北の国へ貿易するには、陸続きに馬車で行くより、船での貿易の方が早いそうだ。 

 なので、海に面している南門近くに支社を置いたらしい。


 引っ越してきた際、最初に入場した門が北門。

 我が家は、東門と北門の丁度中間地点ぐらいにあるので、ここまで来るのに二時間はかかっただろうか。すでに、太陽の光はその色を深め、夕日となりつつある。

 

「そうか……ディエゴと、ルミナスが……わかった。望みは捨てるんじゃない。私も全力で探す。協力は惜しまないつもりだ。我々は家族じゃないか」


 叔父さんは終始真剣な顔でママの話を聞き、最終的には前向きな回答で話を締めくくった。

 ママは、また感極まったのか、泣いている。

 もうその頬は枯れているが、嗚咽を漏らしていた。



 流す涙ももうないのか。

 それ程までに、彼女はこの一日で感情を揺さぶられていた。



 往復で五か月に渡る貿易。

 その間彼女は家族の為に、愛する夫と子供達に不自由のない暮らしをさせる為に、出産して直ぐの身であったが必死に仕事をしてきていた。

 この仕事を終えたら、家族に会える。

 そう思っての五か月間であった。

 心身共に疲れ切っての凱旋であったが、外壁をくぐってからの彼女の足取りは非常に軽やかであった。


 『家族に会える!』

 

 お土産も買った。

 家族のその先一年分ほどの生活費も稼げた。

 帰ったら子供達にハグをして、夫に『よく頑張ったね。ありがとうね』と言ってもらうんだと、大きな期待をして、我が家の玄関へ勢いよく入ったのだった。

 

 しかし、我が家では温かい歓迎は無かった。

 自慢の長男と、愛する次女が、リビングでポツンと、返事もなく佇んでいたのだ。 

 その後の、ルドルフとの会話。

 足元から、大事な何かが音を立てて崩れていった。

 そんなはずは無いと信じたかったが、息子はこんな嘘をつくような子ではない。

 優しい子なのだ。

 その言葉は、今起きている状況は、真実なのだと、殴りつけられる錯覚を覚えながらも、嫌でも理解できたのだ。


 それから、彼女は怒り、悲しみ、自分が哀れで、不安と、行方不明の家族の身を案じて泣いた。


 泣き終わった頃、彼女は思い立った。

 我が家へ、一刻も早く帰らなくては。


 もしかしたら、夫と娘が帰ってきているかもしれない。

 とは、頭をよぎったが、ルフィーノという魔族の言葉が、脳裏にちらついていた。

 今は、この子達と再会の喜びを共有しなくては。

 この子達は、二日も家族がいない中頑張っていたではないか。

 母親である自分がしっかりしないと……そう思っての、帰宅への決意であった。


「兄さん、夫と娘を、お願いします。私は、この子達と今日は家に帰ることにします」

「馬車を出そう。流石に、もう日が暮れる。そうなっては心配だ」

「ありがとうございます。お願いします」

 

 そしてママは、僕の方へ顔を向ける。


「ルドルフ、今日は……ううん。いつも、アレッサの面倒を見てくれて、ありがとうね……帰ろっか。私たちのお家に」


 叔父さんに、バイバイをする。

 アレッサの手も掴んで、バイバイさせた。


 会うのは三年ぶりほどだが、叔父さんは相変わらず優しかった。

 昔の記憶より幾分か太っていたが、柔和な笑顔の変わらない、叔父さんだった。


 

 —————

 ———————————————


 「——————————なに、あれ?」


 帰り道、東門の前の大通り。

 そこを横切って我が家に向かおうとしていた時だった。


 それは、馬車から外の景色を見ていて、ぼーっとしながら城壁に使われているレンガの枚数を計算していた時だった。

 

 そう、ちょうど、東門が正面から綺麗に見えた時だ。


 東門の上、高き壁の余白部分が激しい光を放った。


 目を眩ませるほどではないが、夕日の沈み切っていない、明るみの残る空景色でもハッキリと光ったということが分かった。

 通行人も皆立ち止まり、光の発生源へと目を向けている。


【栄えある九つの部族の民よ】


 それは、この広い街全体に響き渡るほどの、大きな声であった。

 

 声に呼応するように、光がぼやけ、何かを映し出す。


 それは、人だった。

 若い、男の姿。

 ぼやけてよくは見えないが、大きな椅子に腰かけ、恐ろしい目つきでこちらを見据える一人の男。

 その頭から……角?のようなものが生えているのが、分かる。

 いや、あれは変質化した、《コア》か!?

 ならばこの人の姿を映し出す光も、大きな声も、魔族の能力……!


【我はヴィルボア帝国皇帝、イヴィルヴァーチェだ】


 この時、僕は。

 いや、ママも、まだ幼いアレッサも。

 家族が行方不明になり、絶望を味わっていた。


【今日この時より、貴様ら九つの部族の掟に従い、全ての部族へ宣戦布告をさせてもらう】


 でも、それはまだ始まりで。


【我々ヴィルボアの魔族は九つの部族全てを人族とし、この人族を根絶させるまで戦いは終わらぬモノとする】


 本当の絶望が何かという事を、これから知ることになるのだった。



【さらばだ、人族よ】

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