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第一章 少年期編  第四話 「ソノモノキエル①」

いやー時間がかかった。

とりあえず、頑張りました。


 僕の名前はルドルフ。ルドルフ・フォンセ。

 

 カステル共和国のしがない田舎から、大陸一都会と言われるエーテルメニア王国の首都、ボルドーへやってきた。そんなフォンセ一家の長男である。 

 

 母親が貿易商会のナリオ。父親はそんな母を支える優しいディエゴ。そして可愛い妹のルミナス。

 そして——————————


「うぇええぇーん!!」

「おーよしよし。なにが悲しかったのかな~? トイレ……ではないな。臭くない」


 今僕が世話をしている、産まれてまだ半年の妹。アレッサを含めて、五人家族である。


 種族は家族全員魔族で、その証拠で僕の左胸にはコアがある。正真正銘の魔族だ。

 母は肩に、父は肘に、ルミナスは後頭部に、それぞれコアがあり、このアレッサは右わき腹にまだ小さなコアがある。このコアは、成長に合わせて少しずつ大きくなるらしい。


 さて、時が経つのは早いもので、もうこのボルドーへやってきて二年の月日が過ぎた。


 僕は相変わらず、友達はルフィーノぐらいしかいないし、遊ぶ相手と言ったら妹のルミナスぐらい。そもそも遊びもほぼせず、アレッサの世話か勉強ぐらいしかしていない日常なのだが……。

 我ながら、年齢不相応だとは思う。

 近所に住んでいる子供達は、太陽が真上に来る頃に外で和気あいあいと集まっているというのに。

 

 僕は十一歳になった。

 

 大変苦労した魔族語も習得し、ついでに図書館の司書さんがエレダード神聖国出身だったこともあり、エレダード語も覚えた。

 これで僕は六つの言語を喋ることができるようになった。

 我ながら、天才だ。

 貿易商会の会長、僕の叔父さんですら四つの言語しか喋れないというから、もう少し大きくなれば母の仕事を手伝ったりすることもできるようになるだろう。


「おとーさん! 外の子たちと遊んできてもいーい?」

「ルミナス、何回も言っているだろう? ひとりで外の子たちとは遊んじゃだめだ」

「なんでダメなの!? みんな遊んでるのに、私だけいつもダメって!」

「いつもは、ルドルフお兄ちゃんと一緒なら良いって言ってるじゃないか。今は、お父さんも、お兄ちゃんも手が離せないから、一人では行っちゃいけないってだけで」

「もういい! しらない!」


 あ、またルミナスがお父さんに怒ってる。

 少し前に、僕と一緒に近所の子たちと遊んでから、ずっとああだ。

 同年代の子と遊んだことがなかったから、よほど楽しかったのだろう。


「ルミナス! ああもう……悪いけどルドルフ、ルミナスのことお願いできるかな? アレッサはお父さんが見ておくから」


 すっかり泣き止んだアレッサをお父さんにパスする。


「わかった。もし遊びに行くとしても、帰りにアレッサのミルクだけでも買ってくるよ」

「ルドルフにはいつもすまないね……頼むよ」


 ルミナスは先程お父さんに当たり散らしたあと、部屋を出ていった。

 玄関の扉が強く締まる音が聞こえたので、ひとりで外に飛び出してしまったのだろう。

 

 急がないと。


「まったく、世話の焼ける妹だ」


 妹は可愛いが、僕がこれだけ頭が良いのに……彼女は年相応だが、姉になったのだからもう少ししっかりしてほしい感情もある。

 いつまでも赤ん坊みたいに駄々をこねるのを卒業してくれはしないだろうか。

 

 そろそろルミナスも八歳だ。

 僕がボルドーに来た時と同じ年齢になる。

 

 僕は天才だから仕方がないとはいえ、僕が八歳だったときの精神年齢よりだいぶ低いようにも思える。僕の妹なのだから、なかなか成長せずお父さんに歯向かうような行動を見ると胸がざわつく。


 とはいえ、ひとりで飛び出してしまった今は、その気持ちをぐっと堪えて追いかけなくては。


 何かあってからでは遅い。


 まあ、この間僕も交えて遊んだ子供達は、家から十分ほど走った先の広場でいつも遊んでいる。


 探すまでもないだろう。


 それに、この街には厳しい試験を潜り抜けた警ら隊が常に巡回している。

 仮に窃盗なんてしようものなら、この警ら隊がすっ飛んできて、猫が三回ほどあくびをしているうちに犯人を見つけ出してお縄で縛りつけるほど優秀らしい。

 

 そもそも偏見があるだけで、魔族がこの街で暮らすことには罪でも、ましてや禁止されているわけでもないんだ。


 ゆえに、僕の合理的な考えでは、この考えなしの妹を追いかけるのに走ったりすることは、無駄な労力に他ならない。


 なんて、十一歳にあるまじき打算を脳内で繰り広げながら。


 それでも父への気遣いも忘れず、小走りにかける音を上手くだしながら、ゆっくりと玄関の扉を開けて家を出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

「むむ……。おばちゃん、値下げしたんですか?」


 妹を追いかけてから十分ほど経った今現在、僕は露店の前にいた。

 

 ルフィーノの果物屋がある、露店がたくさん並んだ大通りも魅力的ではあるが。

 タオルや薬といった生活必需品などを扱う露店は、こうした住宅街にもぽつぽつと点在している。

 こうした露店は買い物に無駄な時間をかける必要もなく、非常に便利である。


 このあたりの露店は通るたびに品揃えと料金帯を確認してはいるが、この店はアレッサにつかう使い捨てオムツが二束三文で叩き売りされていた。他の店の平均的な値段からは、だいぶ暴落した数字が、木板に書かれている。 


 こんな近所にオムツを安く売ってくれる店があったなんて。

 つい最近新しく商売を始めたのだろうか? 知らなかった。

 

 ただ、こんなの買わない手はない。


 幸い、お父さんからは何かあった時の為と、お小遣いとしてエーテル銅貨を三枚、常に持ち合わせている。

 銅貨三枚もあればこの露店にあるものを全部買えるし、あと三週間はオムツを買わなくて済むではないか。

 

 もう一度言う。こんなの買わない手はない。


 店主が口を開く。


「ええまあ、このあたりの子供たちはみんなおっきくなっちゃったしねぇ……古くなったら、これを穿く赤ん坊に忍びないじゃないか。だから、この値段なのさ」


 露店のお婆さんはしわがれた声で安い理由を説明する。

 この人は初めて見る顔だが、ひどい《地の言葉》訛りだ。


 これまでに見たことはない店だが、陳列品を見るに少し古くなってきてるものが多い。

 露店を支える屋台骨からは微かに木の腐敗集がする。

 お婆さんの発言からするに、昔からここで商売をやっていたような言いぐさだが……ううむ。

 こんなひどい地の言葉訛りの老人、僕なら忘れないと思うんだけどなぁ………。


「全部、買います。エーテル銅貨二枚で」


 と、僕はそこまでで考えるのをやめた。


 図書館で見た、《レオナルド・E・ディルムッドの冒険碑》でも、『世には思考すべき事柄と、そうでないものがある。愚か者には、見極められぬ』って書いてあった。僕の好きな一節だ。


 これは、思考すべきでない……というより、思考するだけ無駄というモノだろう。

 これだけ齢を重ねた老人だ。

 僕の人生では考えつかない経緯や、成り行きがあって、あまり店をだせない個人的な理由があり、たまたま僕が見たことがなかっただけであろう。

 そんな背景が混じる矛盾など、想像を広げても無駄というモノさ。


「はい、まいどあり……おぼっちゃん、その年でそんなに計算が早いなんて、賢いモンだね」


「まあね。僕って天才らしいから」


「そうかい……若さとは素晴らしいものだねぇ……ほら、おつりだ」


「ありがとう。それじゃあ、また利用するよ」


 お釣りを確認する。

 ………うん、銭貨四枚。ぴったりだ。


 両手に袋を携える。

 結構重い。

 能力を使えばこの程度難なく持てるが、ここはぐっと我慢だ。


「はいよ。またおいでね……」


 背中から聞こえた、酷い地の言語訛りの声に振り向くことなく、僕はその場を後にした。






 ————— 。

 —————————— 。

 ———————————————————— 。

 —————————————————————————————— 見つからない!!


「はあ……はあ…………」


 もう、家を出てからかれこれ一時間は過ぎた。

 未だに、ルミナスの姿が見えない。


 近所の子供達がいつも集まる広場には、誰もいなかった。

 その付近で、いつもと違う遊びをしているのかと思ったが、ぐるぐると周ってみても子供ひとりとしていなかった。


 時間が経つにつれ、鼓動が早くなる。


 こんな無駄な大荷物をぶら下げて、走り周っているからだ。


 少しずつ、ママと、お父さんが言っていた言葉が脳内で反復する。


『絶対にひとりで出歩いちゃダメだぞ』


 そんなことわかってた!!


 でも、お父さんと喧嘩して、そんな遠くに行くなんて………いや、そうだ。ルミナスがこの広場に来ていると何で確信していたんだ。僕は!!

 いじけて、行き先も決めずとりあえず家から遠ざかって行った可能性だってあったじゃないか!


 踵を返す。


 向かうのは、家だ。


 とりあえず、一回帰って荷物を置いて、お父さんに状況を報告しよう。


 いや、なんだったらルミナスはもう歩き疲れて、家に帰っているかもしれない……。

 いくら僕より頭が悪いからといって、ママとお父さんに普段からあれだけしつこく一人で遊ぶなって言われてたんだ。

 途中で不安になって、すぐに家に帰っている可能性も大いにあるじゃないか。


 そう思いながらも、一度落とした歩くペースは、徐々にまた上がっていく。


「これで、何食わぬ顔で夕ご飯食べてたら絶対に許さないからな……!」



 少年は走る。

 早熟とはいえ、まだ十一歳だ。

 彼は不安にもなるし、その不安は、魔族ならではの形で身体に体現することも、なんら不思議な事ではなかった。

 道行く人々をかき分けて、重い荷物を持ちながら疾走する少年の。


 少年の、その脚は無意識のうちに獣のように膨れ上がり、人族では決してあり得ない体毛をその肌から覗かせていても。

 少年が視線に晒されているのに気づくことなく走り続けていたとしても。


 少年を責められる者は、このボルドーに一人としていないであろう。










 

 


魔族であることを晒されるルドルフ、消えた妹のルミナス。

ふたりの姉弟はどうなるのでしょうか…?

それでは自作、お楽しみに。

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