第一章 少年期編 第二話 「ソノモノノノウリョク」
えー、第三話の投稿でございます。
前回の約半分ほどの文字数で仕上げました。手抜きじゃありません。
この世界では、魔族しか魔法は使えません。
そして、魔族は、一種類しか魔法は使えません。
この物語において、それはとても大事な事になります。
「ああ? 俺の能力だあ?」
エーテルメニア王国、その首都ボルドーへ一家が引っ越して来て、一週間が経った。
当初恐れていた差別なども、《コア》をうまく洋服で隠し、魔族だと悟られない様配慮して外出をしているからか、他者からの視線は感じない。
僕は胸に《コア》があるので、隠すのに不自由はしない。
だが妹は後頭部にある為、常にフードを被っている。
最初は嫌がっていたが、もう慣れたようだ。
母は出社している。
今は父と妹、三人で食材の買い出しに外出している。
今日一番のお目当てはそう、新鮮な果物だ。
ここに来て五度目となるこの果物屋は、もはや常連の居心地である。
「俺の能力といやあ、ソイツはもうすっげえぞ。俺の両親はしょーもねえヤツ等だったが、この能力を与えて産んでくれたことには、感謝しているぐらいには、な」
目の前の男、果物屋のルフィーノはがっしりとした両腕を組み、満足げに頷く。
ぼさっとした陰湿な髪形の金髪に無精ひげ、僕の二倍はあろうかという体躯にエプロンと、なかなか不規則な見た目ではあるが、子供なりに様になっていると思えた。
「うん、人の能力を見るのが好きなんだ、僕」
「その気持ちは分かるぜ、ボウズ。確かに他のヤツの能力には興味が湧く。だが今はいけねえ。なにせ、通行人に見られるからな」
現在、この露店にはルフィーノと僕しかいない。お目当ての果物はつい今しがた僕が購入し、父さんとルミナスは隣の露店で香辛料を見ている。
時間帯によって往来のバラつきがあるのか、一週間前に通った時は人でごった返していたこの大通りも、今は閑散としていた。
しかし今は何よりルフィーノの能力だ。
気になる。
ずっと気になってはいたが、聞けずじまいであった。
今日こそは、知りたい。
「じゃあ見せてくれないの……? おにいちゃん」
くらえ。都合が悪い時の子供アピール。
「へっ! ちょっとコッチに寄りな。ボウズ」
恥ずかしかったが効果はあったようだ。
言われた通り素直にすぐそばまで寄る。
ルフィーノは僕と目線が合うぐらいまでしゃがみ込み、両手を合わせて軽く握った。
その中を覗くようジェスチャーされる。
何のことか分からずルフィーノの顔を見上げると、早くしろとのこと。………わかったよ。
中を覗き込んだ。
——————————すると。
「うわあ、綺麗………」
野の美しい花々をどれだけ集めても、これだけ色鮮やかにはならないだろう。
それほどまでに、ルフィーノの掌の中は、美しい光の光景で満ち溢れていた。
ただ様々な色に光輝いているだけだが、その景色は他で見ることは絶対にできないだろうという、その確信が少年にはあった。
夜に光る満天の星。
あれの色をそれぞれ強くさせて、手元で見ているような———
突如、景色は一変して暗闇となる。
「もうおしまいだ。どうだったか?」
「もっと見ていたい」
「はっはっはっ! 満足頂けたようでなによりであります、おぼっちゃま。ただ残念。お迎えが来たようであります」
後ろを振り向くと、いつの間にやら父さんとルミナスがいた。
どうやら胡椒の値下げには成功したらしい。
にこやかにルミナスを抱っこしている。
その両手にぶら下げた袋からは、微かに鼻の奥をつく香りがした。
「何を見ていたいんだい?」
「あのね! ルフィーのぼふっ!」
「やー、コッチの話であります。お父様! ボウズと俺は友達同士! 友人でしか語り合えない事もありましょう! なっ、ボウズ」
喋っている途中でルフィーノのゴツイ手に、口元を塞がれる。
一日中果物に触れているからか、その手からは甘酸っぱい匂いがした。
何事かと焦りはあったが、その行動に対しての少年の理解は早い。
父の後ろから、別の通行人が果物の陳列棚を覗き込んできた。
それを見て、能力の話は人前でしちゃいけないことだったと、思い出す。
「う、うん。そう、こっちの話」
「そうかい? じゃあ、もうそろそろ行こうか。ルフィーノさん、息子の友達になってくれて、どうもありがとうございます。それではまた、近いうちに」
「毎度! また来てくれよな!」
僕もこの大男の呪縛から逃れ、父さんについていくことにする。
立ち上がろうとしたルドルフを、ルフィーノは呼び止め、再度耳打ち。
「友達同士の内緒だからな。秘密にするんだぞ」
そう言って、バイバイしてくれた。
僕は初めてできた友達に胸が高鳴るのを覚え、その気恥ずかしい気持ちを抑えながら、父の背中を追いかけた。
帰り際、見慣れない虫がいた。
僕は、見たことのない虫は、必ず捕まえる。
身体の作りを隅々まで観察して、生体の理解を深める為だ。
その時も、いつもと同じようにして追いかけて、捕まえた。
(蝶と蜂の中間みたいな形をしている……羽根は、どうなっているんだろう?)
胴体を手で挟み、裏面を見ようと軽く羽根を引っ張る。
すると、いとも簡単に羽根がちぎれてしまった。
「あ……」
意図せず生き物を傷つけてしまった。
そこに良心の呵責を感じる前に、僕は、怒鳴られた。
「ルドルフ! かわいそうだろう!!」
父だ。
普段は温厚で、絶対怒らない父さん。
しかしこの時は、怖い顔をして、僕を真っ直ぐ見ていた。
ルミナスは抱っこされながら、びっくりした顔をしている。
そりゃそうだ。こんな父さん、僕も初めて見た。
「ご、ごめんなさい……そんなつもりは………」
そう、そんなつもりはなかったんだ。
ただ、僕は、知りたかっただけなんだ……
「ルドルフがそんなつもりは無くても、この虫はもう二度と飛ぶことはないだろう。この虫の未来を奪ってしまった………それは、現実なんだよ」
父さんは、変わらず真っ直ぐに見つめ、そう言う。
力のある目だ。
僕は今、初めて、父さんに怒られている……。
(あ、やばい。泣きそう……)
そう思った時には、もう遅かった。
ぼろぼろと、涙が溢れてくる。
この虫を傷つけてしまった、という自覚と、父に初めて怒られた、という感情。
少年の心の中は、その負の感情がグルグルとせめぎあっていた。
「ぼく、どう、すればいいの……?」
少年は神童であった。
両親は、これまでに自分の息子よりも賢い子供を、見たことがなかった。
考え方も早熟で、その辺の大人よりよっぽどしっかりしている。親の贔屓目なしに、そう確信していた。
だが、ルドルフはまだ八歳なのである。
そもそも怒られる原因を作らない、普段から両親の手伝いも率先して行う。
転ぼうが、勉強中分からないことがあろうが、決して泣く事がなかった息子が泣いている。
そう思った時、父は、息子に対しての愛おしさを覚えた。
だが、それはそれ、これはこれ、だ。
この優秀な息子に、道徳をしっかり教えてやらないといけない。
「ルドルフ、その虫は、羽根は千切れたが、まだ死んではいない。そうだね?」
「………うん」
「ならば、ルドルフが、その子を死ぬまで飼いなさい。その子の《生》を奪ったのは、ルドルフなのだから」
少年は、涙で真っ赤にしながらも、父のことを真っ直ぐ見つめなおし、
「わかった」
力強く返事をした。
その答えに対して父は、にっこりといつものように笑い、
「じゃあ、その子もつれて、帰ろうか」
と、歩き出す。
後をとぼとぼとついてくる息子に対し、父は振り返り、
「それにね、僕は虫が好きなんだ」
そう、夕日を背にして言うのであった。
第三話、見て頂いてありがとうございます。
第三話まできてなんですが、もう少し後になると、この物語には残酷な描写が描かれることになります。それだけは、ご注意ください。
ではまた、お会いしましょう。