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第一章 少年期編  第一話 「ソノモノマゾク」

ちょっと長めに書きました。一話だからね。気合いれすぎてしもうた。

次回からは、もうちょい少なめの文字数で投稿します。手抜きじゃないですよ。


 街を取り囲む高き壁を超えるには、面倒くさい手続きがいくつもあった。


 以前のカステル共和国での住人登録表、その写しと国境で発行してもらった入国許可表、家族構成やこれまでの両親の職歴を明記した個人登録証など……あらゆるものが確認、登録を要求される。


 エーテルメニア国内で使用できる、エーテル銀貨。これを三枚支払い、ようやく一家は壁外の監査室を通過できた。

 

 ここまでの全ての手続きは母が行ったものだが、その後ろを息子はピッタリとくっついて回っていた。自分の知らないものを学びたい。そう思っての行動だという事を母は理解していた為、一つ一つの作業を丁寧に息子に教える。


「パパはこういう難しい書類関係は苦手だからね。大きくなったらルドルフが頑張るのよ」


 とは、母の言である。

 何はともあれ城下町へと入場できた一家であるが、外観とはまた違った驚愕がそこにはあった。

 

 地面は一枚の岩が広がっているように滑らかであり、その道幅は人が五人ほど横たわってもまだ余りあるだろう。

 この道は城の入り口まで続いているのが、遠目に確認できた。

 また、地からは等間隔で長く伸びた鉄の棒が生えており、その先端にはランプがついていた。

 まだ昼間であるが故ランプは皆沈黙していたが、太陽が地平線の向こうに沈んでも、この街から光が失われることはないと、想像に難くなかった。

 

 道の両端には露店が並んでおり、人がごった返している。

 店頭に並べられた商品は見たこともない果実や農作物、煌びやかな装飾品、奇怪な姿の魚など、少年の知り得ない様々なものがそこには溢れていた。


 少年は強い好奇心に駆られ、馬車を飛び降り、露店へと走る。

 母や父の静止などその耳にはもはや届いていなかった。

 しかし、少年は突然失速する。

足を取られたように前のめりに倒れこみ、地に突っ伏した。父も馬車から飛び出し、少年に駆け寄る。


「ルドルフ! 大丈夫かい⁉ ああ、おでこから血が出ているじゃないか……急に走りだしたら、ダメだろう⁉」


 しかし少年は泣くわけでもなく、痛がる素振りすら見せなかった。

 それどころか父の方を一切見ずに、今しがた自分が、その小さな足を取られた原因となるモノを凝視していた。


「お父さん。どうして、地面に小さい鉄格子があるの?」


 少年は、新しい疑問を見つけただけであった。

 人一倍知識欲の強いこの少年は、自らが傷つく事よりも、父の心配よりも、己の知り得ないモノを探究する方がよっぽど重要な事であった。


「鉄格子……? あ、本当だ。なんでだろうね?」


 しかし父は答えられなかった。


 元々国外間での行き来をするものなどごく一部であるがゆえ、自らの生まれ故郷にない街の仕組みなど、知る由もなかったのである。

 

 父と息子、地べたに座り思案すること数秒、そんな親子に助け舟が出された。


「ソイツは、下水道だよ」


 果物を売っていた一人の店員がこちらまで来て、そう言った。

 彼は少年がこちらに走ってくるのに気が付き、転ぶまでを見たうえで心配して店から離れて来たのであった。


「下水道……?」


「ああ。ここら辺は雨が多いんだ。だから地面がぬかるまない様、道も固く作られているし、こうやって地下に水の通り道を作ってやって、雨水がたまらない様にもしてある。各家のトイレも、この水の通り道を通って海に流れるように作ってあるんだ。すごいだろう?」


 少年の方を見ながら、果物屋の店員はにこやかにそう教えてやる。

 言い終えると、今度は父親の方を向き、


「アンタ等、カステル共和国から来たんだろう?」


 確信を持って、そう告げる。

 父は驚きながらも、頷く。


「道理でな。俺も、カステル共和国から三年前に移住して来たんだ。街なんかも、すごいよな。何もかも違って……って、アンタ、もしかして魔族か⁉」


  突如、果物屋の店員は驚愕する。

 それは、父の両腕を見て、いや、もっと言えば父親の両腕についた《コア》を見ての反応の変化であった。


「え? ええ……私達は魔族ですが……」


 魔族は欠片から産まれた存在だと言われている。

 よって、この世に生を受けた全ての魔族は、その体のどこかに《コア》と呼ばれる宝石のような臓器を体外に露出させている。

 この《コア》は非常に硬く、また無尽蔵に《魔力》というものを生み出す器官であるとされている。

魔族だけが扱える力。

 であるがゆえ、《魔力》と言われるが、ここ近年、医療の進歩により、他の人族もこの《コア》が体内にあることが確認されている。

 ただ、その大きさは豆粒よりも小さなものである。体内の魔力を感じる人族など、この世にはほぼ存在しない。

《魔力》は魔族だけの力であり、魔族は対外に《コア》がある。

 これが他の人族と魔族を分け隔てる限りない違いであった。


「カステル共和国は、魔族が作った国だ。だからこそ、人族も魔族に対して何も思うところなんかねぇんだが……ボルドーはそれと比べると、魔族には住みづらいかもしれんぞ。何せ、エーテルメニアは人族の国だ」


 男は続ける。


「俺も魔族だが、ここに住んでいる九つの……地の部族と水の部族がほとんどだが、結構嫌な目で見られるぜ。なんでかは知らんがな。………だから、気をつけろよ」


「ご忠告、感謝します。そんな風土があったなんて、早めに知っておいて、良かったです」


 父は男の話に冷や汗をかきながら聞き入っていたが、すっと立ち上がる。


「ルドルフ、さあ、お兄さんに教えてくれてありがとうって言って。ママを待たしているから、馬車に戻ろう」

「お兄さん、名前は?」

「ルフィーノだ。ボウズ」

「僕はルドルフ。ルフィーノさん、ありがとうございました」

「おう、もう転ぶんじゃねぇぞ」

「うん! バイバイ!」

「それじゃあルフィーノさん、ありがとうございました。また、今度は果物を買いに、息子と来ます」

「ああ、いつでも待ってるぜ」


 ルフィーノと名乗る気の良い魔族は、親子が馬車に乗り込むまでの間、ずっと手を振り続けていた。

その後、仕事場を離れていたせいでルフィーノは店主からこっぴどく怒られた。

 だがその男は久々に同族に会えたことに、喜びを感じる気持ちの方が怒られた悔しさよりもよっぽど大きく、それからの仕事も気分よく、持ち前の明るさで接客をするのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 父と息子がルフィーノと出会い、馬車で母に叱られ、新しい家に到着した後、父と子供達は馬車から荷物を運んでいた。

大通りから二十分は馬車を走らせた、住宅街の一角だ。

 城壁が近いからか、洗濯物がうまく乾くかを父は心配していた。

 

 母は、自分もついていきたいという息子を宥めた後、役所に行ってしまった。


 壁外での監査室はあくまで街へ入る許可証を受け取るための工程だったようで、今度はこの街での住民権を得るための書類審査が必要らしい。

 帰りに貿易商の叔父を尋ねると言っていたので、戻るのは日暮れであろう。


「父さん、この木箱はリビングでいいの?」


 新居特有のなめした木の匂い、独特ながらどこか安心する。

 その空気を胸の奥まで吸い込みながら、少年はそう尋ねる。


「うん、ありがとうルドルフ。父さん一人だったら大変だったよ」

「これくらいいいよ。それに父さんの能力は、物を運ぶには不便だもんね」


 少年の言う能力とは、魔族特有のものである。

 コアから生み出された魔力は肉体のエネルギーとなって昇華される。

 その際、個々によって様々な力となり具現化するのである。

 

 平均して物心つくまでには、どういった力がその者に宿ったか判明するのであるが、少年は他の者より幾分か早熟であった。

 

 その証明として、重たい木箱を持ち上げるその腕……その肘から先は獣のような腕へと変化を遂げている。

 狩人が森から獲物として持ち帰る熊や狼を、この親子は見たことがあるが、まさしくそれに近い腕をしていた。


 少年はまだ腕のみでしかこの獣の姿になれないが、それでも重たい物を運ぶには年不相応なほど充分であった。


「いやあ、父さんの能力は、カマキリ人間になる能力だからね……だからいつもママにはおんぶに抱っこで、ルドルフ達にも迷惑かけるよ」


 父はそう言い、右腕を変化させる。

 薄い緑色の、悍ましい形だ。腕は細いが、手首から先は幅広の鋭利な鎌状になっている。

 父のこの手と握手でもしようものなら、少年の小さな指など全てそぎ落とされることであろう。


「迷惑なんかじゃ、ないよ」


 細身な父は、魔力を全身に行き巡らせて、カマキリという昆虫の特質をその身に反映することができる。

 あまり日常生活で役に立たない、粗末な能力だという自覚があった。


「それに僕、父さんのカマみたいな手も、カッコイイと思うし」


「ルドルフは気遣いのできる優しい子で、本当父さんは幸せものだよ」


 にっこり、と微笑む父。


 この限りない優しさが、氷を生み出す能力を買われ、貿易商会で絶対的な存在となったエリートである母の心を射止めたのだが、父が気づくことはなかった。

 父は優しさに溢れる男であったが、同時に鈍い男でもあったのだ。


「それよりも、ルミナスは大丈夫? 今何してるの?」

「ルミナスなら、長旅で疲れたんだろうね。今は二階で寝ているよ」

「ん、そ。とりあえず、ママが帰ってくるまでに、ご飯も用意しなくちゃいけないからね。いそごーよ」

「本当に八歳か……?」


勤勉な少年は、能力だけでなく、考え方も早熟であった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「今日、役所での対応が明らかに他の人達と違ったわ」


 父の作ったシチューと、パン。

 それを頬張りながら、母は言った。

 まだ家の中は木箱が散乱していて、引っ越し完了。とまではいかなかったが、テーブルを組み立て、食事のとれる環境にはなっていた。


「あんまり周りの人もジロジロ見てくるもんだから、気になっていたのよ。で、帰りがてら叔父さんに聞いたら、変な噂がここ一年ずっと回っているって言うのよ」


「変な噂って…?」

 

 父はルミナスにご飯を食べさせてやりながら、母の話に耳を傾ける。


「ざっくり言うと魔族が、人族の国に戦争を起こすんじゃないかって噂よ」


「そんなバカな……」


「ありえない話じゃないわよ。実際、ヴィルボア帝国なんかは魔族だけの国だけど、三百年前の【人龍戦争】のことを未だに引きずって鎖国しているし」


 ヴィルボア帝国。


 エーテルメニアから遥か東へ、山を幾つも越えた先にあるという、極東の国。


 【人龍戦争】当時、最も戦死者を出し、今もなお人口が回復しきっていないという、魔族だけの手で建国した国だ。


「ヴィルボア帝国の皇帝は三百年前時点だとすごい野心家だったみたいだし、七年前にこの国で産業革命が宣言されたから、羨ましくなって、こっちの文明技術を手に入れるために戦争を起こしても別に不思議じゃないわ。魔族なら、三百年ぐらい生きていても不思議じゃないし」


「戦争、起きるの?」


「やあね、ルドルフ。ただの噂よ、うわさ。どうやらこの国の人達はそういう与太話とかが好きみたいね」


「ただ、魔族というだけで、偏見の目で見られるのは確かなようだ。今日少し話をしたルフィーノという魔族も気をつけろと言っていた。もしかしたら、僕たちが思うよりずっと根深い問題なのかもしれない」


 父も最後のパンを食べ終わり、そう続ける。


「ルミナスとルドルフが外に一人で出ることがないよう、僕等も注意しよう。何が起こるかわからない」


「そうね……頼んだわ。あなた」


「ああ。君も、お仕事気を付けるんだよ」

 

 食事を終えたルミナスがウトウトとしている。昼寝をしていたが、寝足りなかったのであろう。


「それじゃあママ、ルドルフ、おやすみ。パパはルミナスを寝かしつけて、そのまま寝ることにするよ」

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみ、父さん」


 父が退室してすぐ、母は息子に向き直る。

その顔は真剣だ。


「ルドルフ、あなたは賢い子だから言うけれど、正直街は危険が多いかもしれないわ。ママが叔父さんに、なんで教えてくれなかったんだって怒るぐらいには、貴方達が心配よ」


 叔父さんとは面識があるが、ママと叔父さんはとても仲が良い。

 いつも一緒に仕事をしていて、たまに家族みんなと叔父さんで、食事をしていたりもした。

 その叔父さんにママが怒ったということは、役所での対応は予想以上に悪かったのかもしれない。


「だからママと約束して。絶対にルミナスを守ってあげるのよ。お兄ちゃんとして」


 母の顔はいたって真剣だ。

 それは幼いながらも能力を発動できる点、明らかに同年代の、他の子より賢い点を客観的に見た、母なりの息子への信頼の顕れであった。


「うん、約束するよ。僕は、ルミナスを守る」

「そ、いい子ね。じゃあ、ルドルフも早く寝るのよ」


 そう言って母は立ち上がる。

 食器の片づけに向かおうとするが、それを少年は呼び止めた。


「うん。でも、僕はルミナスだけじゃなくて」


「だけじゃなくて?」


「ママも、お父さんも守りたいよ」


 少年は家族皆が大好きだった。

 等しく愛しているのだ。

 だが、その言葉は八歳の少年が口にするには、少々薄っぺらく聞こえてしまうだろう。

 母はそんなことも全てわかっていながら、少年への愛おしさに優しく抱擁する。


 —————ありがとう。


 母親の心と行動は、確かにそう返事していたが、気の強い彼女だ。

 まだまだ、私が貴方を守る。という決意を口にする。


「生意気よ。私の小さな勇者様」


 そう言って、親子は微笑むのであった。









さて、主人公一家は「魔族」であり、「人族」の国に来たようですね。

この国、もといこの街では魔族に対する、よからぬ噂があるよう……?

はてさて、これからどうなるんでしょうね?

それでは、また次の投稿でお会いしましょう。


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