第15話 勝ってはいけないレース?
これは西暦9980年のはるか未来のお話。
この時代に召喚されたマイは、自分と同じく日本人かもしれないと思った別の召喚者、マインに話しかける。
マインはアメリカ人だったが、日本人の血も入っていた。
民族の誇り的な話しになったが、マインは日本人の血が嫌だった。
しかし、大好きだったおばあちゃんの事を思った時、自分に流れる日本人の血を、受け入れるのであった。
大好きだったおばあちゃん。
そのおばあちゃんが大好きだったのが、日本人のおじいちゃんだった。
ならば、マインにも持てる。日本人の誇りが。
そんなマインを見て、マイは思った。
「僕も、日本人としての誇りを持ってもいいかもね。」
「え、どしたの?」
その心変わりに、マインは驚く。
民族の誇りなんて感情が、今まで微塵も無かったヤツが、何をほざくのでしょう?
「僕の仲間が日本人としての誇りを持ってるんだもん。
僕も持ってもいいかなぁって。」
思わずマインは、マイの腹にパンチをかます。
照れ隠しの腹パン。
「な、なんで?」
マイはマインに寄り掛かりながら理由を聞く。
「うるさい、劣等民族。おまえが恥ずかしい事言うからだ。」
「えー、劣等民族は酷いよー。」
「うん、ごめん。マイはマイだもんね。」
「ところで、マイは今度のレース、勝つつもりなの?」
心が打ち解けた事で、マインは聞いてみた。
ほんの少し前のマインだったら、どうでもいい事だった事を。
「え?そのつもりだけど?」
「はあ、」
マイの答えに、マインは大きくため息。
「え?なんで?やるからには勝たないと。」
マイは、マインの意思が分からない。
「流石は劣等民族、じゃなかった、日本人。分かってないのね。」
「ちょっと、日本人だからって何?僕は僕だよ。関係ないでしょ。」
「あるから、言ってるんだよ。日本人は本音と建前を使い分けるくせに、言葉の裏をよもうとしない。」
マインのその言葉に、マイは、そうかもなと思った。
「自分のコロニーでしか通用しない事を、他のコロニーでも通用すると思ってる、昆虫みたいな民族。」
マイは、そこまでいくと言い過ぎかもしれないと思ったが、違うとも言い切れないとも思った。
「今度のレース、誰もうちのチームの勝利なんて、望んでないから。」
ちょっとまわりくどい言い方で、ちょっと伝わりにくかった事をちょっと反省し、今度はキッパリと言った。
「な、なんで?」
マイには理由が分からない。
「勝つつもりなら、もっと貢献度ってヤツをあげてるでしょ。」
マインのこの説明でも、マイは理解出来ない。
「スタート位置だって、他の二国のレースに、お情けで参加させてもらってるようなものじゃない。
本気で勝負したいなら、スタート位置は同じにするはずよ。」
今度の説明は、マイでも理解出来た。
そうだよ。普通レースって言ったら、スタートとゴールは一緒じゃないのか?
「それに、本気で勝つつもりなら、私とリムは外せないわ。マイの出番なんて、絶対無いから。」
リム?
それはもうひとりの召喚者、金髪のツインテールの召喚者の名前だった。
勝ってはいけないのか。
マイにとっては初めての対外戦。それが、こんな事になるとは、ショックが無いと言うのは、嘘になる。
でも、もしこの勝負に勝ってしまったら…。
「このレース、勝ったらどうなるのかな?」
「多分、面倒な事になるわ。」
「面倒な事?」
「面倒な事。」
マイの問いかけに、ちょっと考えこむマイン。
「なんか、面白そうな事が起きそうね。」
それが、マインの出した答えだった。
ふたりが打ち解けた事で、マインが聞いてきた。
今度は、マイが聞きたい事を聞く番だ。
「そういえばマイン、これは他の召喚者にも聞いてみたかった事なんだけどさ、」
「何?」
「マインの前世って言うか、召喚前って、今のアバターと同じ姿なの?」
「え?同じだけど?」
マインは、マイが何を聞きたいのかが、理解出来なかった。
「マジか。」
マインは、自分とは違うのか。そんな思いが口に出る。
「あ、そう言えば、」
マインは、マイの言葉で少し思い出す。
「大怪我したんだけど、その傷跡が無いね。他にも若干違う所はあるけど、概ね同じだよ。」
「マジかぁ。」
マイは、少しうなだれる。
「どったの?マイ。」
そんなマイの姿に、今度はマインが疑問を抱く。
「だって僕、中身は」
「マイーーーー!!!」
マイがおっさんと言いかけた所で、サポートAIのアイが、凄い勢いで駆けてくる。
そしてその勢いのまま、マイに飛び蹴りをかます。
一応ガードは間に合ったが、派手に吹っ飛ぶマイ。
「はあ、はあ、間に合ったぁ、はあ、はあ、危なかったぁ。」
サポートAIのくせに、息を切らすアイ。
「ちょっと、マイ動かないんだけど!死んじゃったの?」
マインは動かないマイに駆け寄ると、少し取り乱す。
「死んでない、死んでない。死んでたら脱出用システムが作動するから。って、死ぬ前にか。」
つまり、死ぬ可能性があったら、脱出用ポッドに転送されてるはず。
ここに居るって事は、生きてるって事だ。
だけど、マインは安心出来ない。
「嘘よ!だってあなたは四人も殺してるじゃない!」
そう、アイのパートナーは、これまでに四人戦死している。脱出用システムのあるこの時代で。
「大丈夫よ、マイは特別だから。」
「特別?」
マインはその単語に反応して、聞き返す。
「だってマイは、」
と言いかけて、アイはピタリと止まる。
「あの、アイさん?」
マインは、どこかへ行ってしまったようなアイに、呼びかける。
「あぶない、あぶない。これって禁則事項だから言えないわ。あはは。」
「そっかぁ、禁則事項なら聞けないですね。あはは。」
笑い合いながら、ふたりは思った。
禁則事項。なんて便利な言葉。
「ところでマイン。」
ひとしきり笑い合った後、アイはマインに言った。
「あなたのパートナーのミサに、よく言っておいてくれるかしら。」
マインは、アイの笑顔が引きつってるのを見て、全てを察する。
「はあ、またですね。」
「酒癖の悪さを、どうにかしなさーい!」
ミサはこの先の居酒屋区画で、酔い潰れていた。
サポートAIのくせに。