残念美人は男爵領に戻る
ラドミラとして夜会に出ることが決定してしまいましたが、男爵領でカシュパーレク家の現当主か次期当主かどちらかと今後の協議をしようと思うシュブルト男爵です。ですが、本心は夜会に出て王を満足させればそれでいいのではないかと思っています。それよりも関心事は別にあるのです・・・
皆様、ごきげんよう。
私、リーディエ・シュブルトヴァー男爵です。
私の事をそろそろ覚えていただけますと、ご挨拶も短くなってお互い楽になるのではないでしょうか。
王城から下がった私は、タウンハウスの居間でしばらく放心しています。
ベェハル国でも私はおばあ様化粧に苦しめられるようです・・・。
そんな私を尻目に、大伯父様はテキパキと執事のロマンに人選を指示されています。
「ロマン、一番早くカシュパーレク領まで行ける騎士は誰だ?」
「脚が速ければよいのですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですね・・・、今この屋敷内で一番早いものは・・・、バーチャでしょうか、ベドジフ・バーチャ」
「よし、じゃあ、バーチャを呼んでおいてくれ、今から手紙を書く、それを運んでもらいたい。そしてたぶん、現当主か次期当主に来てもらう事になるから、どちらかを領都カイェターンまで案内して戻れと、命じたいのだ。あと、そうだな」
大伯父様は言い淀んで、ちらと私を見てから意を決したように言われます。
「現男爵が国王に無理を言い出されて疲れたらしいから、一日休んでから、領都に戻る」
「・・・旦那様、失礼を承知の上でお伺い致します、それはどういうことなのでしょうか?」
大伯父様は元から呆れ顔をされていましたが、そのお美しいお顔で王城の方をしゃくって、吐いて捨てるように言いました。
「・・・あのろくでもないシュテファン王も結局エヴェリーナの虜だったってことだ」
今私はシュブルト男爵領に向かう馬車の中でため息をつきながら外を見ています。隣には珍しく何も言わない大伯父様がこれもまた、私とは反対側の外を見ています。
あの王城の謁見のあと、執務室でのシュテファン王の言葉に私はため息をつかざるを得ませんでした。ラドミラではなく、リーディエとして生きるつもりだったのに、ラドミラで来いと言われたのですよ。まったく私の気持ちなどわからない嫌味なやつですね、あの国王は。
夜会に出るのは今すぐというわけではないというので、時間の余裕ができた私と大伯父様は、カシュパーレク家と協議したいと考えてすぐに王都での滞在をあきらめ、シュブルト男爵領に帰ることにしました。冬が来る前に、いえたぶん冬が来てしまうとは思いますが、重要な事なのでカシュパーレク家と一度協議しておこうと考えたのです。全くあの発言のおかげでブラホスラフでのシュブルト男爵のタウンハウスの快適さを堪能できなかったのは返す返す残念でなりません。
昨夜精神的に疲れた私は、夕食をいただいてから、自分の部屋で横になりましたが、悪夢ばかり見て寝入ったとたんに目が覚めてしまい、結局夜が開けるまで休むことができないまま、屋敷を出立することになりました。
ちなみにこのベェハル国の王都は珍しく貴族のタウンハウスは石壁に覆われた郊外に整然と並んでいます。実のところ、ベェハル国は連合国家の形態に近く、貴族は諸侯と言う名で呼ばれたこともあったようです。昔の貴族は自分の領地を治める王であり、隣の領土は敵国でしたので、戦が頻繁に起こり、国中が疲弊し、隣国から領土を狙われることを危惧するようになりました。確かに隣国のクバーセク国などは諸侯の争いに露骨に介入し始めており、それが無視できないものとなりました。そんな中、諸侯の一人ベェハル公が諸侯同士を調停して、調停者と呼ばれ始めました。クバーセク国の介入を苦々しく思っていた諸侯の一部が、そのままベェハル公を王としたらよいのではないかと意見を出し、ベェハル公もクバーセク国の野心を見抜いており、結局その諸侯の推戴を受ける形で、諸侯の領土を国土としてベェハル国を建国しました。その建国当時の王都はベェハル公領土の街でしたので、ブラホスラフは石垣に囲まれた街で、街中に諸侯用のための土地などなく、郊外に諸侯のためにと、タウンハウスが連なった高級屋敷区画を作りました。それにベェハル国の王城もブラホスラフの郊外にあった小山に造られました。ただ、初代王はあまりに華美なものを嫌う良識的な方だったので、王城は実用的な籠城をするためと堅牢な物を建てたそうです。事実、隣国で当時ベェハル国を征服しようと動いていた仲の悪いクバーセク国はベェハル国建国時の混乱に乗じて、何度も王都まで侵攻し、城壁に囲まれたブラホスラフを包囲、当時のベェハル王を籠城させました。その都度、ベェハル王に味方する貴族が救援に駆け付け、クバーセク国の兵を縦横無尽に蹴散らすということが繰り返されました。ベェハル国の貴族は元の諸侯でしたので、内戦に次ぐ内戦で兵の練度が非常に高く、それに対するクバーセクの兵の弱さは語り草となっているようです。
かくいう私、シュブルト男爵であるリーディエ・シュブルトヴァーもこの王都ブラホスラフに屋敷を持っています。と言うよりも、シュブルト男爵代々のタウンハウスです。王都に滞在するときだけに住む屋敷なので、普段は使用人の方が3人いる程度ですが、御屋形様である男爵が滞在するときには、領地の家からついてくる使用人で5倍に膨れ上がります。護衛も入れると、8倍になりますね。これは執事の腕の見せ所です。適材適所で配置していくと、半日で何か月も滞在をすることができる屋敷に生まれ変わるのです。
あ、言い忘れていましたが、王都であるブラホスラフの呼び名ですが、相当昔のベェハル公の名前だそうです。この街を作った人物の名がブラホスラフ・ベェハルと言う名で、その名をそのまま付けた街がベェハル侯の領都となり、それが王都にまでなりました。あと、ベェハル王は公爵でもあります。ブラホスラフは、本来はベェハル侯爵の領土の一部で、ベェハル公は国に自分の領都を王都として寄付したことになっています。
シュブルト男爵家の馬車は、雪がちらつき始めた中をガラガラと走り、シュブルト男爵領の屋敷に着きました。馬車から降りると、大伯父様が私を手招きします。相談事のようです。そのため居間で旅装のままお茶を飲むこととなりました。
侍女が手早く淹れてくれたお茶を私達の前に置きます。温度が随分下がってきた冬には温かいお茶が格段においしく感じられます。
大伯父様は何事か考えながら、私を見つめて口を開けたり閉めたりを繰り返し、ようやく声に出しました。
「ラ」
私が睨むと、大伯父様が口を閉じます。憶えない人ですね。そんなにラドミラと呼びたいのでしょうか。
「リ、リーディエ・・・」
「なんでしょう?」
「春になれば、また国王とお前が約束した夜会に出るために王都に行かねばならんが、その・・・、ここでな、人に会ってもらえないか?」
なんだか危ないことを頼もうとしている初めて悪事に手を染める知り合いのような風情で、大伯父様が言っています。私を見ないようにしている様は、視線をあちこちに動かしている嘘をつこうとする子供のようです。
「国王に認められ、お前は正式にわしの子となった」
なぜか大伯父様は突拍子もないことを言い出します。ですが私は冷静に返します。
「そうですね、お父様とお呼びしますか?」
「いや、今のままでいい」
大伯父様は私の軽口にも答えようとしていません。はて?何を言おうとしている?
「お前はわしの妹の孫だ。だからこの領を、血の繋がったお前の子に継がせたいのだ」
おや?奇しくも私は母と別れ際に言われたことを、大伯父様に言われて思い出していました。
「つまり?」
私は大伯父様に先を促します。
「伝手を探して見つけた、お前の婿候補の一人なんだが・・・」
「・・・婿、ですか・・・?」
なんだか大伯父様は私が夫婦ではないために男爵領が断絶してしまうのが怖いようですね。いや、私をせっついて王都に行って国王に爵位の承継を認めさせ、帰ってきたらその場で婿を決めてしまおうと最初から計画していたのでしょう。なかなか手早いですが、そもそも私が婿になれる人かどうかをじっくりと見させていただきますから、大伯父様が見初めた方が婿となるわけではないのですよ。私は腹の中でにやりとします。
「わかりました。お見合いということですね。相手の方が私を気に入るかどうかはわかりませんが、少なくとも私を蔑まない方なら有難いと思います。時は大伯父様にお任せしますので、日取りが決まりましたらお教えください」
私が取り乱すとでも思っていたのか、大伯父様は私の言葉に目に見えて安心したともいう様に息を吐きました。
「ああ、わかった、日取りを先方に確認しておこう」
安心した大伯父様に対して、私は一つお願いをすることにしました。春になってからやろうと思っていたことなのですが、今度会って欲しいと言われたらその人とお見合いをしてから、あれやこれやで一緒に過ごして人柄などを見極めなければならなくなるでしょう。自分の事を優先できなくなる恐れが出ます。それまでに目鼻を付けておきたいことがあるのです。
「さて、あと、私の父が来るのはもう少し後になりそうですね。私、それまでに確認したいことがありますので、領内の近場を回りたいと思います。私が出かけているときにカシュパーレク伯爵が来たらおもてなしをお願いできますでしょうか」
「わかった」
大伯父様が頷くのを見て、私は内心嫌がられるかと思っていたのですが、少し安心しました。
「それは安心致しました。それでは今日はちょっと疲れたので、自室に行きたいと思いますが、何か他にお伝えいただくことはありますか?」
「い、いや・・・、他にはないな」
「はい、それでは大伯父様、また夕食時に」
「ああ、わかった」
私は外出着の裾を踏まないように気を付けて立ち上がります。優雅に大伯父様に一礼をすると、そのまま居間を出て自室に向かいます。
スカートをはいている今の状態では馬に乗ることができないので、乗馬服に着替えようと自室に入りましたが、ふと見ると自室の机に、手紙がきちんとそろえて置いてありました。何気なく見ると父からの手紙です。同時に弟のヴィーテクからも届いています。それになんと下の弟ヤロミールからも手紙が来ていました。ちょっとだけびっくりしましたが、歳の離れた弟ヤロミールからの手紙など、初めてもらいましたので、嬉しくなり、一番最初に読むことにしました。
『ねえさま、初めてお手紙をお出しします』
そう始まるヤロミールの手紙には、私がヤロミールに会うことなく隣国に行ったことへの恨み事が書いてありましたが、私が領地で慕われるなら、それで良しとすると書かれております。ほぼ初めて書いただろうヤロミールの手紙の末尾には今度サプライズをすると書かれていましたが、これはたぶん父かヴィーテクについてきてもらって私に会いに来るつもりなのでしょう。会いに来てくれるなら、それはそれで嬉しいことです。ただ、ヤロミールはまだ幼いので、長い時間馬車に揺られたりすると熱が出たりします。そうならなければいいなと思います。
次にヴィーテクの手紙を開けました。
手紙にはパーティの顛末について書かれていました。あのまま、ぼんくら坊ちゃんは、私リーディエを探そうと、フィリプの家を訪ねたそうですが、マリアナから卒業式の前にリーディエはベェハル国に帰ったと聞いて、放心していたそうです。あまり長いこと動かないので、マリアナは玄関のドアを閉め、かんぬきをかけた後、赤子を連れて裏口から出てカシュパーレク家のタウンハウスに避難したそうです。一夜明けて夫のフィリプが家に戻ると案の定、玄関ドアはけ破られ、中を家探ししたように荒らされていましたそうです。リーディエの痕跡を探したのでしょうが、もちろん家には暮らしていないのですから痕跡すら残ってはいないので諦めたらしいと書かれていました。ちなみにこのことについてはフィリプから警邏隊に上訴され、事情聴取されて、何日か牢にお泊りされたそうです。
最後になりましたが父の手紙を開けます。
父の手紙は長文です。
『ラドミラ、いや今はもうリーディエ・シュブルトヴァー男爵だったか。私は、お前が私を恨んでいるのだろうと思った。それは私が名付けたラドミラという名前を捨て、新たにリーディエと言う名を新たに付けたところでようやく悟った。抗い憂きれなかったとはいえ、幼いころに婚約を白紙にして欲しいと言われてからもあの男を婚約者として認め続けた私への抗議なのだとようやく悟らざるを得なかった』
父の、私が父を恨んでいると言うくだりはその通りではありません。あんな我儘なぼんくら坊ちゃんと婚約させたままで解消や破棄をさせなかったことに恨みがないわけではないのですが、それだけではないのです。男爵を継承するときに、自身に決意を示そうと考えて名を変てみようと考えたのです。手紙はまだ続いています。
『お前が相当あのペリーシェク公爵の次男を嫌っていたことはわかっていた。今の状況はお前にとって喜ばしい状態だということが分かってはいる。あの元婚約者がどうなったのかについて、聞きたくはないだろうが、警告をする意味で、一応報告をしておく。
あの男は我が伯爵家の娘をないがしろにし、虐待をした咎で公爵の家から外に出された。つまり公爵家の者ではなくなったということだ。さらに伯爵家の執事の家に無断で侵入し、家財を破壊した罪で犯罪者として告発され、有罪となったことで、金輪際二度と全ての爵位を持つことは敵わなくなった。ただ、罰金のみの刑だったため、それを支払ったのち、姿を消した。自業自得だとは思うが、彼はこの事を恨みに思い、復讐を考えたのならそちらに姿を表すかもしれない。決して一人で出歩くことのないようにしてほしい。
ペリーシェク公爵家にも王家からのお咎めがあった。事もあろうか、公爵家は隣国のクバーセク王国の悪徳商人と手を組み、違法麻薬の流通を謀っているとして告発された。捜査の手が入り、告発の通りであること、不正蓄財が多く、王国の貴族に対しての見せしめの意味もあり、公爵本人は牢に召喚され、一生牢内で過ごすこととなった。公爵夫人のレンカは、公爵夫人の地位を失ったが、実家のブラーハ侯爵の現当主である実の弟の嘆願もあり、牢への召喚は免れ、ブラーハ侯爵の領地にある修道院に入った。もちろん、ペリーシェク公爵家は王国から奇麗に無くなった。領地は没収され、王家の管理となっている。ただ、公爵の嫡男については、当主の一連の犯罪行為に加担していなかったとされ、一度騎士爵に落とされたが、取り乱すこともなく、従順に沙汰に従ったことが評価され、王都から遠く離れた辺境域にわずかばかりの領地を下賜されて、男爵としてその地に移ることが決まった。
最後になったが、国王はお前の仕組んだ婚約破棄の詳細についてご存じだった。本来なら、王立ハルディナ学院が聴講生を受け入れているとはいえ、ベェハル国の貴族に付いて調べないということはないはずだ。そして調べればラドミラがリーディエと言う貴族になったことぐらい判明しただろう。しかしリーディエとして聴講生の申請をしたころには、公爵家の内偵が進められていて、ラドミラの事を考えた王家が、我が伯爵家の娘を救おうかと一切身分について詮索するなと学院に通達したそうだ。それが打算的な事だったのか、純粋な同情だったのかはわからないが』
父の手紙を読み終わった私はため息をつきました。手紙を元の様にたたむと、弟たちの手紙と共に引き出しの中に入れます。私が手紙を読み始めたことに気が付いた侍女が、淹れてくれたお茶を飲み、座っていた椅子から立ち上がると、私は自分の執務室の窓から外を見ました。凍てつく長い冬はもうすぐやってくるでしょう。先ほどまでは直ぐに出かけようと思っていた私ですが、温かいお茶を堪能したくなり、窓の外を見ながらゆっくりとお茶を飲むことにしました。
見合いをさせるつもりだったのですが、ちょっと領地に居ることをスムーズに理解していただくため、内容を変更して帰るシーンなどを書き加えました。リーディエが次話では領地の特産物を開発して、それを売り出すために交渉をする話になりますが、その交渉途中にお見合いがセットされて四苦八苦することになります。大伯父様は基本いい人ですけど、自分の寿命が気になってしまい、早急に事を運び過ぎのような気がします。