残念美人はようやく自由だと喜ぶ
ラドミラの婚約破棄に至るまでの色々な仕掛けを駆使する様を紹介する第一章の最終話です。ラドミラは破棄を勝ち取りました!
皆様、ごきげんよう。
私はラドミラ・カシュパーレクです。
ヴィーテクの悪友たちは案外使える人物達で、皆貴族教育は受けているので、芝居自体は上手です。社交も問題なしで、どうしてぐれたりしたのかよくわかりません。
「・・・ちょっといいかな・・・」
ベネディクト・チャペック様が学院から離れて作戦会議というカフェでのお茶会の時にちょっと悩んだ様子で主に私を見ながらですが、口を開きました。
「なにか?」
「・・・俺は、あのイグナーツ・ペリーシェクっての、初めて本人を見たんだがな、」
「ほうほう」
「あいつ、俺の親父の捜査対象になってるやつだわ」
「・・・おやじ・・・?」
私が首を傾げますと、ベネディクト・チャペック様が頭を掻きながら恥ずかしそうに答えました。
「・・・ラドミラ様は知らなかったか、俺の親父は特別監察官ってのをやっていてね、国王直属の武官なんだよ、主に貴族の犯罪を捜査する」
「・・・」
なんと・・・。
「・・・おーい、戻ってこーい、おーい・・・」
ゆっくりと私はヴィーテクに顔を向けます。
「・・・私の今やろうとしてる婚約破棄を言い出させることは、貴族の犯罪になる・・・?」
「へっ?」
「身分詐称とかにならないのかな?私、プシダル国の伯爵令嬢だったよね?それでもって、ベェハル国の男爵で」
「ね、姉さん・・・、落ち着いて」
「ああ、二重に貴族位あるから身分詐称で犯罪者になる!どうしよ!どうしよ!チャペック子爵につかまっちゃう!」
「落ち着けって!」
私の取り乱し方に、ヴィーテク以外は爆笑です。なんで笑うのよ!
ヴィーテクが私の腕を掴んで揺さぶりながらゆっくりと噛んで含めるように言ってきます。
「いいかい、姉さん」
「は、はいっ」
「まず、プシダル国での姉さんの身分は、今現在は伯爵令嬢だよ」
「う、うんっ・・・」
「そしてベェハル国でも、姉さんはまだラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢だ」
「え?ど、どうして?」
「ただしだよ、ベェハル国では姉さんは次期シュブルト男爵リーディエ・シュブルトヴァーでもあるんだよ」
「?」
「クリシュトフ大伯父様が養子として姉さんを認めるのは、姉さんが学院を卒業して、ベェハル国に行ってからになる。それまではプシダル国では姉さんはラドミラ・カシュパーレクだよ」
はあ・・・そうなのですか・・・。安心した・・・。
「と、ラドミラ様が理解したところで、話を元に戻すとな、」
あ、すみません、話を脱線させてしまいました・・・。
「あの公爵家は、不正蓄財で捜査されてるんだ。あまりよくない噂が流れてるから、距離を取っておいた方がいい」
破棄されていないから婚約者のままだけど、どうやって距離を取れと?
「必要以上に近づかなければいいのじゃないかな」
オトマル・テサーレク様がぼそっとつぶやきます。あれ?私口に出してた?
「出してないけど、動揺がひどい。考えてること丸わかりだ」
またまた口に出してた?
「・・・姉さん・・・。キョロキョロしないで。頼むから・・・」
作戦会議のお茶会からほどなくして、私はある作戦を行おうとヴィーテクに迫っています。
「やらないからな!絶対に嫌だ!」
弟の声が響きます。顔を真っ赤にして、ドアの方に後退りしていきます。
「どうして?あなたは、この姉の味方になってくれるのではなかったの?あれは偽り?」
私は自分がにこにこしていることを疑っておりません。興味本位ではない・・・と思います。仮にも淑女である伯爵令嬢が・・・、嫌がる弟に強要してはならないこと・・・なのかもしれませんが、事ここに至っては少々強引な手を取らざるを得ないと思って・・・、ぷっ、ぷぷっ、おり、ぷっ、ます・・・。申し訳ありません・・・、想像して我慢しきれませんでした・・・、ぷぷぷっ。笑うな、ど、淑女らしからぬ・・・、ぷっ、振舞・・・、で、ぷっ、御座いますわね、謝罪致します・・・、ぷっ。もうだめ・・・。
「あははは・・・」
私はひとしきり声をあげて笑ってしまいました。
相当怒っている弟を見て、あまりやりすぎると臍を曲げると理解した私は、笑い過ぎないようにとなんとか笑いを収めます。はしたない真似をしました。全くこれでは殿方が愛想をつかすと言うものでしょう。誠に申し訳ございません。ただ弟の羞恥のために紅くなった顔は、私がこらえきれずに笑ったために、今度は怒りで赤く染まっています。
再度ヴィーテクに謝って、もう一度お願いをします。今度は吹き出すことなく、お願いすることができました。
「ねえ、ヴィーテク、あなたが父様以外で一番似てるのよ。だから協力して。今度一緒に街に出てカフェでお茶でも一緒にするから」
「・・・」
「ねえ、ヴィーテク・・・」
「・・・バレると思うよ」
ヴィーテクが一言いいました。
「・・・わからないわよ、そんなこと」
「・・・あいつが鋭くないと思ってるわけ?」
「ちょっと感づいてきたかなと思うから、芝居をするんじゃない。ヴィーテク、あなたの協力で」
「・・・うまく行かないよ」
「・・・さてはヴィーテク、やりたくないのでしょ?大丈夫よ、あなたは一番適格だから」
「・・・わかったよ」
「うん?」
「やるっての!」
ヴィーテクがやけになって張り上げた声に私はにっこりとほほ笑んで、そして弟に抱き着きます。
「ヴィーテク、ありがとう」
頬に口づけると、ヴィーテクがさらに赤くなっていきました。
今日は私の聴講の日です。私には試験はないのですが、授業を聞いてレポートを上げる必要があり、レポートを持って来ています。教室から教員室へと私は歩きます。ですが最近は当然のように、隣にイグナーツ・ペリーシェク様がいて、私を護るナイト然とした様子で周りを睥睨しながら歩いています。私は嫌々ながら、イグナーツ・ペリーシェク様に笑顔を振りまいて歩きます。私はちょこちょこした歩き方をしています。弟に可愛いを強調しろと言われて、内心やれやれと思いながら破棄のため仕方なしにやっています。私の気性的にはもっと速足で歩きたいところですが、隣のイグナーツ・ペリーシェク様の様子をそれとはなしに窺うと、私の歩き方もくるものがあるらしく、ぶつぶつ言いながら鼻の下を伸ばしています。「歩き方、可愛い・・・」とか聞こえたような気がしますが、この際無視です、無視します。
先ほどドラフシェ・ピェクニー様がこっそり私の近くに来て、いつもわたしの傍に居るイグナーツ・ペリーシェク様の死角から、口パクで準備できたよと言ってきました。私は内心ほくそ笑んでカバンからレポートを取り出しました。昨日提出を言われてその夜書き上げたものですが、ラドミラとわからないように当たり障りのないことを書いてあります。ただ、ドラフシェ・ピェクニー様に見せたら、読んで即『書き写させてください』とびしっと一礼されました。そんなに面白いことは書いていないつもりですけど、随分酔狂な方です。あ、ひょっとしてあれでしょうか、弟のザハリアーシュ・ピェクニー様が不良なだけあって、比較されたくないと思って勉強ばかりしていて、手の抜き方などが分からないのでしょうか。だったら快く承知しなくてはなりませんよね。
『いいですよ、手抜きのレポートですけど、お好きなだけどうぞ。でも手を抜いて書くのがあまり良いことだとは思いませんよ』
そういう私の言葉に、ドラフシェ・ピェクニー様は目を丸くして私を見返しました。
『・・・規格外ですね・・・。これが手抜きなら、本気はどうなんでしょう・・・』
うん?どういうこと?まあ、言葉を間違えただけですよね。とにかく私は手抜きのレポートを提出するだけですから。前回も前々回もそうでしたから。
廊下の角を曲がると、そこは広いホールです。このホールの先に教員室があります。ホールにはテーブルと椅子が置いてあり、誰もが休憩できるようになっています。今日はその椅子に人だかりができています。ちらと人の間によく見慣れた黒髪が見えます。私はこの黒髪をよく見ています、伯爵家のタウンハウスや学院の鏡で。
予想していたとはいえ、私は足を止めて思わず見入ってしまいました。ラドミラ・カシュパーレク、いえ、エヴェリーナ・カシュパーレクがそこに居ました。この美しさはラドミラごときではありません。あの美の女神と言われた私のおばあ様そのものでしょう。その美の女神は今日は漆黒のドレスに身を包み、疲れたような姿勢で椅子に座っています。ラドミラの周りには例のヴィーテクの悪友が立ち並んでいます。
もうお判りでしょう、このラドミラは我が上の弟ヴィーテクです。全く私よりも本当におばあ様に似ています。疲れたような姿勢は、私とヴィーテクの背の高さが違うからです。椅子に座っていれば、背の高さで偽物とはわからないだろうと考えたのです。
私の姿をちらっとラドミラが見ます。顔を捻じ曲げるように背けると、傍らのオトマル・テサーレク様に何事かささやきました。オトマル・テサーレク様は頷き返すと、ずんずん歩いて来て、私の目の前に立ちました。
「リーディエ・シュブルトヴァー男爵令嬢!」
オトマル・テサーレク様が淡々とした様子で口を開きました。
「あなたの傍に居る男性がどんな方か知っていますか?」
私はびくついた風を装って、答えます。
「・・・イグナーツ・ペリーシェク様・・・です・・・」
「そんなことはわかっていますよ。その方がどういう方かと聞いています」
オトマル・テサーレク様が険しい顔をして睨んできます。さすが不良と言われるだけはあります。迫力満点です。
「・・・親切にしていただいています・・・」
「的外れな答えですが、まあ、いいでしょう。その方は、あちらのラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢の婚約者なのですよ。無闇に傍に居て良い方ではありません」
私はビクついた風を装って、一歩後ろに下がりました。オトマル・テサーレク様は不良で腕っぷしの強い方ですから、流石のぼんくら坊ちゃんでは太刀打ちできないでしょう。さっきから、ぼんくら坊ちゃんは私の隣で、ああああとか漏らしているだけです。役に立たない男性ですね。
「やめたまえ!」
私の後ろから声がかかりました。シナリオ通りです。私の後ろからカツカツと靴音がして、カミル・フヴォイカ様が私の前に立ちました。
「私はベェハル国のカミル・フヴォイカ、留学生だ。そして今あなたが対しているこの令嬢は我が国の男爵令嬢だ!我が国の貴族令嬢に対する威嚇はやめてもらえないか」
「・・・ふん、俺はその令嬢の隣で仲睦まじい男がこのラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢と婚約していることを教えただけなのですが。ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢も二人の姿を見て不快に思ったようで、婚約の事をそちらの男爵令嬢に教えて欲しいと言われたから伝えただけですよ。心あるものなら、俺の言う意味は分かるでしょう?」
にこりと笑っていますが、オトマル・テサーレク様の目は笑ってはいません。この方、不良は不良でもやっぱり貴族のご子息様です。ものすごく演技がお上手です。
対するカミル・フヴォイカ様も、やはり貴族の子息です。こちらの演技もお上手。同郷の者が理不尽なことを言われたので助けようとしたが、第三者が口出しできない事案だったと判って肩をすくめざるを得ない感じを全身で表しています。
「・・・そうか、威嚇しているわけではないということだな、わかった、私は引き下がろう」
カミル・フヴォイカ様は私に振り向き、一言いいました。
「・・・リーディエ嬢、婚約者がいる男性と仲睦まじいのは感心しない。我がベェハル国の貴族の品格が問われることになる」
「・・・ど、どうしてそんなことを」
「いいね、リーディエ嬢、聞き分けてほしい」
「・・・わかりました・・・」
このやり取りの間、ぼんくら坊ちゃんは何も言いませんでした。ただ口をパクパクさせていただけです。全くこんな男、ろくでもない。あー、嫌!消えて欲しい。
まあ、そのあと、私はそのまま教員室に移動して教員にレポートを提出しました。いつまでも近くにいるイグナーツ・ペリーシェク様には、咎めるような視線を向けてありますので、あのぼんくら坊ちゃんも危機感が増したのでしょう、ビクついて何も言えなかった自分の事は棚に置いて、ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢に嫌がらせをされたとしきりに教員に訴えていました。ただラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢がこのぼんくら坊ちゃんの婚約者であることは教員にわかっており、教員に困ったような笑顔で当事者間で解決をと言われただけで終わりです。だって痴話げんかと思われたんでしょう。というか、私だってそう思いますからね。無礼なことをとか、俺が公爵次男だと知っているのかとか言っていますが、このぼんくら坊ちゃんは殊の外ダメ男として学院内でも有名なので、冷たい扱いを受けているのです。それに気が付かないお目出度いお頭はどうなんでしょうね・・・。いい気味です。実入りのない抗議を続けようとするぼんくら坊ちゃんはもうここに置き捨て、私は教員室から出て帰る用意をします。芝居は終わったのです。手早く撤収するのが良いでしょう。ですが、慌てたぼんくら坊ちゃんが後ろから追いかけてきます。私は話しかけてくるのを顔を背けて言葉を発することなく歩きます。口を開くと笑い出しそうで、困ります。一言弱弱しく言うことしかできませんでした。
「・・・一人に・・・して、・・・くれませんか・・・」
途切れ途切れなのは笑い出しそうなのを抑えながらなのでこうなるしかないのです。ですがぼんくら坊ちゃんは悲しんでいると取ったようです。どうしてそんなに自分中心になれるのでしょうか。
「・・・そ、そうか・・・すまない・・・。おのれ、ラドミラめ!俺のリーディエになんてことをしてくれたのだ!許さん、許さんぞ!」
この男はいつか抹殺しないとダメかも・・・。そう思った私です・・・。誰があなたの持ち物なのよ!
私は、これから容赦なくこの男を追い詰めることにしました。違約金だけではなく、私を傷つけた慰謝料もふんだくってやる!見てろ!
・・・はしたない言葉を使ってしまい、申し訳ありませんでした・・・。
そして短い夏が来る前、緑が深くなる頃王立ハルディナ学院は卒業を迎えました。
私は3年間の成績が総合1位で卒業になりました。これで、官吏登用試験用の学院からの推薦状はいつでももらうことができます。推薦状を使えば試験はありますが、官吏に登用されることでしょう。ライバルと言われました宰相のご子息は私を恨みがましい表情で見つめていましたが、特別何を言うでもなく握手を求められ、握手して終わりでした。ただ、ぼんくら坊ちゃんは私を目に殺意を込めていつまでも見つめています。
リーディエは今日は外に出たくないと言ったことにして卒業式には来ていません。でもそれすらも私のせいだとイグナーツ・ペリーシェク様は言うのでしょうね。勘違いしないでください、リーディエは聴講生ですよ、今日卒業するわけではないのです。
イグナーツ・ペリーシェク様が破棄を言い出したあのパーティ後、私はベェハル国を目指して馬車を走らせました。ベェハル国のシュブルト男爵領に着いてから、追いかけるように送られてきたヴィーテクの手紙には、イグナーツ・ペリーシェク様は公爵の許しなく勝手に婚約を破棄したことで、謹慎を言われて外には出られない軟禁状態にあると書かれていました。さらには、我が伯爵家に事前相談なしに婚約を一方的に破棄したことによる違約金の請求と、私に対する長年の暴力に対する慰謝料を請求したそうです。当主である公爵は了承したとのことでしたが、公爵夫人は破棄は無効で、どうしても私とイグナーツ・ペリーシェク様との婚約を継続して欲しいと主張して譲らず、結論は持ち越しになっているとの事です。
私は、卒業式後のパーティで、婚約破棄をされてしまった伯爵令嬢です。婚約者に対しては何の感慨もありません。あの人は私の人生に汚点としてしか足跡を残さなかった方でした。ですが、私としては初めてお会いしたときは、奇麗なお顔をされていたので少しだけこんなお顔の方と婚約できてうれしいと思う心がありました。ただあの方は生まれたときから私以外の女性と過ごす自由が与えられなかった。あの方はそれが重荷だったのでしょう。それに反抗する気概はなく、ただただ言いなりにならなければならなかった。私はあの方がもう少し我を抑えて私に同調してくれれば、こんなことにならなかったと思います。とか言って、もう私は元さやに納まる気持ちなど毛頭ないのですが。あの方のこれからの人生は闇が待ち受けている事でしょう。こうして私の壮大な婚約破棄劇は幕を閉じたのです・・・。
これにて第一章は終わりです。
ラドミラが破棄にまで持って行く内容を何とか書くことができました。次の第二章では領地経営について学んで行くリーディエ=ラドミラですが、婚姻についても考えなくてはなりません。
第一章で出てきた人物は第二章でも出てくる可能性が高いです。あのぼんくら坊ちゃんはどうしましょうか。惨めさが見たいとかのご意見などありましたら、お知らせください。今なら変更可能です(笑)。