残念美人は一人二役をする
婚約者の婚約破棄のための作戦に必要な人員を手に入れるために、根回しをする回です。ちょっと長くなってしまいました。
皆様、ごきげんよう。
私は今回はリーディエ・シュブルトヴァーとしてお話します。
あの正直程度の低い私の婚約者様のイグナーツ・ペリーシェク様の頭の中がどうなっているのか、正直割って調べてみたい衝動にかられましたが、何とか自制し、そのまま我がカシュパーレク家のタウンハウスの裏手にあるカシュパーレク家の使用人の一人である執事のフィリプが家族と住む借家にまで公爵家の馬車で送ってもらいました。
いえ、私からそのようなことをお願いしたわけではありません。反対にそのようなことをしなくてよいと何度も辞退する私の腕をほぼ無理やり掴んで馬車に乗せましたので、拉致されましたと言ったほうが近いと思います。一応お話しますが、馬車の中では何もされませんでした。ずっと私の顔を惚けたように見つめていましたが。ただ別れ際、手を握られてじっと見つめられたのは正直気持ち悪くて仕方なかったですが、何とか耐え切りました。
でも思ったより、私の容姿があの婚約者のイグナーツ・ペリーシェク様の好みに合ったらしく、初日に気を引くことができて、出会ってから色々気を引くことを考えていた私は拍子抜けしました。
「・・・お嬢様・・・、気持ち悪げでしたね・・・、あと、そんなに何度も手を洗われるとお肌がガサガサになってしまわれますので、もうその辺でおやめください」
私が馬車から降りた後、そのまま裏手の井戸に直行し、くみ上げた井戸水で何度も何度も手を洗うのを見て、フィリプの妻であるマリアナが声をかけてきます。そ、そうなのかしら・・・。ひび割れてあかぎれになると痛いよね・・・、奇麗になったと、思うから、もういいのかな・・・。・・・。・・・。でももう一回洗っておこう・・・。
「お嬢様!」
全力で止められました。マリアナの怒っている笑顔がものすごく怖いです。
はい・・・、止めます・・・。
そのあと、私はマリアナに中に入れてもらいます。マリアナは以前はカシュパーレク家のタウンハウスの侍女をしていたのですが、フィリプと恋仲になり、それを知った父に許されて一緒になりました。妊娠して出産したのを機に侍女は辞めました。今はカシュパーレク伯爵が家賃を払う使用人専用の民間寮で可愛い娘の世話をしています。私も何度も訪れてあやしましたが、赤子はものすごくかわいいものです。
また話が逸れましたが、素知らぬ顔で話しを元に戻しましょう。私は民間寮の裏のドアから伯爵家のタウンハウスの裏に垣根越しに移動しました。この家の利点は、裏が伯爵家のタウンハウスの裏に面しているとすぐにはわからない点にあります。
あ、実はこのフィリプの家族は、私の無理を嫌々ながら聞き入れてくれています。ちなみにフィリプはカシュパーレク伯爵家の王都のタウンハウス専属の、なかなか優秀な執事です。ただフィリプは今回の私の考えには賛同しかねると言っていますが、この破棄には父も母も許している旨を伝えると渋々ながら協力すると頷いてくれました。そのフィリプも私を貶めようとするイグナーツ・ペリーシェク様には怒ってると口を滑らしたことがあり、沈着冷静が売りのはずの執事としてはまだまだだと、精進しなければと、妙なところで気合を入れる変人です。そのまま怒っていればいいのに。そしてイグナーツ・ペリーシェク様が来た時には居留守を使う手伝いをしてくれればいいのに。変人ならそれぐらいしてくれてもいいと思う。あ、申し訳ありません。つい愚痴を言ってしまいましたね。フィリプは妙なところで律儀ですので私が苦労するのです・・・。
「へえーっ、あいつそんなに、姉さんに参ったのかい?」
上の弟のヴィーテクが目を丸くしています。今ここは、カシュパーレク家のタウンハウスの居間です。傍らでは母が優雅にお茶を飲んでいます。
「・・・ヴィーテク・・・、何度言わせるの、言葉遣いが悪いと」
「母様、ヴィーテクは悪ぶりたい年頃なの、許してあげて」
「まあ、ラドミラ、あなたがヴィーテクを甘やかすから、こんな子になってしまったのよ」
「だって、ヴィーテクはわかってしないのですよ、そういう言葉を使って居れば、令嬢たちが近寄らないと思っているのです。本当は反対で、令嬢はちょっと悪い貴族の子弟に心惹かれるということを」
「・・・うそ!」
ヴィーテクが私の言葉に反応してあたふたしています。
「姉さん、嘘だといってくれ!」
「ヴィーテク、この姉が言います、本当です」
私はため息をついて、ヴィーテクを見据えました。
「貴族令嬢と言えど、人の子です。悪いところがある男性は影があるのです、自分にはないところがある、それだけで興味を引く対象になるのですよ」
「・・・姉さんもか?」
「私は違います。私は悪ぶった男性など、どうでもいいのです」
「・・・ど、どうでもいい・・・?」
「ああ、ヴィーテクは別です。ヴィーテクは私の弟ですし、いつも私を支えてくれていますしね、悪ぶってても可愛い弟ですよ」
「・・・」
ヴィーテクは顔を赤くして嬉しいのか黙り込んでしまいました。ちょっと持ち上げ過ぎたかしら・・・。しかしながら私は今あることを思いついていましたので、そのあることに弟を巻き込もうと考えています。まず弟の、弟自らが悪友と呼ぶ友人たちに手伝いを頼めないかと考えたのです。その友人たちに壁になってもらえれば、成功する確率が上がるはずなのです。私が、自分ではわからないのでそう思うのですが、たぶん満面の笑みでにこりとすると、弟はぞっとしたような表情で固まっておりました。計画を話していないのにどうして怖がっているのでしょうか・・・、にやり。あら、悪だくみをする悪の令嬢でしょうかね・・・。
その次の日、私はラドミラとして学院に登校いたしました。むっつりとした表情のヴィーテクに先に立ってもらい、一年下の教室に行きます。ちなみにリーディエ・シュブルトヴァーの今日の出番はありません。今日はラドミラのままです。
ヴィーテクが教室のドアを乱暴に開け、中に入りました。仕草を見るとヴィーテクは何か怒っているようですね。
中で何か話し合いがなされているようです。
ドアを開けたヴィーテクが外に出てきました。3人の男性を伴っています。ヴィーテクの表情は相当不機嫌です。私を睨みつけるかのようにして見てから、横を向いて視線を逸らしています。
「・・・連れてきた」
ぶっきらぼうに言います。
「・・・不愛想だ」
一人の男性がヴィーテクを眉を顰めて見てから呟きました。
「ヴィーテク、ありがとう」
「・・・ふんっ」
相当ご機嫌斜めです。
まあ、ヴィーテクがご機嫌斜めなのはわかります。どうやら弟は手助けを私が弟の悪友たちに頼もうとしていることに異論があるのです。
昨日ヴィーテクは、私には自分一人が居れば大丈夫だと言い募っていましたが、私はそれではリスクが高いと主張して平行線のままでした。破棄は確実に言い出させなければならないのです。ヴィーテクだってわたしの傍に四六時中いるわけにはいかないはずです。その時の代わりになる方を用意したいと私は思ったのです。そこにヴィーテクの悪友の存在を思い出したので、私は彼らを利用しようと考えました。
チャペック子爵のご子息ベネディクト・チャペック様とピェクニー男爵のご子息ザハリアーシュ・ピェクニー様、テサーレク子爵のご子息オトマル・テサーレク様です。お三方は私が優雅に一礼をすると、一瞬眩しそうな表情をして私を見ました。
「あなた様たちは私の弟ヴィーテクの悪友ですね」
私が口を開くと、お三方は顔を見合わせました。それからにやりと笑っています。代表するかのように、ベネディクト・チャペック様が口を開きました。
「まあ、悪友と呼ぶ奴らが多いことは知ってる。まあ、ヴィーテクは頭が切れるからな、友人でいるのはメリットが多いので、まあ、つるんでるわけだ」
口の端を歪めて笑ったのでしょうか。ちょっと苦笑という感じでもなかったですけど、何と言いますか、自嘲の笑いでしょうか。
「まあ、あまりヴィーテクに悪いことを教えないでくださいまし」
私は完璧な作り笑いの顔を見せると、お三方が思わずと言った表情で後ずさりました。
「・・・そ、そうだね、悪ぶりたいと分かっているから一緒に居るけど、こんなに笑顔の怖い美人なお姉さんが居るならちょっと遠慮しようかな・・・」
何ですか、その評価は。私は思わず、そう呟いたオトマル・テサーレク様をたぶん相当の無表情な顔で見つめました。オトマル・テサーレク様が竦みあがります。
「・・・そう、だな、ちょっと距離を置いとこうか・・・」
ザハリアーシュ・ピェクニー様が引きつり笑いを見せます・・・。
私達は場所を変えて、普段不良と呼ばれる生徒がいる場所に移動して、辺りに人が居ないことを確認してから、私は今回の計画を話します。
「なんで、そんな面倒なことをすんだ?さっさと破棄をすりゃあいいじゃないか」
私はそう言ったベネディクト・チャペック様を無表情に見つめます。
「・・・こわっ。この無表情、めちゃくちゃ怖い」
身震いしたベネディクト・チャペック様を呆れたようにさらに睨みつけてあげましょう。すると不良なのに竦みあがりました。情けない!
「もう一度説明しましょうか?」
「・・・いや、もういい・・・」
「・・・そうだ、お三方がイグナーツ・ペリーシェク様に払う違約金を用意していただけますか?そうすれば、即破棄できますから」
半ば本気で言ったところ、即拒否されました。
「絶対無理!」
「だめだ!」
「無理だよ!」
「わかったから、もうその無表情はやめてくれないか。美人が無表情だと怖いんだよ。何をされるかわからない恐怖がある」
ベネディクト・チャペック様がなるべく私を見ないようにしながら、明後日の方に視線をずらして言いました。
「・・・私も無表情をしたいわけではないのですけど、笑うと化粧が剥がれてしまって、巷のラドミラ・カシュパーレクではなくなってしまうかもしれなくて、無表情になってしまったの」
「この美貌は化粧の産物か!」
「でも化粧してこんな美貌になるということは・・・」
「下地が相当いいんだよな」
お三方が目を見張っていますが、何の事でしょう?
「・・・姉さんは化粧をしないほうが美人だよ・・・」
今までほとんど黙っていて話しを聞いているだけだったヴィーテクがぼそりと口を挟みます。
「・・・ヴィーテクがシスコンなのはわかった」
「・・・うるさいな・・・」
「化粧を落としても美人か?」
「化粧してない姉さんと添い遂げれるのなら死んでもいいくらいだよ・・・」
「なんだそれ!俺も見てみたい!」
ちょっと私の前でそんなことを言わないでもらえますか?美人とか、今の私にはどうでもいいことだから。
私は騒ぐ弟とその悪友たちを見てため息をつきました。
計画を聞いたお三方は、ヴィーテクが傍に居られないときには協力をしてくれると仰ってもらい、私は何とか、婚約者のイグナーツ・ペリーシェク様を騙す手はずを整えられました。そうして今日は解散しようとしたところ、ふとザハリアーシュ・ピェクニー様が何かを思いついた様子で、声を上げられました。
「ちょっと待ってくれ」
「・・・?」
「・・・なんだよ?」
ザハリアーシュ・ピェクニー様はしばらく迷った様子です。言うか言うまいか、順番に集まられている皆様を見てから口を開きました。
「実はな、俺のすぐ上の姉がラドミラ・カシュパーレク様と同じ学年に居るんだよ」
ベネディクト・チャペック様とオトマル・テサーレク様が眉をしかめてザハリアーシュ・ピェクニー様を見やりました。
「うん?」
「それで?」
ザハリアーシュ・ピェクニー様は一瞬だけ、迷うような素振りをしてからおずおずと言う感じで話し出しました。
「学院に来た時だけ、その姉にお付きをやってもらったらいいんじゃないかと思ったんだが・・・」
「・・・そうか、なるほど」
なんだか、考え込むヴィーテクの目が光ったように思うのだけど・・・。
「名前はドラフシェ・ピェクニーって言うんだけど・・・」
私は聞いたことのある名前に口を挟みました。
「あら、ザハリアーシュ・ピェクニー様はドラフシェ・ピェクニー様の弟君でしたの?そう言えば目元などそっくりね」
「・・・そうかな・・・」
嬉しいのか面白くないのかわからない複雑な表情でザハリアーシュ・ピェクニー様がそっぽを向きます。何か口の中でぶつぶつ言われています。あいつはラドミラ・カシュパーレク様が理想とか言ってたしなとか、あの人と一緒に勉強してみたいとか、俺に感謝してくれるよなとか。聞いてませんよ、聞こえてませんよ、そう言うことにしておこうかなと思います。ですが、そのつぶやきはヴィーテクに聞こえていたようです、目に殺意を籠められるのなら、たぶんヴィーテクは殺人者になれるかもしれません。
「お付きをするといっても、今まで親交がなかったのに突然はまずいのじゃないか?下種な勘繰りをされるぞ」
あら、ベネディクト・チャペック様って案外まじめな考えなのね。私はベネディクト・チャペック様を見ます。
「・・・そうかな・・・」
ですが、ザハリアーシュ・ピェクニー様はイマイチ煮え切らないのです。私はザハリアーシュ・ピェクニー様を見ます。
「・・・じゃあ、どうだ?学院の才女であるヴィーテクの姉に苦手なところを俺たちの伝手で教えてもらってるということにしたら?」
まあ、ベネディクト・チャペック様って案外まじめな考えなのね。私はベネディクト・チャペック様を見ます。
「才女だよな、確かに・・・」
ですが、ザハリアーシュ・ピェクニー様はまたまたイマイチ煮え切らないのです。私はザハリアーシュ・ピェクニー様を見ます。というか、なんだかお二人を交互に見ているだけのような気がします。私はこんなことでよいのでしょうか。
「え?何?ヴィーテク、ラドミラ・カシュパーレク様は才女なの?」
ベネディクト・チャペック様が目を見張ってオトマル・テサーレク様を珍しいものを見るように見ました。ちょっと、その憐れむような眼はやめて差し上げてください。オトマル・テサーレク様が可哀想です。そう思った私ですが、ベネディクト・チャペック様の次の言葉で、私は目を向いてしまいました。化粧がはげるかも・・・と、そう思った私は責められませんよね?
「オトマル、お前知らないのか?学院一の成績のラドミラ・カシュパーレク様だぞ。2年間の総合成績は1位なんだ。あの宰相の子供だって1位になれなかったんだ、この人のおかげでな」
ちょ、ちょっと!そんなこと言わなくてもいいでしょう。さっきまで5位以内とごまかしていたのに、なぜそんなことをばらしてしまうの?うまくヤマが当たってね、いい成績を取れたってだけで・・・。
「あ、このひと、うまくヤマが当たっていい成績を取れただけとか言い出しそうだぞ。ヤマが当たってもレポート提出式の試験があるから、そんな試験1位で成績が2年間1位になれるわけないんだよな。頭いいのに、何かすぐばれそうなこと言いそうだな」
ぐっ・・・。
「姉さんはある意味純粋なんだ。本当は嘘は苦手でさ」
「そんな感じだよな」
ヴィーテクの言葉にお三方が納得されます・・・。ですが私は痛手を負いました・・・。嫌味なやつと思われたのではないでしょうか・・・。顔もそこそこ、学業の成績もいい、家も伯爵家で案外領地も広い・・・。それでそこそこ優良物件に見られる公爵次男との婚約をしている・・・。嫌味なやつの典型ですね・・・。
「じゃあ、苦手な教科、俺からドラフシェに聞いとくよ。ドラフシェもラドミラ・カシュパーレク様に教えてもらえるなら喜びそうだ、勉強熱心だからな」
私ががっくりしているにも関わらず勝手に話が進んでいます。
「あ、俺もいいこと思いついた」
「何だよ、オトマル、言ってみろよ」
「ああ、同学年のカミル・フヴォイカ様、ベェハル国のフヴォイカ伯爵の息子さんが留学してるんだよ。俺、親父の仕事の関係でさ、面倒を見るように言われてて。それでえーと扮装の令嬢の名ってリーディエ・・・だっけ?」
「うん、リーディエ・シュブルトヴァー」
ヴィーテクが答えています。
「カミル・フヴォイカ様にさあ、ヴィーテクのお姉さんのリーディエ・シュブルトヴァーさんの事打ちあけて助けてもらったらよくない?」
「あ、それいいかもな」
ザハリアーシュ・ピェクニー様がぽんっと手を叩きました。それを見ながらヴィーテクがなぜか嫌そうな表情でつぶやいています。
「・・・それがあったか・・・」
「ヴィーテク、思いつかなかったのか?いや、違うな・・・、本当は姉の知り合いの男がこれ以上増えて欲しくないんだろ?図星だろ!」
ベネディクト・チャペック様の言葉に、ヴィーテクが怒っています。顔が赤くなってます。
「うるさい!黙れ!・・・姉さんは・・・いや、違う・・・そんなんじゃない・・・そんなんじゃないんだよ・・・」
なんだかごめんなさい、ヴィーテク・・・。何も言えなくなった姉を許して・・・。
後日改めて、私はザハリアーシュ・ピェクニー様のお姉さまであるドラフシェ・ピェクニー様とカミル・フヴォイカ様に会って、相談をしたところ、二人とも最初は訝しげにしながらですが、何とか協力をしてくれることになりました。ただ、二人ともリーディエとして会ったので、相当警戒していたようです。途中で、私が中座して化粧してラドミラとして戻ったら、突然愛想が良くなり二つ返事で協力してくれることになりました。特にカミル・フヴォイカ様は、ラドミラにいたく興味を持ったようで私の手を取りながら片膝をついていました。何か言おうとしたようですが、言う前に私の隣に陣取ったヴィーテクが、私の手を取ったカミル様の手だけを器用に叩き落としていましたが。
なんだかんだで、イグナーツ・ペリーシェク様を騙すための包囲網は形成されたのです・・・。
次が第一章の最後です。ラドミラはぼんくら坊ちゃんにラドミラとしてちょっとした仕掛けを施します。疑われないようにと、苦心していますが、協力者にとっては受難です。また、弟の悪友という人たちが思いのほか優秀で、誰それの犯罪を炙り出します・・・。