残念美人は婚約破棄をされる
今回はぼんくら坊ちゃんからの破棄を言われる回です。よかった!ラドミラに傷がつくので残念と思いますが、結局よかったねという回になります。
皆様、ごきげんよう。
私はラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢です。
「なぜそのようなことをした!」
私に対する嫌悪感が増してきたらしく、イグナーツ・ペリーシェク様は知らず知らずのうちに声が大きくなっています。でもこのお方は私がイグナーツ・ペリーシェク様を嫌っているという考えにどうして至らないのでしょうね。服で隠れるところを殴りつけたり、 私を怒鳴りつけて私を貶めようとする方を私が慕うなどありませんでしょう?
「私は、お前がそんなことをするとは思わなかった!恥を知れ!他国からの留学生に対するいじめは国際問題になりかねない!私はそんな考えなしの者を妻にすることはできない!お前とは婚約を破棄する!今すぐここから出て行け!もう顔も見たくない!」
やった!言わせた!破棄を言わせた!よし!もう演技しなくてもいいんだ!
「そ、そんな、イグナーツ・ペリーシェク様!私はシュブルトヴァー男爵を虐めてませんから!」
「顔も見たくないと言ったはずだが?ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢」
私は、何とか悲しいことを思い出して涙を流そうとしています。うつむいてポタリと雫が落ちました。あ、涙も出たわ。よし、ここから出よう。皆が破棄について聞いただろう、これで言質は取ったしね。
「よっしゃあ!」
走るように会場のドアに向かいかけた私の背後で、ヴィーテクが思わずと言った感じで発した言葉に私は達成感で一杯になり、ドアを抜けたところで一度だけ振り返り、ヴィーテクが元婚約者のイグナーツ・ペリーシェク様に怖くなるほどの美貌で微笑みながら近寄っていくところを目にしてから、前を向きドアを走り抜け、会場から出て行ったのです・・・。思わずスキップするかのようにしながら。
ガラガラと馬車は国境に向けて走っています。国境を越えれば、私は伯爵令嬢から女男爵と身分が変わります。パーティの席での婚約破棄騒ぎでカシュパーレク家の名を落としてしまったのは残念でした。婚約を破棄されることを目指してから、父と母にカシュパーレク伯爵家の評判を落としてしまうことを謝罪しましたら、そんな家の評判など大した事ではないと言っていました。
ただ今こうして国外を目指して走る馬車の中で考えているのは、これから愛しい弟たちにも軽々しく会えないという事実です。これについては今更ながらではありますが、ちょっとだけ後悔しています。でも、私はラドミラ・カシュパーレクという名ではずっと嫌な思いを味わってきたので、名を替えたいと思ったことに対しては後悔はしていません。家族と会えなくなるのが後悔なのです。
そう言えば、前に名を替えたいといったときに大伯父様にどんな名にしたいと聞かれて、答えた名はベェハル国の数代前の王妃の名前のリーディエでした。リーディエ・ベェハルという名のその王妃は、国土の開発と開墾を推奨し、治水事業に着手し、国内の特産品を国外に販売をするルートを整備したりした、経済を重視した政策を国王に提言した方ということで認識されています。そんな王妃にあやかって私は名を決めたのです。リーディエはラドミラとは違い、生まれたときからの婚約者はいないので、貴族としては半人前かもしれませんが、気安い立場で暮らせるでしょう。しかしいつかは婿取りをしなければならなくなると思います。それが貴族の家に生まれた者の義務と言うものです。ただそれまでは私はのんびりと領地の経営をしたいと思います。
「婿取りかあ・・・」
馬車の窓から外を眺めながら、私はつぶやいていました。ふと、婿取りという言葉から連想して婚約について考えたところで、学院での最終学年での二重生活が思い出されました。まったくあの俺様坊ちゃんは!思い出して腹が立ってきました・・・。
ガチャッとドアが開きました。私は教員の後ろについて、中に入ります。
ざわざわしていた教室内が一瞬で静かになります。
教室内が息を呑むのがわかりました。私はバレないかと心配で心臓が飛び跳ねています。いえ、本当はバレても良いのですが、くだんの公爵次男坊にバレなければ。まあバレたらバレたで、回避をする方法はいくらでもあるでしょう。
今日の私はラドミラ・カシュパーレクではなく、リーディエ・シュブルトヴァーです。今日は黒の鬘はつけておりませんし、切れ長に見せていた目は元のままの大きな丸い目です。こっそりと書いていた下顎の黒子は消して、ファンデで消していた左目の泣き黒子は消すことなく出しています。陽に当たると赤い色に色が変わる金髪は項で纏めています。教員の隣に立ってにっこりとほほ笑めば、教室内のいたるところからため息が漏れます。男性達が明らかにそわそわし出しました。カタリっと音がして、そちらに目を向けると誰かが立ち上がっていました。よく見ると、婚約者のぼんくらお坊ちゃまでした。
「えーと、なぜ立っているのですか、イグナーツ・ペリーシェク様?」
教員が名指して声をかけています。
「え?あ、え、えーーー・・・」
答えられないようです。
「座ってもらえますか?そのままでは紹介ができませんので」
「あ、ああ・・・」
ようやく座ります。じっと見てくる視線を捕らえると、もう一度ニコリと笑って見せます。顔を赤らめてうつむいています。へえー、新鮮な反応だ、初めて見る!ラドミラには一切見せたことのない表情です。
「では、今日から学院で聴講する留学生の方をご紹介しますね」
『聴講・・・?』
『りゅ、留学生か・・・』
『・・・び、美人だ・・・』
とぎれとぎれに聞こえるささやきに、感嘆の言葉が混じっています。
「隣国で、友好国のベェハル国からやってこられた、リーディエ・シュブルトヴァー男爵令嬢です。1年間の期間限定ですが、我が国の学院で学びたいとやってこられました。ただ、聴講生ですので、毎日来るわけではなく、興味のあるカリキュラムに参加される事になっています」
一旦話を止めてから、教員が私の方を向きます。
「では、リーディエ嬢、ご紹介していただけますか?」
「はい、わかりました」
教員に一礼してから、皆の方に体を向けます。優雅に見えるような礼をしてから、自己紹介で口を開きました。
「リーディエ・シュブルトヴァーと申します。お見知りおきくださいませ。ベェハル国にも聞こえました王立ハルディナ学院の授業に参加させていただけて光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」
言い終わって再度頭を下げます。そのあと私は顔を上げたあと意図的に食い入るように私を見つめているイグナーツ・ペリーシェク様に視線を合わせ、再びにこりと笑いかけておきます。驚いたように視線を逸らすその姿に、私は笑いをこらえるのに苦労しました。
「リーディエ嬢、もし質問等がありましたら、私たち教員や教室内の者にお尋ねくださって結構ですので」
「はい、ありがとうございます」
私は自己紹介をしたそのあと、そのまま空いている机を示され、椅子に腰かけます。少し離れた斜め前の席にイグナーツ・ペリーシェク様が座っており、呆けたように私を見ています。前にヴィーテクに聞いたイグナーツ・ペリーシェク様の容貌に関する好みのお話ですが、どうやら本物のようです。疑っていたわけではないのですが、リーディエを見る視線に熱っぽさがあります。気持ち悪いのですが我慢できないほどではないので、軽く見返して笑っておきましょう。そうしたらなぜか、拳を握りました。何か決意をしたような感じですね。にわかに周りを睥睨するかのような雰囲気を醸し出して、います。なるほど、私の興味を自分が惹いたと優越感を持ったようです。色気づきましたねえ、突然。内心笑いをこらえるのに必死な私です。
授業を聴講した後、案の定イグナーツ・ペリーシェク様が立ち上がります。そのまま、私の机に向かって近づいてきます。私はそれに気が付いておりましたが、敢えてその姿を真正面で見ることなく視界のふちに捕らえたまま、お隣の男性に話しかけます。
「あーっと・・・」
何か声を掛けようとしてきましたが、実のところ今日は聴講用の資料を持っていない私は、無理を言って見せていただいていたお隣の男性に、飛び切りの笑顔でお礼を言っておりました。照れたらしいお隣の席の男性に、お名前をお尋ねします。
「資料をありがとうございます、お尋ねしてもよろしいですか?」
「は、はい!」
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「も、もちろんです」
私の机の前に立ちはだかるようにしているイグナーツ・ペリーシェク様の雰囲気が苛々したものに変わっていきました。
「わ、私は」
顔を赤くしながら男性が言いかけると、突然男性の机をバンと手のひらでイグナーツ・ペリーシェク様が叩きました。
「おいっ!隣国の留学生である男爵令嬢に対してデレデレするな!」
私は内心、来たっとほくそ笑みました。何でしょうか、これでは悪だくみをする性悪ですね、私。ふふふっ。
「!」
教室内が凍ります。私も動揺したように立ちはだかる姿を見上げます。
「・・・な、なにか、まずいことでも・・・」
お隣の男性が固まっています。
「この教室で、一番爵位が高いのは私だろう!どうして私に断りなく話しかけるんだ!」
はいっ?思わず私は目を見開いてぱちくりしましたよ。どこの子供ですか・・・。確かに教室の構成は公爵家が一人、侯爵家が一人、伯爵家が三人、子爵家が七人、男爵家が八人ですが、そんな構成など学院では意味を成さない決まりです。
ちなみにラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢はこのクラスではない特別教室に居ます。年間成績が2年間で5位以内でなおかつ必修科目は合格済み、卒業に必要な選択科目も合格済み、最終学年で幾つかの専門課程を履修してそれについての試験を受けるか、レポート提出をする予定の者が行くところが特別教室です。特別教室に行く者は、専門課程を受けなくても卒業できますが、研究職に就くか王城の官吏になりたい者かですので、そのまま学院に行かずに卒業だけする者は皆無です。皆テーマを持って研究をしています。出てきた方が学院の施設を使うことができますので、相当便利です。私ラドミラは運よくそこに滑り込むことができ、教室での授業を受けなくても良い身分となっていますので、私は思う存分一人二役を演じることができます。よかった。
あ、失礼しました。お話が逸れましたね。目を教室に戻しましょう。
周囲の何言ってるんでしょうという視線にもめげることなく、イグナーツ・ペリーシェク様は得意そうにしています。私もこの会話の切り出し方に相当驚いて一瞬思考を停止させてしまいました。回復したのは相当時間がかかってからです。たっぷり1分は固まっていましたでしょうか。
「ざ、斬新です・・・」
思わずつぶやいてしまったのは、私の罪じゃないですよね?ね?
『て、ていどがひくい・・・』
どこかでつぶやく声がしましたが、激しく同意です。この国の貴族は大丈夫なんでしょうか。
いえ、高位貴族は大丈夫なんでしょうか・・・。未来が心配です・・・。
「そ、そういうあなた様は、どういう方なのでしょうか・・・?」
ようやく言葉を絞り出すと、イグナーツ・ペリーシェク様は顔を紅潮させました。
「わ、わたしはこ、公爵ペリーシェク家のイグナーツ・ペリーシェクだ!そ、そなたは見目麗しい・・・、いや、り、隣国の男爵家の者は皆そなたのように美しいのか?」
「はいっ?」
何言ってんだ、こいつ。あ、御免あそばせ。淑女らしからぬ言葉を使ってしまいました。言う言葉間違ってるだろ!あ、またまた御免あそばせ・・・。
でもうんうんと頷く男性達と一部の女性達が居ます・・・。この国本当に大丈夫か?私はおばあ様に到底及ばない「残念美人」だぞ!見目麗しいのは、おばあ様や父や弟だ!
心の中で悪い言葉遣いをしてしまったのは不可抗力ですよね?ですよね?
苦労が報われる回でしたが、もう少し、破棄に至るまでの舞台裏を書きます。あと2話ぐらいで婚約破棄の章が終わります。次回はちょっと弟が可哀想という回です。