留学生の思いは形を変えて~貴族子弟の狂信
思いのほか早く一話書けたので投稿します。いつもはこんなに順調じゃないのですが、今回だけ早かったです。
留学生となって王立ハルディナ学院にやってきた伯爵の嫡子がリーディエに係ってからのその後です。少し悲劇です。そして、短めです。
「・・・ですから、父上が昔話してくれましたエヴェリーナという方にお会いしました、そう言ったのです」
彼の言葉が響く。
彼が繰り返して述べた理由は、目の前にいる人物が呆けた顔を見せたからだ。
「・・・今、なんと?何と申した?」
再度言われて、親の前ではあるが、舌打ちをしそうになった。
「・・・何度同じことを言わせようとされるのですか、父上」
その息子の言葉に、父親である伯爵はまじまじと顔を見返してから、視線を逸らす。
「・・・すまなかった・・・。そなたの言ったことが信じがたくてな・・・。その、なんだ・・・、」
父である伯爵が視線を逸らしたまま、付け足すように話す。
「・・・そなた、思い間違いをしているのではないか?」
その言葉に、息子はむっとした表情を隠そうともせず、父を見返す。
「・・・父上、あなたが以前一度見せてくれた、あの父上だけの宝であるエヴェリーナ・シュブルトヴァー男爵令嬢の似姿そっくりでした、見間違えるはずはないではありませんか!」
それとなく険が含まれていたが、どうやら言った息子本人も、そして言われた伯爵も気が付かなかったようだ。それほど興奮していたのだろう。
「そうなのか!本当なのだな!」
「まだ疑っておられますか。確かにもうあのエヴェリーナ様はもう亡くなられたとのことでしたので、本人には会っておりません。私がお会いしたのは嫁がれた先のカシュパーレク伯爵の令嬢でしたが」
「・・・なんと・・・」
愕然とした様子で言葉を失う伯爵だが、やがて息子の言葉に新たに知った情報が含まれているのに気が付き、息せききって問いただす。
「・・・カ、カシュパーレクだと?カシュパーレクと申したな、カミル!」
「はい、父上。そう申し上げました」
「・・・確かにカシュパーレク伯爵の令嬢なら、エヴェリーナ様に似ているだろうな・・・」
息子のカミルは、そう呟く父の伯爵を憎々しげに一瞬だけ見やったが、それを何とか隠す。その息子の言葉に異常に興奮していた父は、またもやその息子の表情に気が付かなかったようだ。
「実のところあまり似ていないのですよ、ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢とエヴェリーナ・シュブルトヴァー男爵令嬢は」
「な、なんだと!どういうことだ!血が繋がっていないとでも申すのか!」
苛立つ表情で見られた息子だったが、当の息子はつぃっと父を見ていたその視線を外し、呟くように言う。
「面影だけならありますがね・・・」
「面影だけ・・・?」
「はい、素顔のラドミラ様はエヴェリーナ様には似ているところが少ないと言ってよいでしょう」
「・・・少ないのか?」
「はい」
「なら、似ていないのではないのか?」
「いえ、それが似ていないのではないのです」
「?・・・何を言っている?変な言葉を使うな」
伯爵の表情が戸惑っていた。息子を見る目に、苛立ちが見え始めている。
「・・・申し訳ありません。ですが、私が言った言葉について説明をすれば、父上でもわかっていただけると思います」
「・・・カミル、お前は父である私を愚弄するか?」
さすがに、カミルの父親であるミコラーシュ・フヴォイカにも、息子のカミル・フヴォイカの言葉に含まれた険に気が付いたようだ。
「ラドミラ様は、はっきりというとエヴェリーナ様にはあまり似ておらず、母であるナターリア・カシュパーレク伯爵夫人に似ておられます」
「・・・それならば、エヴェリーナ様のように美しくないということなのだな?」
「いいえ、そんなことは申しておりませんよ、父上。ラドミラ様はお美しい方です。・・・化ける前も化けてからも」
「?何を言っている・・・?」
「ラドミラ様は、化けることができるのですよ、エヴェリーナ様そっくりに」
「な?」
「そんなこと、血が繋がっていなくてもできるでしょうが、それはあくまでも他人の空似でしょう?ですが、ラドミラ様が化粧すれば、それはもうエヴェリーナ様そのものになれるのです」
「お、お前はそれを見たのか?」
「だから先ほどエヴェリーナ様に会ったと申し上げたのですが」
はしたなくも、つばを飲み込む音がする。何を考えているのか、カミルはそう思った。
「そ、それほどか!」
もはや期待に胸をときめかせる節操もない男と化した父に苦笑するが、化粧をしたラドミラ様に会った時の自分もそんな感じだったのだろうと思う。
似姿を見せられた時は父の強い憧れを見たのだが、自分もまさか似姿が脳裏を離れないとわかった時はこんなに動揺するとは思わなかった。
それだけの衝撃を似姿は持っていたのだが、実際にラドミラに会った時は胸が騒いだが、化粧をしたわけではなかったため、何とか平静を保つことができた。
その後、化粧をして現れたラドミラを見た時、カミルは衝撃からその場に崩れ落ちそうになった。絶対に自分のものにしたいと、そう思った。それほど好みだったのだ。ただ、学院では、ラドミラの時には友人となった彼女の弟やその弟の友がすぐそばに張り付き、リーディエの時にはあのぼんくら坊ちゃんがそばに張り付いていたため、愛を語ることはできなかった。
「・・・ううーむ、何とかしてエヴェリーナ様に会いたいものだ・・・」
呟く父を見ながら、カミルはその呟きには激しく同意する。
「・・・確かに・・・」
リーディエ・シュブルトヴァー男爵がベェハル国に来ることは知っていたが、その時、カミル・フヴォイカは伯爵家の飛び地の経営の立て直しをしており、そこから離れることはかなわなかった。リーディエが夜会でベェハル国の貴族にお披露目することはわかっていたが、まさか自分がそこにいないなどということは思ってもいなかった。リーディエが夜会に出るなら、当たり前だが、フヴォイカ伯爵の嫡男としての自分もそこにいるはずだと信じていた。しかし現実はそうではなかったのだ。
カミル・フヴォイカは夜会開催の後、荒れに荒れた。
「なぜだ!なぜ、私は夜会に居なかったのだ!」
伯爵の飛び地の屋敷にある執務室で、喚きながら手当たり次第にものに当たった。
夜会での出来事のあれこれを聞くたびに、カミルはその場にいなかったことを嘆き、夜会に出た者たちを呪った。
そんな中、事前に自分の父が国王にリーディエが化粧をするとエヴェリーナそっくりになると話したことを聞いてしまう。
聞いた後、顔色が変わった。執務室のドアが完膚なきまでに叩き壊され、側付きの使用人たちが恐怖に震えるようになった。
そしてカミルがさらに常軌を逸することが伝わる。夜会で国王がリーディエを妃にしたいと言ったことが耳に入った。
「なんだと!あの色欲王め!リーディエは私にこそ相応しい!許せん、叩き斬ってやる!」
恐怖で近づけない屋敷の使用人が遠巻きにする中、カミルは何も考えられなくなり、部屋に籠ってしまう。執務は滞り、意を決した使用人の長はフヴォイカ伯爵に連絡をした。
フヴォイカ伯爵配下の侍従長が現れ、カミルは呆けた表情のまま拘束をされて、己の父の元に連れて行かれた。
父の前に引き出されたカミルは、父の姿を見ると叫びだした。
「父上!どうして私を夜会に呼んでくれなかったのですか!私は夜会でリーディエに求婚するつもりだったのに!どうして!」
「な、何を言ってる?カミル、お前は何が言いたいのだ!」
突然息子に詰られ、伯爵は戸惑った。
「父上、父上がリーディエのことを国王に言わなければ、リーディエは私の物になったはずなんだ!父上、私はあなたが憎い!リーディエのことを国王に伝えたあなたが!」
「・・・」
「憎い!あなたが!私達を引き裂いたあなたが!」
後日、フヴォイカ伯爵家から嫡子の変更の届けが出され、受理された。やつれた伯爵の表情は後悔の色に縁どられていたと、王城の廷臣たちは噂しあったそうだ。
後日、カミル・フヴォイカについてリーディエに伝えた者が居たが、リーディエはきょとんとした表情で小首をかしげた。
「・・・カミル・フヴォイカ様ですか?学院に居た時は婚約破棄の時のお芝居に付き合っていただいたことはありましたが、それだけでした。言い交したりとかは一切していません。もしカミル様が私に求婚していただけたなら、真摯に考えさせていただいたと思いますが、生憎そのようなことはありませんでしたので、婚姻の相手として考えたことはありませんでした。世間でいうところの良いお友達で終わった仲ということでしょうか」
リーディエとカミル・フヴォイカについて会話した者は、カミルがリーディエとのことでおかしくなったことを知っていたため、リーディエと係わった者は身を亡ぼされるのではないかと戦慄したようだ。確かにあの可愛く美しい美貌で、微笑まれたら自分に気があると錯覚するかもしれない。そして、それは自分の価値に気が付いていない残念なところにあるのではないかと、そう思わざるを得なかったのだった。
ちなみに、カミルに関することを告げたのは女性だったので、その笑顔にあてられたが、身を持ち崩すまでには行かなかったそうだ。
伯爵の嫡男は何か勘違いをしてしまったということでしょうか。彼の心にはリーディエが悪い意味で棲んでしまったということになります。廃嫡された後のことは憑き物が落ちたようになって、静かに次期当主を盛り立てて暮らしたということにしてあります。ただ、リーディエと会うのは周囲がさせないようにしているので、基本領地から出ることはありません。
間章最後のお話は+1の、あの人です。ちょっと秘密。次のお話を読んでああ、あの人かと思っていただければ幸いです。
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