残念美人は婚約破棄の方法に思い悩む
カシュパーレク家の悪だくみの回・・・(笑)。しかし、ラドミラがいかに婚約者に興味がないか、書いていて可哀そうになってきます。
ちょっと短編ではない部分で、淡泊かなと思いましたので、書き直しました。ですので、投稿が遅くなりました。お待ちになっておられた方、申し訳ありません。また、書き直しはこれ以降も発生していますので、お時間がかかってしまいました。重ね重ね申し訳ありません。
皆様、ごきげんよう。
私はラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢です。
私は婚約者のイグナーツ・ペリーシェク様からの婚約破棄の言質を取ろうとして、色々と行いましたが、一番手間をかけたのは、何といっても言いださせる場所です。パーティ会場とかが良いと思いました。関係者以外の人目があれば、それについての証言をしてくれるだろうと読んだからです。実のところ舞踏会や夜会などの誰もがいる場所で、イグナーツ・ペリーシェク様が破棄を言い出しても良いように準備だけは怠りなくしていました。もちろん、私の家族だけではなく、母の実家のバルトゥシェク侯爵家に本当の事情を話すことなく、さりげなく傍に居てもらえるように手はずを整えたり、叔父様二人にエスコートをしてもらったりもしました。普通でしたら婚約者と会場に入場するのは当たり前の事なのですが、私はイグナーツ・ペリーシェク様と決して入らず、また私一人で招待を受けたりとイグナーツ・ペリーシェク様とは不仲と世間に匂わせたりもしました。ですが、なかなか破棄を言い出さなかったので学院を卒業することになってしまいました。
なので、この卒業パーティは一番のチャンスなのです。破棄を言い出してくれなければ、私は奥の手を使わなくてはなりません。
私が上目遣いでイグナーツ・ペリーシェク様を見ると、私ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢がか弱き令嬢に見えて被虐趣味をそそったのか、意地の悪げな笑みを口元にのぼらせていました。しかし本当のところ、本当の私ラドミラはか弱くもないはずです。当初私は学院卒業と同時にプシダル国の官吏登用試験を受けて、王城の官吏になるための勉強しか興味のなかったのです。私は入学後婚約者に一切の興味がないため、婚姻しなくても良いように王城の官吏になるべく勉学に励んでいました。官吏になれば婚姻の箔付けである王城侍女と違い、本人の意思が尊重され辞職をしなければ独り身でいることができます。
この王立ハルディナ学院は三年間通しての学業の成績が5位以内となると教員の推薦状がもらえます。この推薦状を持って官吏登用試験を受けると、ほぼ確実に試験に合格でき、官吏に推薦もしてもらえるというお墨付きのような代物です。おかげさまで、私ラドミラはめでたく推薦状を貰うことのできる三年間の成績5位以内を達成しております。これを使って試験を受ければ、婚約は破棄はできないとは思いますが、俺様坊ちゃんに嫁がなくてもよくなるはずです。成績5位以内は入学の時から狙っていたものです。ようやくわが手に来ました。これで婚姻は回避できそうです。ですが、私は欲張りです。婚約も破棄させるという偉業達成のため邁進します。
皆様は私の容貌についてはご存知でしょうか。私の容貌について申し上げますと、私は嫁に来ましたおばあ様の直系の初めての女の子ということで、非常に期待されて生まれてきました。しかし私は絶世とは言い難い顔で生まれました。家族に言わせますと、私は絶世の美女と言われたおばあ様には及ばない「残念美人」だと言います。失礼な家族ですが、まったくその通りでしょうか。私は美人だが、どちらかと言うと可愛いと称されるタイプの美人とのことです。
幼いときの私の容貌については他の方と比べると、相当優っていると言ってもよろしいかと思います。ですが、絶世という評判をとったおばあ様の容貌には到底たどり着けません、まず無理です。
どうしてそんなことを考えたのか今となってはわかりませんが、我がカシュパーレク家の人々は美貌のおばあ様の容貌に捕らわれていたので、美人の理想であるおばあ様に似せた化粧をすれば何とかおばあ様似の美人に見えるのではないか!と両親は当時考えたそうです。そこでおばあさまに似せた化粧をして、おばあさまと同じ髪質の鬘をつけて色々なパーティに行くようになりました。そのパーティでの私の評価は、予想の通り自分で言うのはちょっとおこがましいですが、おばあ様にはちょっと劣るけどという注釈付きエヴェリーナ・カシュパーレクの再来とか言われました。エヴェリーナとはおばあ様のお名前です。化粧の仕方で変われば変わるものだなあと、その当時の私は感心したものです。実際化粧した姿で鏡を見たところ、我が伯爵家の居間にかかっているおばあ様の肖像画と本当によく似た女の子が鏡の中に立っておりました。ただ当時の私は自分がおばあ様に及ばないことがコンプレックスでしたので、相当気合を入れておばあ様化粧に取り組みました。
子供の時はそういう格好をして私は婚約者様と一緒にパーティやお茶会に出かけておりました。ですが、もうそのころには、俺様坊ちゃんとなっていたイグナーツ・ペリーシェク様は、人目を惹く容貌の私が取り囲まれて引っ張りだこになると露骨に顔を顰めるようになっていました。そのうちに怒りで我慢できなくなり、私はイグナーツ・ペリーシェク様に会場の暗がりに連れて行かれて、服で隠されたところを殴りつけたり、私を怒鳴りつけて私を貶めようとしていました。そのため私は最初のころに感じたイグナーツ・ペリーシェク様への憧れはすぐに無くなり、殴りつけられたり嫌味を聞きたくないので、パーティやお茶会に出席することもなくなりました。最近は顔を合わせるのが嫌すぎて、学院でも露骨に顔を合わせることを避けていました。
ヴィーテクから話を聞いた両親と共に、俺様なイグナーツ・ペリーシェク様をどうやって説得しようかと考えましたが、妙案が出てきません。実は私はこれから国王に諮り、貴族籍を抜けることを報告するために、家族総出で王都に向かっています。
カシュパーレク領から王都へは三週間ほどかかります。国王に面会後、大伯父様と約束した1年を学院で過ごすため、私は王都のカシュパーレク伯爵のタウンハウスで学院の卒業まで暮らすことになっています。私は生来の勿体ない精神を発揮して、推薦状を貰うという夢のため、勉学に力は惜しまないつもりです。ちなみに私の婚約者であるイグナーツ・ペリーシェク様はまあまあの成績ですが、三年間の成績は25位程度です。そんなんでどうして私に向かってバカだの言えるんでしょうか、頭おかしいんじゃないの?
移動の馬車の中では、下の弟だけがはしゃいでいます。私達は一応に暗い顔をしておりました。
「どうすればいいんだ・・・」
父がつぶやきます。王都への道中、こればかり父は言っております。
「あなた・・・。ですから浮かれるなと申し上げたではありませんか」
母が返します。母の返しもずっと同じです。
「そんなことより、私はあの俺様坊ちゃまと一緒に暮らすのなんか嫌だ・・・」
と、私。私の言葉もほぼ同じです。
婚約は当人の気持ちなど二の次ではありますが、父の血が欲しかったとかの発言や、曲がりなりにも伯爵家の娘に対して、下女のように扱おうとするなど許されることではありません。両親はどうやらそういう姿勢をとる公爵家に拒否感が増した様子で、私が婚約破棄したいと思っていることを話しても咎めることは今までありませんでした。ですが、相手は公爵家、こちらから積極的に破棄して欲しいとは言えない、許して欲しいと両親に言われました。そんな婚約者の事を忘れていたとは、いくら何でも能天気すぎます・・・。私を含め、反省しましょう・・・。
「・・・ねえ」
ヴィーテクが口を開きました。
「・・・ヴィーテク?」
父が何か言いたそうな顔で、上の弟に視線を移します。
「ちょっと考えたんだけど、姉さんの婚約破棄ってこちら側からできる?」
「できるが、あの公爵夫人のレンカが到底受け入れるとは思えないな」
「でもできることはできるんだね」
「ああ、だが、こちらから申し入れた破棄をあちらが受け入れるとしたら、法外な違約金を請求されるだろう」
「・・・やっぱりか」
弟が頭を抱えました。
「ラドミラの持参金を用意だけはしていたから、それを使えば何とかなるかもしれんが、持参金以上を請求してくるのではないかな。それを払えるか・・・」
悲惨です。
私達四人はため息をつくしかありませんでした。
その時、下の弟ヤロミールが、私の顔を見て突然言ったのです。
「・・・姉様は、今日はいつものお顔じゃないんだね・・・、絵のおばあ様に似せてるの?ヤロミールはあの絵に似てない姉様のいつものお顔のほうが好きだけど・・・」
ヤロミールはまだ幼いので、私の化粧をしていない顔が好みのようです。確かに化粧をすると私は無表情になるので、下の弟には嫌な感じがするのでしょう。
「ごめんね、私がお外に出るときは、化粧するのが我が伯爵家の決まりでしょう?ヤロミールが私の顔を気に入ってくれてるのは有難いけど、我慢してね」
私はヤロミールを抱きしめてから、頭をなでなでしました。
そのやり取りを聞いたヴィーテクがうつむいていた顔をガバッと起こしました。目が輝いています。
「それだ!」
「・・・?」
どうやら、私の家の男の血筋は、それだ!と言う言葉が好きみたいですね。先日の叔父と言い、今の弟といい。
「なにがそれなんだい?」
私達は顔を見合わせました。そして代表するように父が冷静に聞きました。渋い顔をしています。何かとんでもないことを言うと思ったようです。
「ヤロミール!お前いいことを言った!それだよ、それ!姉さんを二人にするんだ!」
「はっ?」
「姉様は一人だよ?」
私とヤロミールの声が重なります。両親は険しい目つきで弟を見ています。何を言ってるんだという表情です。
「わからないかなあ、姉さんはもう化粧で二人いるようなものじゃないか。それにもう身分も二つになってる」
「はいっ?」
私は訳が分からなくなっています。何が言いたいんだ?
「・・・つまり、何だ」咳払いした父が考え考え口を開きました。「化粧させたラドミラと化粧を落としたラドミラを別人に演じさせようということか?それで、化粧を落としたラドミラに、あのぼんくらを会わせて、惚れさせようと?」
「あなた、ぼんくらは言い過ぎよ・・・」
父の言葉に母が反応しました。母がたしなめています。でもそう思ってたんですね・・・父様。ポロリと本音がでましたか。
「・・・すまない」
父が肩を落として謝っていますが、ヴィーテクはそんな父を尻目にもう盛り上がっています。
「そうだよ!姉さんは男爵家令嬢として、化粧を落として会うんだ。あいつはおばあ様化粧の姉さんしか知らない。素顔の姉さんは可愛い系美人だから、たぶんあの俺様坊ちゃんは気づかないだろ。姉さんは学院に聴講生としてでも入って、あの俺様坊ちゃんにコナかけて、素顔の姉さんに惚れさせて、化粧姉さんとの婚約の破棄を言い出させるっていうのはどうだ!」
狭い馬車の中でヴィーテクが立ち上がっています。
「・・・ヴィーテク、コナかけてはないでしょ・・・。曲がりなりにもあなたは伯爵の嫡男ですよ。どこからそんな言葉憶えてくるのですか・・・」
母が今度はヴィーテクをたしなめます。今日の母は失礼な言葉をたしなめる役のようです。
「母様・・・、学院でのヴィーテクの悪友が教えるのですわ、あのような言葉を」
私がそう教えると、母はため息をついています。
「・・・ヴィーテク、そのような友人とは縁を切りなさい」
ですが、ヴィーテクにはもう母の言葉は届いていないようです。酔ったとでも言うのか、顔を紅潮させ、キラキラの笑顔を馬車の中に振りまきながら、話を続けています。
「あとは姉さんの努力次第だよ!国王に目通りした後、今度は学院に行って、ベェハル国のリーディエ・シュブルトヴァー男爵として聴講したいと申し込みをしよう!身元引受人として父上の名前を出せば、まず聴講は認められるから、あとは姉さんが俺様坊ちゃんと会って誘惑すれば、あれはなびくと思うよ。実際にあいつの好み聞いたことがあるけど、おばあ様のような美女じゃなくて素顔の姉さんのような可愛いらしい顔が好きらしいんだよ!」
「・・・」
私、その婚約者様の好みの話、その時初めて聞きました・・・。
実際にはラドミラが歩み寄ろうとしても、婚約者のイグナーツはラドミラが好みじゃないので異性に対する興味しかないのです。ただ綺麗な子だとは思っているはずです。公爵夫人の母から強硬にラドミラを娶れと圧力をかけられているため、嫌で嫌でたまらない婚約もかろうじて破棄しなかったのですが、この後リーディエが一生を頼るような言動をして(手管ですね)陥落します。哀れです。