残念美人は婚約者を決める~前編
ごめんなさい。一話にまとめられず、分かれてしまいました。
婚約者決定です。
皆様、ごきげんよう。
私はリーディエ・シュブルトヴァー男爵です。
私が領地を駆け巡るときに着ているいつものフロックコートと暗色のズボンで、化粧もせず現れると、ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様が一度だけ、動きを止めました。しばらく私をぶしつけにならない程度に見つめた後、にこりと、本当ににこりと笑いました。
「これが巷で噂のリーディエ・シュブルトヴァー男爵ということですか」
巷で噂?どゆこと?噂になった覚えはないのに。
キョトンとした私の表情を見て、ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様はもう一度にこりと笑い、そしてまず騎士礼をしました。
「・・・夜会の時にご挨拶したと思いますが、今もう一度ご挨拶をさせていただきましょうか。
私はラドヴァン・ベチュヴァーシュ、ベチュヴァーシュ公爵家の嫡男になります」
「・・・御親切にありがとうございます。私はリーディエ・シュブルトヴァーと申します」
ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様は私に握手を求めるように右手を差し出しました。握手をしたいのだと思った私がその手を握ると、そのまま、私の手を口元に持って行き口付けます。
「な!」
手を引き抜くと、またにこりと笑います。こ、こいつ!
「・・・この間のような顔立ちもなかなかなものでしたが、今日の男爵の容貌も相当なものです。可愛らしい、そして目元のぱっちりとした男爵も男心を誘うと言えますか」
ふーん、これはなかなか口説き文句も色々と考えているようです。
「・・・お分かりにならないようですので、もう一度ご説明しましょう。私はこの格好が地です。先日の夜会の時は、シュテファン王の求めであのような格好を致しました。ですがもう二度とするつもりはありません。私はシュブルト男爵家の当主です。あのような真似は一度行えば、普通は二度もしないものでしょう?」
「・・・左様か。国王も夜会の時には酔狂なことをしたようですね」
私の言葉にラドヴァン・ベチュヴァーシュ様は笑顔で頷きます。
私はその言葉と笑顔に戸惑いながらも、ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様をタウンハウスの談話室に案内しました。
私とラドヴァン・ベチュヴァーシュ様はタウンハウスの中の談話室の椅子に腰かけ、向かい合っています。実のところ、私の化粧しない顔を見せれば、この男も距離を置くだろうと思っていたのですが、何も考えていないのか、考えても結論が出ないのか、それとも相当切羽詰まっていて、何とかしてシュブルト領を手に入れたいのか、一向に引くつもりはない様です。
私は立ち話もなんだからと椅子を勧めて、座ってもらいました。私はテーブルを挟んでその向かいに座ります。さっきは随分距離が近かったので、慌ててしまいましたが、このように離れれば、相手も遠慮をするでしょう。
からからと音を立ててワゴンを押しながらダナを含めた侍女たちが部屋に入ってきて、お茶の用意をしてくれます。お茶を淹れた後、侍女達が礼をして下がって行きます。ダナだけが部屋に残り、壁際に控えます。私の護衛のヴラディミール・スコトニツァが無言で私の背後に離れて立ちました。
「それで、わざわざ訪ねていただいてありがとうございます。丁度私から聞きたいこともありましたので好都合でした」
わざと私の物言いは少々嫌味に聞こえるようにしています。
「聞きたいこととはあの夜会でのことで間違いないでしょう?」
口の端に笑みを浮かべたラドヴァン・ベチュヴァーシュ様ですが、私が答えて欲しいことは、なぜ隣の侯爵の次男と隣の男爵の事を教えたか、その理由が知りたいのです。遅かれ早かれ、どうやって知ったかはわかることでしょうから、今はどうでも良いのです。
私はダナが淹れてくれたお茶を淹れたカップを両手で持ち、軽く揺らして波紋を見てから口に含みます。揺らした時に強く香りが立ち、心が落ち着くのです。これは私が王城で男爵の爵位を貰ったときに、倉庫の被害が少ないことにどんなからくりがあるのかを調査した結果生まれた物です。
「・・・いい香りだ・・・」
ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様も私がしたようにカップを揺らして香りを立ててから、お茶を含みました。
「何種類かのハーブで淹れたお茶です。今度、シュブルト男爵家の印付きで売り出すつもりですよ。もちろんここ、王都でも」
私はそう答えてもう一口飲みます。
「・・・男爵は多才ですね」
何か言っていますが、正直なところどうでも良いのです。私はお茶を飲んだ後の弛緩した表情を引き締めると、視線を上げてラドヴァン・ベチュヴァーシュ様を見つめます。さあ、私の言葉にどう答えるのでしょうか、楽しみです。
「ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様も緊張が解れましたか?リラックスできたところで、私から先ほどの私の質問についてお答えいただけるとありがたいのですが」
「・・・お答えできることなら良いのですが」
「・・・そうです。私はあなたが言ったことにさほどの注意は払ってはいませんが、一つだけお教えいただきたい、と思っています」
私の言葉に一度眉を寄せたラドヴァン・ベチュヴァーシュ様です。
「・・・私の言ったことに注意は払っていないとは、どういうことでしょうか」
「文字通りの意味ですが?」
「文字通りの意味ですか・・・」
「ええ、そうです。我がシュブルト男爵家では自分から火をかけることはありませんが、振りかかる火の粉は払うということにしております」
「・・・つまり準備は怠らないようにしているということですね?」
「ありていに言えばそうです。ですから私が知りたいことも、だれがどこに居るのかとか、どのようにして男爵である私に危害を加えようとか、何をもって男爵領に被害をもたらすつもりなのかとかではありません」
「・・・しかしあなたに危害を加えるとは穏やかではないとは思われませんか?」
ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様は私の言葉に対して空元気ではないかと疑っているのか、じっと私を見つめてきます。
「怖くはないのですか?」
私はたぶんそう言うつもりはなかったのであろう言葉に軽くイラついたと言う調子を込めて答えます。
「我がシュブルト男爵家は武の家です。攻撃されたら迎え撃つだけ。それが王家であろうと、侯爵家だろうと、お隣の男爵家だろうと、そしてもちろん公爵家であろうとです」
ちょっとした比喩の中に、さりげなくラドヴァン・ベチュヴァーシュ様の家も含めてみましたが、まずその前の王家を入れてみましたので、そちらの方に注意が行くのでしょうね。ただ公爵家と言う言葉に注意が行くとしたら王家に対立することも厭わないと言う気持ちもあると判るはずですが。
「気が強いのですね」
ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様の瞼が動きかけたように思います。驚く様に目を見張ったように見えましたが、よくわかりません。なので、私はラドヴァン・ベチュヴァーシュ様の心をのぞこうとして、軽い芝居を打つことにします。
「気が強い?何を言われるのやら。私はシュブルト男爵。このベェハル国の西地方で、建国以来クバーセク国の侵攻を幾度となく受け、幾度となくその侵攻を食い止めてきた家です。その家の者である私を女と侮りましたか?」
ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様に女は臆病とでも言うような言い方をされ、私が怒ったように見せると、少しながら慌てて、謝罪の言葉を言いました。
「・・・し、失礼しました。決して男爵を侮ったわけではないのです。相手にするのがはばかられる場合でも、男爵ならその気の強さで応対するのでしょうねと言うつもりでした。女だてらにとか女だからとか、男爵を軽く見る言葉を言うつもりではありません。気を悪くされたのなら謝ります」
言われた言葉をそのまま受け取るわけではありませんが、なんとなくですがラドヴァン・ベチュヴァーシュ様は誠実に話されていると私は感じました。信じられるかもしれない・・・。
「その謝罪を受け入れましょう」
私は肩をすくめて見せました。受け入れなければ、質問に答えてくれるか微妙になりそうな気がします。
「・・・では改めておうかがいいたします」
「・・・何でも聞いてください」
「私が聞きたいことは、どうして私に、侯爵家のレオポルト・ストルナド様が王都に仲の良いお方が居る事と、私の昔の汚点でしかないイグナーツ・ペリーシェク様の事を、わざわざ伝えたかです」
「・・・なるほど・・・」
ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様が心持ち目を細めて私を見ています。
「私の事情はご存知でしょう?」
私の問いにラドヴァン・ベチュヴァーシュ様は頷きます。
「私は血縁関係にありますが、シュブルト男爵家の養子です。そしてあの養父の家系からは、男爵の血筋を代々伝えていくことはできなくなりました。そのため私が養子となって男爵家を継ぐことになりました。私は隣国のプシダル国の辺境伯爵家に嫁いだ養父の妹の孫になります」
「知っていますよ、もちろん」
そうラドヴァン・ベチュヴァーシュ様が答えましたが、私は構わず話を続けます。
「養父の妹の血筋ならば、私以外にも血が継がっていて男爵家の養子として継ぐことができる者は他にも居ります。ですが、まず私に大伯父様からお声がかかりました。私は領地経営にも興味がありましたので、爵位には興味はないのですが、あとを継ぐことになったのです。何度も言いますが、今のシュブルト男爵家には、私以外の者が居りません。私は、私を受け入れてくれて、私に当主と言う重責を担わせてくれたシュブルト家のために、この家を絶えさせたくないのです。私がこの家で次代の当主を産めば、少なくとも私の次に男爵家は続きます。ですから私がシュブルト男爵家のために入り婿を探していることはお判りでしょう?」
「・・・その意味はわかります」
「私の事情をご存知なら、私にお隣の侯爵家の次男と、お隣の男爵の領地に居る元の婚約者の事をあの時に伝えたのは、どうしてなのですか?ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様に何もメリットはないでしょう?私の入り婿にあなたがなりたいと言われるのでしたらわかります。ですが公爵家嫡男のあなたが入り婿に成れるはずはないのですから」
私は思わずラドヴァン・ベチュヴァーシュ様の、テーブルの上に置かれていた手を握っていました。
「ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様が侯爵家次男のレオポルト・ストルナド様の不誠実さとボリス・ズーレク男爵の私を害する意思を伝えるのは、二人をライバルとしているから醜聞として私に伝えるためと考えれば、辻褄が合うのです。
ですが、私がいくら考えても二人を貶めることは、ラドヴァン・ベチュヴァーシュ様にはメリットなどないと思えてならないのです」
長くなってしまい、途中で切りました。
婚約者、予想通りだったでしょう?ですが、嫡男です。どうやったら婚約者になれるのでしょうね。




