残念美人は考え過ぎて熱を出す
大伯父様は案外色々と考えているのです。昨日の夜の話の中に違和感を感じて、調査しようとしています。
申し訳ありません。リーディエの婚約者を出そうと思ったのですが、昨夜の話の後、あれっと思った大伯父様以外に、作者もそうだったので(笑)元婚約者がどうしてお隣の領地にどうしているのかを推理した話を挿入しました。
皆様、ごきげんよう。
私はリーディエ・シュブルトヴァー男爵です。
夜会の次の日は、私の中ではお休みだといいなとは思っていたのですが、残念ながら男爵家当主の私にそんな休みの日はなく、王都ブラホスラフのタウンハウスの執務室と割り当てた当主用の私室で書類の整理をしています。
「・・・まだあるの?」
「・・・御座います」
執事のロマンが私の座る机の傍に立ち、毎日届けられる決済の書類や領地の集落の長から届けられる陳情書に目を通したり、領都カイェターンでの商店の設立申請書類、更には領地内での訴状を呼んで裁定を下したりする私が処理する書類を受け取って、次の書類を目の前に差し出すと言う完璧な流れ作業をこなしています。
絶妙なタイミングで書類を差し出すロマンに私は操られる人形のようにまず文面に目を通し、内容を理解するとしばし考えてから署名をします。この一連の作業が続くため、一息入れる暇はありません。憎らしいほどのタイミングです。
頃合いを見計らったかのようなノックが聞こえ、ロマンがそれに反応しました。差し出すタイミングを計っていたのだろう次の書類をすっと手元へと戻します。
私が読んでいた書類から目を上げると、ドアの傍に居た私の侍女であるダナが私に視線を合わせています。私が頷きますと、ダナがドアを開けました。私はドアから顔を覗かせた大伯父様を見て書類を机に置きました。
「ちょっと良いか?」
「何かありましたか?」
私の言葉に、大伯父様は部屋に入ってきます。
「ちょっとしたことで許可を取ろうと思ってな」
「どんな許可を?」
「当主だけが命じることができる諜報官を使わせてもらいたいのだが・・・」
大伯父様がなぜかロマンをちらりと見てから、私を見ます。
「・・・ダナ、ちょっとだけ外で待機していてくれる?誰も近づけないようにしてくれるとありがたいわ」
大伯父様の目つきで、ダナには聞かせられないということでしょうかね。と言うか、諜報官って私大伯父様から誰がそれだと言われたことないわ・・・、でも私の予想だと、たぶん彼かな・・・。
「はい、かしこまりました」
ダナが素直に頭を上げて、ドアを開けて出て行きました。
ここからは侍女のダナにも教えられない領域の話になりますね。一緒に聞いてもらいたい、誰かと秘密を分かち合いたいと思う気持ちがあるのですが、それは無理なのでしょうね。
「大伯父様、私、諜報官と言うものについて詳しく聞いていないのですけど」
「・・・他の領地に出かけて内情を探るのが役目だ。時折、当主に対する身内の謀叛についても調べたりする」
私は諜報官と言う中身を説明し始めた大伯父様をじろりと見ます。
「大伯父様、中身ではなく構成人員とかそっちです。いくら何でも、私も元はカシュパーレク家の長女です。諜報官と言う名ではありませんでしたが、公に出来ないことを極秘に調べる者を知っていましたし。まあ、私には使う権利は与えられませんでしたが」
私の言葉に大伯父様は思わずと言った風情で頬を指で掻いています。
「ああ、そうか。わかったわかった。だがな、わしも構成人員などは知らん。知らんが諜報官の元締めは教えてやれる」
「元締めなんて、悪の親玉ですか、我がシュブルト家の諜報官は?・・・でも、私の予想が当たっていたら、悪の元締めじゃないでしょうね」
大伯父様が面白そうな顔になって、私を見ています。多分、元締めは・・・。
「大伯父様、諜報官って執事代行のチェスラフ・ミハレツでしょう?」
「・・・」
「・・・」
何ですかね、その沈黙は?私が言ったことが当たっていた?まさか、一応推論を立てて言ったのですけど、当てちゃいけない事だったのかな?
「・・・なんですかね、この沈黙は?」
思わず私が言ったことに大伯父様がため息をつかれました。
「・・・一応聞くが、知ってたわけじゃあ、ないんだよな?」
「・・・」
ロマンがジトリと私を睨むように見ています。こら、私はシュブルトの当主だぞ、御屋形様だぞ!その不敬な目は何?
「・・・存在については判ってはいますが、誰がそうだとは教えてもらったことはありませんよ。まあ、推理しました。時間があって、案外上の地位に居て、統率ができる人間じゃないと出来ない事だからと考えて、じゃあ、ロマンかチェスラフかなと。でも最近ロマンはわたしの傍に居ることが多いから、代理であるチェスラフなら元締めに最適だろうと。使用人の観察して思いついたわけですよ」
「・・・ロマン、御屋形に対するその目つきはよせ。リ、−ディエはお前が考えるより、はるかに出来が良い。チェスラフの事など、すぐに思いついていただろうさ。そしてたぶん、お前が前任の諜報官の地位に居たことも分かってるだろうな」
大伯父様にたしなめられたロマンですが、なかなか疑念は払しょくできないようで、ずっと眉にしわを寄せていました。
「それで、ロマンを使いたいとのことですか?大伯父様」
「いや、違う。ロマンはもう執事として、お前の傍に居てもらうことにしてあるし、わしはそれを変えることはせん。チェスラフに言って、わしが懸念することを調べてもらおうと思っただけだ」
大伯父様は肩をすくめます。
「懸念?」
「・・・漠然とした不安だな」
何だか嫌な事を言われますね、大伯父様。
「そのイグナーツと言う奴が、なぜ、我が領地にとどまらなかったかだ」
「・・・」
それについては、私もちょっと気になっていたのです。
「考えてみれば、イグナーツがどうしてシュブルト男爵に成った、リ、−ディエに会いに来なかったかが気になる。
昨日の話ではラドミラであることを知らぬまま、リ、−ディエが男爵に成ったことで学院の時と同じようにまた傍に居れば好意を寄せてくれて、うまく行けば平民となった自分と婚姻して貴族と言う名目に戻してくれると考えたのじゃないかということだったな?」
「・・・そうでしたね」
「プシダル国からあのボリス・ズーレク男爵領に行くには、隣のカシュパーレク伯爵領を通り、そしてこのシュブルト男爵領を通らなければならない」
「・・・あ・・・」
思わず、大伯父様が言う懸念に思い当りました私です。
「どうして、自分に好意を持っていると自惚れているはずのイグナーツが、シュブルト男爵領に入って、隣のボリス・ズーレク男爵領に素通りして行くんだ?」
大伯父様が、タウンハウスの窓から見える王都のブラホスラフの街並みに目をやりながら話しています。まるで、世間話をしているかのような態度ですが、私はその姿をぼんやりと見つめていました。
「つまりこれは、イグナーツの意思じゃない。拐かされてお隣に連れてこられたのかもしれん。そしてな、ボリスはイグナーツを生贄にするつもりじゃないかと考えたわけだ」
私は大伯父様の一言を聞いたあと、考え始めました。前に家族に言われたことのある焦点が合わなくなった目が、上下左右に動いて一目で常軌を逸した表情になっていることでしょう。
「・・・」
「まあ、イグナーツをどのようにするのかはわからないのだがな」
「・・・私をラドミラと同一人物だと教える・・・」
私の頭はめまぐるしく回転しています。ああ、熱が出そう・・・。
「・・・当然婚約破棄の謀に気が付く・・・、たぶん気が付かないほどの阿呆じゃない・・・」
私の呟きは続いています。
「・・・実家は没落した・・・、それも私のせいだと勘違いする・・・」
「おいおい・・・」
大伯父様が口を挟もうとします。
「・・・ボリス・ズーレク男爵の使用人として・・・」
「ちょっと待て・・・」
「・・・ボリス・ズーレクは私と婚約して入り婿として、役割を暗示してイグナーツ・ペリーシェクを連れてこのシュブルト領に入ってくる・・・」
私は目の前がぼんやりしてきています。私は覚えていなかったのですが、その場に居合わせたロマンによると、うわごとの様に呟く私に、大伯父様が私の肩を掴んで、揺さぶっていたそうです。
「何を言っとるんだ!しっかりしろ!」
「・・・屋敷内で私は没落の原因だと思い込んだイグナーツ・ペリーシェクに襲われる・・・、命を落とさなくても、領地の経営はできなくなるはず・・・」
「しっかりしろというに!」
「・・・ボリス・ズーレクがイグナーツを打ち取って、このシュブルト領を手に入れて、更に本家の伯爵家の当主になって、ベェハル国一の貴族になる・・・」
「・・・」
大伯父様が私の頬を叩こうとしたと、ロマンは言っていましたが、私の目に光が戻ったのがわかって途中でやめたと言っていました。お陰で頬を冷やさなくて良くなったので感謝です。
「なるほど・・・、推論でしかありませんが、しっくりきますね・・・」
私が目の前にある大伯父様の顔に気が付いて息を呑みます。
「!」
「・・・正気に戻ったか・・・」
「正気?ですか?」
あの、大伯父様、近いです。近すぎてびっくりしています。
「ち、近いです、顔・・・」
「正気に戻ったのならよし」
ようやく肩から手を放して、離れてくれました。やはり大伯父様の美貌にはまだ慣れない私でした。
「・・・大伯父様は相変わらず美しすぎて、顔を寄せられると私は硬直してしまいますね・・・、慣れないなあ・・・」
ぶつぶつ言ってしまい、私は一応男爵なはずなのですが、この時はもう動揺してしまっていました。
「それで、何がしっくり来たんだ?」
「・・・へっ?」
あ、貴族の出すべき声じゃなかったですね・・・。
「・・・考えていたんだろう?納得がいって、それでしっくり来たんじゃないのか?」
顔が赤くなっています。いえ、なっているはずです・・・。
「・・・えーと・・・」
あ、また貴族として使う言葉じゃないですね・・・、動揺しまくりだわ、私・・・。
「何かわかったかもしれません」
「そうか」
「・・・たぶん・・・、たぶんですよ・・・、私の推論によるとイグナーツ・ペリーシェク様は殺されるためにだけ連れてこられたような気がしますね・・・」
嫌いで嫌いで仕方なかった方ですけど、今の立場を考えると哀れな方です。ですが、ラドミラとしてそれを言うと、反対に蔑まれるような気がします。己の没落を謀ったのは誰だと、己を嫌ったのは誰だと・・・。
「・・・」
大伯父様は私が何を考えたのか、悟ったような表情で私を見ていますが、なぜかその目つきが哀れで仕方がないとでも言うように、悲しみで満ちたかのように見えたのは見間違いでしょうか・・・。
「ボリスの思惑は、たぶん入り婿に成ることでしょう。最初は私の補佐に徹するつもりだと思います。まあ、自分も領地持ちですから、しばらく領地とシュブルト領を行ったり来たりする。もちろんイグナーツ・ペリーシェク様は自分の領地に居させます。
そのうちに移動が面倒だとして、私にボリス・ズーレク男爵領をシュブルト男爵領に併合したらどうかと意見を出す。断ることはないとはずだ。併合して、あちらの領主の使用人をこちらに連れてきたいと願いを出す。暗示をかけたイグナーツを使用人として連れてくる。私ラドミラとシュブルト男爵領の家で出会って、己を陥れたものとしてイグナーツは怒りに身を任せて、襲わせるという筋書きでしょう。それで、私は命を落とすか、落とさなくても寝たきりになるかして、シュブルト家は入り婿のボリスの踏み台としていい様にされると・・・」
私の解説を聞いた大伯父様が肩をすくめます。
「まあ、大丈夫だ。どうせ、ボリスはお前の婚約者にはならん。あんなボケナス、お前が許したとしても、わしが許さん」
大伯父様は音を立てて、拳をもう片方の掌に打ち合わせました。その仕草に、私はこのシュブルト家が今だ武の家であることを思い出しました。私はそのシュブルト家の当主ですから、武の家として毅然と対応しなくてはなりませんね。
結局、大伯父様は私の出した諜報官使用許可を持ってそのままチェスラフを探しに行くと出て行ってしまいました。ロマンにチェスラフを探してくるようにと命を下す前です。むむ、大伯父様は私が執務に飽きたことを見抜いていたようです!残念です・・・。はっ、ロマンが眉を寄せて私を見ています。コホンッと咳払いをして、私はロマンを見返します。
「何?」
「・・・御屋形様、私にチェスラフを連れてくるようにと命じるつもりでしたでしょう?」
うっ。な、なぜ、わかる?
「・・・その間、執務をしなくていいと考えたのではないですか?」
ううっ。なぜか、悟られてる・・・。
「・・・まあ良いでしょう・・・、少しの間の休息を致しましょう」
「・・・そうね」
「御屋形様?どうかされましたか?なぜか顔が赤くなっています。ぐったりしていていつもの勤勉さのかけらもありません」
ああああーっ。き、昨日の夜会で相当疲れたのだろうと思う。何人と踊ったかすら覚えていないんだから。あとからあとからと虫みたいに湧いてきてもう立て続けだったし。
そうぼんやりと考えていると、いつの間にか近寄ってきていたダナが、突然礼して私の頬に手を当てました。
「御屋形様、失礼します!」
「・・・」
ダナが手を頬にあてる前に見た、息を呑むロマンの表情がなぜか固まったままで、私はそれになぜか笑いがこみあげて来て、もう少しで声を上げて笑いそうになってしまいます。
「熱っ!」
ダナの叫びと同時に、私は意識が遠のいていき、意識が暗く閉ざされたのです。
申し訳ありませんでした。現実仕事に時間がかかり、執筆時間がとれませんでした。書いているうちに元婚約者の処遇に悩みまして、あとになってしまいましたが、救済措置をしようと筋書を変えました。本当はリーディエを謀った罪で問答無用で抹殺するつもりだったのですが、やったことはラドミラをとことん嫌ったぐらいですしね。可哀そうになってしまって・・・。なので、少し長く書いてあった話は全部没にして書き直します。申し訳ありませんが、また投稿に時間がかかりますので、楽しみにして戴いている方にあらかじめ、お詫び申し上げます。




