残念美人は元婚約者の心情を分析しようとする
元公爵次男であるぼんくら坊ちゃんは、いまだにリーディエがラドミラと同じ人だと理解できないでいます。だから、リーディエがシュブルト男爵家を継いでと噂で聞いたときに、リーディエの好意を疑いもしなかったのですが、リーディエはただ拒まなかっただけで、好意を寄せてなんかまったくいませんでした。それを好意があると思いこんでいることが、彼がぼんくらと言われる所以です。
ちょっと長いです。
皆様、ごきげんよう。
私はリーディエ・シュブルトヴァー男爵です。
タウンハウスの私、リーディエ・シュブルトヴァー男爵の私室に、沈黙が満ちました。
それは私の言葉が原因です。
「これも踊った公爵嫡男のラドヴァン・ベチュヴァーシュ様から聞いたのですが、あのボリス・ズーレク男爵領にあのイグナーツ・ペリーシェク様が居るそうなのです」
「!」
部屋に居る者は全員息を呑みました。
「まさか!」
「んなこと!」
口々に言い合う友人たちですが、困ったような顔のお方も一人ほどいます。
「でもなんでお隣の領地にイグナーツ・ペリーシェクが居るんだろうか」
ベネディクト・チャペック様が眉間に眉を寄せ、考え考え口を開きます。
「・・・そもそもなぜいることが分かったんだ?」
「ああ、言われてみればそうだね。注意していないと、隣の領地に居ることすらわからないよね」
「イグナーツ・ペリーシェクは、平民になったばかりだから動向を監視されていてもおかしくはないはず、だ。そのイグナーツがベェハル国の貴族の領地に居る。移住する希望があったにせよ、すぐには希望が叶うはずがない、仮にも貴族の一員だったものだからな。何年か様子を見てから、移住させても良いと判断されれば、移住が可能になるはずなんだ」
そのベネディクト・チャペック様の言葉に、ヴィーテクが顎に手を当てたまま答えます。
「・・・恩返しを考えたか、将来の戻りを期待して投資したか」
「・・・そうだとすれば、手引きをして貴族の家の使用人としてベェハル国に派遣したか、商人の行商の中に紛れ込ませたかだろうな」
ザハリアーシュ・ピェクニー様がヴィーテクの後を引き取って話しました。
「・・・まだ知られていない知り合いがいたのかな?」
オトマル・テサーレク様が呟きます。
「わからんが、親父の仕事を完璧と評するわけじゃないが、完璧と言っても良いと思ったよ。なんせ、オルドジフ・ペリーシェク公爵と関係のあった者はすべて洗い出した親父の仕事に手抜かりはないと俺は思っている」
あら?なぜか大層な自信よね。でも私は粗が見えるのだけれど。
「・・・そうね、でもあなたのお父様の仕事に手抜かりがあったのだと、私は思うけど?」
「な、何をばかなことを!」
ベネディクト・チャペック様が顔を上げて私を睨みます。
「あなたのお父様は、オルドジフ・ペリーシェク元公爵の線を洗って、協力者を確定させたのでしょう?私はそれが間違っていると思うの。まあ、元公爵夫人のレンカ・ペリーシェクの協力者も特定させたのでしょうけど、夫人はブラーハ侯爵家の長女で、ブラーハ侯爵は元公爵夫人を姉弟として大事にしていたはず。その姉弟の子供の事に骨を折らなかったら冷たいとか言われるのじゃない?それは大した害はないと思って監視はつけなかったのでしょう?
ただ関係を確認していたとしたら、別の線かもしれない。仲の良かった今はお屋敷から下がった乳母とかの使用人とかはどう?市井で暮らしているのなら、その人が面倒を見るか、身代わりを立てて世話を焼くとかしたのかもしれないわね。ね、この様にいくらでも目線を変えれば出てくると思うのよ」
ベネディクト・チャペック様のお顔が愕然としたものに変わって行きました。
「・・・」
「・・・どうだベネディクト?姉さんの言うことが正しいと思わないか?人間完璧はなかなかお目にかかれないからな」
私の言葉に項垂れてしまったベネディクト・チャペック様がヴィーテクを横目で見て、溜息をつきながら口元を手で隠しながら言います。しかし目は悔しさを隠しきれていません。ベネディクト・チャペック様には、お父様の仕事は完璧ではないにしろ、完璧に近いものだという思いがあったのでしょう。それを私が横から口を挟んでしまい、お父様の信頼が崩れてしまったのを悔しく思ってしまったのではないでしょうか。あ、いえ、崩れてはいないかもしれませんね。
「国に戻ったら、イグナーツ・ペリーシェクの事を報告して、リーディエ様の言葉に注意して、俺が再度調べるよ。学院の卒業後、俺は親父の補佐をすることになっているから。それで、わかったことは男爵様に手紙で知らせるよ」
「あら、そうなのね、わかったわ。報告お待ちしています」
突然、大伯父様が手を上げました。ん?なに?
「・・・すまんが、そのイグナーツ・ペリーシェクとは誰だ?」
あら?
「・・・イグナーツ・ペリーシェク様は私の元の婚約者で、プシダル国の元公爵家の次男だった男です。今は平民に落とされて市井で暮らしているはずですが、なぜかお隣のボリス・ズーレク男爵領に居るとのことですね」
私が説明すると、大伯父様が初めて頷きました。
「ああ、リ、−ディエに意地悪をしておって結局婚約を破棄したという奴か。初めて名前を知ったぞ」
大伯父様の言葉に、一応ヴィーテクが確認するように問いかけます。
「一応聞きますよ、大伯父様。なぜ姉さんがイグナーツ・ペリーシェクの名前を出した時に、他の者と同じように息を呑んだりしたんです?」
「・・・いや、皆がな、息を呑んだんでな、ついわしも呑んだ方がいいと思ってな・・・」
演技がお上手な大伯父様です。
「それで、そいつがボリス・ズーレクのところに居ると困るのか?」
大伯父様の言葉に、私達は顔を見合わせます。
「・・・はて、どうでしょう・・・」
「・・・困るよなあ・・・」
「・・・たぶん・・・」
「・・・いいことはないんじゃない・・・?」
この場の方々の煮え切らない返事に、大伯父様はじれったそうにします。
「どうなのだ?良くないのだな?」
私が皆さんを代表して話すことにしましょうか。私が目で問いかけながら、順々に見て行きます。皆さんが全員軽くうなずきました。
「良いないことはそうでしょうね」
「なぜだ?」
「私がリーディエとしてイグナーツ・ペリーシェク様に婚約破棄を言い出させるように仕向けました」
私の答えに、大伯父様は首を傾げて質問をしてきます。
「なるほど。だが、それは本人が採った選択だったのだろう?それは本人が嫌だと思って破棄すると言わない限り、人との婚約は破棄できないと思うのだが?」
大伯父様の言葉は、確かに正論です。
「・・・たしかに」
「まあ、イグナーツ・ペリーシェクと言う男は、公爵家にあるまじきケツの穴の小さい男だったということだな?」
私は下品な表情をしている大伯父様を呆れて見やりました。大伯父様、ちょっと下品ですよ!
私の見ている前で、大伯父様は突然表情を引き締めます。
「だが、あのボリス・ズーレクと手を組んでいるとしたら邪魔だな」
「?」
ん?いう意味が分かりません・・・?
「ボリス・ズーレクについて諜報官に調べさせた」
あら、聞いたことはあるけど、実際に会ったことのない人間だ。
「諜報官?」
「我がシュブルト家に仕える諜報を専門に行う者達の名前だ」
大伯父様の説明に、周りの方々が頷きます。
「ふーん、どの貴族の家にもいるんじゃない?優劣はあると思うけど」
「うちには居るな。親父は特別監察官だから。怪しいとのうわさ話があれば、即諜報官を動かしてる。情報を集めて、立件に持ってくんだ。空振りも多いけど、親父は空振りが多いほうがいいって言ってる。空振りが多いのは貴族が真面目に過ごしてる証拠だからって、いつも空振りだといいなともいうぐらいだ」
あら?何か話が身内の話になって行ってますよ?
「身につまされる言葉だな」
ザハリアーシュ・ピェクニー様がそう相槌を打ったところで、大伯父様は話の修正を図ります。
「・・・ボリス・ズーレクについて話しても良いか?身内話をするならもう少し黙っているが?」
「話して、大伯父様」
私がベネディクト・チャペック様とザハリアーシュ・ピェクニー様をくわっと目を大きくあけてみると、二人は首をすくめました。悪いと思ったのでしょう。
「わかった。諜報官によれば、最近、ボリス・ズーレクの本家で相次いで当主についた者が病に倒れてボリス・ズーレクが本家に戻るとか言われている。噂だけかと思ったが、実際に当主が病に倒れている。呪詛だとかいうものも居るが、誰かが毒を盛ったんだろう」
「毒・・・」
ドラフシェ・ピェクニー様が息を呑みます。
「なるほど、つまり、ボリス・ズーレク男爵は本家を継ぐことになりそうなのですね?それならなぜ、私に婚約を申し込んできたのでしょう?」
私は大伯父様を見ながら考えます。
「・・・それについてはよくわからない。シュブルト男爵の婚約者になったという事実が欲しいのかもしれないな。土産話の一つにして、自分の後ろにはあの、シュブルト男爵が居るんだぞとか、見栄を張るのかもしれない」
「つまり、ボリス・ズーレク男爵は本家の後継ぎに成れそうですけど、箔付けのためにシュブルト男爵の婚約者だったと言う事実を経歴に加えようとしたということですか。残念ながら本家を継ぐ話が持ち上がり、婚約の話自体は流れてしまったが、何かの折にはシュブルト男爵に話せば便宜を図ってくれるだろう。こういう風にあのシュブルト家に関わりがある者を当主にしておくと、後々便利だと言うつもりだと」
納得はしていませんが、一応話の格好をつけると、こんな感じなのでしょうか・・・。
「・・・そのような感じに近いのではないかと思う」
「・・・だとすると、イグナーツ・ペリーシェクはどこでボリス・ズーレク男爵に絡むんだ?」
よくわからないと言いたいのに、あまりわかっていないと知れてしまうのが嫌でと言う人のように眉をしかめてザハリアーシュ・ピェクニー様が質問をします。
その言葉に、考えながら答えたのはザハリアーシュ・ピェクニー様のお姉さまのドラフシェ・ピェクニー様でした。
「・・・推論ですけど、リーディエ様の事を平民となったイグナーツ・ペリーシェクが聞いたと言うのはどうです?噂で名前を聞き、リーディエ・シュブルトヴァー嬢が女男爵に成った事を知った。学院の卒業前に何も言わずに姿を消したリーディエ嬢だが、俺という愛しいイグナーツ・ペリーシェクが会いに行けば一緒に暮らしてくれるかもしれない。ただ、噂話によるとリーディエ嬢はラドミラ嬢と一緒に暮らしているらしい」
「まさか!」
ドラフシェ・ピェクニー様の言葉に思わず、反応してしまった私です。あ、ちょっと仮の話だと分かっていたはずなのに、元婚約者が嫌すぎて反応してしまいました。情けなや・・・。
「いえいえ、ただの噂ですよ。リーディエ様が今日の夜会の様にラドミラ様のように扮したわけじゃないですか。そこから良くは知らない人物が二人は実は同じ人物が扮していると知らないものも居ると思うんですよ。だから一緒にシュブルト男爵領で暮らしていると誤解している者がそう言う噂を流していて、それをイグナーツ・ペリーシェクが聞いて、どうしようかと考えたところ、お隣のボリス・ズーレク男爵が本家の当主になりたいと考えていて、そのための見栄を張りたいと思っていると聞いた。ならいっそ、リーディエに婚約打診をしに行かせて、婚約してくれることを思いついた。格式も男爵同士だから受け入れやすい。そうやって婚約者になったが、本家の当主にと言う話が持ち上がって、婚約者から降りて当主になる。婚約を破棄された傷心のリーディエ様を昔学院で恋仲だったイグナーツ・ペリーシェクが現れて慰めて、結ばれる。平民と公爵家とではあまりにも格式が違い過ぎるが、腐っても貴族だったから、贅沢がしたい。当主はリーディエだが、夫であるイグナーツ・ペリーシェクが領地経営ができないということはないはずだ。経営させないなら、脅して夫に経営権を譲渡させたらいい、とか考えていそう」
一気に話し切ったドラフシェ・ピェクニー様に、ザハリアーシュ・ピェクニー様が一言。
「・・・あほうか」
「うーん、あいつを身近で見たことがあるから言うけど、案外、その推論は当たってるかもな・・・」
ヴィーテクがにやにやと笑いながら言っています。ヴィーテク、そんな気持ち悪い笑い方、美貌の伯爵はしないと思うわ。父の跡を継いだら絶対そのいやらしい笑い方やめてね。
「う、嘘だろ!そんなすぐにばれる事、いくら阿呆でもやらんだろ」
ヴィーテクの言葉を聞いたザハリアーシュ・ピェクニー様が思わず身をのけぞらしています。わかりやすい引き方だ・・・。ですが私は、ドラフシェ・ピェクニー様の言葉が腑に落ちました。
「・・・ドラフシェ・ピェクニー様の言う通りかもしれない・・・。有り得る・・・」
オトマル・テサーレク様が悲鳴に似た声を上げました。
「王立ハルディナ学院の卒業生って、そんなにあほばかりなの?!じゃあ、僕とかもそんな目で見られてるってこと?」
「・・・オトマル・テサーレク様、王立ハルディナ学院の三年間総合成績が五位以内だと、阿呆とはみられませんけど、それ以外の方で下から数えたほうが早いと言う成績の方は、それはもう阿呆と思われても仕方ないかと・・・」
可哀そうな物でも見るような表情で、ドラフシェ・ピェクニー様がオトマル・テサーレク様を見ています。
「オトマル!俺たちは阿呆とは思われていないから安心しろ!俺もお前も、ザハリアーシュも三年間の総合は十位から二十位までだろうが!」
ベネディクト・チャペック様がオトマル・テサーレク様の傍に近寄り、肩をバンバン叩いています。
「・・・いや、微妙かもよ?」
ヴィーテクがにこにこの黒い笑顔で言っています。ヴィーテク、揶揄っちゃだめよ・・・。
「・・・ヴィーテク、揶揄うな!」
ベネディクト・チャペック様がヴィーテクを睨みます。その姿に私は、ヴィーテクを窘めます。
「・・・ヴィーテク、悪友とは言え、仮にも友人でしょう?その黒い笑顔で、三人を見ちゃダメよ。伯爵になったら、そんな黒い笑顔だとすぐわかるような笑顔をしちゃだめだからね。そんな笑顔だと、足元をすくわれるかもしれないわよ。いつでも友人との縁を笑顔で切れるようにしないといけないから」
私の言葉を聞いたヴィーテクの悪友三人が肩を落とします。大伯父様とドラフシェ・ピェクニー様が労わる目で三人を見ていますが、口は開きませんでした。
「・・・」
「・・・」
「伯爵家って・・・血も涙もない・・・」
「・・・ねえさん、なんだかいい人っぽく見られてるみたいだよ。そんなことないのに」
ヴィーテク、何を言っているの?私は普通の人よ。あなたも私の事を残念美人だと言ったじゃないの。
「・・・追い打ち駆けられた・・・」
「・・・」
「・・・何を信じて生きて行けばいいんだ・・・」
ですが、ヴィーテクの悪友三人の嘆きはとどまることを知りませんでした。
肩を落とした三人組をヴィーテクが笑いながら慰めていますが、三人はヴィーテクを押しやって三人だけで円陣を組んで慰め合っているようです。ドラフシェ・ピェクニー様がそんな円陣の構成をするザハリアーシュ・ピェクニー様をやれやれと頭を軽く振りながら見詰めています。
私は大伯父様に近寄り話しかけます。
「大伯父様、私は、近いうちにラドヴァン・ベチュヴァーシュ様と話そうと思っています」
私の言葉にじっと私の目を見返す大伯父様です。
「・・・約束でもしたのか?」
「はい、踊った後に、また会えるかと聞いたのです」
私の返事に大伯父様は、しばし視線を私から外して夜の闇が濃くなった窓の外を見ながら黙ったまま考え込みました。
「・・・」
私は考え込む大伯父様の様子を無視して、話を続けます。
「このブラホスラフに滞在している間に連絡をしてくださるそうですので、連絡があればお会いして、ベチュヴァーシュ家としては、なぜ私に婚約相手の家の事を言うのかということと、婚約相手を貶めての利点がどこにあるのかをお尋ねしてきます。まあ、ストルナド家との縁はなかったと思っていますが、ズーレク家とは本人と話したこともなかったぐらいですし、同じ男爵家でなおかつお隣合わせの領地なのですから領地を纏めて経営するのもできない事ではないなと思っていたので、ズーレク家と婚約するのを辞めさせたい意図がどこにあるのか、確認したいと思います」
私の言葉に、大伯父様は視線を私に合わせました。そして目を光らせて今度は視線を外すことなく口を開きました。
「そうか、わかった。だがな、わしはお前が一番気に入る相手を選んでくれたらと思っている。ただ、シュテファンだけはやめておけ。あいつはお前の外見しか見てない、それもわしの妹だった嫁ぐ前のエヴェリーナとしてお前を見ている。そんなお前の、リ、−ディエを見ないような奴は、お前の親として、いくら王命を出しても絶対お前が嫁ぐのは許さないつもりだ」
「・・・はい」
興が乗ってなぜか筆が進みまして4日連続の投稿になります。今回は会話で話が進みます。
次話はさすがに話を半分も書いていないので、5日連続はできそうもありません。
次回か次々回で口約束ですが婚約できたらいいなと思っています。リーディエが婚約できるように頑張りますので、応援お願いします。




