残念美人は思いを新たにする
その二は短編の途中内容と同じですが、表現などが変わっています。今回はちょっと長めです。
前に書いた短編部分と被るところもありますので、次の日に投稿しました。
皆様、ごきげんよう。
私はラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢です。
今私は卒業後の卒業パーティの会場に居ます。うまく行けば、私の婚約者様であるイグナーツ・ペリーシェク様と、ようやく離れることができるという瀬戸際に私は居ります。
私と婚約者のイグナーツ・ペリーシェク様は会場のほぼ中央で、相対しております。私たちの周りは他の学院の在校生と卒業生に囲まれています。ダンスを踊ろうかと会場の真ん中に出ようとして、その真ん中に私と私を断罪しようとする公爵家のぼんくら坊ちゃまが立っていて退こうとしないのです、最初は額に青筋が立とうとする皆様の表情が話が進むにつれ、変化しました。なんだかおもしろいものやってる?とでも言いたげな好奇心に捕らわれた男女が周りに鈴なりになっています。
すると、人垣から掻きわけるように男性が数名進み出てきました。お顔を拝見しますと、一年下ではありますが、ベネディクト・チャペック様、彼はチャペック子爵のご子息です。次にザハリアーシュ・ピェクニー様、ピェクニー男爵のご子息、オトマル・テサーレク様、テサーレク子爵のご子息、それにカミル・フヴォイカ様、ベェハル国のフヴォイカ伯爵のご子息の四人です。全員そこそこのお顔ですが、素行が良いわけではなく、問題児として認識されている方々です。特に男爵家のご子息と子爵家のご子息は武の家ですので、腕っぷしも強く、絡んだ上級生のご子息が殴り飛ばされて、学院初の登校遠慮となりました。あ、ちなみにカミル・フヴォイカ伯爵ご子息は友好国である隣国のベェハル国の交換留学生ですので、プシダル国の貴族は一目も二目も置いている方です。ご本人は自分の能力が優れているので、何も言ってこないのだと思っていらっしゃるようですが。
そして最後にイグナーツ・ペリーシェク様の真後ろに一人の影が立ちました。ざわっと周囲がざわめきました。私ラドミラとよく似た美男です。
彼は私ラドミラの弟で、伯爵家の嫡男のヴィーテク・カシュパーレクと申します。我がカシュパーレク家の嫡男、女たらしのヴィーテクです。あ、今の二つ名はヴィーテクには言わないでいただけますか。言われたら相当へこみます。本人は好きになったら一人だけを愛すると公言しております。ですが、それを聞いた者の中には、じゃあ理想の方が見つかるまでは、その美貌で女性をひっかけて遊ぶのだねとやっかみからそう言われたことがありまして、そう言われた弟は相当落ち込みました、それはそれはかわいそうなくらいでした。弟の理想は仲が良い自分の両親でして、それに私という姉から見ましても女遊びなど出来る器用さを弟は持っておりません。それなのに女たらしと言われる弟、不憫でなりません。
あ、弟が口パクで私に伝えています。
『嫌いだとか言っている暇はない、縋り付くか怒らせるかして、早く言質を取れ・・・』
なんだか難しいことをさせようとしているようです。
実は私の一連の工作は、すべて弟が立案していました。弟はなかなかの頭脳を持っている策士なのです。ですが、私は面倒に思っていて、一発殴ればもういいんじゃないかとも思っております。まあ、そんなことをしたら慰謝料発生なのですけども。
私の演技について弟の指導が入る前に、現在の我がカシュパーレク家についてお話しましょう。ちょっと長くなりますが、私が今パーティで狙っていることについて理解が深くなるはずです。
私のおじい様は、我が伯爵家と友好国のベェハル国の辺境の、隣り合わせた領地を持つ男爵家令嬢を妻とされました。隣り合わせのため、行き来には不便はありません。ただ伯爵家に男爵家令嬢ではと少々問題となってしまいました。位が下がると、当時のご家族や親せき、友人に反対をされたそうです。私のおばあ様となる男爵家令嬢も周囲の反対が多いために、婚姻を最初はお断りになられたとのことでしたが、おじい様の情熱は消えることなく、令嬢を説得し、男爵のご両親を説得し、男爵の親類縁者を説得し、ひるがえっては自分の両親を説得し、・・・以下略。三年かかって男爵令嬢を迎え入れたとのことです。ロマンスですね。
おばあ様はおじい様と仲良く暮らし、三男を産み育てられました。実は女の子を生んで欲しいと期待されましたが残念ながら産めなかったそうです。カシュパーレク家当主の座は、おじい様の長男である私の父が継ぎ、父の弟お二人は男爵位を賜り、別に家を建てられました。これのためカシュパーレク男爵家と言う男爵家は2家となってしまいました。ただ、なぜかいまだ叔父様お二人とも独身のままで、婚約もされておりません。わが父に遠慮しているらしいのですが、定かではありません。
実際のところ、私の家は先ほどからご説明いたしております通り、辺境という文字の取れた伯爵家で、イグナーツ・ペリーシェク様は公爵家です。私との婚約については、身分違いがあったのではないかと思ったのですが、父や母の話を聞く限り婚約は公爵家からの熱心なお申し出で、我が家としては嫌々決められたようです。
ちなみに私とこの外面だけが優良な公爵の次男坊様は、私が生まれてすぐに婚約者と決められました。私の母ナターリアはプシダル国の侯爵バルトゥシェク家の三女でした。そして婚約者イグナーツ・ペリーシェク様の母であるレンカ・ブラーハ侯爵令嬢は長女でした。このバルトゥシェク侯爵家とブラーハ侯爵家は王家の血の入った貴族家で家格は同格でした。二人は年もほぼ同じで友人でした。ただ、私の母はたぶんプシダル国の美男第一位の父の隣に並ぶことは諦めておりましたが、友人のレンカ・ブラーハ令嬢は諦めませんでした。わが父に入れ上げ、夜会や舞踏会で猛アタックをしたようですが、父はナターリア・バルトゥシェクが気になり、ついに母に求婚し、婚姻したのです。父は時折昔の母の可愛らしい穏やかな笑顔を持つ容貌について語りますが、あの国内一と言われる美貌の男が鼻の下を伸ばすさまは見ていて気持ちの良いものではありません。母はそういう父の姿にまんざらでもない表情をしていますが、あの気持ち悪い表情のどこが良いというのでしょうか。理解に苦しみます。
ちょっと脱線しましたが、わが父に袖にされたレンカ・ブラーハ侯爵令嬢は相当がっくりしたらしいのですが、公爵家から縁談が舞い込み、侯爵家当主の命で仕方なしに嫁ぐことになりました。そして令嬢は公爵家で男子を二人出産しました。その内の下の子が今の私の婚約者であるイグナーツ・ペリーシェク様です。
イグナーツ・ペリーシェク様が生まれる前ですが、母は待望の妊娠をし、侯爵家次男のイグナーツ・ペリーシェク様が生まれて数ヶ月後私を生みおとしました。
私が生まれたということを聞いたレンカ・ブラーハ元侯爵家令嬢、現ペリーシェク公爵家レンカ・ペリーシェク夫人は父と婚姻できなかった恨みを晴らすかのように、父の血を受け継ぐ子である私ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢と自分の産んだ子イグナーツ・ペリーシェク様と婚約させたいと願ったそうです。婚約申し入れの際には、普通は申し入れ時にはついてこないはずの夫人が公爵と共にきて、美男である父の血が欲しいという夫人の発言があり、呆然とした公爵は二の句が継げず、そしてそれを聞いて呆れた両親は当然断ったそうです。しかしながら、断られても断られても何度も何度も諦めず申し入れられて、ついに根負けした両親は生まれて間もない私をあの公爵家の次男と婚約させることにしてしまったのです。
実は、私は幼いころはイグナーツ・ペリーシェク様の見た目だけ見て、私は単純にこんな美しいお方と一緒になるなんて幸せとか思っていたのですが、やがてメッキがはがれ始めました。実はこの方は私の家の位が伯爵家ということで、幼いころから私を見下されておりました。近年はそれがさらに増長して、私を下女のように扱おうとしておられました。その私を婚約者として敬う姿勢すら見せないその姿に、私は愛想を尽かせていて、なおかつ興味すらなくなっており、もし結婚することになったら、即別居してやると、いつも考えていました。
それにあの方は次男ですから、たぶん公爵家は継ぐことなく、公爵家の領地の端っこを貰って、子爵か男爵になるのではないでしょうか。我が伯爵家の養子ということも考えられましたが、幸いながら私の後、年子で嫡男である弟が生まれ、さらにもう一人弟が生まれて男子が二人になったので、あの厄病神イグナーツ・ペリーシェク様は伯爵家に養子に入れません。絶対に拒否だ!
そんな風に私が学院に入学して2年がたち、最上級生になる前の秋の休暇の時期に事件が起こりました。わたしのおばあ様の出身である隣国の男爵家に問題が持ち上がったのです。
実は男爵家はおばあ様の兄上が継がれたのですが、遅くに生まれたためにまだ若い嫡子に、おばあ様がなくなられた後ほどなくして家督を譲ったのです。父のいとこにあたります、そのお方はなかなかやり手で、爵位譲渡後男爵家の富は増えて、実に隣国の国王の覚えもめでたく、これからという矢先に事故でお亡くなりになってしまわれたのです。そのお方は仕事が面白く思っておられたとかで未婚でしたので、仕方なしにおばあ様の兄上である大伯父様が当主の座に返り咲いたのですが、ご自分はもうお年を召しておられます。長くはないだろうとお考えになられておられます。それで親戚筋となる我が伯爵家に、これからの事を相談されたのです。その時に、わが父と叔父様達は妙案をひねり出したのです。
「確か、ベェハル国は男女の差はなく貴族に叙爵できるんじゃなかったっけか?」
ふと叔父様が首をひねりながら話し出したそうです。
「・・・できたはずだ」
そう父はこたえたそうです。
「なるほど、男爵家には男が居ないのなら女性になってもらえばいいんじゃないか?」
「・・・」
息を呑む父と叔父様お二人です。
「それ、いいな」
しかし、大伯父様は首を横に振られました。
「女が継げたとしても無理だ。残念ながら、もうわが男爵家の血筋は居らんのだ」
「・・・」
「わし以外にはな」
「・・・」
四人は黙ってしまったそうです。
四人が居たところは男爵家の居間です。おばあ様の大きな肖像画が居間に掛けられています。四人はその肖像画を見るとはなしに見ていられたそうです。脇にはカシュパーレク伯爵だったおじいさまとカシュパーレク伯爵夫人だったおばあ様が並んだお二人の肖像画もかけられています。お二人は仲が良いご夫婦で、おじい様がお亡くなりになった後、おばあ様も後を追う様に数か月後息を引き取られました。その時には大伯父様は葬儀に参列され、泣き声は上げられませんでしたが、大粒の涙を流されておられました。私が幼い時でしたので、大伯父様が流された涙の事だけよく覚えておりました。おばあ様は男爵家の心の支えだったのでしょうか。そして今また、ご自分の息子まで亡くされてさぞかし気落ちしておられるのではないでしょうか。
今大伯父様の男爵家に滞在しているカシュパーレク家の者は、父と上の弟と私です。
私の下の弟はまだ小さく、無理はさせたくないと父の意向があり、今回は私の母と領地にいます。私は庭で屋敷に飾る花を摘んでいたところでした。窓の外で花を摘んでいた私の姿を何とはなしに見ていた下の叔父であるペトル・カシュパーレク様が、突然叫んだそうです。
「これだ!」
「これ?」
「あの子だ!あの子!」
「あの子?」
「ラドミラ!ラドミラを次期男爵にしたらいい!」
「・・・?」
戸惑う父。上の叔父テオドル・カシュパーレク様と大伯父クリシュトフ・シュブルト様は顔を見合わせ、びっくり顔で下の叔父ペトル・カシュパーレク様を見ていたそうです。ですがやがて、顔に喜色が広がり、立ち上がってそうだそうだと繰り返し始めたとのことでした。
「ラドミラなら血は近いし、何よりラドミラはずいぶん優秀な子なんだって?確か、城で女官になりたいとかで、ずいぶん勉強したとか聞いている。あのラドミラなら男爵位を継ぐかどうか聞いても嫌とは言わんだろう」
「・・・」
父は渋い顔でしたそうです。そうでしょうね、いくら何でも自分の娘と隣国の当主となってしまえば、会いたいときに会えません。簡単には認められないでしょう。
「頼む、ノルベルト殿、ラドミラをわが男爵家の跡取りとしてもらえまいか?」
「・・・」
大伯父様の言葉に、父はさんざ迷ってから、私が了承するなら良いと最後には言ったそうです。あ、ちなみにノルベルトは私の父の名です。
父は母がお怒りになるということをお考えにならなかったのでしょうかねえ。
案の定、母はお怒りになりました。家の中は一時冷戦状態になったそうですが、結局は私が了承していることが決め手となり、父の説得に母が折れて父の言う通りになりました。
私は大伯父様から言われたときは二つ返事で即了承しましたよ。
女男爵。やってみたかったんです、領地経営。私は興奮しました。
でも男爵位を継ぐに際して条件を出しました。
まず、私におばあ様の代わりを求めない事。
次に今までとは違う者として、名前を替えたい。
しばらくは大伯父様が統治の手伝いをしてくださること。
この3つを言ったところ、大伯父様はすべてに頷かれました。
それからの私は、大伯父様の養子となって、男爵家の跡取りになり、ベェハル国のシュテファン国王にお目通りをし、国王から認められました。貴族年鑑にも私の肖像画が載るとのことです。
ただ、私はまだ王立ハルディナ学院に籍を置いていて、卒業だけはしたいと言うと、大伯父様は卒業してから来ればよいと仰いました。私も良かったと、胸をなでおろしました。
しかしながら私は伯爵領に帰るための支度を整えながら、何か忘れているような気がして仕方がありませんでした。どうしても思い出せずに、まあいいやと私達は帰路につき、カシュパーレク伯爵家のつつましい屋敷について、自分のベッドにもぐりこみました。カシュパーレク伯爵領と男爵家は国境を挟んで隣り合っておりますので、行き来については隣町に行く感覚です。葬儀に出て、父が相談を受けて私が男爵位を継ぐことを了承し、事の次第を母に知らせたところ、領地に居る母が仰天して下の弟を連れてやってきて、父に詰問をし、父が母を説得して、ようやく了承を取ってベェハル国国王に大伯父様が報告書を上げてと、一か月怒涛の内に過ごしました。ですからこれからのことに思いを馳せ、色々試してみたいこともあったのでしょう、私は浮かれておりました。一仕事終えた気分となり、心地良い疲れも手伝って、私は直ぐに寝入ってしまったのです・・・。
次の日の朝、私はヴィーテクに叩き起こされました。断りもなしに私の部屋のドアを開けるヴィーテクを一応私の侍女が止めようとしていましたが、その侍女を押しのけ、弟は寝ぼけ眼で寝巻の上にショールを掛けてぼんやりとしてベッドに半身を起こしたままの私の肩を掴み、揺さぶりながら叫びました。目が明いていません。瞼が下から上の瞼にくっつこうとしています。
「た、大変だ!こん、こん、こんやく、こんやく、婚約者だ!」
「なに・・・?ヴィーテクに婚約者ができたの・・・?」
「な、何、ばかなこと言ってるんだ、姉さん!婚約者だよ!婚約者!」
「婚約者・・・?」
まだ頭が働きません。
「姉さんの婚約者だよ!」
「私の婚約者・・・?」
「イグナーツ・ペリーシェクだよ!あの俺様な、公爵家の次男坊!」
「・・・」
「ようやくわかったのか!姉さんも大嫌いな、あの俺様坊ちゃん!」
「あ・・・」
私、婚約してたのでした・・・。
第一章はラドミラの三年生の時の婚約者との破棄をさせるための努力の章です。どうやって破棄をさせたのか、また公爵家がどうして取りつぶされたのかを書くつもりです。
弟の悪友の紹介部分を少し手直ししました。2020.7.9