残念美人は味方が現れて安心する
リーディエが待ってたわけじゃないですけど、王家からの招待状が届きました。ちょっとだけ長めです。
皆様、ごきげんよう。
私、リーディエ・シュブルトヴァー男爵です。
私は手にした手紙に目を通しながら、なんだかがっかりしたようなそれでいて嬉しいような複雑な気持ちになっています。読んだ手紙を丁寧に折りたたむと、それを持ったまま立ち上がります。書斎のドアを侍女のダナが開けてくれて、私が先に出ます。書斎の外に立つ護衛が、胸に右手を当てて騎士礼をしました。書斎からダナが出ると私がドアの鍵を閉めます。私はそのままダナと護衛を引き連れて廊下を進みます。
このシュブルト男爵の館は、領都カイェターンに住む領民からアルノシュト城と呼ばれている建物です。初代から数代目の当主となったアルノシュト・シュブルトが、領主としての住まいのために小高い段丘の上に建設した館です。
この館の東南側には、領民が暮らす街が広がっています。馬車が2台避けることなく走り抜けられる大通りが2本ありまして、それぞれ石畳で舗装されています。一本は、東はベェハル国の王都ブラホスラフから西側のカシュパーレク伯爵領を経由してプシダル国北部を横断する街道です。もう一本が北のストルナド侯爵領から、クバーセク国の国境へと南北に縦断する街道です。ただこの街道は国境に至る前に東西に分かれています。西側は険しい山脈へと入りこむ道、東側はパヴルー伯爵領内に延びる街道で、敵対国だったクバーセク国には通じていません。
この東西と南北の大通りが交わるところが一番の賑わいのあるところで、領民が集う広場となっています。我がシュブルト領内で商店を展開をしてくれている商会の本拠地もこの広場に面しているのです。広場には屋台も多く出ています。はしたない様ですが、私もお忍びでもうこっそり広場に来て、子供たちに見つかり懐かれて屋台の食べ物をねだられて、ついつい買い上げて子供たちに渡したり・・・。
大伯父様に連れられて、この広場で次の当主としてお披露目をしてしまったのですから、領民にはすぐにわかってしまって、もう仕方がないのですよ。あの時は大伯父様の気合が半端なくて、街を休日にする勢いで、軽食類を買い上げて集まった領都の領民に配ると言う大盤振る舞いをしていました。そのお陰で、領民との距離が近くなったのではないかと思います。大伯父様に感謝ですね。こんな様に案外暮らしやすい街だと思うのですが、皆さんはどう思われますでしょうか?
私は廊下を歩き、一階の大食堂にたどり着きました。一応食事は私室で取ることもできますが、大伯父様がなぜか私の顔を見たがるので、大食堂にやってきて、大伯父様に私の顔をお見せするのです。
北と南に入り口のある大食堂には、もう大伯父様が私の座る北側の当主の席のすぐ右側の斜め向かいにお座りになられています。この席は私がこの屋敷にきてその日のうちに大伯父様がお決めになられた座り方なのです。南北に無駄に長い大食堂のこれまた長いダイニングテーブルの北側に二人だけ座るのもさみしい限りですが、出来れば三食は家族揃って食べようと大伯父様が言われるのなら仕方ありません。ああ、そうですね、この食堂には執事のロマンと執事代行のチェスラフ・ミハレツ、侍女頭のボフミラとそれに専属侍女のダナが控えますが、執事のロマン、執事代行のチェスラフ、侍女のボフミラとダナは家族ではありません。四人は私が座るべき当主の席の傍らにいつものように控えています。私を見た大伯父様は立ち上がります。一応私が当主となっているので、大伯父様が敬意を表していつも立ち上がります。
「おはようございます、大伯父様」
私は、大伯父様に挨拶します。もちろん敬意を表して敬語ですよ、当たり前です。私よりも年上で、なおかつ先代男爵様ですからね。
「ああ、おはよう、男爵」
大伯父様は私を見て挨拶を返します。
「遅かったな、リ、−ディエ」
なぜ詰まるのでしょうか。
「昨日届いたと言う手紙を読んでおりました。カシュパーレク次期伯爵の手紙です」
私はそう答えて、手に持っていたそれを大伯父様の前に置きます。そしてロマンがひいてくれた私の椅子に腰掛けました。それを見た大伯父様が座りながら、手紙を手に取りました。
「・・・読んでよいのか?」
「はい」
大伯父様は私が頷くまで待ってから、手紙を広げて読み始めます。ロマンがそれを確認してから、私に目を移し、目で尋ねてきますので、私は頷きます。ロマンが控えているボフミラに合図をしますと、ボフミラを始めとする侍女たちが素早く動いて、私の前と大伯父様の前に朝食を並べます。
「・・・頼りになるのか?」
読み終わった大伯父様が手紙をテーブル上で丁寧にたたみ、私の右側に押しやりながら尋ねてきました。
「そうですね、私の周りに人垣を作って近づく人を選別する役割は果たせるかと思います」
私はコチー村の村長の奥様から届けられたベリーのジャムをライ麦パンに塗りながら答えました。
「そうか・・・、それをわしにももらえるか?」
大伯父様の言葉に、私はベリーのジャムを掴んで腰を浮かせると、食べ物に袖が触れないように慎重に大伯父様の前に置きます。
「父様が来ないと言うのは残念なのですが、風よけとしてはヴィーテクは次善の策としては良いのではないかと思います。何せ、あの美貌ですから。それにヴィーテクの友も、案外使える方たちです。うちのお一人はやんちゃな方で、王立ハルディナ学院初の登校遠慮を勝ち取った方なのですよ」
私が内心のがっかり感をわからせないような調子で大伯父様に話すと、ちょっとだけ顔を顰めた大伯父様は私と同じようにライ麦パンにベリーのジャムを塗りながら、呟く様に言いました。
「・・・本当は、ノルベルト殿が来てくれればわしと二人で、あのシュテファン王の無理難題も撥ね退けられたであろうがな・・・」
「そうかもしれませんね・・・」
私はスープをスプーンですくい、口へと運びながら、大伯父様と同じように呟く様に答えました。
コチー村に派遣するシュブルト男爵騎士団の団長に推薦してもらった人選を、騎士団の司令部があるスコカン村に出向いて確認し、辞令を与えてからその日のうちに騎士団が出発する謁見式と言う名の見送りをして、その日のうちに館に戻るという、領主らしい仕事をこなしながら招待状が届くのを待っていましたが、ついに諸悪の根源、晩餐会への招待状が届きました。
そして弟から手紙で知らされた日に、私の弟一行が馬車を5台も連ねて到着するところを玄関のエントランスで見守っています。うち一台は荷馬車です。幌で囲まれた荷馬車にはこれでもかと言う様に、荷物が山盛りです。
「・・・なんですか、これは・・・」
私があきれて荷馬車の荷物を見ていると、馬車のドアが乱暴に開けられ、子供が突進してきました。
「うぐっ」
私の腹に頭付きをかましてくれました。
「ねえさま!」
予想通りのヤロミールです。
「会いたかったです、姉さま!学院の卒業の後、すぐこの地に行ってしまうなんて、ヤロミールは悲しかったです!」
「・・・ごめんなさいね、ヤロミール。でもね、すぐに出ないと私はあのぼんくら坊ちゃんに捕まっていたのかもしれなかったの。ヤロミールには落ち着いたらまた会えると分かっていたからヤロミールとさよならしなくてもいいと思ったしね」
私は努めて優しく話しかけましたが、妙に顔を赤くしたヤロミールは、私の言葉を聞いていない感じです。私が久し振りに着たドレスに最初の言葉を発したのみで顔をぐりぐりこすりつけています。私はこのヤロミールの仕草がカシュパーレクの屋敷に居たときと同じで、いつも不調を意味するものと分かっていたので、ヤロミールのぐりぐりを半ば強引に辞めさせ、抱き上げます。やはり思った通り抱き上げると体が熱くなっています。気が抜けたのか、私の腕の中でぐったりしてしまいましたので、そのまま慎重にロマンに渡します。突進はカラ元気だったようです。
「?御屋形様・・・?」
ロマンが眉を寄せて受け取った両腕の中のヤロミールと私を見比べました。
「疲れてもう熱を出しているから、そのまま寝かせてくれる?ヤロミールは体があまり丈夫じゃなくて、本当は長く馬車に乗っていられないの、すぐ熱を出すから。ずっと我慢していたのでしょう。食事もとれないと思うわ、でもそうね、飲めるなら人肌の温度にしたスープだけ飲ませましょうか」
「・・・かしこまりました。客室にお運びします。万が一を考えて侍女を一人寝ずの番につけましょう」
「ありがとう。寝ずの番をしてくれる侍女の方は、明日の仕事は休ませてね」
「はい、わかりました」
私の言葉に、ロマンはヤロミールを抱きかかえたまま、器用に頭を下げて、客室のある南回廊の方へと歩いて行きました。後ろにカシュパーレクの侍女とシュブルト家の侍女が一人づつ音もなくついています。
「・・・ねえさん、」
私の後ろから声がかかりました。
「ヴィーテク、ヤロの事もっと注意しておいてくれないかな、あの子、どうせワクワクして休憩の時にも休んでいなかったのではなくて?」
振り返りもせず、そう言います。
ため息がつかれました。私はくるりと振り返ります。
「・・・すまない、だがヤロは私の言うことなんか聞こうとしない。あいつは学院に通えない年齢だから、いつも連れ立ってねえさんと一緒に学院に行った私に今でも敵意を持ってるんだ。一緒に何故行けないんだと、ねえさんが居ないときに顔を合わせるといつも喚かれたよ。ねえさんがいつも一番で、ねえさんの事ばかり言ってたしな。だからあいつはねえさんとかあさんの言うことしか聞かないよ。とうさんの言うことも聞かないときがあるな」
私はそう言うヴィーテクを見ます。学院を三年間の総合成績が一位で卒業すると聞いていますが、カシュパーレク伯爵家の嫡男としての振る舞いができるようになってきたのでしょうか。じっくりと見ますが、弟は前と大して変わっていないように思います。まあ、下の弟ヤロミールの面倒も見られないヴィーテクは兄としては減点でしょう。あ、総合一位は私も同じですね。学院の総合一位は最近安い称号になったのではないでしょうか・・・。
「まあまあ、そう気に病みなさんなって」
軽いノリの声がかかります。
「そうですよ、私が見たところではヤロミール様は決してヴィーテク様に敵意は持っていないと思います」
「うん、俺もそう思う。今のヴィーテクの愚痴めいたものは、お姉さんに同情して欲しくて誇張して伝えたと見たよ」
「ああ、そうだよね、そんな感じ。ヴィーテク、ああ言っておけば、あわよくばお姉さんに抱きしめていい子いい子してもらえるとでも計算したのじゃない?まだこじらせてるよねえ」
ワイワイと声が上がっています。ヴィーテクの悪友さんたちの登場です。
「・・・だまれよ・・・」
ヴィーテク、どうしたの?そんなドスの利いた声を出して!姉は驚きですよ!
「図星だったのか・・・」
「あらら」
「揶揄いがいがないよねえ」
「・・・だまれっての!」
顔を赤くしたヴィーテクを囲むように悪友さんたちが口々に軽く言っている姿に、大伯父様が言葉を失っています。
「・・・これが、今時の若い奴らの会話なのか・・・。ついて行けんぞ・・・」
大伯父様、理解しようとしなくていいですから・・・。
結局のところ、王都に行く者は私と大伯父様、そしてわざわざ来てくれたのですが、熱を出して寝込んだ体の弱いヤロミールとその専属侍女、そしてカシュパーレク伯爵嫡男ヴィーテク付きの侍女がこの館に残り、あとのベネディクト・チャペック様と、ザハリアーシュ・ピェクニー様、オトマル・テサーレク様、ザハリアーシュ・ピェクニー様の姉君のドラフシェ・ピェクニー様が王都ブラホスラフに行くことになりました。
「んで、男爵閣下はこのベェハル国のシュテファン王に見初められたって話聞いてるけど?」
ベネディクト・チャペック様が歓迎の晩餐を皆で囲みながら、口を開きます。見ると葡萄酒を口にしています。なるほど、それで口が滑らかに動くのねえ。
「・・・まだそう決まったわけじゃないが」
ヴィーテクがそう答えますが、その顔は苦いものを口に入れたかのように顰められています。
「・・・いや、あのくそガキ、シュテファンの様子を見るに、リ、−ディエに相当入れ込んだと思う。それこそ、側妃にしようと考えたとしてもおかしくない」
大伯父様、随分皆さんと打ち解けたのではないですか?すごく滑らかに国王の悪口を突かれましたよね?
「・・・国王の事、くそガキって言っちゃってるけどいいの?やばくない?」
オトマル・テサーレク様の呟きがします。
「・・・良くはないでしょうけど、このベェハル国は諸侯連合なのよねえ。大伯父様は、シュテファン王を支持していないのよね、国王とは認めざるを得ないから認めてるだけって言って距離を取ってるしね」
それを聞いていたザハリアーシュ・ピェクニー様が独り言ちます。
「そうだよなあ、俺が国王だったら、こんなに戦に強くて領地の広い貴族を侯爵に陞爵させて、自分を支持してもらうけどね。シュテファン王って、政治が下手糞なんじゃない?」
ザハリアーシュ・ピェクニー様の言葉にオトマル・テサーレク様が同意されました。
「うん、そうだよね、俺ならさ、侯爵がダメならせめて伯爵位にするな。それにさ、伯爵位とか、侯爵位なら、払ってもらえる貴族税も高くなるんじゃない?名誉税の貴族税を多く払ってくれてさ、それで感謝してくれて、いい案だと思うんだけどなあ」
「・・・けちんぼの、こくおうなんて、らどみらさまじゃないや、りーでぃえさまには、もったいない、のだわ・・・、だからおとといきやがれってのよ・・・」
どうやらドラフシェ・ピェクニー様は葡萄酒に弱いようですね。もう相当酔っているようです。そう言えば、この方も学院の卒業時の順位は10位以内じゃなかったでしたっけ。私がリーディエとして学院に聴講するという芝居をしていた時のやっつけレポートを書き写すなど、手の抜き方を学ぼうとする真面目で勉強熱心な方とは思っていましたが、卒業して一年が経ちますけど今は知り合いの商家で商売の勉強をしているらしいのです。ご多分に漏れす、貴族でしたので婚約者が居たそうなのですが、どうもその婚約者とは考え方が違ったようなのです。貴族の家の采配だけして欲しいと考えていた婚約者と、家のなかではなく外に出て色々したいドラフシェ・ピェクニー様とは考え方が違っていて、相容れないと分かったので婚約を解消したとのことです。婚約者の方は随分ごねたそうですけど、結局ドラフシェ・ピェクニー様がきっぱりと婚約者を拒絶して解消となったらしいのです。
結局ドラフシェ・ピェクニー様が飲み潰れてしまい、晩餐会はそのままお開きになりました。ドラフシェ・ピェクニー様は弟君のザハリアーシュ・ピェクニー様に抱きかかえられて客室にと運ばれ、それをしなに私も自室に引き上げました。ただ、男共はまだ飲み足りないのか、大伯父様と飲み比べをしていた様子ですが、大伯父様は呑兵衛さんなので若い人たちでは敵わないと思います。ヴィーテクはそれをわかっているらしく、私が自室に引き上げるときに客室に向かうところを見かけました。あとの人達は、何と言うか・・・、明日の二日酔いがひどいでしょう。明日、出発するのですけど、大丈夫なんでしょうかねえ・・・。
呑兵衛さんなのは大伯父様だけです。カシュパーレクの血が入っている二人は、酒好きじゃないので、ほとんど飲みません。
次回は晩餐会の様子で、国王の求婚と、予想外の婚約申し込みが来るでしょう・・・。当て馬な国王の求婚です。ごめんなさい、国王なのに。