残念美人は昔を思い出す
男爵領を富ませたいリーディエの望みは敵うのでしょうか。過去と絡んだリーディエの呟きにはちょっと書いていて哀しくなってしまいました。リーディエのラドミラだったときの淡い恋ですが、ここでもぼんくら坊ちゃんは安定のひどさです。ただ、彼はラドミラの自分への気持ちが分かってしまったから、あんな真似をしていたのかもしれません・・・。
皆様、ごきげんよう。
私、リーディエ・シュブルトヴァー男爵です。
今年の冬はいつもの冬より変化がありました。
シュブルト男爵領の冬は長いのですが、今年は私が販売しようとしていた泥炭のおかげで、冬は暖かく過ごすことができました。売りに出そうと言うのですから、まず自分の領地で試そうと思い、村から離れるときに馬車に多めに積んで屋敷に持ってきたのです。そのせいで馬丁達には馬車が汚れたと騒がれ、長い冬の間毎日のように馬車の小さな部品に至るまでせっせと磨く羽目に陥りました。ちょっと腹が立ったので、馬丁達には泥炭を支給するのはやめました。ふん!火の付きにくい薪で、暖まらない厩の中で身を寄せ合って過ごせばよいのだわ!
・・・。・・・。嘘です。事実は泥炭はあまり持っては来なかったので、屋敷内の一部分でしか使えませんでした。試した場所は使用人食堂と使用人たちの部屋です。多くの人に使用した時の感触を聞きたかったので、大勢の使用人に評価を出してもらえるように考え、使用人食堂を暖めることと、使用人に渡して部屋で使ってもらったのです。
案の定薪よりも温まると好評でした。私と大伯父様、そしてロマンの目がきらーんッと輝いたはずです。多分私達は黒い笑顔を向けていたことでしょう。私達の目には利益と言う羽根の生えた貨幣が見えていたのです。ただ、私とお伯父様とロマンは黒い笑顔で笑いあった後、そのまま泥炭を乾燥されるための建物をどう準備し、どう整備しようかと、溜息をつきながら頭を突き合わせての会議に入りましたが。
あと、私にはもう一つやろうと思っていることがあったのです。
私は雪が降り止んだ日を見計らって領都のカイェターンに出かけました。もちろん私の侍女ダナと護衛のガリナとベドジフ・バーチャがお付きとして従ってくれています。
領都の道はようやく雲の隙間から顔を出した陽の光で雪が解けかけていてぬかるんでいます。こんなこともあろうかと、私の格好はドレスではなく、いつも公務の時に貴族の当主が着るものに会わせました。歩きやすいひざ下までのブーツと暗色のスラックス、上は銀糸で襟と折り返しの袖口、前の合わせ部分に刺繍がされ、淡い赤の裏地を前身頃側と折り返しの袖口に、背中側の裏地は濃い赤の藍色のフロックコートを着ています。フロックコートの下は襞がなく襟の短い白のシャツ、首には白のクラバットを巻き、藍色の襟付きベストをフロックとシャツの間に着込みました。それらの上に裏打ちされたマントを肩から掛けて右肩のブローチで前が開かないようにしています。ほんとはもっと着込んでも良かったのですが、あまり着込むと襲われたときに武器を扱いにくくなるかもしれないと思い、襲撃を撃退できるようにと、その対策のため着込むことはやめたのです。
さて、今日雪の降らない合間に領都に出かけたのは必要があったからです。本来ならば、雪の降り出す前に尋ねていなければならないはずでしたが、何かかやとやらなければならないことが立て込んでしまい、私自身も気が載らなくて、雪が降り止んだ日まで出かけられずに延期を余儀なくされていたのです。
実はこのカイェターンには、種屋と言うものがあるのです。文字通り植物の種を販売しているところです。どういう種を購入したのかですか?
・・・。あまりお話したくはないのです。私にとっては苦い思い出が付きまとうので。ですが、それは人の心を幸せにしてくれる花のはずです。春になると一面に咲き誇り・・・今の私にとってはお金を運んでくれる花でもあるのですが。
それにその花はとある人物と想いを思い出させるのです・・・。
私は一面に咲き誇る黄色の花を前にして走り出しました。カシュパーレク伯爵領はプシダル国の北の地にあります。そのため、冬は長く春が来るのは遅くなります。ですが、春が来れば人の心は沸き立ちます。そういう意味では、幼い私も春を待ち遠しく思っていたのです。その春を象徴するような黄色い花は、幼い私の気分を高揚させたものでした。
その花はペリーシェク家の領地にも植えられており、それが見事だからと義父となる公爵様に誘われ、その時は公爵家の領地を訪問をしておりました。
『お兄様、あれが菜の花ですね?』
私の傍らに立つそのお方は、金の糸のような髪を風に靡かせながら、私を見てくださいました。この方は、コンラート・ペリーシェク様です。あのおバカなイグナーツ・ペリーシェクの兄、ペリーシェク公爵様の嫡男です。私はこのお方を婚約者の兄ということでお兄様と呼んでおりました。このお方は時折、私のところに弟と共にご機嫌伺いと称して、お尋ねくださる心優しいお方です。
『ええ、そうですよ』
『奇麗な黄色です』
『なんだ。こんな黄色の花なんて。好きじゃないな』
私の斜め後ろから声がします。その声を聴くといつも私は不愉快になるのです。昔は綺麗な方と思いましたが、今では性格の悪い私を虐めてくる下種としか、私は認識しておりません。
『・・・何が気に食わないんだい、イグナーツ?奇麗な黄色の花が一面に咲き誇っている、わが弟はそう思えないと言うのかい?』
『・・・ああ、気に食わないよ。なぜここにこいつと連れてきたんだよ!こいつはいつも無表情でこっちを蔑むような目で見てくる!そんな奴が気に入ってる花なんか見たくもない!』
立ち上がると、私の婚約者であるイグナーツが私とお兄様の間に割り込んできます。
『それに、こいつはまだ婚約者なだけで、結婚したわけじゃないから兄様を兄様と呼ぶことはできないはずだ!』
自分で自分の言葉にのぼせたか、イグナーツ・ペリーシェクが私を突き飛ばし、逃げ出します。
あっけにとられた私はそのまま、もう少しで倒れるところでした。ガシッと私の体を支える腕のおかげで、私は倒れずに済みました。
『あ、イグナーツ!ラドミラ嬢になんてことを!』
一瞬だけ迷ったようにイグナーツ・ペリーシェクを追いかける素振りを仕掛けましたが、私を支えたままなので、動くに動けなかった様子です。
『大丈夫でしたか?ラドミラ嬢?』
『・・・お兄様のおかげで大丈夫でした、ありがとうございます』
私の答えにコンラート・ペリーシェク様は微笑まれます。
『よかった。ラドミラ嬢に怪我がなくて・・・』
その微笑みに私はドギマギしてしまい、慌てて目をそらします。私の目に、菜の花、アブラナの花の色がやけに鮮明に映りました・・・。
屋敷に戻ると、私は着替えます。ダナが手伝ってくれて、着心地の良い装飾のほぼない室内着を着て、私は机に入れていた父の手紙をもう一度読むために取り出しました。
『・・・コンラート・ペリーシェクは一時的に平民となったが、その潔く取り乱しもしない殊勝な心掛けと離縁した妻のヨゼフィーナの実家ハラデツキー伯爵家の嘆願により、一度は王家に召し上げられた旧ペリーシェク家の領地の一部を王から領することを許された。彼は類を及ぼさないつもりだったらしく、泣いて嫌がるヨゼフィーナを離縁して実家に送り届け、そのあと、王の命を受けた宰相が公爵邸に出向くと、一人玄関ホールで宰相を出迎えたそうだ。宰相は父の侯爵とは別にして、彼を牢につなぐことはせず、そのまま監視をつけて公爵邸の一室に収容したらしい。宰相が沙汰を下した際にも取り乱すことはなかったそうだ。平民になることに関して何も言わず、ただ受容し、公爵邸から持ち出したものはヨゼフィーナと婚姻した際に交わした指輪だけと聞いている。その姿に、態度を試すかのようにしていた国王が潔いと感心し、公爵領の一部を領することを許し、男爵とすると沙汰を下した。平民に落とすとしたのは宰相の沙汰で、それを救済したのは王の沙汰ということになる。コンラートはしばらくしてのちハラデツキー家から家出して、男爵家の家としたあばら家にやってきたヨゼフィーナを何度も送り返そうとしたが、ヨゼフィーナはこれまた泣いて譲らず、ハラデツキー伯爵からも娘を頼むと懇願されて根負けしたコンラートがヨゼフィーナを家に置くことを許したということだ・・・』
私の心は父の手紙のこの部分を読むと、ちくりと痛みます。
私は手紙を丁寧に折りたたむと、また机に戻します。目を閉じて、私はあの方の微笑んだ姿を思い出しました。
私は実のところ、この義理の兄となるはずだったコンラート様にたぶん初めて会ったときから淡い恋心を抱いていたのかもしれません。幼い時の私はあのコンラート様に会いたくて公爵家からの誘いがあるたびに多分いそいそと出かけていたのでしょう。それが私の両親にぼんくら坊ちゃんを気に入っていると勘違いさせてしまったのかもしれません。
私はあの時、婚約者をコンラート様にして欲しいと頼めばよかったのです。そうすれば、元より父の血が欲しいと言う公爵夫人の戯言もあり、私の婚約相手が弟から兄に変わっただけだろうと思います。カシュパーレク伯爵家は婚約破棄に違約金を払わなくてはと、考えなくてよかったのではないでしょうか・・・。
屋敷の東側に菜の花用の土地を用意した私は、ついでに父にミツバチを分蜂してもらえないかと頼むことにしました。カシュパーレク家の特産品はミツバチの巣で作る蜜蝋です。一定の需要はありますが、数多く作れないためプシダル国国内消費で在庫がなくなってしまいます。それに蜜蝋は貴族以外には売れないものですので、カシュパーレク家の特産品となっているのです。質が良いと評判です。
そう言えば、一面の菜の花畑を見た後には後日談がありました。ミツバチがあの菜の花畑の蜜を集め、それをはちみつとして採取した後、コンラート・ペリーシェク様はそれを意中の伯爵令嬢に送ったそうです。意中の伯爵令嬢はそのことに気が付かず、送られたはちみつを喜びましたが、その令嬢は自分に向けられていた笑顔を始め、送られた贈り物などにはコンラート・ペリーシェク様の特別な感情などないと考えていたようです。もし、その贈り物に込められた意味を深く考えていたら、その伯爵令嬢はどうしたのでしょうか。幸せな生活を送れたのかもしれません。
最後の伯爵令嬢はぼかしたのですが、皆さまは誰だと思われたのでしょうか?ですが、皆さんがそう思った方なら、その方がコンラート様の初恋の相手でしょうね。
書き直しをしていましたので、投稿ができませんでした。話を書いていて何か違うのではないかと感じてしまったからです。今までに書いた話は全部破棄してこの話は何度も書き直しました。お陰で私的には読み返しても満足できる話になったと思います。ただ、書きためができていません。これから自転車操業で、1話書けたら投稿をする形になってしまいます。申し訳ありません。一日一回の投稿を楽しみにして戴いていた方々にはお詫びいたします。