6 友達
一川は、探偵という言葉が気になったようだった。
「先生って探偵なんですか」
僕は頭が混乱していた。
探偵をしていることがバレてしまうということと、ここに一川がなぜいるのかという驚きで頭がいっぱいになった。
なんと返事しようか迷った。
生徒に嘘はつきたくない。
しかし、探偵とバレてしまうと生徒たちに知れ渡る可能性が出て、調査しづらくなってしまう。
どうしようと考えていると、吉野が言った。
「そうだよ。大ちゃん先生は頼れる探偵でもあるのよ」
吉野が何も気にせず言ってしまった。
「そうなんですか?先生」
僕の口から真実を聞きたいのか、一川が僕に問いかけてきた。
こうなったら、隠す必要もないと思った。
もともと一川が他の人に言いふらすような子でもない。
「そうだよ。学校では先生だけど、学校から帰ると、こうやって依頼を聞いて、調査したりしてるんだ」
ふーん、といった顔で一川が僕を見ている。
「ってかあなたいったい誰なのよ」
吉野が一川に訊ねた。
「えっ、わ、私は一川里菜です」
「一川さん。あなたは大ちゃん先生の生徒?」
ぐいぐいくる質問に一川は対応するのに困っているようだった。
「そうです。先生は私の担任です」
「へー。大ちゃん先生が担任か。いいな、羨ましい」
吉野の方は相変わらずニコニコしていた。
「一川、こんなところで何をしてんだ?」
僕は訊ねた。
一川は、下に目をやったりして、間があった。
「先生を追いかけてきたんです。本当に砂時計を探してくれているのか気になってしまって」
「ちゃんと探してるさ。さっきも言ったけど探偵みたいなことをしているんだ。だから、色々な情報を集められる」
「でも今何してるんですか?」
黙っているのが苦手な吉野がそれに答えた。
「今は私の依頼を聞いてもらって、浮気調査してもらっているのよ。それで、うちの彼氏が出てくるのを一緒に待ってたとこなの」
「浮気調査ですか」
一川は、吉野と話していると落ち着かない様子だった。
そして僕が言った。
「一川、ちゃんと砂時計は探してる。少しずつだが情報も入ってきてるし、必ず俺が見つけるから」
一川は僕の目を見ていた。
「あ、彼氏出てきた」
急に小さな声で吉野が言った。
「ちょっと一川さん、そこ目立つから影に来て」と吉野が一川の手を引っ張り、影に連れて来た。
吉野の彼氏は校門を出ると、右に曲がった。
友達は一緒ではないようだ。1人で携帯をいじりながら歩いていた。
「着いていくわよ。一川さんも来なさい」
ひそひそ声で吉野が言った。
一川が否定する間もなく、吉野は手を引いた。
駅前のタピオカ屋までは、遠くはないが、そこまでの道が直線のため、尾行するには少し目立ってしまう。
僕たちはゆっくり電信柱に隠れながら追跡をした。
「ねえ、砂時計ってもしかして『時を越える砂時計』のこと?」と電信柱の裏で吉野が訊ねた。
「そうだよ。よくわかったね」
「この町で砂時計って言ったら誰でも思い浮かべるんじゃないかしら。それにその子が"いちかわ"っていう苗字だから、もう確信したわよ」
吉野もオーナーのように感がいい。
そしてニコニコしながら吉野は続けた。
「まあ、私よりこの町の言い伝えに詳しい人はいないわよ」
「そうだ。吉野ってこの町の言い伝えに詳しかったんだったよな。『時を越える砂時計』について知ってることないか」
「んー。盗まれたとかそういう話は聞いたことなかったな。でも、"言い伝えの本"に載ってないことは少し知ってるわよ」
吉野の彼氏が前に進んでいることを確認して、僕たちは、ひとつ前の電信柱に移動する。
「ほんとか。それを教えてくれないか」
「いいわよ。浮気調査のお礼に教えてあげる。『時を越える砂時計』を使うと、"過去は変えられないけど未来は変えられる"と言われてるらしいわ。それに実際に時を越えた人もいるらしいわよ」
「"過去は変えられないけど未来は変えられる"か。じゃあもし『時を越える砂時計』を使って過去に戻っても時間は変えられないということなんだろうか」
「おそらくそういうことね。まず過去に戻れるかは私も知らないけど。そこの一川さんは持ってたわけだけど、時は越えられたの?」
一川は、自分に聞かれたということに気付くのに少し時間がかかった。
何と言おうか迷っている様子だったので、代わりに僕が言おうとしたが、その前に一川が口を開いた。
「越えられませんでした」
それを聞いた吉野が言った。
「そうかー。何か他に条件が必要なのかもしれないし。時を越えることが不可能なのかもしれない」
こんな話をしていると、吉野の彼氏はタピオカ屋に着き、1人でお店に入っていった。
それを確認すると、僕たちはお店の前まで移動してきた。
ここのタピオカ屋は、持ち帰りではなく、ファミレスのように中で飲む店だった。
タピオカだけでなく、パンケーキやスパゲティなど食べ物もあり、それも人気だった。
吉野が言った。
「じゃあここは私と一川さんで中に行ってくるね」
「わ、わたしですか」と一川は驚いていた。
「そうよ。先生と行って、私も浮気みたいに思われたら嫌だし」
「ちょっと待て。俺が1人で行けばいいんじゃないのか?調査なんだし」
「ダメよ。もう現場で見つけて、問いただしてやるんだから」
僕は下を見ている一川に声をかけた。
「行きたくないなら、無理して付いて行くことないんだぞ」
5秒くらい考えた一川は返答した。
「行きます」
吉野はただでさえニコニコしているのに、さらにニコッとして言った。
「よし。決まり〜。行こ行こ」
吉野は一川の手を引いた。
「浮気を見つけても、取り乱したりするなよ」と僕は言った。
吉野は、はいはいと言ってタピオカ屋に向かった。
僕はタピオカ屋の前で1人、待っていた。
一川と一緒に行かせるべきではなかったのだろうか。
もし、浮気現場を見つけた吉野は、暴れだすかもしれない。
そしたら一川は大丈夫だろうか。
あまり、砂時計を見つけるまでは、一川を刺激するようなことはしたくなかった。
先生である以上、最悪の状況も考えて行動しなくてはならない。
生徒を守るために。
30分経ったくらいだろうか。
吉野と一川はお店から出てきた。
吉野の顔は笑顔ではなかった。
「先生…」
「大丈夫か?吉野」
「うん…」
こういう時は先生として、慰めてやらないと思った。
吉野は悪くない。
とても良い子なんだから。
と思っていると、吉野の口角が上がった。
「浮気じゃなかったー」
そして、いつものニコニコ顔に戻り、僕はびっくりした。
「ええ。なんだよ。暗い顔してるから、何かあったかと思ったよ」
「うふふ。暗い顔して先生のところ行ったらどうなるかって里菜と話してたの」
「ん?里菜?なんで一川の下の名前で…」
「なんでって私たち友達だから。ね?」
吉野は一川のほうを見てウインクすると、前まで間があってから答えていた一川が即答した。
「うん。友達」
一川は、友達ができ嬉しそうで、また照れているような表情をしていた。
「いつの間にそんな仲良くなったんだよ」
「女子高生は一緒にタピオカ飲んだら仲良くなれるの。先生みたいなおじさんにはわからないとは思うけど」と吉野はニコニコしながら言った。
「先生はおじさんじゃないからな。ってか彼氏は1人で飲んでのか?」
「ううん。中学のサッカー部の友達と飲んでたのよ。
それで、私が彼氏のところに行って尾行してたこと言ったの。
そしたら笑いながら、『浮気なんてしないから大丈夫だよ。俺は涼香しかいないよ』って言われたの。
そして友達のサッカー部の人が『最近タピオカにハマってて毎日俺たちと来てるだけだから大丈夫だよ』って言うから、浮気じゃなかったんだなって解決した感じ。
そして、私は里菜と一緒にタピオカ飲んで女子高生トーク30分くらい楽しんでたわけ」
「そうか。まあ浮気じゃなくて何よりだよ」
「いやー大ちゃん先生、毎度心配かけてごめんね」
「いいんだよ。俺にはたくさん心配かけたらいい。吉野も大事な生徒だ。困ったことがあったらいつでも先生にいいな」
「ありがとう〜。大ちゃん先生好き〜」
何事もなく吉野の笑顔が戻って良かった。
それに、偶然にも一川に友達ができたことは何より嬉しかった。
「それじゃ私、彼氏と帰るからここで待つね。先生と里菜も気をつけて帰ってね。里菜、また話そうね。帰ったらライン送るね」
と言われ、吉野と別れた。
僕と一川は、駅の方に向かった。
「今日は付き合わせて悪かったな」と僕が言った。
「大丈夫です。タピオカも美味しかったですし、涼香さんとも仲良くなれました」
一川の顔から、少しだけ寂しさがなくなっているように見えた。
嬉しそうな顔をしているようにも見えた。
「吉野はうるさいけど、とてもいいやつだから、仲良くしてやってくれ」
「私は、あれくらい話してもらったほうが楽です。あまり自分から話すのは苦手なので。なのにこの前、海で先生に話した時は言いたいことが沢山あって、沢山話してしまって自分でもびっくりしました」
「うん。それだけ一川は我慢してたんだろうな。1人で耐えて、頑張ってきたんだ。これからは1人で頑張る必要はないよ。先生が一緒に一川の辛さとか苦しみを背負っていくから」
「先生はなんでそんなに生徒のためを思ってくれるんですか?さっきも涼香さんとタピオカ屋で飲んでいる時も、ずっと先生のこと話してました。涼香さんはすごく先生のこと慕ってました。それだけ先生が生徒のために動いてる証拠だと思います」
「なんでって生徒だからだよ。
生徒だから、俺は守らないといけないと思ってる。
まだ君たちは大人じゃない。
だから大人が守ってやらないといけない。
それが先生の役割だよ。
だから探して欲しいものがあるなら、探し出して、勇気を出して欲しいし、浮気調査をして、気持ちが安定するならいくらでも調査する。
俺は君たちの先生だから」
その話をしていると駅に着いた。それに対する一川の反応はなかった。
「先生。私はこっちなので、失礼します」
「うん。気をつけて帰ってね」
そして、僕と一川は別れた。