5 私の悩み
『先生に何ができるか』
さっき言われたその一言が僕の心の中に残っていた。
そのことを考えながら僕は学校から帰ろうとしていた。
靴を履き替え、玄関から出て行く。
そして、校門を出ようとした時、横に何か気配を感じた。
「わっ」と驚かせるように1人の女の子が校門の陰から出て来た。
僕はびっくりして、その場に尻もちをついてしまった。
すると、その女の子は笑い出した。
「あはははっ。相変わらず大ちゃん先生は面白いね。待ってたかいがあったよ」
その女の子は、前の高校で教えていた生徒だった。
吉野涼香。
今は3年生のはずだ。
明るく懐っこく、数学のわからないところをよく教えていたから覚えている。
それに吉野は、ユウカと仲良くしていたから関わりは深かった。
それもあり、唯一生徒で僕が探偵をしていることも知っていた。
僕は立ち上がりながら言った。
「なんだ吉野かよ。驚かすなよ。転んじゃったじゃないかよ」
「いや、先生を驚かしたらどうなるかなって思って。大ちゃん先生はビビリだもんね」
吉野はずっと悪いことでも考えているようにニコニコしていた。
「先生で遊ぶんじゃないよ。ビビリでもないからね」
「うふふふ」
吉野と会うのは久しぶりだった。
3月までは前の高校で数学を教えていたから、それ以来の再開だった。
「わざわざ、ここまで来てなんのようだよ」
「えー、あのさー。うちの彼氏いるじゃん。そいつが浮気してるっぽいんだよね。だから先生、探偵してるからまた調査して欲しいなって思ってきたの」
「彼氏ってあの、定期テスト毎回学年1位の小松か?この前も浮気調査して、勘違いだったじゃないか」
今回だけでなく、過去に3回浮気調査をしたことがあった。
「もう小松とは、とっくに別れたよ。今は他校のサッカー部の人と付き合ってるんだ。それですっごいイケメンなの」
「吉野これで彼氏何人目だよ?俺が学校いた頃も何人かと付き合ってたよね」
「何人目だろ?そんな数えてないよ」
「まあ何人でもいいけど、小松の時もその前の彼氏の時も調査したけど、浮気なんてしてなかったじゃん。今回は信じてみたらいいんじゃないかな」
「信じたいよ。そりゃあ。
でも今回は絶対浮気してると思うんだよね。
今日彼氏ね、駅前のタピオカ屋に行くって言ってたの。
しかも、昨日も、その前の日も行ってるの。
絶対他の女の子と行ってると思うんだよね。
男子がそんな毎日毎日タピオカ飲まないと思うし」
吉野は変わらずニコニコしている。
校門で、僕と吉野が話しているのを他の先生や生徒が珍しそうに見ながら通って行った。
先生が他の学校の生徒と話しているのは、確かに珍しいのかもしれない。
「男子だってタピオカ毎日飲むさ」僕は反論してみた。
「いや男子は飲まないって。絶対女の子と一緒に行ってるに違いないよ。先生お願い。今日は私も一緒に尾行するからさ」
「それなら1人で尾行しなよ。先生はちょっと忙しいんだよ」
「1人だと、私ドジだから絶対バレちゃうもん。先生とじゃなきゃ無理だよ」
吉野は1度言ったら聞かない女の子なのは、もう知っていた。
だから、仕方がない。
「わかったよ。今日だけ一緒に尾行してやるよ」
「やったー。さすが大ちゃん先生。好き」
「はいはい」
「ふふーん。まあいつも探偵だっていうことも内緒にしてあげてるわけだし、これくらいのことはしてもらって当然だよねー」
すぐ調子にのるやつだな。と思ったが、悪い子ではないので、仕方ないから協力しようと思った。
終始吉野はニコニコしていた。
僕と吉野は彼氏の部活が終わるのを待つことにした。
彼氏の学校の近くのアパートの影で待ち伏せをしているところだ。
作戦としては、部活終わりに彼氏を尾行して、駅前のタピオカ屋で浮気をしていないか確認するというものだった。
「浮気してないと思う?」
待ち伏せをしているからなのか、小さい声で吉野が訊ねてきた。
「俺はその彼氏を知らないからな。してるか、してないかは何とも言えないな」
僕も大きくない声で返した。
「先生がさっき言ったみたいに、勘違いなのかなって思って。それで先生に迷惑かけるのは申し訳ないし」
「なんだよ。さっきは探してって聞かなかったのに。でもまあ、吉野が怪しいって思うなら調査するよ。さっきは、信じた方がいいって言ったけど、信じたくても信じられないときはあるもんね」
異様な間があった。何かペースが崩れるなと思った。
「なんで私ってこんなに彼氏を疑っちゃうんだろう。
浮気してないって頭の中ではわかってるの。
でも、悪い妄想ばっかり広がっちゃって。
落ち着かなくなるの。
そして今回みたいに1度疑うと、絶対浮気してるってなっちゃうの。
私おかしいよね」
吉野の顔から笑顔が消えかけていた。
あまり、こんな吉野を見たことはなかった。
「おかしくないよ。何もおかしくない。
本気で好きだからそこまで彼を考えることができる。
すごいことだと思うよ。
悪い妄想とかして落ち着かなくなるっていうのは、自分に自信がないからじゃないかな。
自信がないから自分のこと本当に好きなのか不安になっちゃうんだと思うんだ。
だから、彼は吉野を好きで付き合ってるわけなんだから、自信を少しずつ持って、悪い妄想を減らしてこ。
俺から見たって吉野はたくさん良いところあるんだよ。
笑顔が素敵だし、懐っこくて可愛らしいよ。
それに数学は苦手かもしれないけど、やる気はとてもあるところとか」
吉野は何も言わず、後ろを向いた。
吉野がそれを聞いてどう思ったかはわからなかった。
「なんだよ。大ちゃん先生のくせに。良いこと言っちゃって」
「良いこと言ったかな。まあ気が済むまで調査しようよ」
ニコっと吉野はこっちを見て言った。
「そうだね!先生探偵の大ちゃん先生に頑張ってもらいましょう」
さっきの小さい声ではなく、いつもの吉野の声だった。
それを聞いて僕もホッとした。
すると後ろから、聞いたことのある声がした。
「え、探偵?」
吉野の声とは真逆のような悲しい声だった。
振り向くと、一川が立っていた。