3 情報屋とバー
僕は夜の都会地区にやってきていた。
高いビルが立ち並び、仕事帰りのスーツを着たビジネスマンやOLが道を行き交っていた。
ガラス張りのお洒落なビルを見ると、こんなところで働いてみたいなとも思う。
僕は白のパーカーに黒のチノパンとラフな格好だ。
夜の都会地区は、日中と変わらないくらいギラギラしていた。
路地裏の方に入ると、僕の行きつけのバーがある。
テーブル席が3つとカウンター席が4席とそこまで大きくはないが、雰囲気はよく、何よりオーナーがとても面白い。
カランコロンと扉の音をたてて、僕は中に入る。
客はテーブル席にカップルが1組いるくらいだ。
僕はカウンター席に座った。
オーナーがいらっしゃいませと言う。
そして、僕を見て言った。
「どこの色男が来たかと思ったら、大ちゃんじゃないの〜。いらっしゃい。何飲む?」
オーナーは、ゲイで話し方も少し独特だった。
身長は高く、細身で白い。
女装をすれば、結構の美人になると思うのだが、オーナーは女装を嫌った。
"ありのままを好きになってくれる人がいいの"とオーナーは言っていた。
僕はメニューの中から、もともと決めていたものをオーナーに注文する。
「ハイボールひとつ」
「承りました〜」
僕が今日このバーに来たのは、オーナーに会うためだった。
オーナーは情報屋で色んなことを知っていた。
僕が探偵まがいなことをしてるのもオーナーは知っているし、よく情報を提供してくれていた。
「今日来たのは生徒が砂時計を盗まれたからなんだ。その情報がほしい」
オーナーはハイボールを僕の前に持ってきてくれた。
「砂時計か〜。もしかして、あの『時を越える砂時計』だったり?」
「そう!その『時を越える砂時計』が盗まれたんだ。オーナー相変わらず感がいいね」
「この町で砂時計といえば、みんな思い浮かべるんじゃないかしら?」
「まあそうか」
僕はハイボールを口にした。ここのハイボールは飲みやすくて、とても美味しい。
「砂時計の情報は何もないわね。その生徒はいつ、どうやって盗まれたの?」
「満員電車で鞄に入れていたところをスラれたらしい。財布とかは残っていたそうだ。入学式前って言ってたから、2ヶ月前くらいに」
オーナーは腕を組み考えていた。
オーナーのそのひとつひとつの動作や仕草はとてもかっこよく、また品があった。
そのためゲイだと知らない女性からアプローチされることも多々あった。
「今回の件に関わってるかはわからないんだけど、2ヶ月前にプロのスリ氏を募集している人がいたらしいわ。もちろん裏社会でだけど。その時の依頼額が普通じゃ考えられない額だったから覚えてるの。何をスルんだろうって思ってたのよ」
「それが『時を越える砂時計』だった可能性があると」
「そうね。本当に時間を移動できるなら、いくらだって出すっていう人もいるわ。きっと」
「そうだね。それで誰が依頼していたかはわからない?」
「わからないわ。匿名で募集されていたし、おそらくその連絡先を辿るのも難しいと思うわ。足取りがわからないよう細工してるに違いないから」
「そこから辿るのは無理か。でもとりあえず、大金を出せるほどの資金を持っていて、裏社会の人間である可能性が高いな」
僕はハイボールを飲み干し、もう一杯ハイボールを頼んだ。
オーナーはハイボールを作り、僕の前に出しながら言った。
「今回の件は、少し危険だと思うわ。何か嫌な予感がするの。大ちゃん無理はしないでね」
これまで、探偵活動をしてきたが、裏社会が絡むことはなかった。
今回はオーナーも、とても心配してくれているようだ。
「確かに、大ちゃんは生徒のことを大事にするいい先生よ。私もそんなあなたに心惹かれてるの。だけど、いくら生徒のためだからって裏社会に手を出して、あなたにもしものことがあったらどうするのよ。生徒も私も町の人たちも悲しむわよ」
ハイボールを一口飲んだ。僕は目を下にしながら言った。
「生徒を助けたいんだ。もう生徒に辛い思いをさせるのは嫌なんだ。
少しでも救える可能性があるなら助けたい。もうユウカみたいに苦しむ生徒を見たくない。
その砂時計も亡くなった母の形見だったらしい。だから尚更、探さなくちゃいけないんだよ」
オーナーはふーっとため息をつく。
「会った時から変わらず、優しくて男らしいのね。初めてここに来た時も、この店で喧嘩している男たちを止めて助けてくれた。感謝してるわ。大ちゃんなら、きっと救えるって信じてる。でも、無理はしないで」
僕はわかったと言って、ハイボールを飲み干した。
相変わらず、ハイボールは美味しい。
二杯、ハイボールを飲めば少しはいい気分になる。
オーナーは何か情報が入ったら連絡すると言ってくれた。
僕は、お金を払い、店を後にした。