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先生の秘密と不思議な砂時計  作者: 佐藤先生
2/14

1 過去と今



 4月になり、暖かさが増してきた。桜も満開になり、出会いの季節だと感じざるを得なかった。


 初めての入学式を前に、緊張でいっぱいになっていた。昨日も徹夜で名前を呼ぶ練習をしていたため、疲れ切っている顔になっていた。


 いつも努力が裏目に出るタイプなのだ。しかし、なんとか乗り切れるタイプでもあった。


とりあえず今日1日乗り切れば、担任としての生活がスタートできるのだ。頑張ろう。



 生徒と共に、ヴィヴァルディの「四季」より「春」が鳴り響くなか、入場をした。手と足が一緒に出ないように、歩いていたからぎこちなく見られたに違いない。


 生徒を着席させ、入学式が淡々と行われていく。


 そして、生徒の名前を呼ぶ時がきた。


この会場で1番緊張しているのは、きっと僕だろう。


1組、2組と呼ばれていき、僕のクラスの番が来た。震える手で、名簿を開き声を出す。


「1年3組ぃ。相澤康介」


震える声で僕の呼名は始まった。


「はいっ」


それに対して、生徒はしっかりと返事をしてくれる。大人の僕がしっかりしなくてはならないのに。


「飯野芽衣」


よし、少しは上手く呼べた。


「はい」


「一川里菜」


「………」


返事がなかった。


その子は返事をせず、ゆっくり立ち上がるだけだった。見覚えのある顔だった。この前、校長に挨拶に来た時に、すれ違った女の子だった。


 一瞬、止まってしまったが、気を取り戻して呼名を続けた。


 その後なんとか1人も間違えず、呼名することができたが、返事がなかった一川という生徒のことがずっと気になっていた。


 僕は、その子が心の中で「助けて」と言ってるように聞こえた。


声に出せない声が聞こえるようだった。


もうユウカのような、自殺で生徒を失うのは本当に嫌だった。


そこまで生徒を追い詰めるものを、僕はすべて取り去ってあげたい。


子供は何も悪くないのだから、苦しんでほしくない。


居場所を作れる先生になりたい。


そう思って先生になったのだから。


僕は話ができる機会があったら話そうと心に決めたのだった。


 入学式は無事終了した。



 初めてのホームルームでは、自己紹介を行った。


「えー。入学式でもあったように、僕がこの1年3組の担任の工藤大くどうだいです。教科は数学です。初めて担任を持つので、わからないこともたくさんありますが、あなたたちの、青春を良いものになるように先生も精一杯頑張るので、よろしくお願いします」


 もう緊張は薄れていて、自然な声と笑顔で話すことができた。心の中でふーっと息をついた。


「先生、何歳ですかー?」


やんちゃそうな男子生徒が聞いてきた。


「おう、25歳だよ。そうだ、せっかくだし聞きたいことがあったらなんでも聞いていいよ。質問タイムだ」


「彼女はいるんですか?」


また別のやんちゃそうな男子が聞いてきた。


「いないよ」


「へー。いそうなのにな」


やんちゃそうな男子同士笑い合っていた。


「どこに住んでるのー?」


「学校の近くのアパートで一人暮らししてるよ」


「そうなんだー。今度行っていいですか」


「いやだめだ。絶対に教えないぞ」


「今度アパート探しますね」


 と、こんな感じで質問がいくつかでた。


大抵、毎回生徒が聞いてくる質問はこんな感じだ。


 かくにも、僕の初めての担任生活が始まった。


この日は、入学式で返事をしなかった一川と話すことはできなかった。




 一川と話すことができたのは、それから1週間後くらい後だった。


一川は、入学式の後何日か休んでいたため、しっかり話すことができなかった。


周りの生徒たちは、だいたいグループが決まってきている中、1週間来ていなかった一川は、孤立してしまっていた。


 僕は放課後、一川を教室で待つように言った。


 そして放課後、仕事を片付け、教室に行くと一川は1人の教室で本を読んでいた。


「お待たせ。待たせてごめんね」


一川は何も言わずに、そっと本を閉じ、しおりを挟んで置いた。


そして、スッと僕の方を見ていた。


一川の目は、他の人と何か違っていた。


悲しさだったり、寂しさが僕には感じられた。


 教室の窓側の席に座っていた一川の前に、僕も座った。


「今日呼んだのは、一川の高校生活と人生について話したいと思ったからなんだ。何か不安なこととか、悩み事があったら聞かせて欲しい」


一川は下を向き、何も言わなかった。


「何か思い出したくないこととか、言いたくないなら、無理に言わなくてもいいよ。でも先生はできるだけ、一川の悩みとか知って、助けになりたいんだ」


少し間があった。


 そして、下を向きながら一川は口を開いた。


「学校のことで、悩んではいない」


ゆっくり一言一言丁寧な口調だった。


僕は初めて一川の声を聞いた。


「そうなんだね。他のことではどうかな」


また少し間があった。一川は言葉を一つ一つ選んでいるようだった。


「大丈夫。自分のことだから」


そう言って一川は立ち上がった。


「心配してくださり、ありがとうございます」と一川は、礼をして本を鞄に入れ、扉の方に向かっていった。


「いつでも話、聞くから。なんでも先生が解決してやる。俺はお前の味方だからな」


それが聞こえていたかは、わからないが、扉を開けて、一川は帰って行った。



 ユウカの話を初めて聞こうとした時もこんな感じだったと1人残された教室で思い出していた。


 ユウカが何か悩みを持っていることは、わかっていた。


だから聞き出そうとしたのだが、最初はなかなか教えてはくれなかった。


大人を信用していないようだった。言ったところで何も変わらないとか、誰もわかってくれないと思っていたのだろう。


 僕は少しずつ心の中に入れるように努力した。


自分のことをさらけ出したり、時間を使い、真剣さをできるだけ伝わるように努力した。


そうしたら、少しずつだが悩みを教えてくれるようになった。


 今回も少しずつ寄り添っていくしかないのだ。


ユウカの悩みは、母を亡くした寂しさだった。


父は学校の校長で忙しく、ほとんどユウカに時間を使うことができなかった。 


 今回の一川も同じような感じなのだろうか。


だとしたら、どうしたら助けられるのだろうか。


寂しさだったり、悲しさを僕は埋められるだろうか。


居場所を作ってあげられるだろうか。


 とりあえず悩みを聞き出さなくては何も始まらない。粘り強く頑張ろう。




 それから僕は毎日一川に話しかけた。


一言の時もあれば、三言くらい話せる時もあった。


内容はあまり、深くはない。「おはよう」や「数学でわからないところはないか」などである。


反応は良いわけではないが、返してくれるだけ嬉しかった。


何より学校に休まず来てくれることが、頑張っていると思っていた。


そんな一川のために居場所を作ろうとどうしたらいいかたくさん考えた。


もちろん、一川だけでなく、他の生徒の悩みやトラブルなどを解決する時間もあった。


 そして入学して、1ヶ月経った時くらいに、課外学習の授業があった。


といっても、臨海地区に遠足に行くというものだ。より、クラスでの仲間を増やしたり、絆を深めるのが目的だった。


まだ5月で海に入れるような気温ではないので、砂浜をぶらぶらするか、水族館に行くくらいしか行き先はなかった。


 僕も引率として、水族館や砂浜にいる生徒の様子を眺めていた。砂浜にいる生徒は少なく、多くの生徒は水族館にいた。


 イルカショーの時間になると、生徒たちはみんなそっちの方に行った。


 僕もイルカショーを見に行こうとしたときだった。


「先生」と女の子の声がした。あまり大きな声ではなかったので、気付くのが少し遅れてしまった。


振り返ると、一川だった。


「どうした。一川」刺激しないように優しく問いかけた。


「ちょっと話をしたいんですけど、いいですか」


 いいよ、と僕は言って砂浜の方に移動した。一川から話しかけてきたのは、初めてのような気がしたから、何を話すのか気になった。


 何を言われても、担任として対応できるように準備をしなければならない。


もし、「学校を辞めたい」と言われたら、一川のためになんと声をかけてあげるのが正解だろうとか。「友達ができなくて辛い」と言われたら、しっかりフォローできるだろうかなど、移動している間に思考していた。



「先生はどうしてここまで私を気にかけるのですか」


周りに人がいない砂浜で、一川は聞いてきた。


「それは、一川が自分の生徒だからさ。俺は先生として、一川が学校でしっかり勉強できる環境を作ってやらなきゃいけない。勉強だけじゃない、生活とか人生とかこの先よりよく生きれるようにアシストもしていくつもりだ」


「私はよくわからないです。そんな気にかけられたことないので」


「気にかけられるってことは、思ってくれてるってことだ。わからなくても大丈夫。頼ってほしいんだ。困っている時とか悩んでいる時に」


長い間があった。一川の目には少し涙があるように見えた。


今、一川は何を思っているのだろうか。悲しみだろうか、苦しみだろうか。


言わなくても、心の中のことを汲み取れたらどれだけいいだろうと思った。


「本気で聞いてくれますか」


一川の声は小さかったが、感情が溢れ出しそうなのが伝わった。


「なんでも受け止める。教えてほしい」


ふーっと一川は息を吐いて、小さな声で話し出しました。



「私は母を小学生の時に亡くしました。とても大好きな母でした。


優しくて何でもお話を聞いてくれて、母といる時間がとても幸せでした。


学校では友達がいなかったので、学校から帰った後の母との時間だけが、私の楽しいと思える時間でした。


母はいつも帰ると、おやつを準備していてくれました。


私が好きだったのはホットケーキです。母の作るホットケーキは、甘くてとても美味しかったです。


おやつを食べながら学校の話をしました。


あの授業はわからないとか、学校で飼っているウサギの話などをしました。


友達がいないことがバレないように、友達とも仲良くしているような話も作って話していました。


今思うと、母はお見通しだったかもしれません。


ですが、なんでも私の話を笑顔で聞いてくれていました。


おやつを食べると、一緒に買い物に行きました。


歩いて20分くらいのところにあるスーパーにいつも手を繋いで行っていました。


雨の時は傘をさして、私は長靴を履いて行っていました。


スーパーでの買い物が終わり、帰っている時には5時を知らせる音楽が町全体に聞こえてきました。


これを聴くと私は1日が終わり、寂しい気持ちになりました。


そして、夕食の準備を一緒にして、一緒に食べました。


父は隣の町で大きなホテルのオーナーをしているので、忙しくいつも家にいませんでした。


そして、私が小学5年生の時に、母は病気になり入院しました。


私は毎日学校が終わると、母のいる病院に行きました。


病院に行く途中に咲いている花を、私はいつも抜いて持っていってあげました。


そうすると、母はとても喜んでくれました。


病気に負けないようにと、手紙もたくさん書きました。


5時の音楽が流れると、帰らなければいけません。


ただでさえ、5時の音楽が寂しい気持ちになるのに、もっともっと寂しい音楽に聞こえました。


母の病状は次第に悪くなっていきました。


母は、私を心配させまいと、私の前では元気なふりをしてくれていました。


でも、子供の私でも、わかるくらいに母の病状は悪かったです。


そしてある日、母は私に贈り物をくれました。


砂時計でした。


そして、母はこう言いました。


『あなたはこれからもっともっと長い時間を生きていくの。その時間を大切にしてほしい。この砂時計の砂の一粒一粒のように大事に1秒1秒生きてほしい。あなたはきっと幸せになれる。自分を大切にして』


そう残して、母は逝きました。


私はその砂時計を母の形見にして、これまで生きてきました。


母のことを思い出せる大事な砂時計です。


辛くても母が最後に言ったことを胸に、強く生きてきました。


それは砂時計があったからです。


それを私は無くしてしまったのです。


無くしてしまったでは、言葉が違いました。


盗まれたのです。


私にとってどちらでも一緒ですが。

大切にしていた砂時計が無くなってしまったのです。


高校に入学する前くらいのことです。


私は砂時計をいつも肌身離さず持ち歩いていました。


肩にかける鞄の中に入れて、満員の電車に乗っていました。


人が多すぎて、鞄を大事に持っていることがままなりませんでした。


電車を降りると、砂時計だけが無くなっていました。


確かに乗る前はありました。


乗る前に鞄に入っているのを見たのです。


財布やスマホは盗まれていませんでした。


今思うと、無理に満員電車に乗らなければと後悔しています。


私は必死に探しました。


駅員さんに落ちていなかったか確認したり、同じ電車に乗って落ちていないか探して周りました。


しかし、見つけられませんでした」



途中から僕は胸がとても痛くなっていた。


一川は、すごく辛い気持ちを背負ってこれまで生きてきたのだとわかったからだ。


僕に何ができるだろう。


一川を心の底から救いたいと思う。


クラスでの居場所を作れるように、取り組んでいくべきか。


 いや、それもそうだが僕にできる1番のことは、砂時計を探し出すことに思えた。


「砂時計、俺が見つけるよ」


その一言に一川は僕の方を見た。一川の目には涙があった。


「俺が砂時計を絶対見つけてやる。一川の生きる勇気になる物だとしたら、俺はそれを取り戻したい」


絶対に見つけられる保証はないが、本気で見つけたいと思った。


それで一川の生きる力が戻るなら。


「でもどうやってですか。どこにあるかもわからないのに」


「鞄の中の砂時計だけが盗まれて、他の財布とかが盗まれてないんだから、お金目当てとは考えにくい。だから、一川がその砂時計を大事にしていることを知ってる人間が何かの目的で盗んだ可能性はある。そこから探していくよ」


一川は1度下を見て、その後また僕の方を見た。


「あの、参考になるかはわからないんですけど、真面目に聞いてくださいね」


僕はうなずく。


「その砂時計は、この町の言い伝えにある、『時を越える砂時計』かもしれないんです。実際に時を越えられたことはないので、私の憶測なんですが」


この町で『時を越える砂時計』といえば、ほとんどの人が言い伝えの物だとわかるだろう。


しかし、本当に実在するかは誰もわからないし、信じている者も少ないはずだ。


僕は一川の口から『時を越える砂時計』という言葉が出てきて驚いたが、一川の言うことに嘘はないだろうと思った。


「どうして『時を越える砂時計』だと思うの?」


「母から渡された時に言われたんです。でも、それをどう使うとか、どうする物なのかは言われませんでした。ただこれが『時を越える砂時計』だとだけ言われただけです」


「そうなんだね。じゃあその『時を越える砂時計』が欲しい人間が、盗んだ可能性が1番高いね。一川がその砂時計を持っていることを知ってる人はどれくらいいるんだい」


一川は、考えた後に話した。


「父くらいでしょうか。しかし父もこの砂時計が本当に時を越えるとは思っていないと思います。私もただ母の形見なので、大事に持っていただけなので」


「なるほど。とりあえず、『時を越える砂時計』について調べて、情報を探すしかないか」


一川の気持ちを考えると、一刻も早く見つけてあげたいと思った。


その砂時計がないことで、どんどん一川の気持ちは沈んでいってしまうだろう。


沈みきってしまった気持ちは、もう戻すことができないところまで沈んでしまう。


そうなる前に、絶対に見つけなくては。


「とても難しいと思います。私も必死に探しました。でも見つからなかったです。インターネットで『時を越える砂時計』と検索しても、フェイクの情報しかありません。もう2ヶ月も経ちます。きっと、時を越えられないことを知って壊されているかもしれません」


「難しいかもしれないけど先生に任せてほしい。希望だけは捨てないで。必ず見つけるから」


一川の悲しみの顔は、ずっと変わっていなかった。


「何か砂時計について思い出したり、わかったら教えてほしい。探し出す時に必要な情報があるならたくさんあったほうがいい」


一川は頷いた。


「よし、そろそろ集合の時間だから水族館のほうに戻るか。何か他に悩みとかあったらいつでも聞くからな」


僕は一川が涙を拭き終わるの待って、水族館に向かわせた。


僕は海の方を見て、一息ついた。


砂浜には貝殻が落ちていた。




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