0 春のまえぶれ
僕には2つ好きなものがある。
1つは、春の訪れを感じるこの3月の暖かさである。
出会いと別れの季節が来たと、その暖かさが教えてくれる。なぜか無性に3月になるとワクワクするのは僕だけだろうか。
以前、そんなことを話したら、同感してくれる人もいたから、そう感じる人も少なくないのかもしれない。
もう1つ好きなものは、この町である。
あるひとつの町なのだが、最近ではクオーターシティと呼ばれている。
なぜクオーターシティかというと、4つの地域によって地域柄が違うからである。
具体的に都会地区、田舎地区、臨海地区、高山地区の4つである。
それぞれ名前の通りの、地区なのだが、都会地区は、高いビルが立ち並ぶ未来的な街並みが特徴的である。
田舎地区は、農業が盛んで、田んぼや畑が多く、昔の名残が残っている。
臨海地区は、海に面しており、海水浴場や大きな水族館がある。
高山地区は、山々が連なっている。自然豊かで、綺麗な滝が有名だ。
この町は、この4つの特色が合わさった町なのだ。
しかし、僕がこの町を好きになったのは、それが理由ではない。
この町の人たちの暖かさが好きなのだ。
優しい人ばかりで、居心地のいい場所なのだ。
他にも不思議な言い伝えの多い町として知られている。
例えば、「不思議な猫がいる」とか、「時を越える砂時計がある」とか、「300段ある寺の階段を片足で登ると恋が叶う」とか、「夜に海に来ると光るイルカに会える」など他にもたくさんの不思議な言い伝えがあった。
オカルトも多いが、いくつか僕も不思議な体験をしたことがあるから、本当に不思議な町なのかもしれない。
この好きな町で4度目の春を迎えようとしていた。
僕は3年前に、高校の先生になるためにこの町に赴任してきた。
最初の1年は町に慣れるのに精一杯だったが、今となっては馴染みの深い好きな町になった。
そして、次の4月から、町の別な高校に転勤になった。
3月の昼下がり、新しい高校の校長に挨拶をするため、お気に入りのスーツに身を包み僕は家を出た。
トントンと、校長室の扉を叩くと、中から入るように指示あった。
失礼しますと言って僕は中に入った。緊張感が手から感じられた。
それが、体全体に広がり、体の温度が上がったのがわかる。
そして中に入る。
「お久しぶりです。棟方校長」
「久しぶりだな、工藤くん」校長がニコニコしながら言った。
僕と校長は2年前からの知り合いで、今回も校長から、うちに来てほしいと頼まれ、転勤が決まったのだ。
僕も校長のことをとても慕っていたので、快く受け入れたのだった。
「お元気そうで何よりです」
「そんなことないよ。2年前にユウカを亡くしてから、どうも心身共にきていてな。いつその時がきてもおかしくないよ」
ユウカは校長の娘で、僕も数学を教えていた。
彼女は、母を中学生の時に亡くし、それ以来とても寂しい思いをしていた。
僕も出来る限り、話を聞いてあげたり、居場所を作ろうとしたのだが、寂しさに耐えられなかった彼女は2年前に自殺したのだった。
その時から、彼女の父だった校長と知り合い、話すようになった。
「あの時は何もできず、本当にすいませんでした」
彼女のことを思い出し、心の中が痛くなった。いつも彼女の気持ちを考えると涙が出てしまう。
「いや君には感謝しているんだ。ユウカのことにたくさん時間をかけてくれた。私は仕事、仕事で何も構えなかった。本当に後悔しているよ」
明るい優しいイメージの校長から、笑顔が消えるのは珍しいことだ。いつも人前では、明るく振る舞っているため、生徒からも慕われている。そういうところも、尊敬するところのひとつだ。
少し間があり、校長は、ふーっと息を吐いた。
「ところで、4月からうちに来てもらうわけだが、1年生の担任をしてもらおうと思っているんだ。担任は初めてだと思うが、わからないところがあれば、なんでも話を聞くから頑張ってほしいんだ。いいかい?」
「わかりました。精一杯頑張らせていただきます」
あとは、学校の案内や部活紹介などをしていただき、僕は校長室を後にした。
担任を持てるということにワクワクしていた。先生になるからには、担任をしたいと思っていた。居心地の良いクラスを作れるように頑張らねばと心に誓った。
校長室を後にすると、2人の人とすれ違った。1人は生徒なのだろうか、女の子。もう1人は、その父のような人。
なぜか、その女の子の寂しそうな顔が印象に残った。どこか、あのユウカと同じ様な印象を持ったからだ。
できるなら、もう1度ユウカに会いたいと思った。救ってあげたかった。
そう思いながら、僕は学校を後にした。