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第九話 孤独な心 (2) ~夕貴~

今日は二話更新です。

初めての方は第八話からお読み下さい。


夏本番となり、夏休みが始まった子供たちもいるのではないでしょうか。

先日、慣用句の宿題に悩んでいた子供が『一事が万事』を「イチゴがマンゴー」と呟きながら必死で辞書を調べていました。かくいう私も学生時代、コーヒーの『モカ』(mocha)を「モチャ」と呼んで、隣にいた友人がコーヒーを鼻から吹き出した、というエピソードを持っています。言い間違いのDNAは存在するのかもしれません。

 結局、昼休みが終わる直前まで眠り続け、持ってきたパンを軽く食べてから午後の授業に臨んだ。短時間でもぐっすりと眠れたお陰か、その後は滞りなく授業を終えることが出来た。職員室に用事があるという京子を校舎の外で待つため、靴箱に向かうと私のクラスの靴箱の前で一人の生徒が立っていた。


「うわ…………」


三ヶ月ほど前交際を申し込んできた別のクラスの山本だ。何かと不穏な噂の多い彼に私自身も良い印象がなくて丁寧に断って以来、私が一人の時を狙って執拗に話しかけてくる。内心出会ったことをしまったと思うが、彼の横を通らねば靴を取りに行くことが出来ない。


「立野、久しぶり」

「…………そうね」

「お母さん、大変だったな」


 少しも気遣っているように思えない口調にイラッとするが、あくまでも気にしないように努める。


「ええ」

「今日から一人暮らしなんだろう。

 困った事があれば遠慮なく言えよ」

「大丈夫」


 にやにやと笑いながら声をかけるのを、最小限の会話で済ませ、靴に手をかけると、彼が近づき私の手を掴む。ぞわりと背中を悪寒が這い上がるのを我慢して相手を睨み付けた。


「手を離してくれる?」

「折角待っていたんだから一緒に帰ろうぜ。送っていくよ」

「遠慮しておくわ」


 振りほどこうとするが、私より背も高く力の強い男子の腕に敵うはずもなく、眼をぎらつかせながら笑う男に危機感を覚えた。ここで怯えてはいけない、平静を取り繕って睨み返したまま低い声で威嚇する。


「…………大声出すわよ」

「…………」


 タイミング良く廊下の向こうで誰かが談笑する声が聞こえてきた。苛ついたように舌打ちをすると、手を離して校舎の外に去っていく。彼の姿が見えなくなった途端、抑えていた息を吐き、座り込みそうになるのを堪えた。心臓がばくばくして、汗がどっと出てくる。


「夕貴、お待たせ」


 京子の声にほっとする私を不審に思ったのか、廊下を駆け寄ってくる。


「何かあったの?」

「山本が…………」

「!!

 大丈夫だった?」

「うん、平気」


 事情を知る京子に心配をかけたくなくて笑って見せると「早く帰ろう」と誘った。並んで歩く帰り道に京子が何気なく私を見る。


「夕貴、少し雰囲気が変わったね」

「そうかな?」

「うん、山本に絡まれた後はいつもならびくびくしていたけど、今日は随分落ち着いてみえるもの」

「絡まれて直ぐに人の声が聞こえて、あいつが出ていったからかもね」

「そっか、大したことなくて良かったね。あいつ、結構したたかだから、人目につくところじゃ手は出さないみたいだし、それで先生達もなかなか注意しきれないみたいだから」

「そうなんだ」

「夕貴もくれぐれも気をつけてね」

「うん、また明日ね」

「バイバイ」


 京子の言葉に頷いて別れた後、歩きながら考える。私が落ち着いていられたのは安西セイと神山麗のお陰だろう。本物の恐怖を味わった私にとって、山本の脅しはそれほど恐れるものでもなかったからだ。本当に怖いのは殺意を見せないまま笑顔で振り下ろされる凶器や無表情のまま突きつけられる殺意だ。

 スマホの時計を確認するとカバーの間に挟んだメモ用紙が目についた。登録するか悩んだ末保留にしておいた番号の主は、彼女の言葉を信用するなら今頃ホームセンターにいるはずだ。


「明日、行ってみようかな」


 今朝会ったばかりの彼女を思い浮かべると、スマホをしまって家路に急いだ。

明日の更新は21時です。

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