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生きたくない彼女の未来を、憎む私は望まない  作者: 菜央実


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第十三話 孤独な心 (6)

 突然掛かってきた見覚えのない番号に、もしかして、と思いながら通話に切り替える。


「もしもし?」


 向こうから返事はなく、がさがさという音が聞こえているだけだ。


「夕貴?」


 何度か呼び掛けても雑音ばかり聞こえるスマホを切らないままポケットに入れるとフロア主任を探しに行った。


 バイトを切り上げて夕貴のアパートまでの道を急ぐ。スマホはあれからもずっと同じ状態で不安が募る一方だった。二人で帰る時はあっという間の道のりなのに今日はやけに遠く感じてしまう。ふと、暗い歩道の先に制服姿の少女が見えた。


「夕貴!!」


 私の呼び掛けが聞こえたのだろうか、一瞬立ち止まった後、その場に座り込む姿にただならぬ物を感じて駆け寄ると、少女は案の定夕貴だった。

 制服のままスマホを片手に汗びっしょりの顔は真っ青で、走ってきたのか肩で大きく息をしている彼女は私を見ると、泣き出しそうな表情を浮かべた。


「!」

「大丈夫よ」


 急いで抱きかかえると、酷く身体が震えている事に気づく。ぎゅっと腕を回すと彼女が身体を押しつけてきた。

 安心させるように背中を擦りながら、どこかで落ち着かせようと辺りを見回すと、少し先のコンビニの看板が目についた。


「夕貴、あのコンビニまで歩ける?」


 こくりと頷いたのを確認して夕貴の身体を支えながらコンビニのベンチに座らせる。飲み物を買ってこようとすると、服の裾を引かれた。


「行かないで」

「分かった。ここにいるから」


 隣に腰を下ろすと彼女の手を包むように重ねる。寒さを感じない季節なのに細い指は冷たくて、体温を分け与えるように指を絡めた。店の明かりに照らされた彼女の膝は、来る途中に転んだようで小さく血が滲んでいる。乱れた息が整った頃、そっと訊ねる。


「少しは落ち着いた?」

「うん」

「私に会いに来た理由は聞かない方が良い?」


 ふるふると横に首をふる彼女が、しばらくしてぽつりぽつりと話し出すのを時々質問しながら、聞き終えた。


「そういうことだったのね」


 不安げに揺れる瞳に微笑むと、ぽんぽんと頭を撫でる。


「とりあえず、夕貴が無事で良かったわ」


 私の言葉に、夕貴の瞳からじわりと涙がこぼれる。ごしごしと拭う彼女の頭をそっと撫でると夕貴が抱きついてきた。震えが収まらない身体を労るようにして、彼女が泣き止むまでそのままでいた。



「落ち着いたみたいだから、少し話をして良いかしら?」

「大丈夫」


 まだ震えが残るものの、小さく返事が聞こえる。身体は離れたが、最初に重ねた手は繋がれたままだ。


「まず、警察でも学校でもとにかく誰か信頼出来る大人に相談した方が良いわ。あなた一人で何とか出来るような問題じゃないし。

 いずれにせよ、私も最後まで付き添うから自分で考えて決めなさい」


しばらくの沈黙の後、彼女が口を開いた。


「セイじゃ、駄目なの?」


 突然小さく名前を呼ばれて、まじまじと夕貴を見つめた。恥ずかしいのか俯いた夕貴の耳が少し赤い。黙ったままの私に焦れたのか重ねた手をぎゅっと握られ、我にかえる。


「私で良いの?」


こくりと頷いたのを確認すると、夕貴の顔を上げさせた。


「分かったわ。

 それなら一度、夕貴のアパートに戻りましょう。夕貴には確認してもらいたいことがあるの。怖いかもしれないけれど、一緒に来てくれる?」

「うん」


 彼女の手を引いてゆっくりと歩きながらアパートに向かう。アパートが近づくにつれ、繋がれた手に力が入るのが分かった。ドアの前で視線を合わせ、合図してからゆっくり開けると、玄関に夕貴の鞄とバックがそのまま落ちていた。思わずしがみつく夕貴を抱き寄せて、台所の光で照らされた奥の部屋にちらりと目を向けてから訊ねる。


「帰って来た時と何か変わったところがある?」

「分からない」

「中に入るわよ」


 散乱した物を踏まないように部屋の明かりをつけると、荒らされた状態を確認しながら、テーブルに置かれた写真を見る。その時初めて、友人との笑った顔が写真で見た良子さんにそっくりな事を気づいた。


「あれ」


 視線の先の揺れるカーテンに目を移すと、夕貴をその場に置いてカーテンを開ける。ベランダの窓ガラスが割られていて、犯人はここから侵入したらしい。


「夕貴、とりあえずここを片付けましょう」


 安全を確認してから、二人で手分けして部屋を片付け始めた。服をたたみ、本を戻し、遺骨の箱を元に戻す。無くなったものや不審な物を夕貴に確認すると、服の一部と下着がなくなっている事が分かった。犯人は現金や通帳には手をつけず、夕貴個人の物を念入りに漁ったらしい。片付け終わり、以前と変わらないはずの部屋の空気はどんよりと重苦しかった。


「流石にここに一人じゃ危ないから、今日は家に泊まりなさい」

「うん」


 どこかほっとした夕貴が素直に頷いた。勉強道具、着替えの他に、貴重品もバックに入れる。荷物をまとめた夕貴の視線の先には遺骨の箱があった。


「大きめのバックに入れれば大丈夫でしょう。他の荷物は私が持ってあげるわよ」

「持っていって良いの?」

「あなたの大切な家族でしょう」

「……ありがと」


 遺影は持ったものの、かさばる遺骨を置いていく事が心苦しかったらしく、大切そうに抱える彼女を気遣いながら外に出た。コンビニでご飯と細々とした日用品を買って私のアパートに戻り、荷物を置くと、隣の夕貴を見る。


「後でまた手を繋いでいいから、一度離してもらって良い?」

「えっ!?」


 ずっと服の裾をつかんだままの自分の右手にようやく気がついたらしく、慌てて離れると赤い顔で落ち着かなさそうに座り込む。ふふ、と笑うと何故か軽く睨まれた。


「夕貴、少しで良いからご飯食べれそう?

 顔色が悪いみたいだけど、頭は痛くない?」

「頭は痛くないけど、ご飯は食べたくない」

「一口でも食べなさい。残して良いから」


 お湯を沸かして、インスタントスープを入れると彼女の前に置いて、弁当を広げる。夕貴が食事をする間にお風呂の支度をして、買ってきた荷物を片付けていると夕貴がトレイを持ってきた。


「ごめん、食べきれなかった」

「気にしないで良いわよ」


 ほとんど手をつけていないご飯を申し訳無さそうに差し出す夕貴から受けとると、彼女の酷い顔色が気がかりで額に手を当てた。体温計があれば良かったのだが、あいにく置いておらず、それよりも、おとなしく待つ夕貴の態度を思わず心配する。


「熱はないと思うけど、本当に大丈夫?」

「うん」

「お風呂入れそう?」

「でも」

「下着は買ってきたけど、ブラはなかったの。サイズを教えてくれれば後で買ってくるから」


 視線をさまよわせた後、小さく呟いた数字に了解すると、夕貴を洗面所に向かわせた。メモ帳に買い足す物を書いてから、スマホを開く。シャワーの音が聞こえているのを確認してから手早くメッセージを打ち込んだ。



「お風呂ありがとう」


 パジャマ姿の彼女が洗面所から現れる。落ち着かないように胸を隠しながら腕を組んでいる理由に思い当たるものの、あえて言わないでおいた。どうやら、早く買ってきた方が良いようだ。


「少し買い物をしてくるけど、一人で大丈夫?」


 私の外出の理由が自分にあることが分かっている様で、隠しきれない不安をにじませながらそれでも夕貴が小さく頷いた。テレビすらない見知らぬ部屋で一人で過ごす事に申し訳なさを感じるが不便を強いるのもかわいそうだった。


「一時間以内で帰ってくるつもりだから、何かあったら電話して。

 眠かったら寝ていて良いからね」


 ぽんぽんと頭を撫でると湿った髪の感触と、シャンプーの香りがほんのりする。幾つか必要な物を聞いてから、不安そうな夕貴に手を振って部屋を出た。

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