1話〜脅迫〜
田舎のとある村の小さな酒場。
テーブルにもイスにも埃が積もり、唯一綺麗に掃除されているカウンター席にも土曜の夜だというのに“客”は一人も居ない。居るのはこの酒場の亭主である、20代の青年が1人だけ。
青年はグラスに入った水を飲みながら店内を見回す。
今夜もいつも通り暇だな。
満足そうに視線をグラスに向ける。氷がカラン、と音を発てて溶ける。
静かな夜が過ぎて行く。そう思った矢先、店のドアが開かれる。
現れたのは男。体にマントを巻いているがその上からでも分かるぐらいガッチリとした体付きをしている。
「カンナ・イスズだな」
無精髭を生やした男はそう言うと、カンナの所に行き、水入ったグラスの横に黒い封筒を置く。
「魔術協会東中央支部から来たバルデスと言う者だ。仕事の依頼を頼みたい」
バルデスと名乗る男から渡された封筒を開けて中身を確認する。
読み終わるとカンナは手紙を封筒の中に閉まってバルデスに差し出す。
「もう、殺しはしないんだ」
「殺しじゃ無い、犯罪者を捕まえる手伝いをして欲しいんだ」
「断る」
カンナはグラスの水を一気に飲み干す。
「コイツを読む限りじゃ相手は殺人鬼だ。しかもかなり特異なタイプの。そんなヤツをどうやって殺し合いをせずに捕まえる? 仮に殺さずに捕まえたとしよう。でもソイツは間違い無く死刑だ」
「しかし、ソイツは罪を犯したんだ。罪を犯した者には相応の罰を。コレは当たり前の事だろ?」
「それでもだ。“死”片棒を担ぐような真似、オレはゴメンだ」
そう言うと席を立ってカウンターの中に入る。グラスを一つ取り出し氷を入れるとウイスキーを注ぐ。
「オレの奢りだ。それ飲んでさっさと帰ってくれ」
カウンターにグラスを置く。琥珀色の水面がゆらゆらと揺れる。
バルデスは小さく溜め息を吐くと、パチンと、指を鳴らす。
ドアが開き、マントを着たツインテールの女が姿を表す。そして女と一緒に現れた人物に息を呑む。
「テメェ……!!」
「おっと、動かないで。このお婆さんの頭が吹っ飛ぶわよ」
村長の頭に拳銃が突き付けられる。
怒りの籠もった視線をバルデスに向ける。
「コチラもコレ以上、被害を出す訳にはいかんのだ」
コイツら……。
カンナが右腕の手首にハメたブレスレットに魔力を込める。すると銀色のブレスレットは高熱で溶かされたように形を失い、腕の表面を覆っていく。
「いくら『銀狼』でもこの距離からじゃ何も出来ないでしょ?」
「オイ、シルヴァ!」
シルヴァと呼ばれる女はバルデス怒鳴られるが、気にした様子も無くコチラに挑戦的な視線を向けてくる。
「殺しはしねぇが、腕の一本や二本は勘弁してもらうぞ」
踏み込む為、足に力を入れる。すると店内に怒声が響く。
「ならんッ!」
「!!」
その場に居た全員が村長を見る。
「カンナよ、こやつらに手を出してはならん!」
「何故です村長ッ!?」
「人質はワシだけでは無い。村人全員じゃ」
「っな……」
カンナは言葉を失う。村長は悔しそうに顔を伏せる。
「さっきも言った通り、生憎手段を選んでいられる状況では無いのだ」
バルデスがカンナの前に立って言う
「腐ってやがる……」
「何を言われても構わない……。だが、君には一緒に来てもらう」
カンナは奥歯を噛み締める。
「ずまんカンナ……」
村長のその言葉がカンナがこの村を出て行くまでに聞いた最後の言葉だった。
1話終わりです。
機会があればまた会いましょう。