再開
こういうのが好き。ありったけの語彙力と性癖をつめこんだ物語です。
君は今までに1度でも、特殊な能力が欲しいと思ったことはあるだろうか。
なんだっていい。空を飛べるとか、瞬間移動できるとか、そんな単純ですぐに思いつくような特殊能力でも、なかなか凝った特殊能力でも。
きっと誰もが1度は願うだろう。寝坊してしまった時、時間を戻すことができたらどれだけいいだろう。相手の気持ちを知りたい時には、テレパシーが使えればどれだけ楽だろうか。
しかしその2つはどちらとも、「恵まれている」特殊能力である。デメリットがあるかもしれないが、それでもメリットのほうが何倍もあるのだ。目を見ただけで相手を石化させることができれば、普段から他人の目を見ることはできなくなるし、膨大な力があれば、少し触っただけでも相手を吹き飛ばしてしまうかもしれない。
これは、特殊能力を持って生まれてしまった、少年少女の物語だ。
例えば、誰にでも優しく近くにいるだけで空気が和むような人間と、喧嘩や恐喝と悪い噂が絶えない2人の人間がいたとして、ほとんどの人は前者を選ぶだろう。
人気者と親しい関係になりたがるだろう。
少なくとも、“みんなの人気者”から特別扱いされて嫌な気持ちになる人間などいない。誰だって、誰かの特別というのは気分がいいものだ。
そして隅に追いやられた嫌われ者は、周りに人が寄ってこなくなる。それがいいことなのか悪いことなのかは、個人によって変わってくるのだ。
しかしこれはどうだろう。誰からも好かれる人気者が、そんな迫害を受けた嫌われ者に話しかけたとしたら。
今まで散々恐れ慄き無視した相手が、是非ともお近づきになりたい人気者に話しかけられていたら。
君ならどうするだろうか?
「業遠寺くん」
人気者の少女が、嫌われ者の少年に話しかける。
教室にいた誰もが言葉を失った。彼女の言葉でクラス全員が凍りついたようだった。
「業遠寺 了くん」
彼女はもう一度、少年の名前を呼んだ。今度はフルネームで。そしてその声は、先ほどより鮮明に教室に響く。その場にいる人全員が、人気者の声に耳を傾けているのだ。
「……」
しかし嫌われ者の彼は、至って返事をしない。読んでいる本から顔を上げないどころか、まるで聞こえていないかのように視線1つ動かさないのだ。
「業遠寺くん!」
先ほどよりも何倍もの声で、少女は嫌われ者の少年の名前を呼んだ。
みんな知っている。嫌われ者の彼は、わざと聞こえていないふりをしていることに。
みんな気づいている。嫌われ者の彼が1番関係を持ちたくないのが、彼女だということに。
ここで問題なのは、人気者の少女がそれに気づいているかなのだが––––
「業遠寺 了くん!」
どうやら気づいていないようだ。
なるべく揺らさないように気を遣いながら、彼女は嫌われ者の少年の机の上に両手を置いた。
そこでようやく諦めたのか、嫌われ者の彼はゆっくりと、そしてめんどくさそうに顔を上げた。
「何?」
彼以外の人間にはとれない反応だ。人気者の少女に対して、つまらなさそうに興味がなさそうに気だるげに、返事をするなんてことは。人気者の少女は、やっと気づいてくれたのだと、嬉しさから満面の笑みを浮かべているというのに。
彼のそんな態度を見ても、彼女は少しも笑顔を崩さず、気にしていないように話を切り出した。
「あの、実は……。その。わ、渡したい物が、あって……」
「早く言って欲しいんだけど」
嫌われ者の少年のその一言で、少女以外の人間がピリついた空気になった。頬を赤らめて話すことに躊躇することなど、たった1つしかないだろう。クラスの全員、彼がそれに気づいた上でその辛辣な言葉を投げかけたのだと確信していたのだ。
しかし人気者の少女は、まったく気にしていない様子だった。
「これ、受け取ってください……!」
クラスがさらに静まり返る。口に出さずとも、それが何かわかっているのだ。
そしてそれは嫌われ者の彼も一緒である。彼は少しも驚いた様子を見せず、しかし嫌悪感を露わにしてその手紙を受け取った。
受け取ってもらえないと思っていたのだろうか––––人気者の少女はぱっと、まるで花が咲いたように笑顔浮かべた。
「ありが––––」
「用はそれだけ?」
彼の冷酷な言葉に、一瞬だけ彼女の顔が凍りつく。感謝の言葉を遮られるとはさすがに考えていなかったのだろう。すぐに笑顔を取り直したが、どこかぎこちなかった。
「……そうだよ」
「じゃあ、いつまでそこに立ってるつもり?」
「!」
嫌われ者の少年は、もらった手紙をその場で開けることも、場所を変えて読むこともせず、便箋を見もしないで鞄にしまった。挙句に、用が終わったのならされと言わんばかりに再び本を読み始めたのだ。
「ううん。もう行く。時間とっちゃってごめんね」
そんな彼女の謝罪に耳も傾けず、嫌われ者の彼は淡々と本を読むだけだった。
人気者の少女が嫌われ者の少年から離れた途端、クラスがざわつき始める。そのほとんどが彼に対する誹謗中傷だった。
「なんだよさっきの態度。ありえないだろ」
中には彼に聞こえるくらいの声でわざとらしく悪口を飛ばす人もいた。しかし嫌われ者の少年にとって、自分のありもしないことを言われたり、悪く言われたりするのは日常茶飯事である。今更そんなの、痛くも痒くもなかった。
そして女子のほとんどが、人気者の少女を慰めようと彼女の周りに集まっていた。
「気にしないで、仲本さん」
「そうよ。仲本さんは立派だったわ」
「彼はいつもああなんだから、落ち込むことないよ」
「業遠寺くんが酷すぎるだけなんだから」
「仲本さんに告白されて嬉しくない男の人なんて、この世にいないもの」
「みんな、ありがとう。でも私は大丈夫だよ。全然気にしてないし、落ち込んでもないから。……て、手紙を渡せただけでいいの。受け取ってもらえただけですごく嬉しいから––––」
5時間目が始まるまでのお昼休みの時間中、クラスの女子による慰め会と、クラスの男子による誹謗中傷会が開かれた。
そして、この人気者の少女と嫌われ者の少年の間で起こったやりとりは、瞬く間に全校生徒へと伝わったのだった。
放課後、掃除の時間。
嫌われ者の彼は生徒だけじゃなく、先生からも恐れられているので、直接的な嫌がらせやいじめを受けることはなかった。
ただ、誰がやったのかわからないように悪戯や嫌がらせを受けることはたびたびあった。
小さいもので言えば、掃除後、彼の椅子だけ机からおろされていなかったり、机の中身が全部机の上に出されていたり。
大きいもので言えば、荷物が全部窓から落とされていたり、教科書が全部雑巾で濡れていたり。
そんなしょうもないことがたまに起きるのだ。
しかし今回はよほど怒りをかったのだろう。机や椅子は倒れており、水の入ったバケツの中にある限りの教科書が全部沈没している。
仕方のないことだと納得させるのと同時に、直接やってこないことに対してのイラつきが彼を襲った。彼らの正義などそんなちっぽけなものなのだと、改めてくだらないと感じた。
全てを始末したあと、嫌われ者の少年は鞄の中に入れた、人気者の少女からもらった手紙を探した。……どうやら無事なようだ。いくら怒っていても、元は人気者の彼女のためにやっていることなので、彼女が悲しむようなことはしないのだろう。
嫌われ者の少年は、何かで切り刻まれた靴を見て再びクラスメイトは馬鹿なのだと実感し、そしてまた始末したあと、ボロボロの靴を恥ずかしがる様子もなく履いた。嫌われ者の少年を見てクスクスと笑う生徒がいたが、彼は気にも止めなかった。むしろ、ここまでさせる人気者の少女のカリスマ性に、感心してしまうほどだったのだ。
彼はしばらく歩いて––––人気のない場所に着いてから、ゆっくりと人気者の少女からもらった手紙を開けた。
「業遠寺 了くんへ」
嫌われ者の少年の背後から声がする。
「何度も言おうと試みました。気持ちを伝えようと頑張りました。」
彼は歩みを止めず、ゆっくりと手紙を読み続ける。
「でもどうしても、あと一歩が踏み出せません。あとちょっとの勇気が足りませんでした。」
そしてそのまま、踏切を渡る。
「だからこの場を借りて言います。あのね、私––––」
そして嫌われ者の少年は振り向いた。最も、彼には後ろに誰がいるのかわかっていたのだが。
「ずっと前から、あなたのことが好きでした。」
嫌われ者の少年・業遠寺 了と。
「私と付き合ってください。」
人気者の少女・仲本 葵が。
「仲本 葵より。」
10年ぶりに再開した瞬間だった。
「久しぶりだね、了くん」
葵は了に向かって、踏切越しにニッコリと微笑んだ。
「……」
了は黙ったままだ。じっと、葵を見つめている。
「そ、そんなに見つめられたら、照れるよ……」
ぽぽぽ、と顔を赤くして、葵はとても楽しそうに了に話しかける。心の底から、了に会えて嬉しくてたまらないようだ。
「……葵」
いつも無表情でクールな彼が、初めて表情を崩した。目を少しだけ見開いて、今起こっていることが現実じゃないと否定するように。
「夢じゃないよ、了くん。もう会っていいんだよ」
葵は今にも泣きそうな顔をしていた。感動の再会。早く彼に抱きついて、自分にも夢じゃないんだと理解させたい、そして抱きしめてもらいたい––––
「了くん、あのね––––」
「何で会いに来たんだ」
「……え?」
思いもよらない返事に、葵は固まる。感動の再会ではないのか?葵が走って了に駆け寄り、そしてお互いを抱きしめ会って、ハッピーエンドでは、ないのか?
「何でって、そんなの……」
「俺はお前に会いたくなかった。もう二度と」
衝撃の言葉に、葵は頭が真っ白になる。嫌な汗が垂れる。体がふわふわする。おかしい。こんなはずじゃない。だって2人は、将来を誓い合った仲で、それで––––
「こっちに来ようなんて考えるなよ。俺はもう好きじゃない。昔のことだ」
「り、了くん? なに、言って––––」
「迷惑なんだよ。お前の気持ち、全部が」
了は葵の手紙を人差し指と親指で摘み、広げて見せた。彼の表情は……真面目だ。冗談を言っているわけではない。本音なのだ。
「嘘だよね? 了くん、お願いだから……」
「嘘じゃない。本当だ。いい加減にしろ」
「りょう……くん……」
さきほどまでの幸せな気持ちは、葵から完全に消え去り、今あるのは絶望と、途方も無い悲しさだけだ。
やっと会えた。この10年間、会いたくて仕方がなかった。自由になれたのに、なんなのだろう、この仕打ちは。一体自分が何をしたというのか。ずっと我慢してたのに……。
「嫌だ……了くん……私、わたし……」
「人の話を聞けよ。だからこんなのも––––」
そう言って了は、葵の手紙をビリビリに破り捨てた。ビリビリに破かれた手紙の破片は、風に吹かれてどこかへと去っていく。……了に戸惑いなどなかった。躊躇なく、迷いなく、やりきった。
そんな彼を見て葵は、もう終わりなんだと感じた。もう戻れないんだと。今までの10年間は何の意味もなかったのだ。無駄だった。
「どうして、了くん……? そんなひどいこと……しなくてもいいでしょ? 私、ただ会いたくて……それだけで!」
「それが迷惑だって言ってんだよ! ……気持ち悪い」
そう言って、了は後ろを向き歩き出した。帰るのだ。
葵は、悲しくて苦しくてどうにかなってしまいそうだった。知っているのだ。了が家に帰るためにはこの道を通ると遠回りになることを。
だから期待してしまった。俺も葵のことが好きだと言うために、こうやって人気のない場所をわざわざ通ったのだと、そう勘違いしていたのだ。
辛い。無理だ。恥ずかしい。虚しい。……死んでしまいたい。
「了くん……待って……」
「こっちに来るなって言ってんだろ!」
了は足を止めてそう怒鳴った。振り向かずとも葵が踏切を渡ろうとしているのがわかっていたのだ。
無駄だと、もうどうしようもないとわかっていても、葵の心はそんなことにドキドキしてしまう。嬉しくなってしまう。
「せめて、こっち向いてよ……了くん……」
了は振り向かない。振り向く気配さえない。なんならそのまま再び歩き出し、帰りそうな勢いだ。
「俺じゃ……ダメなんだ……」
了のその呟きは、葵の耳には届かない。人気がない場所なのに、騒音がするからだ。車もバイクもないのに。どこから近づいて来る騒音が。
「こんな……こんなの……!」
了の後ろ姿がぼやける。ぼやぼやぼやぼや。そしてついには、歪みだす。目頭が熱い。
葵は了に向かって手を伸ばした。もちろん、届くはずなどない。1度決めたら最後まで貫き通す意思の固い彼に、救いを求めてしまったのだろうか。そんなことに意味などないとわかっているくせに。
「いや……いやだよ、待って、了くん!」
「! おい葵、来る––––」
ズドン。
バシャ。
了の息が止まる。目の前で起きた出来事を頭の中で否定し続ける。
「やめろ……」
ボトン、と鞄を落とす。了は必死に首を横に振る。
こんなことはあってはいけない。
「もうやめてくれ……」
了の目の前で起きた出来事は。
「なんで……俺だけ……」
血の滴る踏切と。
「こんな……」
急停止した電車と。
「葵だけは……」
放り出された葵の鞄と。
「殺したく……なかったのに……!」
原形のない葵の肉片。
葵“だった”モノ。
「クソ!」
了は自分の拳を地面に叩きつけた。
悔しい。悔しい。自分の好きな女でさえ守れないのだ。
「クソ! クソが! こんな、こんなの……!」
ドン、ドンと地面を殴りつける。痛さなどもうどうでもいい。皮がめくれようが血が出ようがどうだっていい。
葵が死んだことに比べれば、ちっぽけすぎることだ。
「俺の……俺のせいで……」
了は手を止めて、ボロボロと涙を流した。
葵が死んだのは自分のせいだ。警報機が鳴らなかったのも、遮断機が下りてこなかったのも、自分のせい。
葵の死は事故として処理されるだろう。不幸な事故だ。偶然機械が故障しており、電車が来ていたことに気づけなかった。
騒音が聞こえた時点で気にするべきだったのだ。話に夢中で気づけなかったなど、理由にならない。
全ては自分のせいなのだ。
「考えないようにしてたのに……」
ポツポツと涙をこぼし、地面を濡らす。
「あおい……!」
そしてまた、了は地面を殴ろうとする。
「なぁに、了くん」
地面を殴ろうとする了の手を、止めた人がいた。
「は……」
「ダメだよ、地面なんか殴っちゃ。……ほら、怪我してる」
ボロボロになった了の拳をそっと掴み、じっと見つめる人。
「よかった、了くん。私のこと、嫌いになったわけじゃなかったんだね……!」
その人は、現状を把握しきれずぼーっとしている了に、ぎゅっと抱きついた。
了はふらっと後ろに傾いて、ペタッと尻餅をつく。その人は、嬉しさのあまりポロポロと涙をこぼす。
「あお、い……?」
その人は、紛れもなく葵だった。仲本 葵。学校中の人気者の。
さっき電車に轢かれて死んだはずの。
「ごめんね、そうだよね。理解できるはずないよね。……うん、よし」
葵は了から離れ、パッと立つ。
制服を着ている。靴下も、靴も履いている。手首には了が昔、葵にあげた黒猫のゴムが付けられている。
正真正銘の、仲本 葵がそこにいた。
「とりあえずここから離れなきゃ。車掌さんが見つかったら面倒だから」
葵はまだ頭が追いつかずぼーっとしている了に、手を差し出した。
「了くん」
了は差し出された葵の手を見た。葵。自分の知っている葵とまったく変わらない。葵だ。
しかし了は、葵の手を掴めずにいた。
「了くん?」
葵は不思議そうな顔をして、了を見つめる。
「本当に、葵なのか……?」
もしそうだとするなら、葵はあの時––––
「そうだよ。私が受けたのは“これ”なの。ほら、2人だけの秘密でしょ?」
了はぐっと手に力を込めた。それでやっと確信できたのだ。
今目の前にいるのは仲本 葵。それ以外の誰でもない。了が知っている葵だ。
了は左手で、葵の右手を掴む。
「俺の家へ来い」
「……うん!」
葵は満面の笑みを浮かべる。了は葵のことなど嫌ってはなかったのだと、改めて確信する。そうじゃないと、そもそも葵が死んだ時点で泣いたりなどしないのだから。
「ねえ、了くん」
「ん」
「好きだよ」
「ああ、俺も」
葵の右手に付けられた黒猫のゴム飾りと、了の左手に付けられた白猫のゴムの飾りが、カツンとぶつかり音を鳴らした。
「見たんです! 女子高生が電車の前に飛び出して来たのを! 轢いてしまった感触もありました……。電車が大きく揺れましたから! それに、ガラスにも血が大量に飛び散ったんですよ! そんなの、見間違えるわけがありません! 本当です! 信じてください!」
数分後に到着した警察に、必死に事情を説明する車掌さんの声が響き渡ったのだった。
よかったら感想くれると嬉しいです。