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ガーネット・ブラッド  作者: 寄木露美
Garnet Blood
6/11

6

 あれから二週間。最初は屋敷での生活に戸惑っていたステラであったが、徐々にここでの奇妙な暮らしに慣れてきた。

 動く調度品たちは皆案外親切だった。最初こそやや遠巻きに、物珍しげにステラを見ていた彼等であったが、一週間もしないうちに彼女の存在に慣れてきたようであった。彼女が困っている時には進んで助けてくれたし、暇なときには喋り相手になってくれることもあった。

 音楽室の住人達は彼女に歌やピアノを教えてくれたりしたし、図書室の司書は極たまに本を薦めてくれることもあった。執事であるルーチェは色々と世話を焼いてくれた。

 その中でも一番ステラと仲が良いと言えるのは庭師のアロゾワールである。彼とは庭仕事の合間にお喋りをしたり、一緒に花冠を編んだりもした。故に、『人形ゴーレム』たちとの関係は比較的良好だったと言えよう。

 それよりも、とステラは目の前でじっとチェス盤を見つめる男の姿を見る。宝石のような色合いの翠の目で、エリックはじっとチェス盤とにらみ合っていた。

始めてチェスを行ったあの日から、決まって毎夜に彼とチェスをすることが日課になっていた。大体はステラが負けてしまったが、少しずつ、一局に掛かる時間は伸びて来ていた。

 ただ、問題は目の前でチェスの駒を進める男だった。元々あまり喋る性質ではないのだろう。一応チェスをする間柄ではあるものの、その間に言葉のやりとりは殆ど皆無だ。なんというか、少し味気がない。

 この人ともっと仲良くなりたい。内心、ステラはそう思う。屋敷の調度品たちは確かにすごく親切だし、困った時は助けてくれる。それでも、彼らはあくまで『人形ゴーレム』である。ステラとは、根本的に違う存在なのだ。

 けれどもエリックは違う。彼は、屋敷で唯一の人だ。両親を亡くし、住む場所を失くしたばかりの彼女にとって、エリックは現在関わることのできる唯一の人間だ。だからなおさら仲良くなりたかった、のだが。

「何だ」

「な、なんでもないです」

 真っ直ぐな翠の目でじっと見つめられ、思わず黙ってしまう。仲良くなりたいと思いつつも、実際はいつもこんな状態だった。そもそもステラ自身もそこまでお喋りな性格をしているわけではないのだ。話だって振ってみても二言三言で終わってしまうし、一人でしゃべり続けるだけの度量もない。

「……チェックメイト」

 そうこうしているうちにも、もう終わってしまった。白のキングの前には黒のナイト。相変わらずこの人はすごく強い。まるで何十年もチェスを続けていたみたいだ。

「ご主人様、もうそろそろお時間ですのでステラ様をお部屋にお連れしたいのですが」

 チェスが二局ほど終わればいつもルーチェが部屋へとやってくる。そしてステラは自分の部屋へと連れ戻されるのだ。

「じゃあエリックさん、おやすみなさい」

 彼女が声を掛けると、彼はこちらを見て静かに頷いた。部屋の扉が閉まり、ルーチェと廊下を歩く。一週間これの繰り返しだ。

 また今日もあんまり話せなかった。部屋に戻った後、ステラは人知れずため息をついた。どうやったらもっと喋ったり出来るんだろう。ぐるぐるとそればかり考えている。

 窓の外から小さな鳴き声が聞こえて、ステラは窓へと駆け寄った。窓の外には小さな蝙蝠が一匹座っている。窓を開けて室内に入れてやると、蝙蝠は小さな鳴き声を上げながら翼をぱたぱたと動かした。

「蝙蝠さん、こんばんは」

 ステラの挨拶に蝙蝠は体を彼女の手に摺り寄せて返事をする。この蝙蝠がやってくるのも大分慣れた。大体二、三日に一回くらい夜にやってきて、彼女が眠るまで傍にいてくれる。まるで見守ってくれているみたいだ、ステラはそう思う。夜の闇に吸い込まれないように、この子はわたしを繋ぎとめてくれている。

 ステラは蝙蝠の体を目の前に持ち上げた。蝙蝠は、特に抵抗しない。

「蝙蝠さんは、仲良くなりたい人に何をすればいいと思う?」

 蝙蝠は首を傾げながらぱたりと羽をたたんだ。その円らな瞳から彼の気持ちを読むことは難しい。

「……やっぱり人に聞いた方がいいのかしら」

 ステラの言葉に呼応するように蝙蝠は小さな声でくぅと鳴いた。ふわふわとした小さな体を摺り寄せる度に、指先にほんのりと熱が伝わる。

「うん、そうね。明日、使用人さんたちに聞いてみる」

 そう言って彼女はベッドに潜り込んだ。正直悩んでいるよりも、明日に行動を起こした方がいいに違いない。そうして彼女は目を閉じた。




「という訳なんだけれども」

 次の日の朝、朝食を食べ終えた後に彼女はルーチェに問いかける。燭台の執事は橙の炎をゆらゆらとさせながら、なにかを思案しているようだった。

「ふむ。ご主人様と仲良くなりたい……ですか」

 頭を軽く傾げるのと同時に蝋が零れそうになり、慌てて彼は頭を元に戻す。

「でもまだこの屋敷に来て二週間でしょう。そこまで仲良くなれなくて、当然なのでは」

「うん、それは分かってるの。急になれなれしくするのも失礼だと思うもの。でも、もっと仲良くなってみたいって。仲良くって程じゃなくても、話が弾むようになりたいって」

「わたくしは今のままでいいと思いますけれどもねぇ。まぁ、わたくしだけでなく、他の屋敷の者にも聞いてみたら如何ですか」

「そう、ありがとう」

 ルーチェの言葉を聞いた瞬間、ステラは踵を返して走り出した。日が暮れるまでまだまだ時間はあるけれども、はやくしなくては。そう思っていたところで走っていた足が縺れた。あっという悲鳴を上げるまでもなく、廊下に彼女が転ぶ音が大きく響き渡る。ルーチェは彼女に聞こえないように小さくため息をついた。

最初に彼女が向かったのは図書室だった。物知りな図書室の司書ならば、何か知っているのかもしれないと思ったからである。

「エリックさんと仲良くなりたいんだけれども、どうすればいいの?」

「……ご主人様と」

 本を整理している最中だったシェヘラザードは訝しげな声を上げた。首の辺りに巻かれた紺色のリボンが、ステラの方を向くのと同時にひらりと翻る。

「何故?」

「えっと、その。なんというか、一緒に住んでいるから仲良くなりたいというか」

 彼女は訝しげに、身体を傾ける。

「よく、分からない。一緒に住んでいるからといって、別に仲良くなる筋合いはないのでは」

「……そ、そうだけれども」

 羽はたきの言動に、ステラはたじろいだ。まさか根本的な考えを否定されるとは思わなかったのだ。

「ねえさん、そこらへんにしときましょうよ。ほら、ちょっととまどってらっしゃるし」

「別に、彼女を苛めているつもりはないけれども」

 羽はたきに叩かれていた本が、表紙をばたばたとしながら口を挟んだ。対するシェヘラザードは相変わらず冷静である。

「ご主人様と仲良くなりたいのなら、本でも読めばいいのでは」

「本?」

「ご主人様が好みそうな本」

「例えば、どういうもの?」

「詩集、哲学書、古典劇、歴史書、数学書、それと」

 司書がそこまで言いかけた所で、ステラは首を振った。とてもじゃないけれども無理だ。ステラ自身も読書は好きだけれども、短時間でそんなにたくさんの本は読めない。

 どうしよう。頭の中にそれだけが浮かんで消える。思考が停止しかけた彼女を見て、羽はたきはため息をついた。

「…………あなたが歩み寄る姿勢を見せるだけでも、ご主人様にとっては救いになると思うけれどね」

 ぽつりと呟いた言葉は、残念ながら少女の耳には入らなかった。




 あれから半日。勇み足で使用人たちに色々と聞いてみたものの、良さそうなものはあまり出てこなかった。ため息をつきながら彼女の足は庭園へと向かう。ここが最後だ。

「ご主人様と仲良くなる、ねえ」

 如雨露頭の庭師は庭の草木を剪定しながらステラに返事を返した。ブリキの頭が日光を反射してきらりと光る。

「『人形』たちは、エリックさんと仲良しっていうわけじゃないの?」

「んー」

 アロゾワールは軽く首を傾げる。

「ご主人様はあくまでご主人様だからなぁ。仲がいいとかそういうのがあるわけじゃないと思うぜ」

「アロさんは、エリックさんとそんなに喋らない?」

「喋らないわけじゃないがねぇ。ご主人様はあまり外に出られることがないからなぁ。まあ、喋る機会はないわな」

「……そう」

 アロゾワールの言葉を受け、ステラの肩が下がる。見るからにがっかりしたような様子の彼女に対して彼は少し何かを考えている様だったが、やがて何かを思いついたのか掌を一つ叩いた。剪定していた樹木をひとまず放り出し、庭を横断していく。ステラは慌ててその後を追った。

「ねえ、急にどうしたの」

「いや、少し思いついたことがあってね」

 彼がやってきたのは薔薇の花が咲いている一角だった。赤色や薄紅の、幾重にも咲いた花々がステラの目に入る。薔薇はよく手入れされており、しかしながら、アロゾワールはそれらを無視してその奥へと進んで行った。

 奥に植えられていたのは、それまでとはまた違った薔薇たちだった。少なくとも、薔薇と言われて想像されるような千重咲のそれではない。そこに植えられていたのは一重咲きのものだった。色合いは白色で、花弁の先に近づくにつれて徐々に桃色へと変わっている。

「……これは?」

「薔薇だよ。尤も、ここにあるのは原種の方さ」

「原種?」

「ああ。薔薇っていうのは元々こういう形のやつでね」

 その言葉に、彼女は目を大きく開いた。知らなかった。薔薇が元々こういった形だなんて。

 一方のアロゾワールはというと、腰に下げていた剪定鋏を取り、目についた枝を何本か切った。そしてそれを、ステラに向けて差し出す。

「ほら。とりあえずこれでも持っていきな。使い方はお嬢ちゃんの自由だ」

「いいの?」

「ああ、構わんよ」

 彼は、ステラの手に薔薇を手渡した。それに対し、ステラは小さくお辞儀をする。

「あの、ありがとう、アロさん!」

「いえいえ、いいってことだ。困っている淑女を助けないわけにはいかないんでね」

 庭師はがらがらと金属を叩いたような音で体を震わせながら笑った。サスペンダーに掛けられた小さな鋏がきらりと瞬いた。

「そういえば。どうしてここの『人形』たちはわたしに親切にしてくれるの?」

「うん、急にどうした?」

 ステラの問いかけに庭師は首を傾げる。

「急に拾われてきたんだもの。ふつう、もっと余所余所しくするんじゃないかなって」

「ああ、そのことか」

 ついでとばかりに、庭師は木の剪定をしながら語り出す。庭師が腕を動かすたびに、ぱらぱらと葉が降り注いだ。

「皆、君に興味があるのさ。この屋敷に人間がやってくることなんてなかったからなぁ」

 アロゾワールは空を見上げた。雲の切れ間から傾きかけた日の光が差し込み、光の柱が出来ていた。

「ご主人様はあんまり人と関わるのがお好きではないから。多分屋敷に自分から人を運んできたのは初めてじゃあないかねぇ」

「わたし以外で、この屋敷にやってきた人はいないの?」

「ああ、いない。君がおそらく初めてだ」

 庭師の言葉に、どこかむず痒い気分になる。そんな人嫌いの彼が、どうして自分を拾ったのだろう。疑問を抱きながら、ステラは彼が作業する様子を眺めていた。




 その夜のこと。普段通りに彼女はエリックの自室の扉を叩いた。少しした後に、低めの声で返事が返ってくる。ステラは左手に持った薔薇をぎゅっと握った。

 そういえばエリックが笑った顔を彼女は今まで見たことがない。この薔薇を見せたらあの人は笑ってくれるだろうか。少しだけ期待して、ドアを開けた。

エリックはいつものように椅子に腰かけて本を読んでいた。彼女が部屋に入ってくるのに気づいて、彼は顔を上げる。

「エリックさん、あの」

 ステラの声に彼は不思議そうな顔をしてこちらを見た。どうしよう。花を差し出すだけなのに、心臓が速くなる。そもそも彼は受け取ってくれるだろうか。迷惑じゃないだろうか。距離が近くなりたいと思っているのは、自分だけじゃないだろうか。

 彼に向かって歩き出したその時、足が縺れて彼女は思いっきり転んだ。痛みに顔を顰めながら、彼女は起き上がろうとする。しかしその瞬間、足首が悲鳴を上げて彼女は再び倒れ込んだ。どうやら足首をひねってしまったらしい。

 そういえば薔薇の花はどこにあるんだろう。倒れたまま視線を左右にずらすと、少し離れた場所に落ちているのが見つかった。地面に投げ出されたせいだろうか、何枚か花びらが散ってしまっている。

「…………あぁ」

 悲鳴にも似た小さな声が、喉から零れ出た。薔薇の花を渡そうとしただけなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。自分の情けなさに涙がこみ上げてくるのを、彼女は感じた。

 その時だった、彼女の体が抱き起こされたのは。一瞬訳がわからずにきょろきょろと辺りを見回すと、目の前で緑柱石の瞳と目が合った。距離が、随分と近い。

「……これは君が?」

 言葉が上手く出ない。こくり、こくりと顔を縦に振ると、男は不思議そうな顔で彼女を見た。

「何故だ?」

 じっと彼はステラの顔を見る。目を逸らしたいけれど、どこまでも深い翠がそれを許してはくれない。

「えっと、その……」

 言葉にしたいけれども、上手く言葉が出てこない。わたしはあなたともっと仲良くなりたい。伝えたいことはたったそれだけなのに。

なんとか言葉を紡ごうとする。頭の中が白くなって上手く働かない。

「あの、わたし」

「……足をひねっているな」

 白い手袋に包まれた手が右足首に伸びた直後に、鈍い痛みがそこを襲った。それに彼女は顔を顰める。

 次の瞬間、体がふわりと浮いた。いや、実際に浮いたわけではなく持ち上げられたのだ。それに彼女が気づいたのは、少し経った後だった。

「え、あの」

「部屋まで送っていく」

 そう言って彼はそのまま歩き出した。あまりに急な展開に、頭が上手くついていかない。さっきからずっと。抱き上げられている。少しした後、その事実が急に圧し掛かってきて彼女の頬は赤く染まった。

「あの、重くないですか?」

 彼は彼女の問いに言葉を返さず、歩を進めた。頭に浮かんだ言葉がそんな言葉だけで、ステラは自分のふがいなさに少し泣きたくなった。なんとか言葉にしなくちゃ。けれども、何を言えばいいんだろう。

 ようやく頭が働いてきたのは、長い廊下を半分ほど過ぎた後だった。

「あの、エリックさん。さっきの薔薇なんですけれども」

 ステラの言葉を聞きながら、彼は歩いていく。普段よりもずっと顔が近くて、彼女の鼓動は早く脈打ち始めた。

「アロさんに貰ったんです。前、確かアロさんからあなたが薔薇がお好きだって聞いて。渡すように勧めてくれたのはアロさんですけれど……」

その言葉に、ぴくりと彼は反応する。

「あの、上手く言えないんですけれども。わたし、あなたともっと仲良くなりたいんです」

 エリックは何も言わない。ただじっと彼女を見ていた。

「エリックさんはわたしのことを拾ってくれて、色々わたしを助けてくれてます。大叔母様のお屋敷も探してくれていますし」

 けれども、と少女は続ける。

「何もわたしは返せていないんです。だから少しずつあなたに色々返していきたいし、そのためにあなたことを知っていきたいと思ってます。少しずつ、あなたのことを知って、楽しい時間が過ごせたらいいなって。 あなたが、迷惑じゃなかったらですけれども……」

「別に、迷惑だと思ったことはない」

 男はその緑柱石の目で彼女を見下ろす。その目がどこか暖かい気がするのは、彼女の気のせいだろうか。

「でも、今だって部屋まで運んでもらってますし。そもそもあげたかった薔薇の花だってぐしゃぐしゃになっちゃいましたし……」

 床に投げ出された薔薇の花。数刻前の出来事を思い出し、彼女は少し泣きたくなった。思わずエリックの上着を軽く掴む。

 ああ、自分はどうしようもなく無力だ。あげたかったものは投げ出されたままだし、今だって相手の手を煩わせてしまっている。これでは本末転倒にも程があるだろう。

「ステラ=メイウェザー」

 ふと、名前を呼ばれた気がして彼女は俯いていた顔を上げた。一瞬誰が自分を呼んだのか分からなかったものの、直後にそれが目の前の男だということに気づく。

「もし、迷惑に思っているというのならば」

 深い、深い森の奥のような翠。それがステラの琥珀色の目をじっと見ている。どこか声も目も普段に比べて優しいと思ってしまうのは、彼女が抱いている期待のせいなのか。それとも……。

「こんな風に部屋まで送り届けたりしないだろう」

 エリックの溢した言葉に、彼女は目を見開いた、それは本当だろうか。信じてもいいんだろうか。緑柱石の目はいつもと変わらずどこまでもまっすぐで、その言葉が嘘ではないことを語っている。そんな気がした。

「エリックさん」

 ステラは男の名前を読んだ。

「何だ」

「わたしと、お友達になってくれませんか」

 その言葉に、エリックは目を瞬かせた。友達。少女の口から出た言葉が予想だにしなかったものだからか、男は不思議そうに首を傾げる。

「あの、駄目だったら別にいいんです! エリックさんが嫌なら……」

「……別に、嫌ではないが。言われたことがなかったものでな」

 友達という言葉が物珍しいのか、男の口元が少しだけ上がった気がした。

「じゃあ、その。お友達には」

「君が望むのならば」

 その言葉に、少女の顔が明るくなった。きらきらと目を輝かせながら、少女は嬉しそうに笑う。それにつられてか、男は思わず微笑んでいた。どこかぎこちなくも、嘘偽りのない笑みだった。その笑みに気付き、ステラはやや驚いた顔を浮かべる。

 そういえば、彼が笑ったところを見るのは初めてだ。思わず見つめていると、彼はふいと顔を逸らした。もしかしたら照れてしまったのかもしれない。

 けれども、良かった。ステラはゆっくりと息を吐いた。少なくとも、彼は自分の気持ちを拒みはしなかった。

「そう言えば、君が持って来た薔薇だが。君は、あれの花言葉を知っているのか」

「……花言葉?」

 ステラは首をかしげる。

「知らないのなら、まあいい」

 エリックは少女をちらりと見た後、小さく息を吐いた。

 白い一重の薔薇の花言葉。それは、『清純な愛』だ。打算や嘘のこもらない、ただ純粋に人を想う感情。それは、この少女にこそふさわしいものかもしれない。最も彼女が彼に抱いている感情は、愛というにはまだ幼いものであるが。

「その、何かまずい意味でもあったんでしょうか」

 エリックの様子に気付いたステラが、少し戸惑った様子で彼を見上げる。その様子をちらりと横目で見た後に、何でもない、と彼はこぼしたのだった。





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