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その碧が深い訳

 



「おや」

「! これは、アズマ様……」

 互いに偶然曲がった廊下の角で、穏やかな声音と緊張をはらんだ声音が重なる。

 アズマは、眼前で立ち止まった青年へと、優雅に片手を上げてみせた。

「やぁ、ライアック」

「――お久しぶりにございます」

 気軽さを含んだ挨拶に、アズマへと深い礼を行う青年。

 そっと上げた顔と共に、後頭部でまとめた眩い金の長髪がゆれ、知的さを宿した少し濃い碧の瞳が、やや逸らされ気味にアズマへと向く。

 一見して知的な美丈夫である青年の名は、ライアック・ヒー・ベイル。

 アズマの友人である、ハルク・フー・ベイルの実の兄であった。


 次期ベイル侯爵であり、社交界において〝さばきの天才〟と呼ばれるライアック。

 白の服をまとう弟とは対照的に、黒を基調とした上級の貴族服がよく似合う、落ち着いた雰囲気の持ち主である彼は、しかし弟同様誰とでも打ち解ける人気者だ。

 舞踏会などで彼へと声をかける者は多く、豊富な情報を持つ老年の者や、同じ次期当主である若い者、そして彼を好ましく思っている令嬢など、実に様々である。

 それは、密やかに兄である彼を尊敬し、陽気な自分らしさの中に彼から学んだことを含めているハルクも同じで……しかし、一点だけ。

 陽気な性格の弟とは確実に異なる点が、ライアックにはあった。


 それは、例えば先の誰が見ても見事と語るだろう、アズマへの礼の所作。

 その丁寧な所作の中に常にある――確かな緊張。


 ライアックは弟のハルクと同様、アズマの正体を知る者の一人である。

 ――そして、弟とは違い、アズマに対しては緊張をしてしまう者の、一人でもあった。


 すぅ――と、わずかに細められる、アズマの空色の瞳。

 アズマは前々から、自らに緊張を表すライアックを、心配していた。

 ライアックは、当代が退いた後に、ベイル侯爵となる者。決して、公爵であるアズマとの接点が少ない立場にいるわけではないのだ。

 そんなライアックが、アズマと会うたびに緊張していては、互いに有益な、あるいは普通に楽しい会話など、出来はしないだろう。

 アズマ個人の意見としては、それは少なからず、遠慮したい事態であった。

 ――故にこそ、今日はとアズマは打って出る。

 人気のない廊下に響いたのは、朗らかな笑い声だった。

「ははは! それほど硬くならなくても、いいんだよ?」

「!」

 そう言って優しく微笑んだアズマに、ハッとして息をのむライアック。

 それに、アズマの穏やかな声が続いた。

「貴方は賢く聡い人だ。それに、過去、私がどうやってこの国をデイーストとしたのか……その真実も、知っている」

 思わず沈黙するライアックに、けれど、とアズマは続けた。

 ――それは、とても柔らかく、優しい声音だった。

「……貴方は、少し私を神聖化し過ぎている。私を前にして緊張してしまうのは、私を過去の偉人として、見過ぎているからではないかな?」

「っ、それは!」

 慌てて発せられた訂正の声。しかし、ライアックはそれ以上、言葉を紡ぐことが出来なかった。

 誰に言われるまでも無く、賢いライアックは、自らがどうしてアズマに対し緊張を抱くのか……それを、知っていた。

 アズマを過去の偉人として畏怖している事――それはすでに、ライアック自身、気付いていたことだったのだ。

 それと同時に、アズマ本人から告げられて初めて、ライアックは自らがいかに分かりやすく緊張感を現していたのかを、知る事が出来た。


 さっと姿勢を正したのは――感謝の意を示すため。

 濃い碧の瞳が、今度は真っ直ぐに、空の瞳と交わった。

 次いで響く、澄んだ声。

「お手数をおかけ致しました。――以後、出来得る限り、訂正していきたいと思います」

 その様に、アズマはふわりと笑む。

 紡がれた言葉は、いぜんとして硬いままだったが。

 それでも、その雰囲気の中にはもう、強い緊張は宿っていなかった。


「それでは、私はこれにて」

「あぁ。またね」

「――また」

 そうして去って行くライアックを、アズマは微笑ましい気持ちで見送る。


 ハルクの明るい碧とは異なる、ライアックの濃い碧の瞳。

 その碧はいつも、多くの考えを抱いて、知恵を宿し煌いていた――。


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