催し事(ハロウィン):白光の夜明けを
好い夜を――。
デイーストには、一年に数回、他国には見られない変わった催し事が成される日がある。
今日も、そんな日の一つだった。
日が落ち、本来なら人通りなど無いはずの、街の大通り。
今晩はそこに、溢れんばかりの人々が行き交っていた。
「何かをくれないと、イタズラするぞー!?」
まず耳に響くのは、そう言って襲いかかるマネをする、大人たちの声。
彼や彼女らは、一様に暗い色の服をまとい、ある者は動物の角を首に下げ、またある者はボロボロのフードを被って、恐ろしげな様子をかもしだしている。
それは、この特別な日において――魔物を表していた。
「なら、これをやろう! それでも帰らないなら、白い光をあびせるぞ!!」
次いで響くのは、楽しそうな幼い子供たちと、力強く真剣な成人手前の少年少女たちの声。
この子たちは、大人たちとは正反対に、誰もが真っ白な服をまとっていた。
その服装も、比較的幼い子供たちはマントをまとい、年上の少年少女たちは、神官服に似たものを着ており、統一感がある。
それは、この特別な日において――魔物を祓う者たちを表していた。
城下の街では、そうして大人が魔物役となり、子供たちがそれを祓う者となって、脅威と戦う勇気を得る――という名目の元、盛大にこの自由な催し事を楽しんでいる。
では、王城もまた盛り上がっているかと言うと――もちろん、盛り上がっていた。
「白光により夜明けをもたらす今日と言う日に――祝福を!」
凛とした国王ヴィルヘルム・デイーストの言葉に続き、祝福を! と唱和が響く。
広い舞踏会場では、多くの貴族たちが、思い思いの衣装に身を包み、美味しい食事と飲み物を囲んでの、立食パーティーが開かれていた。
ただし、装飾品以外、そのまとう衣装の色は全員、眩いほどの純白。
国を守り、国を動かす者たちもまた、魔物を祓うものとしての衣装に身を包んでいた。
その中でも目を引くのは、やはり国王ヴィルヘルムと、彼の孫である幼い王子ルートヴィッヒ・アインス・ヒー・デイーストの衣装。
国王ヴィルヘルムは、純白の神官服に似たものを基礎に、何枚もの布が美しく重なっている衣装をまとい、その上に透けている薄金のマントを重ねている。
対するルートヴィッヒは、子供であっても王族として純白の神官服に似たものを、自らの祖父と同じくまとっていた。
しかし、こちらはやはり可愛らしく、裾は薄布が折り重なって波のように揺れ、背にはまるで羽のようにふわりと流れる、透けた白のマントが重ねられている。
他の王族たちは、残念ながらこのパーティーには参加出来なかったため、その分二人の衣装は流麗かつ美しく、王族らしい気高さと力強さを表現していた。
盛り上がる舞踏会場の中、国王とその孫の傍にいるのは、アズマの真実を知る者たち。
ベルマード公爵や、ハルク・フー・ベイルなどであった。
ベルマード公爵は、本物の神官と見間違いそうなほど似あう神官服をまとい、反してハルクは、いつも着ている白の貴族服に似た、どこか騎士服をほうふつとさせる衣装をまとっている。
同じように王族二人の下へと集まり、楽しむ他の貴族たちを眺めたり眺めていなかったりしている彼らは、皆揃って、ある人物の入場を待っていた。
その人物とは……最早言うまでも無く。
――何故かのこの場にいない、アズマ・デイースト・ロワであった。
「お爺様、お爺様! えっと……ロワ公爵は、いつ来るのでしょう?」
自らの祖父を見上げ、公の場ではアズマのことをロワ公爵と呼ぶのだという約束事を、忠実に守り問いかけるルートヴィッヒ。
その待ちきれなさが宿った問いに、国王ヴィルヘルムは困ったように唸った。
「ふぅむ。さて……何をしているのやら」
自然と移動した緑眼は、ベルマード公爵を映す。
しかし、王に視線で問われたベルマード公爵も、存じ上げません、と首を横に振った。
予想通りとは言え、再び唸らなければならなくなる、国王ヴィルヘルム。
その姿に、思わず苦笑したハルクが、ただしく侯爵家の人間らしい振る舞いで、うやうやしく申し出た。
「お許し頂けるのならば、私が声をかけに」
「おぉ、頼む」
願ってもない申し出に、すぐさま許可を出す国王ヴィルヘルム。
その答えにすぐさま深く礼をしたハルクは、俯き隠した顔に、再び苦笑を浮かべていた。
心は、国王ヴィルヘルムを困らせる元凶へ、一発入れてやることを秘め。
ハルクは、常からよく似合う純白の服を揺らし、アズマの私室へと急いだ。
夜が満ち、本来は月や星々の明かりのみが降り注ぎ、照らすはずの時間。
それが今晩は、王城にも城下にも、美しく明かりが満ちている。
その様を、自室のバルコニーから眺めていたアズマは、ふと見知った魔力を感じ、くるりと振り返った。
途端に響く、ノックの音。
「どうぞ、ハルク」
楽しげに紡いだアズマに、扉から部屋へと入って来たハルクは、全力で呆れ顔であった。
「どうぞ、じゃないだろ? アズマ。パーティーが始まっても来ないと思えば……城下に行って魔物側に混ざっていたのかよ」
「うん。楽しかったよ」
深いため息を吐いたハルクに、にっこりと美しく笑むアズマ。
ハルクが告げた通り、アズマはとても公爵の地位にある人間とは思えない、暗い色のボロボロの服を幾枚か重ねて、魔物側の衣装としていた。
その姿であっても滲み出る存在感に、思わず片手で顔を覆うハルク。
次いで、のんびりしている場合では無いことを思い出し、アズマと視線を合わせた。
「城下もいいが、舞踏会場にも行ってくれ。――ルートヴィッヒ殿下が、陛下にロワ公爵はいつ来るのでしょう? って聞いて、陛下が困ってたんだぞ?」
「あぁ、それはいけないね」
ルートヴィッヒが、と聞いては、流石にアズマも動かないわけにはいかない。
「ほら、早く早く」
ようやくその気になってくれたアズマを、ハルクは再三の苦笑を浮かべて急かした。
それに、着がえてくるよ、と言い置いて別の部屋へと入ったアズマは――次は、純白の衣装をまとって現れた。
「お、おぉぉ……!」
そう、思わずハルクが驚愕と感嘆が入り混じった声を零す。
その様に小さく微笑んだアズマの衣装は、穢れ無き神官服と、腰に巻かれた、薄く透けた赤色の飾り布。その上に纏う、王城魔法使いらしい、純白のローブ。
普段はほとんど身につける事のない赤色は、確かにアズマと接する者たちにとっては目を惹くものではある。
しかし、それでも一つ一つを並べるだけでは、ただの綺麗な衣装であるだけのそれらは――けれど驚くほど綺麗に、アズマを魅せていた。
「さぁ、行こう」
そう言って微笑んだアズマは、やはりとても美しかった。
ハルクと共に、ようやく舞踏会場へと姿を現したアズマに、まず飛びついたのはルートヴィッヒだった。
「あっ! ロワ公爵!!」
タッと駆け出し突撃しかけた幼い身体を、アズマが優しく支える。
「遅くなってしまい、申し訳ありません。ルートヴィッヒ殿下」
場に相応しく、ロワ公爵としての姿でそう謝るアズマに、ルートヴィッヒはそれでも嬉しそうに笑った。
舞踏会場は、ますます華やかさと賑やかさを、増して行く。
時間が経つたびに増えていく人数は、城下とて同じであり……。
それは、この特別な日の主たる催し事が、真夜中にあることを示していた。
――そして時は、そう待つこと無く訪れる。
「アズマ様。そろそろ準備を」
「あぁ。もうそのような時間ですか。行きましょう、ローベルト」
「はい」
王城魔法使い長であり、アズマにとっては魔法の弟子であるローベルト・アイゼンフォールの言葉によって、パーティーに参加していた多くの王城魔法使いたちが、舞踏会場から出て行く。
それは、とある一大魔法の準備をするため。
この特別な夜に――白光で以って、闇を祓うために。
アズマは、王城魔法使い長ローベルトと共に、多くの王城魔法使いたちを従えて、王城の上へと躍り出た。
純白のローブをなびかせ、多くの王城魔法使いたちが、王城の屋根へと降り立つ。
そうして、それぞれが祈るように、沈黙をした。
黙する王城魔法使いたちの中央で、アズマと王城魔法使い長ローベルトは、空を見上げる。
今日は、美しい月夜。
その月へ向かって、王城魔法使い長ローベルトが、一つの魔法を放った。
「〈光よ、空へ〉」
天へとかざした手から、尾を引いて巨大な白い光球が昇る。
――これは、合図。
光球が昇り消えた後、城下で輝いていた明かりが、一つ、また一つと消えて行く。
同時に、王城内でも、明かりという明かりが消され――デイースト王国と言う国一つが、闇に包まれたように、夜の色に染まった。
そして、しん……と静まり返る、暗闇の中。
「我らがデイーストに――〈白光の夜明けを〉!!」
力あるアズマの声が、凛と響いた――その、瞬間。
アズマと王城魔法使い長ローベルトを中心に、散らばり祈るように沈黙をしていた王城魔法使いたちを覆うほどの、巨大な白光の魔法陣が展開し、闇を明るく照らす。
それが、いっそう輝きを増して行き――そして。
デイーストの空に、まさしく、闇を払いのける。
咲き誇る鮮やかな白光が――光臨した。
響くは、歓声。
満ちるは、光。
真に闇さえも祓う白光を以って、この特別な夜は終わりを迎える。
遠きかつての母国を思わす、赤を含めた白き衣装を揺らし。
鮮やかなる白光を、その頭上に満たして微笑んだアズマは。
声無き声で、とても満足そうに一言だけ、楽しげに呟いた。
「今年も楽しかったなぁ――ハロウィン」