幼い青の宝物
盛大に楽しんだハルクとの朝の時間が終わり、王城の書室に用事があったハルクと別れたアズマは、昼近くになり若干慌しさがただよう王城の奥へと足を運んだ。
そこは、広い王城の中でも、王族の私室がある空間。
もしアズマが、本当にただの公爵であったのならば、入る事を許されなかった場所。
――現代国王ヴィルヘルムの、家族が暮らしている場所であった。
デイースト王国建国当時から、初代国王の私室を構え、以来王族の生活の場であり続けてきたその区域。
アズマにとっては、最早勝手知ったる何とやら。
見慣れた古参の近衛騎士たちが礼をするのに、まだ公爵としての姿を保って優雅に手を振りながら長い廊下を進み、ふと曲がった先にある角の部屋で立ち止まる。
次いで扉を小気味よくノックするなり、遠慮なく扉を開けて中へと入った。
「ふふ」
「!?」
いきなり響いたノックの音と、その次に声もかけずに人が一人入って来た事に、二人の侍女が反応を返す。
慣れたように笑みを零しながら、ゆったりと振り向いたのは初老の侍女。続き驚いて振り向いたのは、その侍女によく似た若い侍女だった。
そして――。
「アズマ様!」
ぴょんっと座っていたソファーから降り、実に嬉しそうな表情を浮かべてアズマの元へと駆けてきたのは、まだ幼い少年だった。
ふわふわとした金の髪が一歩を踏み出すごとに揺れ、母親譲りである宝石のような青い瞳が、きらきらと輝いてアズマを映す。
眼前まで駆け寄り、見上げてきたその少年を、アズマは素の自分としての笑顔で迎えた。
「元気そうで何よりだ、ルートヴィッヒ!」
「はい! アズマ様もお元気そうで、僕、うれしいです!」
「はははっ! まあ確かに、おれはいつも元気だからな!」
「はい! 僕もアズマ様をみならって、元気でいるんです!」
そう言って、公爵としての姿ではないアズマへと、眩いばかりの笑顔を見せる少年。
少年の名は、ルートヴィッヒ・アインス・ヒー・デイースト。
国王ヴィルヘルムの長子である第一王子の、その長男。
国王ヴィルヘルムにとっては孫に当たる、十歳の王子であった。
次期国王として大変聡明である父親の賢さと、多くの者たちを癒す母親の純粋さを合わせもち、そして祖父である国王ヴィルヘルム含むデイーストの王族らしく、アズマを今よりも幼い頃からとても慕っている、アズマにとっても息子のような存在。
幼い頃から可愛らしく自らを見上げてくるルートヴィッヒに、アズマは幼い頃の国王ヴィルヘルム同様、あるいはその息子であり第一王子であるルートヴィッヒの父親同様、彼らの孫であり息子であるルートヴィッヒを、とても可愛がっている。
今日もまた、アズマはルートヴィッヒを喜ばせようと、ある物を持って来ていた。
「そうだ、ルートヴィッヒ。今日はお前に、街で買った土産を持ってきたんだ」
「お土産、ですか?」
そう言ってこてん、と小首を傾げるルートヴィッヒを、微笑ましく見つめる初老の侍女と若い侍女。
この王城の奥、王族の生活区では、近衛騎士を筆頭に侍女までも、アズマの正体を知る者たちのみが在ることを許されている。
二人の侍女たちもまた、突然の訪問に驚きはしたものの、初老の侍女などは最早見慣れたもので、それを見た若い侍女もすぐにやりかけの仕事の続きを始めていた。
そんな侍女二人に微笑ましく見守られるルートヴィッヒに、アズマもまたその薄い空色の瞳を優しく細めつつ、懐から土産の品を取り出す。
青い宝石のようなルートヴィッヒの瞳に映ったそれは、青の石がつけられた首飾りだった。
アズマが、城下で知人の商人ラミの元で買った、二つの土産の装飾品。
遊び半分でハルクへと買った髪飾りとは違い、それは王族が持つには安すぎるものの、子供への贈り物には丁度良いと、アズマがしっかり選んだもの。
幾つも並んでいた装飾品の内、この首飾りを選んだのは、つけられた青の石とルートヴィッヒの青瞳が、アズマの中で重なったからだった。
事実、確かに青の石はとても鮮やかな色をしていて、それはまるで本物の宝石のようで――。
「きれい、です! これを、僕に?」
思わぬ贈り物に、そう言って正しく宝石のような瞳を煌かせながらも、眼前でせわしなく表情を変えるルートヴィッヒ。
それを見て、アズマは楽しそうに、軽く噴出した。
「ははっ! そうだよ、ルートヴィッヒ。――高いものじゃないが、かの〝宝石の国〟で採れた石らしい。見た目は綺麗だから、お前がつけていてもギリギリ問題ないだろうさ。気が向いた時につけるもよし、飾っておくもよし、だ」
朗らかに笑いつつ、穏やかにそう語り、ルートヴィッヒの小さな手にそっと首飾りを落として握らせるアズマ。
最後はイタズラな笑みを見せたアズマに、ルートヴィッヒは掌の中の首飾り、その青の石を見つめ、次いでぱっと笑顔でアズマを見上げた。
「ありがとうございます! アズマ様!! 僕、大切にしますね!!」
そうしてきゅっと、本当に大切そうに握られたその贈り物は、以来ルートヴィッヒにとって、見るたびにアズマの優しさを思い出す、本物の宝物になったのだった――。