お土産騒動
「――で。街に降りていたのは、最早今更って言うか俺もすることだからいいとして」
眩い朝の光が射し込む、アズマの自室にて。
眩い金髪に、緑の石煌く葉を模した銀細工の髪飾りを飾られたベイル侯爵家現当主が次男、ハルク・フー・ベイルは、俯いて震えていた。
それは勿論、あまりの喜びに打ち震えているわけでは……無く。
「だからっ、だからって! なんで俺への土産が! ――髪飾りなんだよおぉぉぉっ!?」
精一杯のやるせなさを込めて、力一杯の抗議が、眼前で優雅に朝食を楽しむアズマへと、叩き付けられたのだった。
「まぁまぁ。そこまで怒らなくてもいいじゃないか、ハルク。似合っているのだから」
「似合ってるってのに一番困ってるの、分かってて言ってるよなアズマ!? 追い討ちかけてるの!? ねぇ!?」
「まぁまぁ。落ち着いて、ハルク」
「――そもそも誰のせいだとっ!」
「あははっ」
「笑ってごまかすなっ!!」
怒涛の朝食より、一息ついた後。
再びのやり取りに、本来ならば立場的に不敬罪だと顔を青くする者は、残念ながら誰も居ない。
元より、私室では一人でいることを好むアズマにより、朝食の時からアズマの部屋には、アズマとハルクしか居なかったのだ。
それはそれとして。
そもそもの事の発端は、朝ばったり出会い珍しく朝食に同席する事になったハルクに、先日街に降りていたアズマが土産にと買った装飾品の内、髪飾りの方をあげたこと。
「あのなあ、アズマ。……そもそも、土産を贈る相手が男しかいない君が、普通は女性がつけるものである髪飾りを買ってくる時点で、色々間違ってると思わなかったのか?」
思わず片手で額を押さえ、そう問ったハルクに、アズマは以前も飲んでいた濃い緑色の飲み物をずずっと啜り、平然と答えた。
「うん? 特に思わなかったね。――初めからハルクに渡すつもりだったから」
瞬間、アズマに倣ってのどを潤そうと傾けかけたカップを、速攻でテーブルの上に戻すハルク。
「ちょ!? 最初から悪戯する気しかなかったんじゃないか!?」
驚愕と共に飛んだ言葉に、しかしアズマは、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「いやでもね、よく考えてみてハルク? そもそも、貴方以外に私が堂々と悪戯できる人なんて、限られているんだよ?」
「それは、確かに、そうかもしれないが」
諭すような声音に、アズマと親しい人――国王辺りを思い出し、思わずうなずくハルク。
……最も、更にその後続いたアズマの言葉には、再度叫びを上げることになったが。
「それにね? 貴方ほど面白い反応を返してくれる人なんて、そうそう……」
「ってやっぱり楽しんでるだけだろ!! アーズーマー!?」
「おっと、つい本音が」
ハルクの恨めしげな声に反して、アズマの声音にはそもそも隠そうともしていない楽しさが、満ち満ちている。
「遊んでる!? 遊んでるのかロワ公爵様!?」
やるせない理不尽さに、思わずそう叫んだハルクに――笑顔の反撃が返された。
「――そんな事はありませんよ? ベイル侯爵が次男殿?」
さらりと浮かんだ微笑みに、これまたさらりと威圧が乗る。
さすがのハルクも、アズマがしっかりと意図して放つ威圧には、少々身を引かざるを得なかった。
「……笑顔が怖い。後、そのベイルから始まって次男殿で終わる呼び方、長いし正直反応に困るからやめてくれ……」
本気で怒っているわけでないことを感じながらも、放たれる威圧を前にして弱々しい声になるハルクに、アズマは威圧を消すことなく、優雅に小首を傾げる。
「おや? 〝お願い〟の仕方が違いますね?」
女性どころか、同性であっても思わず見惚れてしまうような仕草と共に紡がれた言葉に、思わず姿勢を正すハルク。
「……お控え下さい」
「――分かりました」
丁寧に言い直した〝お願い〟の結果、途端に霧散した威圧に、ハルクはほっと息をついた。
「ありがとうござ――って」
そして、安堵し、次いで流れでお礼を言いかけ――明らかにおかしな会話の流れに、ようやく気付く。
「ちょっと待て! 何で俺が謝る方向になってるのさ!? 違うだろアズマ!!」
「おや。この流れだと、気付かないまま話題を変えられると思ったのだけど……。おかしいな?」
思い直して再度抗議するハルクに、ささやかな作戦が失敗し、不思議そうに小首を傾げるアズマ。
瞬間、今一度沸点を越えた感覚に、ハルクが全力で叫んだ。
「――おかしいな? じゃ、なぁぁぁいっ!!」
――今日もまた、デイーストの王城は平穏である。