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城下の街にて

 



 丁度昼食時の、城下の街。

 行き交う人々で賑わう通りを、串刺し肉を片手に、アズマは飄々と歩いていた。


 とは言え、その服装は公爵としての上質な貴族服では無い。

 紺という生地の色合いは変わらぬままに、しかしその服はとても貴族が纏うものではなく、比較的簡素なもの。賑やかなこの場にいる多くの者たちと同じく、一般的な民の着る服だった。

 加えて、アズマ自身の所作も公爵としてのものではなく、限りなく素の、がさつとも呼べるものに変わっている。

 当然これらはアズマ自身が、街の中に溶け込むために意図して行っていることだ。

 高貴な貴族としての姿と、一般の民と変わらない姿の両方の姿をもつ彼にとって、こういった場所と対する人による態度の変化はお手の物。

 今も、貴族ならば皿に盛り付けられ、小さく切って口に運ぶ焼いた肉を、刺さった串から丸かじり、などという食べっぷりを披露している。

 いかな鋭い目を持つ者でも、今のアズマの姿を見て、貴族――それも公爵などとは、到底想像出来ないだろう。

 もちろん、それを狙っての行為なので、アズマとしても問題があるわけでは無い。

 ――最も、今の姿を国王ヴィルヘルムやベルマード公爵辺りが見れば、その予想以上の馴染みように頭くらいは抱えそうなものだが。


 その辺りを考慮しないのは、単純にこの場に国王や公爵が訪れるわけがないとう事実と、後はアズマの性格的な問題だった。

 ぶっちゃけて言えば、折角貴族としての姿をやめて街にいるのだから、貴族的事情を考えたくない、と言う怠惰である。

 ただ、それを咎める者がいないのも、また事実。

 正直なところ、一般の民が溢れる街中では、考える必要がないというのが、アズマの考えだった。


 そうして、片手に持った串刺し肉が無くなる頃。

 いぜんとして人の波を軽く避け、飄々とした雰囲気で通りの真ん中を歩いていたアズマに、ふと声がかかった。

「あらっ、アズじゃない!」

「ん?」

 威勢のいい――ただし明らかに女性の声に、前から走ってきた人を避けながら首を巡らせると言う、器用な荒業を披露するアズマ。

 その甲斐もあり、アズマの街での名前――アズ、と呼びかけてきた女性は、すぐに見つかった。

「おぉ、ラミ姐さんか!」

 アズマから見て通りの左端に並ぶ、地面に布を広げただけの商売場に、元気よく手を振る女性の姿。同じく手を振り返しながら叫び返したアズマは、早速女性――ラミの元へと向かった。


「よ! 繁盛してるかい?」

「もっちろん! 日々の暮らしには困ってませーん!」

 たどり着いた商売場で、挨拶程度にと成された会話が笑いを呼ぶ。

 賑やかな笑い声で満ちたその場で、アズマもにっと無邪気な笑みを浮かべた。


 デイーストの民の中でも、特に平民の商人たちは、サッパリと豪快かつ、賑やかな性格をした者が多い。

 他国へとおもむく旅の商人たちも存在するので、多くの他国の認識もまた、デイーストの商人は明るく強かな者が多いというものだったりする。

 アズマは、そういった商人たちの中に混ざり、賑やかな会話に投じる時間を、気分転換の一つとして好んでいた。

 彼・彼女らに、貴族社会のような上辺の世辞など必要なく、またその商売の仕方も、価値に基づいた極めて正直なものであるため、腹の探りあいとてするまでもなく。

 端的に言えば、余分な気を使わない事が普通なため、ふらりと立ち寄るには大変居心地がよいのだった。


「そりゃあ良かった! それで? 今日は何を売ってるんだ?」

「ふふーん! 今日はね、かの〝宝石の国〟から仕入れた、宝石――じゃない方の、キレイな石を使った装飾品さ!」

 じゃーん! と最後に効果音を叫んだラミに、宝石じゃないのかよ! とのツッコミが左右の同じく商人である知人たちから入る中、アズマはほう、と感心した声を零す。

「あのレルーヴァ王国からなあ。宝石じゃなくても、こんだけ綺麗な石なら、貴族の方に売り飛ばしそうなもんだが、そうじゃないのか」

 布の上に並べられた髪飾りや指輪、腕輪や首飾りを細やかに彩る、様々な色合いの石。

 思わずそれらをまじまじと眺めながら呟くアズマに、次の瞬間、一拍さえおかずラミが楽しそうな笑い声を立てた。

「あっははは! まさか! いくら〝宝石の国〟でも、お偉方だけに商売してたんじゃあ、息がもたないってものさ! きちんと、あたしらみたいな商人とも繋がりはもってないとね!」

 あんたたちも、そうでしょ? と左右へ尋ねるラミに、尋ねられた者たちのみならず、近くにいた商人たちの多くが、深くうなずく。

 それを見て、ね? と再び自らへと向けられた言葉に、大きな笑い声含め、あっけらかんと語られた内容に驚き固まっていたアズマは、たまらず噴き出した。

 いきなり笑い出したアズマに、今度はラミの方が何事かと固まるのもお構いなく、ひとしきり朗らかな笑い声を響かせた後、確かに! と肯定の声。

「宝石ならいざしらず、綺麗ってだけの石なら、子供だって欲しがるもんな! そりゃ売るってもんだ!」

 うんうんとうなずいてそう告げたアズマに、ラミは再び満面の笑顔を浮かべた。

「でしょー?」

「ああ! いいこと聞いたって感じだ」

「あはははは! そんなアズは、今日は何を買って行くのかな~?」

「全力で買わす気だな!? まあ、ラミ姐さんとこの物は安いから、買えるのは事実だが」

「よおっし!」

 元気よく笑いながら、さらりとしっかり買わせようとするラミに、肩をすくめてささやかな抗議を示すアズマ。

 賑やかなやり取りは、しかしいつも通りアズマが素早く商品を選び、終わりを向かえる。


「よし。じゃあ、おれはこれで」

「まいど! いつもありがとね!」


 シュタ! と手を上げて感謝を表現するラミに、すでに後に振り返りながらも同じように手を上げて応えるアズマは、どこか満足げな笑みを浮かべていた。


 多い人の流れにのまれ、あっという間に再び雑踏へと戻ったアズマの手には、葉の形を模した銀細工に緑の石が飾られた髪飾りと、青の石がつけられただけの首飾りが、一つずつ。

 少しばかり傾いてきた陽光に照らされたそれらを一瞥し、アズマはくるりと回り道をして、王城への帰路につく。


 ――不思議とその美貌を、実に楽しそうな微笑みが、鮮やかに彩っていた。


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