追跡 1
目が覚めると傍に三人はおらず、気配探知を広げると揃って朝食の用意をしてくれている。
俺も起きて身支度を整えると寝室にしている部屋を出た。
みんなで揃って朝食を食べて借家を片付け、自分たちの道具をポーチの中に仕舞うと全員装備を身に着けた。
出発の準備が整うと聞きたい事があるのでリゼラに呼び寄せた。
「確認なんだけど、リゼラも里の周り以外の精霊の場の場所を知ってるんだよな?」
「勿論。この里が把握している精霊の場の場所は、きちんと覚えているわ。もしかしてすぐに契約したい精霊がいるの?」
「いや、ここを出発したらまずはミラルテに移動して、リゼラに気鎧や魔装衣系のスキルを覚えて貰うつもりだから、またここに戻らなくてもいいか確認したんだ。」
俺の返答にリゼラは首をかしげる。
「どうしてミラルテまで行くの?そのスキルならルディア迷宮ギルドにもアーツブックがあったわよ?私の長槍スキルはルディア迷宮ギルドでアーツブックを読んで身に着けたんだから。」
「ミラルテまで行くのは、あの貴族の一行に会う可能性をゼロにしたいからだよ。流石に10冊近いアーツブックを一日で読めなんて無茶を言うつもりは無いし、ミラルテなら転移法術で1時間も在れば着くしね。」
「納得したわ。でもいきなり10冊もなの?」
「気鎧や魔装衣系のスキルを全部合わせるとそれ位になるんだよ。後これも確認なんだけどリゼラが契約してる精霊って、風と雷に植物だけなのか?」
「ええ、そうよ。里の外にはルディアまでしか行ったことがないわ。だから旅が出来るのがちょっとうれしいの。」
「そういう事なら、アーツブックの後は俺達と一緒にリゼラの扱える精霊も増やしていこう。じゃあ、出発しようか。」
そう言いながら三人を見回すと皆納得したように頷いてくれ、俺も頷き返して玄関のドアを開けると影エルフの女性が借家の外に立っていた。
少し待っていて欲しい、とだけ言って影エルフの女性が里の中へ戻っていくので仕方なく借家の前で待っていると、先程の彼女の先導で王女一行がこちらへやって来た。
思わず渋い表情になってしまったが、王女は気にした様子も見せず俺の前まで歩み出た。
「まずは救助の礼を言います。討伐者。大義でした。次にお前達がこの里を介してわたしに出した要求を飲みましょう。ですが代わりにお前達もこの里で見聞きした事を一切口外しないと約しなさい。」
「いいでしょう。お約束します。」
俺の返答を聞くと王女は御付の法術師から何かを受け取り、それを俺に向けて放り投げてきた。
空中で受け止め何か確かめてみると、適正が必要ないタイプの亜空間ポーチだった。
「それを諸々の褒美としてお前達に下賜します。くれぐれも約を違える事がないように。」
恐らくこのポーチはあの中年騎士が使っていた物だろう。
あの男は気に食わないがポーチは便利だが自分で買うとかなり高額な魔道具なので有り難く使わせて貰おう。
「有り難く拝領します。ではこれで俺達は失礼します。」
一礼しても王女は引き留めてこなかったので、ティア達に目配せをして門へ向かって歩き出す。
門衛の詰所に声を掛けて門を開けて貰い、門衛に別れを告げて里を出た。
森の中の道を歩きながら王女から貰ったポーチの中身を確認してみると、封魔法結晶が2つ入っていた。
これらの結晶には魔法破壊法術と転移法術が込められていて、これもあの中年騎士の物だったのだろうが有り難く使わせて貰おう。
二つの結晶は俺のポーチに仕舞いポーチその物はリゼラに渡して1回目の転移を行い、3回目の転移でミラルテの北側近くにある街道脇の森の中に出た。
街道へ出るともうミラルテの門が見え、街へ入る為の審査を待つ行列の最後尾に俺達も並ぶ。
結構待たされたがカードのお陰で審査自体は簡単に済みミラルテの街へ入れた。
何日か滞在するつもりなのでまずは宿屋へ向かう。
前も使った宿屋で4人部屋を頼むと運よく開いており、リゼラがアーツブックを読む時間や近くにある溶岩池の精霊の場への往復を考えて、取り敢えず五日間部屋を押さえる。
宿代を全額前金で金貨1枚払い一応部屋を確認して宿を出た。
ミルネ教会を目指して歩きながら今回も担当して貰うため魔眼でアリア嬢を探してみるが、教会内の何処に見当たらない。
今いないのは仕方ないがすぐに帰ってくるなら、予定を変えてでもアリア嬢にアーツブックを持ってくる担当をして貰いたい。
ミルネ教会に着くと近くにいた修道女に声を掛けた。
「すみません。アリア嬢はどちらにいらっしゃいますか?」
俺の問いかけに声を掛けた修道女の表情は明らかに曇る。
「申し訳ありません。アリアは今当教会にはいないんです。どのような御用件なのか伺ってもよろしいですか?」
「いいですよ、ここでアーツブックを読むときはいつも彼女にアーツブックを持って来てもらっていたので、今回も彼女に頼もうと思ったんです。いつ頃お戻りになるか、教えて頂けませんか?」
俺の次の問いかけに修道女は口ごもり、表情はますます曇っていく。
何か事情を知っていそうなので重ねて問いかけるが黙ってしまい、お布施という名目で銀貨を一枚手渡すとやっと重い口を開いてくれた。
端的に言うとアリア嬢は行方不明らしい。
1週間くらい前の夜、他の修道女二人と一緒にアリア嬢の姿も見えなくなったようだ。
気付いたのは翌朝になってからで、朝のお勤めに三人が出てこない事を不審に思って別の修道女が三人の部屋を見に行くと、姿はどこにもなく部屋はもぬけの空だったみたいだ。
そこから教会内ミラルテの町中と探す範囲を広げ、街の警備やギルドの手も借りて探したが三人は見付けられず、手がかりさえないらしい。
沈痛な面持ちでそう話してくれた修道女に礼を言い、捜索費用の名目で銀貨をもう一枚情報提供の謝礼として払いミルネ教会を後にした。
真っ直ぐ宿の借りている部屋に引き上げ、三人には休んでいるように言ってアリア嬢の行方不明にどう対応するか考える。
アリア嬢との接点は僅かだが、アーツブックを読ませる俺の姿は大分他と違うと感じていた筈だ。
それに彼女は俺達の行先を類推できる情報を持っているので、誰にさらわれたか位は確認しておくべきだろう。
そうなるとどうやって探すかが問題になるが、街の警備やギルドが見付けられないとなると普通の捜索方法では多分無理だ。
普通ではない方法となると俺には魔眼位しかないので、久しぶりに魔眼のリストを頭に浮かべて使えるのもがないか調べて行く。
暫く魔眼のリストを精査していくと、今回の事に使えそうな魔眼が見つかった。
因果を辿る過去視眼というもので、見える範囲内の過去をさかのぼってみる事が出来るという魔眼だ。
ただこの魔眼にはリスクもあり、使用中は常時プラーナとマナを消費すると説明がある。
リスクはあるが何が起きたか一番はっきり分かりそうなので、まずはこの魔眼を試してみよう。
5BPで因果を辿る過去視眼を取得して発動し、万物の透視眼と拡縮の遠視眼に永続の捕捉眼も並列発動してミルネ教会へ視線を向ける。
一週間以上時間をさかのぼり、事件が起きた日の夕方に視線を合わせてアリア嬢を探した。
台所で他の修道女達と夕食を作っているアリア嬢を見つけると、捕捉眼の目標に設定し深夜近くまで一気に時間を進める。
捕捉眼発動しているお蔭で視界が夜のアリア嬢達の部屋に変わり、ベッドで寝ているアリア嬢や二人の修道女を視認すると早送りのように時間を進めていった。
夜半を大分過ぎた頃アリア嬢達の部屋のドアが開き、そこからは流れる時間を元に戻す。
ゆっくり開いたドアから滑り込むように5人の男達が部屋に侵入し、寝ている三人の口に布のようなものを押し当てた。
30秒程それを続けると三人の男が一人ずつアリア嬢たちを肩に担ぎ、他の2人が先頭と殿を務めて彼女達の部屋を出ていく。
ここの時点で一旦時間を止め、アリア嬢以外の7人も目標に設定し続きを見る。
先頭の誘導で男達は教会の誰にも見られることなく敷地を出ると、移動速度を上げ一軒の宿屋に入っていた。
そこで恐らくグルだろうどこかの商隊の人間立会いの下、その商隊の荷へアリア嬢達を隠し男達は何食わぬ顔で別の宿屋へ引き上げた。
翌朝その商隊はアリア嬢達を荷の中に隠したままミラルテを出てダレン方面へ移動を開始し、誘拐した男達も商隊とは別にミラルテを出てダレン方面へ移動を始め、時間を早めて視界の端まで移動するそれらを見届けて魔眼を切った。
視界を戻すとかなりの量のプラーナとマナを消費していて、それに気付いたのだろう三人が少し不安そうに俺を見ていた。
三人の不安を解消するため、ポーチからプラーナとマナの複合回復ポーションを取り出して飲み干しながら、今見て得た情報について考える。
アリア嬢達は誘拐で確定し実行犯も分かったが、恐らくあの男たちは依頼されて実行しただけだろう。
依頼者まで調べようと思えば、魔眼を使ってアリア嬢達と実行犯を追うしかない。
そうなると魔眼の事をティア達に話さないといけないが、三人共俺の奴隷だしきちんと口止めすれば問題ないだろう。
ポーションを飲み干しポーチに空き瓶を仕舞って三人に向き直った。
「あ〜、三人共心配かけてごめん。実は今俺の持ってる特殊能力で、アリア嬢が行方不明になってる件について調べてたんだ。それでいくつか手がかりを見つけたからそれを追ってみよう。後俺の特殊能力については口外無用で頼む。さあ行こう。」
三人は不安げな表情を真剣なものに変えて頷いてくれる。
俺も頷き返して全員部屋から出ると、宿の女将に外出を告げて外へ出た。
真っ直ぐギルドへ向かい、中に入ると練兵場からダレン方面へ転移した。
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