影の森 3
リゼラを先頭に影エルフの里を出て1時間ほどすると、空気感が魔境のものに変わる。
リゼラも感じ取ったようで、俺達の方へ振り向いた。
「ここからは魔境だから、わたしはさがるわ。後迷いの森の中和もやめるから、気を付けてね。」
そう言ったリゼラが来た道を引き返すように俺達から少し距離を取ると、精霊術の影響だろう違和感が膨れ上がってくる。
ファナも途端にきょろきょろしだしたので、ティアと目配せして俺が火精霊を召喚して迷いの森を中和した。
「ファナ、方向感覚や魔物の探知にどれ位影響が出てる?」
自身の感覚を確かめるように左右を見回して、ファナは俺を見上げた。
「精霊の防御があれば影響ない。」
「分かった、なら索敵はいつも通り任せる。だが戦闘時は前衛に出ず、ティアの隣で遠距離攻撃役に回ってくれ。ティアも自分と一緒にファナの防御も頼む。」
頷いてくれた二人から周囲に意識を移し全員でまず索敵してみると、ウォークウッドとゴブリンにオークがこの魔境にはいるようだ。
他にも未見の気配が2つしたので、まずこの気配を確認しておこう。
他の魔物と遭遇しないように一番近くにあった未見の気配に近づいてくと、木々の間にただ草が生えているだけの場所だった。
何も無いように見えるが魔物の気配は確かにするので、ティアとファナを残して俺が武器を構えて近づいて行く。
2m程まで近づいても何も無いように見えるので、草を含めて周囲を手当たり次第鑑定していくと、一株の大きな草がマンイーターと鑑定出来た。
そいつに向かって構えを取ると、いきなりその草の葉が数枚強大化して俺を包もうと襲い掛かってくる。
その葉を剣で切り捨て召喚していた精霊で焼き、バックステップで距離を取ってマンイーターの株元に精霊の炎を撃ち込む。
倒せたという手応えがあったので周囲への延焼を防ぐためウォーターボールを準備するが、マンイーターを焼き払っただけで炎は消えた。
もう一つの気配は立ち木からしたので、ウォークウッドの亜種や変異種かと気配がする木を鑑定してみるが、魔物では無かった。
それでも木が動き出す事を警戒して根元まで行くと、頭上から棘のある蔓が俺を拘束しようと襲い掛かってくる。
召喚していた火精霊が自律的にその蔓を焼き払ってくれ、元を辿ると枝や葉で遠くからでは分からない樹上に大きな蔓で出来た瘤があった。
その瘤を鑑定してみるとバインドアイビイという魔物だと分かり、どうやって片付けようかと数瞬考えている内に召喚していた精霊が延焼させずに焼き払ってくれた。
他にも地面に完全に埋もれて、マンイーターに寄生するように潜んでいたバインドアイビイに奇襲を受けたが、召喚していた火精霊がこれも自律的に焼き払ってくれる。
どうやらこの魔境では、火の精霊召喚が手放せないようだ。
後は強さの度合いを確認する為、ゴブリンやオークの群れと戦ってみる。
ついでにティアが風の精霊で鎧の精霊武装をファナに展開し、前衛で戦えるか試して貰った。
ゴブリンやオークの群れは、ソルジャーにレンジャーやマジシャンを含んでいたが、ナイト級に相当する個体はいないようなので問題なく排除出来そうだ。
ファナの方もいつもと同じように戦えていると見えたが、一応口頭でティアの消耗具合ともども確認しておこう。
太陽が傾き始めオークの群れを潰して素材を回収し終えると、二人を呼び寄せた。
「ファナ、戦ってみた感触はどうだ?」
「感覚に狂いは出ない。精霊武装がある分いつもより戦いやすいくらい。」
「そうか、ならティアの消耗具合はどうだ?」
「大分消費が増えるので、1日続けるのは無理だと思います。」
「分かった。」
消耗に自然回復が追いつかないなら、補給すればいい。
精霊召喚は、プラーナとマナを両方とも消費するから双方のポーションが必要だ。
だが在庫が減少傾向なので作って補充しないといけないが、どうせやるならポーション造りの腕を磨く事を兼ねてプラーナとマナ双方が回復するポーションを造ってみよう。
「リゼラ、こっちに来てくれ。」
少し離れた所から俺達を監視しているリゼラに声を掛けると、不思議そうな表情を浮かべたがすぐに俺達の元まで来てくれた。
「なに?質問や助力を頼まれても、まず答えられないわよ?」
「いや、そういう事じゃなくて、確認したい事があるんだ。ここでポーション用の薬草を採取してもいいか?」
「ああ、そういう事。魔境の中なら問題ないけど、外ではやめて。薬草の採取で生計を立ててる戦えない里の者もいるから。」
「わかった。俺とティアで警戒を引き継ぐから、ファナはこの辺りでプラーナとマナポーション用の薬草を集めてくれ。ファナが薬草を集め終わったら転移で影エルフの里へ戻るつもりだから、リゼラも離れずここにいてくれ。」
ティアとファナは頷いて作業に掛かってくれ、リゼラは驚きの表情を浮かべた。
流石にファナの嗅覚は優秀で、ものの10分程で4〜5回分のプラーナとマナ双方のポーションに使う薬草を集めてくれ、俺の転移法術で借家へ直接撤収した。
借家の居間に無事転移すると、リゼラは多少の呆れ顔を浮かべて帰還を報告すると言って出て行き、ティアとファナは装備を脱いで夕食の準備を始めてくれる。
俺も装備を脱いで夕食まで寛がせて貰い、戻ってきたリゼラを交えて夕食を食べるとティアとファナを休ませポーション造りに取り掛かった。
野営用の鍋に習った通りの手順で作っていき、薬草を入れる段階でプラーナポーションとマナポーション双方の薬草を入れて反応させていく。
最初は反応の制御にてこずったが、ダレンの頃と比べて格段に上昇した能力値のお蔭かすぐに思い通りに制御出来るようになった。
そのまま反応を進めていくと、終盤スキルが上がったようで品質が上昇しかけて反応が終了した。
こうなるともう一度初めから作りたくなるが、今作った分が無駄になる。
どう上手く処分するか暫く考え、借家代替わりに影エルフの里に引き取って貰えないかと閃いたので、自分の部屋に戻っていたリゼラへ声を掛ける。
リゼラはすぐに部屋から出て来てくれた。
「呼んだ?セイジ。」
「ああ、聞きたい事があってな。早速だけどこの里でポーションの買取りってやってくれるか?」
リゼラは俺の問いかけに手元にある鍋を見て納得の表情を浮かべるが、すぐに険しい表情に変わった。
「薬草の採取の是非を聞いてきたから自分達で作れるとは思っていたけど、採取した薬草の量からしてそれは自分達で使う分でしょ。それを里へ売ろうとするなんて、不良品を売りつけるつもり?」
「違う違う。これもポーションとしてきちんと完成してる。ただ作る途中で作成に使うスキルが上がった手応えがしたから、手元には次に作る物を残したいんだ。そうなるとこれが宙に浮くから、この里が引き取ってくれたら借家代くらいにはなるかと思ってリゼラに声を掛けたんだ。」
そこまで聞いてリゼラは険しい表情を解いてくれた。
「誤解してごめんなさい。因みにそれはどんなポーション?」
「プラーナとマナの複合回復ポーションだ。ただ薬瓶が無いから売るなら原液だけって事になるかな。」
「すごいの作れるのね。いいわ、買取り担当の方に可能かどうか聞いてきてあげる。現物の鑑定が必要だろうから、その鍋ごと持っていくわよ。後私が戻って来るまで、この家の中に居てね。」
少しの驚きの表情を浮かべた後、俺の前にある鍋を持って出ていくリゼラに鍋は返してくれよと声を掛けて見送った。
リゼラはすぐに帰ってはこないだろうから別の鍋で次のポーション造りをしようかと考えていると、聞き耳スキルが門の方からダビアム様を呼んで来いという声を拾った。
外渉担当の長老を門に呼ぶのだから、どんな大物が来たのかと門の向こうへ魔眼を向けると、その人がいた。
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