炎の溜り 9
声を掛けてきた男は、もう一度俺達の身なりを確認すると待っていろと命じてきて、連れらしい別の男に見張りを命じて砦の方へ歩いて行った。
無視してさっさと迷宮へ入りたかったが、誰が声を掛けて来たのか確認が必要だろう。
その為砦へ向かった男を魔眼で追っていると、バハシルとロンソンさんに言われていた男に報告を始めた。
追手ではなさそうだが、ロンソンさんやアトミランさんの会話から関わり合いになりたくなかった男だけに、ため息をつきそうになる。
それでもロンソンさんの兄という事は、辺境伯の息子という事だから無視する訳にはいかないだろう。
報告を聞いてゆっくりこちらに歩いてくるバハシルを、げんなりする気分を隠して待つ。
バハシルは俺達の前まで来ると、得意げな表情で話しかけてきた。
「あまり強そうには見えないが、いいだろう、お前達を雇ってやる。」
「申し訳ありません、騎士様。話が見えないのですが?」
「察しの悪い奴だな。俺もこの迷宮へ入るので、お前も護衛に加えてやると言っているんだ。」
どうして俺達に目をつけたのかは分からないが、自分の為に平気で部下を使い捨てる男の配下に入っていい事など無いだろうから、断るの一択だな。
「有り難いお話ですが、俺達では能力不足だと思いますので、お断りさせて頂きます。」
俺が答えるまでバハシルは余裕のある表情を崩さなかったが、答えを聞いた途端一気に不機嫌そうになった。
「能力不足だと?俺をなめるなよ。お前たちがこの迷宮へ潜っているフリーの討伐者の中で、トップクラスの腕前がある事は分かっているんだぞ。」
恐らく迷宮から魔物が溢れた時の俺達の戦いぶりを誰かから聞いたのだろう。
迷惑な噂をしてくれた奴がいたようだ。
「言葉足らずで申し訳ありません。騎士様。能力不足と言ったのは、我々の能力が護衛に向いていないという意味なんです。装備を見て貰えば分かると思いますが、我々は全員防御は不得手です。ですから護衛の依頼で一番重要な緊急時に依頼主の盾となる事に不向きなので、お断わりさせて貰いました。」
俺の答えを聞いてバハシルは暫く俺を睨みつけて来たが、小さく舌打ちをして一人砦へ向かって歩き出した。
慌てて後を付いてく取り巻きと共にバハシルが、砦に戻るのを暫く見送って俺達は迷宮へ入った。
魔物との戦闘を極力避けて半日で12層まで着き、一晩野営をして今日は午前中に13層の、午後には14層の地図を完成させた。
ティアとファナは新しく覚えたスキルを使いこなせるようになってくれ、15層への階段近くに丁度いい袋小路があったので、そこを今日の野営居場所にした。
ティアと共に結界を張り結界の魔道具も起動して、野営道具を準備する所までは三人一緒に作業したが、料理は二人の方が圧倒的に上手いので手を出さず任せて少し一人の時間が出来た。
昨日の野営時は魔眼を使い迷宮の底に封じられている魔物を調べたので、今日は幻獣の強化を試してみる。
ファナから幻核石を返して貰い、二匹のフレイムウルフを実体化させる。
まずは幻獣化に使った魔核石と殆ど同じ物を与えてみたが、魔眼で鑑定してみても何も変化が無かった。
今度は14層で狩ったこの2匹より7レベル高いフレイムウルフの魔核石を与えてみると、狩った個体と同じ16までレベルが上がった。
次は10層位で手に入れた、火と土のカーズドエレメント魔核石を2匹とも両方与えてみる。
火のカーズドエレメントの魔核石を食べると、元々持っていた炎弾というスキルが火炎の息吹というものに変わり火魔術のスキルも取得したが、土のカーズドエレメントの方では変化が無かった。
続けて与えたロックゴーレムの魔核石でも変化は無かったが、フレイムゴーストの魔核石を与えると一気に変化が起こる。
毛皮を覆う赤い炎が黒く染まって体格が大きくなり始め、元より一回りほど大きくなって変化が止まった所で鑑定してみると、ダークフレイムウルフという別種に変わっていた。
大きく変化したのでもう一度一通りの魔核石を与えてみたが、何も変化が無かったので2匹とも幻核石に戻す。
ファナも料理をしながら強化の様子を見ていたようで、明日試してみると言って幻核石を受け取ってくれた。
それからすぐ食事になり、食べながら幻獣強化の考察をする。
俺のアビリティや能力値が影響している可能性はあるが、よりレベルが高い魔物から手に入れた魔核石を与えれば、幻獣のレベルをその魔物と同じ所まで上げられるようだ。
低レベルの魔核石でも新しいスキルを取得したり、種類の変化を起こしたり出来るようだが、これには与える幻獣のスキルへの適性や資質が恐らく必要なんだろう。
そう考えると以降は、幻獣化しない初見の魔物や幻獣よりレベルが高いか未取得のスキルを持つ魔物から得た魔核石は、積極的に幻獣へ与える事にしよう。
全く成長を促せず無駄になる魔核石も出ると思うが、幻獣の強化に比べれば微々たる損だろう。
食事を食べ終るとファナが、この幻獣たちをずっと手元に置いておくなら名前を付けたいと要望してきたので許可する。
名付けはファナに任せ、実体化した2匹のダークフレイムウルフへ、グンに、ネイとファナが名付けると、毛皮を覆う黒い炎が少し勢いを増した。
鑑定してみると先程より基礎成長値が増えていたので、手元に置く幻獣へは必ず名づけをすると内心で決め、ティアとファナを先に眠らせた。
迷宮へ入って5日目の夕方、20層までの地図作りを終え魔物が封じられている結晶が見える所まで着いた。
魔眼で得た情報を元に判断すると、封じられている魔物には3人であたれば十分勝利できると思う。
ただ5日迷宮で探索をした後なので、一旦外へ脱出して疲労を抜き準備を整えてから当たるべきだろう。
他にも俺達の探索に横やりは入れないと言質は取ってあるが、ロンソンさんやアトミランさんにも話を通しておいた方が後で揉めずに済む筈だ。
ティアとファナに意見を聞いても異論はないようなので、一旦撤退で決まりだ。
幻獣をあまり他人に見られたくないので、20層で戦った一番高いレベルの魔物から得た魔核石をグンとネイに与え、2匹を幻核石に戻して迷宮を転移で脱出した。
ミラルテのギルドにある訓練場へ直接転移し、疲れが溜まっていたので素材の換金はせずギルドを出ようとすると、受付嬢に掴まってしまう。
またギルドの倉庫に物資が溜まってきたので運んでほしいと拝み倒されてしまい、砦へ向かう用事もあるので明日一回だけ物資輸送を引き受けてギルドを出た。
久しぶりに宿へ戻り夕食を取ると、どっと疲れが出て来て装備を脱いで生活魔術で身を清め、結界を張ると3人共ベッドへ倒れ込むように眠りに落ちた。
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