始まりの日 6
前を行くゲオルさんについて訓練場を出て酒場まで来る。
昼時だがまだ席には余裕があった。
この酒場は値段別に三種類メニューが在るようでゲオルさんは真ん中のメニューを二つ注文した。
出てきた二つのトレイの内一つは俺が持ち、空いているテーブルにゲオルさんと差し向かいに座る。
まずは食事だと言われたので遠慮なく食べる事にする。
トレイにはパンとスープの他にソーセージを盛った皿も乗っていた。
久しぶりに半日運動した空きっ腹にはかなり有り難く、失礼だったかもしれないが食事中一言も喋らず全て平らげた。
俺が食べ終わった時にはもうゲオルさんは食事を終えて待っていた。
「食事も済んだし単刀直入にいくぞ。セイジお前はもう迷宮の入り口付近なら稼げるレベルで安定して魔物を狩る事が出来る。」
「そうなんですか?」
「実感が無いのもまあ分かる。走り込みの最初あんな走りをしてたんだからな。物になるまでどれだけ掛かるかため息が出る思いだったが、剣の素振りを含めてその後の上達具合は大したもんだ。半日ほどの訓練で最初の基準に達したんだからな。最後の模擬戦はそれを確認するためにやったんだよ。」
「じゃあこれで訓練の指導は終わりなんですか?」
「終わってもいいし、次の訓練を受けに行ってもいい事になってる。」
「どういう事ですか?」
「この訓練を受ける奴の中には、取り敢えず稼げる最低限の実力さえ身に着けばいいって奴も多くてな、それがここの段階なんだ。次の訓練からは討伐者の中で上に行くには必須に近いが覚えなくても最低限の稼ぎには困らないって内容なんだ。だからそういう奴には此処で抜けて貰うんだ。セイジには素質が有りそうだから受けて貰いてえがどうする?」
「受けるつもりですが、半日訓練であと半日は迷宮に入るって大丈夫ですか?」
「構わねえが、懐具合が厳しいのか?」
「寝泊まりはゼス教団の宿泊所で部屋を借りているんですが、現金は銀貨5枚位しかなくて。」
「ゼスの宿泊所に居て5000ヘルクありゃ一週間は問題ねえよ。次の訓練を受けてその手応えを元に迷宮に入る時期を決めりゃあいい。」
「じゃあ早速次の訓練を受けます。どこに行きますか?」
「次の訓練は俺が担当じゃねえんだ。訓練場に抜ける通路に二階に上がる階段が在ったろ。そこを上がって直ぐの部屋にスタグスって人がいる。スタグスさんに最初の訓練が終わったって言えば指導をして貰える筈だ。それから迷宮に入る時は一声かけろよ。初めて迷宮に潜る時の心得をアドバイスしてやるからよ。」
「分かりました。これから行ってみます。食事有り難う御座います。」
「おう、訓練がきついからって投げたりするなよ。」
ゲオルさんに頷いてトレイを持って立つ。
ここでもトレイは受け取った所に帰せばいいようだ。
酒場を抜け階段を上がると目の前に資料保管室と書かれた扉があった。
ゲオルさんが言っていた部屋はここの事だろうから中に入ってみる。
扉を開けて入ってみると中には本の詰まった棚が幾つも整然と並んでいた。
「何か御用ですか?」
声を掛けてきた人は壁際に在るカウンターの中に居た。
この人がスタグスさんだろうか。
鑑定してみよう。
スタグス Lv**
スタグスさんで間違いないが鑑定の情報がほとんど出ないのは、大怪我を負い討伐者としての力を対価に怪我を治療したからのようだ。
「始めましてセイジといいます。ゲオルさんに初心者訓練を受けて次の訓練はここで指導して貰えるって聞いて来たんです。貴方がスタグスさんでいいですか。」
「ええ、私がスタグスです。ゲオル君に此処での訓練の内容を聞いていますか?」
「いえ、討伐者として上に行くためには必須だが最低限稼ぐには必要ないとしか聞いてません。」
「なるほど、なら詳しい内容から説明しますね。ここでは大陸共通語を読んで正確に理解し、間違いなく書き写すことが出来るようになって貰います。」
「読み書きを訓練するって事ですか?」
「そうです。討伐者としての仕事とあまり関係ない内容でやりたく無くなりましたか?」
「そんな事無いです。お金を払ってでも誰かに教えて貰おうと思っていたので有り難いくらいです。この訓練受けさせて貰います。」
「直ぐに始めますか?」
「はい」
「ではこちらのカウンターに来て座ってください。」
カウンターの席に着くとスタグスさんは後ろの棚から表のような物と幾つかの本取り出し表を俺の前に、本をカウンターの上に置いた。
表は大陸共通語の五十音順表のような物でどの発音がどの文字になるか教えて貰った。
下の依頼表に書いてあったのもこの文字で直ぐに理解できた。
文字の理解の速さに驚かれたが、理解が早いことはいい事だと次の段階の本の音読に移った。
音読の教本は神話についての物、迷宮の成り立ちや種類の物、この大陸の地理についての物などだった。
音読にもそれほど問題は無かったが音読をしながらだったので内容の理解が今一つだった。
教本の内容はどれも知りたかった事なのでゆっくり読むために後で借りられないか聞いてみよう。
音読も問題ないとなったので書きの訓練に移った。
紙とペンを借り教本の内容を書き写していく。
忘れていた物を思い出すような感じで書き方も覚えていけたが文字の理解や音読のようにはスムーズに行かなかった。
教本を五ページほど写したところで夕方になり、そこでいったん終了を告げられた。
「文字は元々理解していたようですが、半日ほどで書き写しの訓練まで行くとは素晴らしいですね。」
「書き写しはまだまだ下手くそですけどね。」
「実を言うと書き写しの訓練はおまけなんです。音読さえきっちり出来れば次の段階に進む事が出来るんですよ。」
「書き写しの訓練はこれで終わりですか?」
「いいえ続けますが、合わせて次の段階の事も明日からはやって貰います。朝一番にゲオル君に教わった鍛練行いそれからここに来てください。では今日はこれで終わりにします。」
「有り難う御座いました。帰る前にこちらからお願いが在るんですが、音読や書き写しに使った教本をじっくり読みたいんで貸して貰えますか?」
「構いませんが、もし本を無くした場合一冊につき五千ヘルクの弁償になりますから注意して下さいね。持ち運びやすいようこの袋も一緒に貸してあげます。」
本の入った袋を手渡されそのまま剣帯に吊るす。
スタグスさんにお礼を言って俺は資料保管室を出た。
お読み頂き有難う御座います。