炎の溜り 6
以前ミラルテでカーズドエレメント狩りをしていた時、矢を補充していた武器屋に向かっていると、ファナが俺に並びかけて少し不安げな顔で問いかけてきた。
「主様、わたしは弓を使った事が無い、上手く扱えるかは未知数。そのために高価な魔道具も注文して本当にいいの?」
本当にファナが不安げなのでそれを和らげる為、笑顔で答えた。
「ああ、問題ない。ポーチは弓の為だけじゃなくて、もしもの時に備えて非常食や魔法薬を動きの邪魔にならないように持って貰う為でもあるから。弓にしても昨日の戦闘の様子から、ファナにも遠距離攻撃手段があった方がいいと思ったんだ。弓以外にも他に一つ二つ方法を考えているから、アーツブックからスキルを得てそれでも上手く行かなかったとしても、気にしなくていいよ。弓自体もティアの予備として使えるからな。」
幾分不安げな表情を和らげてファナ頷いてくれる。
丁度良い機会なので二人に考えた予定を話して意見を聞こう。
「ついでに予定を話しておくよ。防具の強化が済むまでは、邪霊の灰を集める事を優先しよう。集める場所が迷宮になるか魔境になるかはまだ分からないけど、迷宮へ入れるようなら無理のない範囲で地図作りもしてみよう。それで防具の強化が済んだら本格的に迷宮へ挑んでみよう。ダレン迷宮のように底へ着くか、出て来る魔物が俺達の手に負えなくなってきたらルディア経由で王都へ行ってみようと思ってる。二人の意見を聞かせてくれ。」
ファナは何もないと首を横に振るが、ティアは口を開いた。
「迷宮が早期に解放されない場合は、どうなさいますか?」
「その時は、スキルの取得や防具の強化が済んだらさっさと王都へ行こう。スキルの取得や装備の強化は、無駄にはならないからやめる必要は無いし、迷宮の方も何日も待ってでもどうしても調べたいってものじゃないから。」
俺の答えにティアも頷いてくれたので、そこからは真っ直ぐ武器屋に向かった。
武器屋について店主に声を掛けると、弓を置いている一角に向かう。
ティアが普段使っているサイズの弓に、長距離狙撃用の大弓や弩もそれぞれにあう矢と共にそろえてあった。
大弓は取り敢えず除外して、普通の弓と弩どちらをまず試してみるか、三人で意見を出し合う。
俺も弓術スキルがあるお蔭で、射る感覚が多少は分かるので両方手に持って感触を確かめてみると、狙いがつけ易い弩の方が前衛のファナにはあっているように感じた。
ただ弩の弦は硬くて連射性に難があるという印象だったので、実際ファナに試して貰う。
するとレベルが上がったお蔭か片手で力まず弦を引けるようで、弦の硬さは全く苦にならないようだった。
試したファナも問題ないと答えてくれたので、そこそこの値段の弩を買おうすると、ティアとファナに一番安い物にした方がいいと諌められてしまう。
訳を聞くと良い物は実戦でも試したからするべきだと答えてくれ、的外れな意見でもないし安い物も非常時の予備にすればいいので俺が折れる事にした。
一番安い弩を選び、ファナ用の剣帯や矢筒に弓と弩用の矢を十分な数買い求めて、武器屋を出た。
ミルネ教会でアーツブックを先に読むか迷ったが、魔物狩りの場所を左右するので、迷宮にいつ入れるようになるかロンソンさんに確認する為、砦の城門前に転移する。
守衛に挨拶をして門を潜りながら魔眼でロンソンさんを探すと、アトミランさんと執務室のような場所にいたが、丁度武装した数人が部屋の扉を叩いている所だった。
来客ならすぐに話は聞けないし、昼時でもあるので昼食でも取りながら待った方が良さそうだ。
二人を連れて食堂に向かい、三人分の昼食を頼んでロンソンさんの様子を確認すると、来客のにやにやした表情に比べてロンソンさんの表情は硬いものだった。
少し気になるので会話の内容を、読唇術で拾ってみる。
「さて、そろそろ本題に入ろうか、ここの砦主を俺と変われ。ロンソン。」
ロンソンさんの表情はさらに硬くなり、後ろに控えていたアトミランさんの表情も険しいものに変わる。
少し間が空き絞り出すような声でロンソンさんが口を開いた。
「バハシル兄上どういう事ですか?」
「知ってるんだぜ、ここの迷宮から魔物が溢れたそうだな。お前の警備ミスって訳だ。俺は心が広いからな、この事を親父には黙っていてやっても良いぜ。だがな誠意ってやつを俺に見せてくれよ。まあ、それでもへまをして砦主を追われたって話が広まれば、お前の経歴に傷がつくからな、健康上の問題で変わったって事にしておいてやるよ。」
ロンソンさんは硬い表情のまま黙ってしまうが、代わりにアトミランさんが口を開いた。
「バハシル様、今回の事をお館様に黙っている必要はありません。私がすでに報告書を送っておりますし、ギルドからも情報を伝わるよう手配してありますから。」
アトミランさんから帰ってきた答えに、バハシルと呼ばれた男は驚きの表情を浮かべて小さく舌打ちするが、また余裕の表情に戻る。
「はっ、そういう事なら親父殿に次の砦主にしてくれるよう頼みに行くか。暫くその席は預けておくぞ、ロンソン。すぐに親父殿の命令書を持って変わりに来るからな。退去する準備を済ませておけよ。」
一方的にそう告げて、バハシルはロンソンさんの執務室を出ていく。
厳しい表情のまま無言で出ていくバハシルを見送ったロンソンさんとアトミランさんだったが、バハシルが部屋から少し離れるとアトミランさんが口を開いた。
「ロンソン様、バハシル様が言われた事はお気になさらないように。砦主の交代をお館様から命じられることは決してありませんから。」
「間違いないのだろうか?」
「はい、今回の迷宮からの魔物の氾濫は、バハシル様が仕組んだ事だからです。」
顔だけ向けて話をしていたロンソンさんは、驚きの表情で立ち上がりアトミランさんと向き会って問いかけた。
「証拠があって断言しているのか?」
「はい、今回の原因を作った者達を問い詰めた所、バハシル様から暗にそそのかされたと認めております。そしてその者達をこの警備隊に推薦したバハシル様の書状も確保してあります。その者達の身柄もギルド経由でお館様の元へ送られるよう手配済みですし、バハシル様にはその者達は死んだという情報を流してあります。他者を貶めようとする者と失敗を犯したがそれを挽回した者、お館様がどちらをより評価するか、ロンソン様もよくご存知でしょう。」
目を閉じて一つ息を吐き、表情を少し緩めてロンソンさんは目を開いた。
「アトミラン卿、卿の尽力に感謝を。」
「いえ、私の評価にも係わる事なのでお気になさらず。それよりまた同じようなロンソン様を貶めようとする事が起きないとも限りません。十分、ご注意ください。」
「分かった、十分注意しよう。」
アトミランさんが一礼し、二人が事務仕事を始めた所で、魔眼での監視をやめる。
言動からして関わり合いたい人ではないので、避けて通る為にバハシルを捕捉眼の標的に設定しておく。
そこまで終った所で、昼食が運ばれてきた。気分転換を兼ねてゆっくり食事をしてから、ロンソンさんの執務室に向かう。
書類仕事をしていた二人から迷宮へは自由に入っていいという言質を取って、砦を後にしミラルテへ転移した。
お読み頂き有難う御座います。
来年も続けてお読み頂ければ幸いです。




