炎の溜り 5
目を覚まし身支度を整え宿泊の延長を頼んで宿を出ると、まずギルドへ顔を出す。
ここ暫くの物資輸送で顔見知りになった受付嬢を見つけ、手元に残っていた完了証の換金を頼み、今日は物資輸送をしない事と迷宮が解放されたらそちらの探索に比重を移して、物資の輸送が不定期になると告げた。
受付嬢からは、一昨日の事でさらに物資輸送の引き受け手が減ったので、出来るだけ物資を運んでほしいと真摯な表情で頭を下げられてしまう。
流石にこういう風に頼まれて断るのは、ばつが悪いので時間が出来た時はと答えを返してギルドを出た。
寄り道をせずデジレさんの工房を訪ね名乗って扉を叩くと、暫くしてデジレさんが扉を開けて中へ招き入れてくれる。
初対面となるファナを紹介すると、適当に椅子へ座るよう促されデジレさんの方から話を切り出してくれた。
「今回もジャンナのとこの魔法薬用の薬瓶の注文か?」
「いえ、俺達自身の依頼で尋ねさせて貰いました。実は最近この街の近くで見つかった迷宮を探索しようと思っているんですが、そこの魔物が炎を攻撃手段として多用してくるんです。それで防具に炎への耐性を高めるを付与して貰えないかとお願いしに来ました。」
「なるほどな。そういう事なら少し見せて貰うぞ。」
そう言ってデジレさんは、椅子から立ち上がり俺の鎧を見定め始める。
次に俺の盾も見定めると、ティアとファナが着ている革鎧も順にじっくり見極め元いた椅子に腰かけた。
「なかなか防具を使い込んで成長させてるみたいだな。その状態なら耐火炎を十分付与出来るし、より高度な耐熱変動ってやつを付与しても防具に劣化が起こる事は無いだろうよ。まあ、耐熱変動の方が耐火炎よりさらに防具のレベルは下がるんだがな。炎への耐性を高める為なら、この二つの付与が良いと思うがどっちがいい?」
「すいません。耐火炎というのは大体分かるんですが、耐熱変動っていうのはどういう付与なんですか?」
「ああ、説明不足だったな。耐熱変動っていうのは、耐火炎と対冷気を合わせたような付与で、耐性も今言った二つより強力なやつだ。」
そういう事ならより強力な耐熱変動を付与して貰おう。
防具のレベルがより下がるというが、俺のアビリティの効果ですぐにまた上がるだろうから問題ないだろう。
「説明有難う御座います。それなら耐熱変動の方を付与してくれますか?」
「分かった。それじゃあお前さんの盾と鎧に娘さんたちの革鎧へ耐熱変動を付与するって事で良いな?」
「はい、それでお願いします。」
「決まりだな。後は費用だが前のように付与の触媒をお前達で集めて来るか?そうすれば大分値段を負けてやれるぞ?」
「有り難いですけど、使う触媒は何ですか?」
「薬瓶に使った触媒と同じで邪霊の灰だ。お前達なら集めるのに問題は無いだろ。」
邪霊の灰なら今潜っている迷宮で手に入るし、いざとなったら先の洞窟へ集めに行けばいいのだから、そう難しい事ではないがもう少し色をつけて貰おう。
「そうですね確かに邪霊の灰なら集められますけど、値引きの他に俺達の付与を優先してくれませんか?デジレさんの手間を省く意味もあるんでしょうから、これ位構いませんよね?」
「ふん、いいだろう、防具一つにつき1万ヘルクと必要量の邪霊の灰だ。必要量は以前の欠片が20個ほどあれば十分だろう。金と触媒が集まったらまた来い、すぐに作業に掛かってやる。いいな?」
これで防具強化の目途が立ったので、次は武器屋へ行って弓と矢の補充か。
ファナが弓を装備するとなると、腰のあたりに吊り下げる事になるわけで動きの邪魔になるか?
そうなると素早さというファナの長所の一つが損なわれてしまうので、必要なとき以外は亜空間ポーチに仕舞っておくのが良いだろう。
俺かティアの亜空間ポーチでもいいが、ファナが使える亜空間ポーチがあれば戦闘中の装備の換装も容易になると思う。
丁度デジレさんの所に来ているのだから、空間法術の適正が無いものでも使える亜空間ポーチが無いか聞いてみよう。
「その条件で異存ありません。後今の話とは別に、空間法術の適正が無いものでも使える亜空間ポーチってありませんかね?」
俺の問いかけを聞いたデジレさんは、顔をしかめて一呼吸間を取ってから口を開いた。
「あるにはあるが、使えたもんじゃないぞ。」
「そうなんですか?」
「ああ。お前達に作ってやったポーチの軽く三倍以上値が張るくせに、収納量は核に使う封魔法結晶の質にもよるが大きな背負い袋に毛が生えた程度しかなくて、とても実用品と呼べる代物じゃないぞ。」
「俺としてはファナに弓を使って貰おうと思っているので、邪魔なく持ち運べて戦闘中も自由に換装出来ればいいなと思って聞いてみたんですけど、今言ったようには使えませんかね?」
「何だ、武器庫として使わせたかったのか、それなら問題ない。実際武器庫として使いたいからと頼まれて作った事があるし、文句を言われる事も無かった。」
「なら俺達にも一つ作ってくれませんか?」
デジレさんは答えてはくれず、顔をしかめたまま、目を閉じ黙ってしまう。
そのまま暫く沈黙が続き、こちらからもう一度問いかけようか迷い始めた所で、デジレさんが目を開けた。
「悪いがすぐに作るのは、無理だな。恐らく材料が手に入らん。」
「俺達が聞いても仕方ないかもしれませんけど、手に入らない材料を教えてくれませんか?」
「核に使う封魔法結晶だ。お前たちのポーチには俺が魔核石から作った結晶を使ったが、適正が無くても使えるポーチには、俺より腕利きが作った結晶か天然の結晶が必要になる。色々伝手を考えてみたが恐らくどこにも在庫は無いだろう。今回は諦めてくれ。」
「足りない材料は、封魔法結晶だけなんですか?」
「ああ、他はすぐに用意出来るんだがな。」
封魔法結晶があればいいならダレンの迷宮で手に入れた物を見て貰い、使えそうなら使って貰おう。
まずは試しに一番小さなミスリルゴーレムを倒して手に入れた結晶から、見て貰うのが適当だろうな。
「なら、これ使えますかね?」
ポーチから封魔法結晶を取り出し、デジレさんに見せるとしかめっ面が驚きに変わり、結晶をひったくられてしまう。
デジレさんは色々な角度から結晶を検分し、またしかめっ面に戻って俺の方を見た。
「これを何処で手に入れた?」
「ダレンの迷宮で手に入れた物です。それ以上は勘弁してください。」
俺の答えにデジレさんは一つため息を付いてしかめっ面をといてくれた。
「この結晶を使えば注文のポーチを作れるだろうし、内容量も背負い袋4〜5個分位になる筈だ。だが本当にこれを使っていいのか?これ程の結晶なら、他に幾らでも使い道があるぞ。」
「また結晶が必要になったら、ダレンの迷宮へ取りに行きますから、構いませんよ。」
「分かった。ポーチも作ってやろう。本来なら2〜30万ヘルク貰う所だが、要の素材はお前達の持ち込みだし、5万ヘルク程で作ろう。どうだ?」
「それで文句無いです。じゃあ前金として2万ヘルクを払いますね。」
「まあ、妥当な所だな。一週間程でポーチを仕上げておくから、後金を持って受け取りに来い。それまでに邪霊の灰も集めておけよ。すぐに防具の作業へ移れるようにな。」
「善処してみます。じゃあこれで今日は失礼します。」
頷いてくれるデジレさんにポーチから出した金貨を二枚手渡し、最後に握手をしてデジレさんの工房を後にした。
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