炎の溜り 3
自然と目が覚めると珍しくティアとファナはまだ俺の腕を枕に眠っていた。
窓へ視線を向けると外はまだ暗かったので、二人が起きていないのは当たり前かと思い直した。
外が明るくなるまで二人の感触を楽しませて貰い、丁度良い時間になると二人とも自然と目を覚ましたので、身支度を整えて部屋を出た。
宿で朝食を取りギルドへ向かうと、受付で昨日の物資と人員輸送の完了証と防衛戦の参戦証の換金を頼む。
換金自体はすぐに済んだが、どうやら昨日の分で指名依頼を受ける時に交わした輸送の規定量を超えたようで、迷宮へ入る許可証とファナのランクDへの昇格試験免除の証書を、多少待たされたが同時に発行してくれた。
これであの迷宮へ問題なく潜れるわけだが、恐らく今は封鎖されているはずで、それが解かれるまでの期間によっては無視して王都へ行った方が良いかもしれない。
そう考え受付嬢にあの迷宮についての今後の予定や計画を尋ねてみると、砦に駐留する辺境伯の警備部隊と協議をして決める事になると答えてくれた。
そういう事なら少し厚かましいが、砦主をしているというロンソンさんへ直接聞いてみた方が早いので砦へ行ってみよう。
そしてただ砦へ行くのだけというのは勿体ないので、受付嬢に砦へ運ぶ物資があるかと尋ねると、いい笑顔で倉庫に案内される。
倉庫内でポーチに物資を詰めていると、砦まで連れて行って欲しいという人が倉庫前に集まっており一緒に砦の前へ転移した。
転移が無事終了すると連れてきた人達とはその場で別れ、俺達はいつもの倉庫代わりの大部屋へ向かう。
大部屋の中へポーチで持ってきた物資を出し終わり、壁にもたれてギルドの人の検品を待っていると、いつかのようにアトミランさんを引き連れたロンソンさんが部屋の中に入ってきた。
ロンソンさんは俺達に気付く事無くギルドの人へ話かけ、今後の人員や物資の補給計画を話し合い始める。
重要な案件だと思うので話し合いが終わるのを待ち、部屋を出て行こうとするロンソンさんへ話かけた。
「ロンソン様、少しお時間を頂いてもいいでしょうか?」
ロンソンさんは、きつめの表情をしてこちらへ振り向くが、俺達を目にすると表情を和らげてくれた。
「おお、セイジ達か。どうかしたのか?」
「実はミラルテのギルドからここの迷宮を制約なしに探索する許可証を貰ったんです。差支えが無ければ、いつ封鎖を解くのかお教え願えませんか?」
俺の問いかけを聞いてロンソンさんは表情を硬くし黙ってしまうが、代わりに後ろにいたアトミランさんが口を開いた。
「ロンソン様、この者達の手も借りてはどうでしょうか?」
その声にロンソンさんが反応し、自身の方へ振り返るのを待ってアトミランさんは話を続ける。
「参加者が増えれば、その分一人あたりの負担が減ります。腕前の方も昨日の様子から察するに、我が隊の上位者と同等かそれ以上と見えました。ギルドから探索の許可が出ているという事なら間引きへの参加も問題ない筈です。」
「だがこれ以上、我らの失態の尻拭いを他の者達にさせる訳には、いかないだろう?」
「ロンソン様、今は対面を気にするより、結果を出さねばならぬ時です。有効な手を打たず失態を重ねる事だけは、絶対に避けなければいけません。それにこの者達は一角の討伐者と見受けます。こちらの依頼が手に負えないと判断すれば自ら手を引くでしょう。」
「・・・分かった。セイジ達への依頼はあなたに任せる。私は先に戻って他の仕事を進めておく。」
僅かに逡巡した後ロンソンさんはそう答え、アトミランさんへ背を向けて歩き出した。
出ていくロンソンさんの背中に一礼したアトミランさんが俺達に向き直った。
「まず君達の質問に答えておく。迷宮の解放時期は、今日午後からの作戦の成否によって左右されるので、まだ確かな事は答えられんのだ。」
「それでその作戦への参加を依頼するって事ですね?」
「その通りだ。」
正式に依頼されたのできちんと居住まいを正してアトミランさんと向き合った。
「作戦の内容を教えて下さい。」
「分かった。今こちらへミラルテのギルドから、増援の討伐者達が向かって来てくれている。彼らが着き次第迷宮の扉を開け、我々と協力して中の魔物を間引く事になっている。君達には我々が担当する区画の一部を受け持って貰い、そこの魔物を殲滅して欲しい。担当する場所やそこへの道順を示した地図を支給するので迷う事は無い筈だ。何か質問があったら聞いてくれ。」
「それじゃあ、昨日氾濫があったのに、今日もう迷宮へ仕掛けるんですか?」
「そうだ。昨日地上であれだけの数の魔物を狩ったのだから、迷宮の瘴気濃度は大分下がっていると予想している。そして今日迷宮内で魔物を狩る事でさらに内部の瘴気濃度を押し下げ、生成される魔物の数を減らして氾濫を完全に鎮圧する予定だ。」
「なるほど。理にかなっていると思いますけど、氾濫の原因は分かっているんですか?それを排除しないとまた同じような事が起こるんじゃないですか?」
その問いかけにアトミランさんは、僅かに顔をしかめるがすぐに表情を立て直して答えてくれる。
「原因はもう判明している。残念だが私配下の騎士がとった愚かな行為が、引き金となったようだ。実力不足ゆえ迷宮探査の許可が出ていなかった者達が迷宮に入り、逃げ帰って来る過程で迷宮の外まで中の魔物を誘引してしまったようだ。その場にいた他の騎士や討伐者達は、入り口の建物を再建していた大工たちを逃がすので手一杯になり、魔物の群れの封じ込めに失敗してしまった。後は外へ出た魔物の群れが、迷宮内の群れを次々地上へと誘引したという訳だ。原因を作った愚か者たちへの処罰は既に下してある。警備体制の見直しもギルドと協議して進めているので、同じ原因で氾濫が起こる事はもう無い筈だ。」
「分かりました。アトミラン様達を信じる事にします。大体の事情は分かりましたしので、報酬はどれくらいになるか教えて下さい。」
「昨日と同じで一人につき銀貨2枚。あとこの迷宮で君達が何を手に入れようと、一切それの所有権に口をはさまない事を約束しよう。これで手を打ってくれないか?」
金額的には妥当だと思うが、もう一つの報酬は明らかに俺達を迷宮の探索へ誘導するものだと思う。
まあ俺の希望と合致してもいるので、変更を要請する必要は無いだろう。
「妥当な所ですね。分かりました、この依頼引き受けます。それで物資輸送の完了手続きがまだ終わってないので、もう少しここにいないといけないんですけど、どうすればいいですか?」
「そういう事ならここでの用事が終わったら、食堂で軽く昼食でもとって、そのまま待っていてくれ。こちらも用事を済ませたら食堂へ向かうので、そこで詳細の打ち合わせをしよう。」
俺が頷くとアトミランさんも頷き返してくれ、そのまま倉庫を出ていく。
それからもう暫く待って輸送の完了証を貰うと、俺達も倉庫を後にした。
砦内にある食堂で空腹感を押さえる程度の食事を取りその場で待っていると、アトミランさんが10人ほどの騎士と従士を連れて食堂に来た。
一緒に来た騎士の一人から地図の束を受け取ると、アトミランさんが作戦の説明を始めてくれる。
どうやら俺に地図を渡してくれた騎士の班が担当する事になっていた区画を俺達が担当し、浮いたその班を連れて来ていた別の騎士が担当する区画へ編入するようだ。
担当を変えられた騎士達に恨まれるかもと顔色を窺ってみると、皆あからさまに安堵の表情を浮かべているので、俺の取り越し苦労のようだった。
各々の担当区画への道順、迷宮へ突入する順番などの説明が終わった所で、アトミランさんへ伝令が来る。
ミラルテのギルドからの増援が到着したという内容だったので、アトミランさんの指示により全員迷宮の入口へ移動する事となった。
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